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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

当時使われていなかったからと言って


 先日、次期「小中学習指導要綱(案)」が公表された。目玉の目標である「アクティブ・ラーニング」が、「ともかく、グループ学習させればいいんだろ」的な解釈をされ、「活動あって学びなし」に堕している現状の試行結果を踏まえ、知識の習得にも時間をかけるべき旨明記されているところが、なんとも可笑しく、さい先思いやられる「目玉」である。
 中で気になったのは社会科で、当時使われていなかったとか、一部で通商があったからという理由で「鎖国」という言葉を使わないという。代替用語は「幕府の外交政策」。ただ、これでは、外交全般を表す言葉でしかない。幕末の「開国」のほうはそのまま使うと いうし、何か違和感が残る方針である。
 他に聖徳太子は「厩戸王(聖徳太子)」にするという。確かに厩戸王という言葉も習った。こちらのほうが当時の言い方なのだろう。でも、以後、聖徳太子立像や掛け軸などほとんどの作品はもちろん聖徳太子のほうで呼びならわしている。
 その後の文化的な受け継ぎなども含めて決めるべきで、変にいじくると、長い目で見て混乱するのではないかと危惧される。一見、学問的成果の結果の変更であるという衣を纏っているが、私には、今世界ではびこる硬直化した「原理主義」の流れのように感じるのは私だけだろうか。

(追記 後日の新聞によると、異論が多く出てこの件は急にトーンダウンしたらしい。)

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by hiyorigeta | 2017-02-22 20:32 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com