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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

池波正太郎と村上龍の万年筆

 「池波正太郎真田太平記記念館」二階の彼の書斎を描いたパネルには、万年筆がそこここに置いてあったとという記述があった。実際、四十本ほど所持していたらしい。
 館では、その一本が飾ってあったが、漆を幾重にも重ね塗ったのを彫って模様を出す「彫漆」が一面に施されたオーダー万年筆であった。彫漆は手間がかかる技法で、かなりの高額であったと思われる。
 ちなみにネットで調べると、三十二万円でこの池波モデルの復刻版が出ていた。別会社による十六万円のものもあったが、こちらは、さすがに現物を眺めた目から見ると、少々チープな感じであった(復刻版については「趣味の文具箱」33号に紹介されているという)。

 経営者の戦略を聞く村上龍のテレビ番組「カンブリア宮殿」は、愚妻が好きでよく見る。最後の感想を書くシーンを注視していたら、ある時は、パーカー製の第五のペンと言われる新しいタイプの万年筆外観の水性タイプのペンであった。
 先日の伊東屋の回では、社長の万年筆趣味ぶりが紹介されていて、その流れで、村上も今使っている万年筆を紹介していた。現在は原稿はパソコンで書いているが、番組最後のスクリプトを書く時に使用しているのは、ステッドラー社製万年筆だという。
 以前は、パーカーの万年筆で書いていたらしい。一冊の本を書き上げたら、その万年筆はもう使わず、次の作品からは違う万年筆を使ったという。新しい作品に、前の作品のイメージが籠められてしまったペンを使いたくないという発想のようで、あたかも筆記具が作品と生死を共にするような感覚なのだろうと推察された。村上龍は「万年筆が怖い」という。職業の道具なので、そんな感じも判らないでもない気がした。
 池波が沢山持っていたのも、持った感覚、書き味などの要素が大きいのだろうが、プロ同士、村上の気持ちに通じるものがあったのかもしれない。

 番組で言っていたが、未だに伊東屋の主力は万年筆で、日に百本売れる時もあるという。
 では、村上とはちがい、万年筆が別に恐くない素人の我々が、高価な筆を買うのはなぜかというと、多くの人は、気持ちの余裕を買うという感覚からだろう。
 研究会仲間のある方が、小矢部のアウトレットを初訪問して、ウエッジウッドのカップを買ったという。アウトレットだから買えた値段だが、家でゆっくり珈琲を飲んでいると、ウエッジウッドを使って飲むなんてことが自分の人生で訪れたということに、しみじみとした感慨があったという。珈琲自体も美味しく感じられことだろう。この歳の自分への買い物は、カップにしろペンにしろ、そうした自分の気持ちのためにあるよねと、この旅行の時に、そういう持ち物話で盛り上がった。
この歳で、ケチって下ランクのものを買うと後悔する。高価でも本当にお気に入りのものを手に入れると、もう追加で下ランクのものを買う気がなくなるとか、そんな話。
 車内では、もちろん文学の話も出たけれど、大半は、健康の話、お花の話、家庭菜園の話など。つまりは、定年後の過ごし方の話がほとんど。メンバーももう高齢である。
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(参考) 類似の彫漆万年筆の絵柄(WEBより引用)
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by hiyorigeta | 2015-09-06 21:14 | 身近な世界・文具・筆記具 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com