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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

あれれ

 蔵出しシリーズ(笑)。現場がらみの話は当事者性がなくなってからアップしています。そのため、放置されたままということにもなる。これも以前に書いた断片の寄せ集め。

 尾崎一雄の「痩せた雄雞」の中に、「引かれ者の小唄かもしれない」という字句があった。そういう慣用句があったなとは思ったが、すらすら意味が出てこない。そこで調べてみた。

「引かれ者の小唄……刑場へ引かれて行く罪人が平気を装って小唄をうたう意。負け惜しみで強がりをいうことのたとえ。」

 当時、尾崎の私小説を読むような普通の教養のある人レベルでごく普通に使っていた言い方なのだろう。でも、今は年配でないと判らない言い方になっている。少なくとも私たち世代でももはや怪しいのではないかしら。そもそも、「小唄」自体が身近でない。

 民放の「鬼平犯科帖」が終了することになり、民放で新しく作っている時代劇はなくなったという新聞記事が出ていた。NHKは、オールスターキャストの看板番組「大河ドラマ」と、もう一つ、時代劇をやっているが、今やそれだけ。あと放送されているのは古いものの再放送である。
 こうした時代劇凋落の理由の一つに、時代劇の言葉が若い人に通じなくなり、作りにくくなったというのが挙げられていて、なるほど、そうかもしれないと思った。
暴れん坊将軍を「上様」と呼んでいるでしょ、上様はトップの人、だから古典で「上」というのは帝のことを言うんだよとか、直接、江戸時代でなくても、類推で判ることが山ほどある。
 「お殿様、○○がまかりこしました。」なんて言うでしょ。「まかる」は平安の昔は偉い人のもとから退出するという意味だったのだけど、時代が下がると「参上する」という意味が出てきたんだよね。という説明なども、考えてみれば、時代劇に寄りかかって説明している訳で、こんな説明の仕方も分かっているのか不安になる。
 いろいろと困っています。

 「古文で出てくる「花」には、特定の花を指す場合がある、日本を代表する花だが何かね?」と質問したが判らなかった。「春の花だよ」でもダメ。「日本精神を象徴すると言われているよ」などと、ヒントをどんどん出してもダメだった。最後に「春にお花見をする花です」で、ようやく桜と出た。先日、梅が判らないと嘆いた文章を書いたが、今回はさすがに周囲が「ええっ」という雰囲気になったので、ちょっと安心した。

 これも、びっくりしたこと。
 ある掲示物に書かれてあった文章、漢字が多めに使ってあった。その下には外人さん向けに英文が。ところが、生徒は、下のほうが意味が取れそうだと、英文のほうを読み始めたのである。確かに、難しい英単語はなさそうな英文であった。学力優秀な我が勤務校ならではの出来事なのかもしれないが、象徴的だと思った出来事であった。
 
 古典に「あらたむ」という動詞がでてきた。今回は使者が交代するという意味だった。ではと、生徒に「改める」「変わる」以外の用法を聞いたが、ダメだった。車掌さんが車両の戸を開けて、「切符を改めさせていただきます」なんて言うでしょ、この場合、交換の意味ではないよね、では、どんな意味? と具体例を出して聞いたのだが、そんな使い方聞いたことがないという人がほとんどだった。どうやら、辞書での二番目の意味、「調べる」は消えていくようだ。
 ただ、後で思ったのだが、そもそも最近は検札を省略する場合が多いので、そういう場面設定自体が知らない世界なのかもしれない。
 
 授業をしている時、前提として分かっている、わかっていないの判断は、自分が高校生の時、それを知っていたかどうかということで決めている。まあ、素朴な基準である。時代も違うので、私たちの世代は当然知っていたけれど、今は知らないだろうと、最初からわかっているものもあるが、もう十代も後半なんだから、まず知っているでしょと思っていたものが全然知らないと、こちらは「あれれ」となる。上記の文章は、こうした見込み違いの「あれれ」報告のようなもの。


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# by hiyorigeta | 2017-07-25 03:31 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

世界は二人のために

 梅雨末期的な雨で、湿っぽさマックス。エアコンは除湿モード。確か除湿モードは電気代が逆にかかるという話を聞いたことがあるが、どうなのだろう。家の白いエアコンもだいぶ黄ばんできた。人工樹脂の白色はたいていこうなる。
 さて、以下は、引き続き、去年書いた断片の蔵出し。統計の紹介だけで展開できず。

 先日、テレビの歌謡番組で、相良直美ではない誰かが「世界は二人のために」を歌っていた。本当にひさしぶりに聞く曲である。「愛、あなたと二人、夢、あなたと二人~二人のため世界はあるの」という山上路夫作詞いずみたく作曲の1967年の大ヒット曲。一時、結婚披露宴ソングの定番になっていた。
 燃えるような恋をしているのでしょうね。この主人公。今時、こんなストレートな曲はありません。ゆったりとそればかりを繰り返す。当時、子供心でも単純な曲だなあと思ったおぼえがあるけれど、今聞くと、逆に、それが新鮮だったりする。未来を素直に信じられる、よき時代だったんだなと思わずにはいらない。
 はしだのりひことクライマックスの「花嫁」(1971)もそう。「命かけた恋が今結ばれる」という強い思いで「何もかも捨て」て、愛に生きようとする。これも、つまり、愛というものが堅く信じられていた時代ならでは。

 女性が高学歴化し晩婚化して、三十歳で独身が半数以上。都会では七割。無理に自分を安売りしたくない。そうなると、結婚も諸条件整備の上ということになる。歌詞のような駆け落ち辞さずの燃え上がる愛は、素敵で少々の憧れもあるけど、おそらく自分はそうはならないだろうなと思っている女性がほとんどなのではないだろうか。
 先日、石川の人口減少の分析結果が県のパンフに載っていた。二〇一四年現在、出生率は1.45。未婚率は、男性二十五歳~二十九歳では七十パーセント、女性は五十九パーセント。
 社会減としては、大学進学などで県外からの流入があるものの、就職時に大都市圏など県外に流出する人口が、2014年単年度で一三二七人もおり、マイナス五八六人となっている。
 このままでいくと、五十年後には石川県の人口は四十万人ほど減り、現在の115.5万人から79万人ほどになるという。高齢化も進み、2010年現在、六十五歳以上の人口が占める割合は23.7パーセント。県は、経済活動が縮小し、各種行政サービスが低下し、地域コミュニティの機能も落ちていくと警鐘を鳴らしている。
 そこで、行政は、人口減の要因のひとつを取り除くために、就職時、地元に残ってもらおうと、高校生向けに講演会を開きアピールする。ただ、進学校の場合、「世界に雄飛せよ」と指導しているところばかりなので、大人は指針を二つ指し示しているかのようになっている。

 県内の独身男女に、今、異性とお付き合いしているかを聞いた調査結果が一ヶ月ほど前新聞に載っていた。男七〇%、女六〇%が異性とのお付き合い現状なしという。
 ところで、この一〇%の差はなんだろうねという話になった。二股かけている、あるいは、既婚者とお付き合いしているから数値が違う、というのしか男の私には考えられなかったが、ある女性は、異性とのお付き合いという概念や関係性の基準が、男女で違うからではないかしら、という意見を言っていた。確かに、あり得る話である。
 でも、おそらく、二股・不倫も何%かはあるよねえ。おそらく。



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# by hiyorigeta | 2017-07-24 23:40 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

お気の毒

 もう去年の話。その後、話が展開できるかと思って放置していた断片の蔵出し。

 某日、テレビの芸能コーナーを観ていた。ちょっと世間を騒がせたことをした芸能人の自宅に、芸能リポーターたちが押しかけていた。
 その芸能人は、「近所迷惑になるから自宅には押しかけるな。でも、これが最後と思って、今回だけは応対する」ということを言うのに、「させていただく」などの過剰敬語を乱発して言おうとしていたが、どうやら使い慣れていないご様子。いちいち敬語のところでつっかかり、たったこれだけのことを言うのに、えらく時間がかかっていた。
 自宅押しかけに怒っているのだけれど、でも、自分はお騒がせの当事者、世間に反感をもたれないようにしなければならない。言葉上で、なんとかしようとしたので、こういうことになった。
 最近のマスコミを見ていると、揚げ足取りとか、全体を無視して、一部の言い回しのみ取り出して糾弾するというようなやり方が目立つ。世の中、そうした対策の意味合いでこんなややこしい言語状況になった。
 ここまでくると、その悪戦苦闘ぶりが可哀想なくらいで、言語状況的には同情を禁じ得なかった。それに、事件の内容はともかく、この場面に関しては、確かにご近所迷惑感たっぷりで、テレビを見ながら、この方のお怒りごもっともと思わずにいられなかった。お気の毒。

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# by hiyorigeta | 2017-07-21 20:49 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

久しぶりにNegicco話題

 デビュー十五周年目に突入したNegicco。二〇一一年からの曲を集めたベスト盤2が発売された。新曲なども混ぜ入れ、シングル購買済みのファン層にも訴求する業界の通例を踏まえて、ベストでも聞いたことがない曲もいくつか入っている。
 新曲のMVがネット上に先行公開され、映像の最後に、ポストにお手紙を入れるところで終わっていたのだが、CDの封を開けると、彼女たちからのお手紙が入っているというにくい演出がされていた。いいアイディア、誰が考えたのだろう? 
 限定盤のほうを買ったので、東京でのライブ映像が入っている。ホーンズが六人と豪華で、その代わり、あとはキーボード一台だけ。リズム陣はなく、基本はカラオケというフォーマットは、基本、彼女らが日ごろから慣れている既製音源使用で心配がなく、それに前奏や間奏でボーカルソロや楽器ソロを入れこんで彩りを添えるというやり方で、特別感や生演奏感を演出している。うまいやりかたである。彼女たちものびのびやっていて、表情も明るい。これまでのライブ映像の中でもベストではないかしら。
 ハロプロなら幼少時から特訓につぐ特訓で振り落とし、二十歳前には堂々とライブをこなす人材を作るだろうけれど、彼女たち、地方の商店の催し物余興レベルからコツコツと積み上げて、アラサーになってこの境地に達したんだと感慨深い。
手紙には、アイドルとして難しい年齢となってきた彼女たちらしい正直な思いが書いてある。中に、歳をとってもずっとファンでいてください的な文面があったが、おそらく彼女たちのコアなファン層は、本当にいい歳になってもファンでありつづけるのではないかしら。

 先日、元短波放送アナウンサー大橋照子の人気番組「ヤロメロ」の四十周年記念公開番組が5月にあったのをネットで見つけて見た。大橋アナは七十年代ブレイクしたアイドル級の人気アナ。番組の人気コーナーを昔のままやっていて、懐かしかった。
 彼女は現在六十七歳。でも、お声は本当にかわいらしい。集まった客はいいおっさんばかり。皆四十年来のファンである。彼女の話によると、「話し方教室」で来てくれといわれて学校に行ったら、その校長が昔のファンだったということもよくあるという。そんな風にずっと贔屓にしてくれている。葱さんとファンたち。そんな歳の取り方をしてくれるのではないかな。

 ということで、発売日の酷暑の夜、一気にライブ一本楽しみました。これまでで最強の CD+Blu-ray(特別限定盤)ですが、ネックはお値段。七五〇〇円+税では、お初の人は手が出ないだろうなあ。

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# by hiyorigeta | 2017-07-20 20:18 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

新盆

 世は三連休。一日目午後、途中で仕事が終わり。夕刻前から晩酌モードで音楽を聴く。二日目、職場の同僚が開催に尽力していた帯結び展を中村美術館別邸で観る。浴衣の帯結びのアレンジを見せる展覧会。色違いの裏地をうまく見せたり、色違いの帯二本を使ったり、結びが大胆に左右非対称だったりと、多彩なアレンジ。一体、基本のバリエーションはどれだけあるのかと聞いたら、無限大とのこと。確かに、創作次第でクリエイティブである。やっていて色々発見がありそうで、女性にとって楽しい世界だと思ったことだった。

 お近く、しいのき迎賓館で開催中の「大村雪乃 Beautiful Lights 夜景のシールアート」も見学。一見、夜景写真だが、実際は光の点を丸シールを貼ることで表現した、手間のかかったアートワークである。一回一回、後ろに下がって俯瞰しながら作っているのか思って解説を読むと、どうもコンピュータで大枠を作って、それから貼っていくらしい。それでも大変な仕事である。丸シールのホール径の種類の制限の関係で、グラデーション的に小さくなっていくというような光の点を表現するのはちょっと苦しいように思った。

 通過のために入った金沢二十一世紀美術館は、案の定、大変な混みようで、無料のインスタグラムだけ観る。架空の虫の昆虫採集箱といった趣の作品。ジブリ映画に出てくる系の虫たちの感じ。

 ここ金沢は新盆。三日目は、墓参りに菩提寺へ。それとは別のお世話になったお寺でのお盆の法要、それに今回は、前日夜に通夜があって、この二日、お経づいていた。浄土宗、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派と、同じ「南無阿弥陀仏」ながら、お経はいろいろ違う。
 特に遠出した訳でも、大車輪で動いたわけでもなく、かといって、家でじっとしていた訳でもなく、暑いので無理せず、することをして、お楽しみも少し入れたといったお休み。



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# by hiyorigeta | 2017-07-17 20:05 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com