ブログトップ

金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

気がつくと消えている 


 教材プリントを整理していて気がついた。昔あった戦争文学や原爆文学が教科書から消えている。昔は各学年に一つ入っていた。「黒い雨」「夏の花」「長崎の郵便配達」林京子の作品など。そこで、職場においてあった現行のいくつかの教科書をぱらぱらとめくってみたが、同様であった。
 戦後七十二年、もう第二次世界大戦でもないだろうという風化と、反戦意識を煽るような教材は特定思想を植え付けないとも限らず教材として採用しないほうがトラブルもおこらないという、最近はやりの言葉でいうと「忖度(そんたく)」意識が働いているからかもしれない。
 平和思想は、まず戦争の悲惨なイメージをしっかりと脳裏に植え付けるところから始まる。文学はその格好の教材である。ここをぬかすと、危うい精神論や民族中心主義ばかりが横行する危険性がある。
 でも、シラバスの関係でもう自分独自の教材を一からする余地はのこっていない。そこで、私に、親世代が戦争でどんな苦労をしたかを具体的に書いている短いエッセイがあるので、例年、授業冒頭の五分間読書として、それを読んでもらい、当時の日本人たちを想像してもらっている。今の私にできることはこのくらい。実にちっちゃいが、私なりの平和教育のつもり。

 さて、もうひとつ、しぼんでしまった教育の話題。
 数か月前、職場に置いてあったパンフを読んでいたら、大学の保健学の先生が、最近の性教育の後退を嘆いている文書があった。そういえば、最近、実際にそうした教育を行っている状況に遭遇することがなくなっている 。
 ネット上に掲載されていたこの問題を取り上げた論文や論説文を斜め読みすると、二〇〇二年の保守派による性教育バッシングや、過度の性教育を行ったとして某校が処罰されて以来、学校側がいらぬ波風をたてたくない心理から、消極的となっていった経緯があるという。性教育を学校ですること自体に不快感を示し、抗議する保護者もいるという。
 私は初めて知ったのだが、「学校教育全体(教科横断的な内容)で取り組むべき課題(食育,安全教育,性教育)と学習指導要領等の内容」の「3性教育について」の「(1)これまでの審議の状況-全ての子どもたちが身に付けているべきミニマムとは?-健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会(平成17年7月27日)」という文章の中に、


「性教育を行う場合に,人間関係についての理解やコミュニケーション能力を前提とすべきであり,その理解の上に性教育が行われるべきものであって,安易に具体的な避妊方法の指導等に走るべきではないということについておおむね意見の一致を見た。」


とある。これによって、事実上、学校教育のなかから避妊の説明は脱落したということらしい。今、教えたら、学校教育から逸脱した行為になるという。
 いいのかしら、それで。
 このため、ただしい情報が与えられないまま、子供たちはAVなどの性産業から情報を得ることになって(こっちのほうは、ネットで、ほんとにイージーに入手できるようになった)、危険な思い込みを常識として身につけてしまうという状況が出てきているという。
 ここのところの保守化で、我々世代からみると後退としか思えないことが起こっている。それも、ふと気がつくといつの間にかそうなっているというレベルでそうなっている。 ご存じでしたか?


[PR]
トラックバックURL : http://hiyorigeta.exblog.jp/tb/26894027
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by hiyorigeta | 2017-08-15 13:59 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30