スキンをかえました

 ひさしぶりにスキン(背景)をかえてみました。基本はベーシックというタイプを使っています。字が小さいと思う人はパソコンの拡大機能を利用ください。
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# by hiyorigeta | 2017-05-29 02:04 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

「栴檀は双葉より芳し」

 職場での居場所が変わったので、外の景色も違う。窓は隣の棟に向いているので、景色的にはぱっとしないが、入口側の廊下越しには木々が見える。
 盛んに小さな白い花をいっぱいつけている結構大きな樹木があって、おそらく先日からちょっと花粉のにおいがしていたのは、この木のせいだろうと予測がついた。
 なんという木なんだろうと実習助手さんに聞いてみると、木には名札がついていて、それには「センダン」と書いてあるという。あの「栴檀は双葉より芳し」の「センダン」ですかねと私。その日は、これで終わったのだが、翌日、図鑑を見せてくれた。どうもあのことわざとは違うらしい。あのことわざの「栴檀」は「 ビャクダン」のことをいうとある。
 確かに、東洋の香りとして「白檀」は代表的なもので、あれだけの香木、双葉からいい匂いがするんだろうなと、改めて、ことわざが実際のにおいと連結して認識された。
 図鑑によると「センダン」のほうは、学校などによく植わっているらしく、まさにうちの職場も同様である。おそらく、学校にあるのは、このことわざがらみであるにちがいなく、結構、間違えて「これだよ。」と教えてきている歴史もありそうである。

  今はちょっと盛りを過ぎて色あせてきているが、かわって通勤途中の道の住宅の庭にはヤマボウシの白い花が満開で美しい。
 なんて花なのか知らず、調べてヤマボウシと知ったのだが、初夏を告げる花と書いてあって、まさにそんな時節に咲いていて、これまで十年同じ道を通っていて、ちゃんと認識したのは今回が初めてで、これまで何見ていたのだろうという感じだった。

 同僚からは、今の時期、白い下向きの花、エゴノキ。ピンクのタニウツギ(谷空木)も今美しいと教えられて、ネットで繰ってみた。ああ、確かに見たことのある花々である。
 
  栴檀は間違えられて格を上げ
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# by hiyorigeta | 2017-05-25 21:54 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)

凡事徹底

 若い教員の方の座右の銘に「凡事徹底」という言葉を上げている人がいて、それが偶然か何人かの中に二人いた。
 四字熟語のようだが、正直、初耳である。ただ、言いたいことは判る。「平凡なことを徹底するところから始めなさい」。
 座右の銘にしている人がいるくらいの四字熟語を知らないのは、この商売をしていて情けないなあと、まず、広辞苑をくってみたが出てこない。そもそも、「凡事」が言葉としてない。日本語として意味が通ることからの造語かもと、ネットのほうで調べると、すぐ出てきた。
 車関連企業イエローハット創業者書いた本の中で提唱している言葉だそうで、トイレ掃除や洗車といった「凡事」を大切して、「平 凡を非凡に努める」ことが重要と説いているようである。「非凡努める」とは、つまり、まず、そういうところで能力を発揮し、人に抜きんでろということかしら? 
 もちろん、その精神は企業人として間違いないし、社訓的にも素晴らしい。
 今回、私としては、さっきも言ったように、もういい歳な上に、難解漢字ならいざしらず、簡単な漢字で出来上がっているのに、一度も聞いたことがない四字熟語ってあるんだとちょっと残念に思っていたので、最近、一個人が作った造語だと知って、ちょっと安堵したというだけの話である。
 ところで、ネットで読んだこの方の著作の紹介文には、この本には、芥川龍之介のことばとして「人生は瑣事に苦しみ 、瑣事を楽しまなければならない」というのを引用して説明してあるというようなことが書いてあった。
 でも、これには、ほんのちょっと違和感があった。前半は、芥川がいかにも言いそうな言葉だが、彼がこんな明るい結論を言うだろうか。それに、出典は「侏儒の言葉」らしい。それなら、なおさら。そこで確認してみると、本文はこうあった。
 
 人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。
 人生を幸福にする為には?――しかし瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ。庭前の古池に飛びこんだ蛙は百年の愁を破ったであろう。が、古池を飛び出 した蛙は百年の愁を与えたかも知れない。いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。
 人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。
 
 やはり。芥川は、人生の幸福のためには日常の瑣事の中に「堕地獄の苦痛」を感じなければならない、つまり、瑣事は愛さなければならないが、瑣事は苦しいと言っているのである。苦しいが結論では、論旨に合わなくなる。一度、原典に立ち戻ると、こうした、ちょっとニュアンスが違うぞというようなことは時々ある。
 
 今回 、著作を読んだうえではないし、紹介文を書いた方のまとめた言い方なのかもしれず、心もとないが、ここで言いたかったことは、犯人捜しや中身の話ではなくて、引用をする上での注意の話。
 自分が引用するときには、悪意なく無意識にこの種の引き寄せをしていないか、人の引用を読むときにも、もしかしたら、そうなっていないか、ちょっと気をつけないといけないなあという自戒。
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# by hiyorigeta | 2017-05-24 21:51 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

一安心

 我がマンションのすぐ横にはかつてコンビニがあって重宝していたが、閉店。更地になって数年たった。駐車場も含めるとマンションが建設できる広さなので、ドンと高層ビルが建って、日当たりが悪くなるのではないかと恐れていたところ、昨年秋、敷地の一部に平屋が建ちはじめ、車の洗車やメンテナンスのお店が開店した。今後、小路の横からの車の出入りがあって気をつけねばならなくなったが、高層ビルや深夜も営業するような音の出るお店でなかったので一安心。平屋というのも、正直よかったと思う要素であった。
 雪の季節に洗車に訪れる北陸人はほとんどおらず、他人事ながら大丈夫かと思っていたが、春以降、冬タイヤからの交換、黄砂落としの洗車と、それなりに軌道に乗ってきたようで、ご同慶の至り。こちらとしては末永い繁盛を祈るばかり。
 我が町内は高さ制限の町内会合意が成立しなかった町会なので、日照権での高さ制限もなく、こうしたハラハラを抱えている。
 あのコンビニがなくなって、ちょっとしたものを売っているお店が近くになくなってしまった。家にないものに気がついて、パーッと階下まで下りて買いに行ったり、夜、最寄りのバス停から家まで帰る時に、ちょっと寄って小腹を満たすものを買ったりと、当時は何かと重宝していた。そういえば、夏の夜、暑くて暑くて、さっとビールを買ってきて飲めたのも便利だったなあ。
 さて、新しくできた車ショップ。重宝するかといえば、車は自分で洗っているし、そうそう行くところではなく、こちらのメリットはほとんどないのが残念。なんでもいいけど、使えるお店ができてほしかったなあ。
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# by hiyorigeta | 2017-05-15 20:49 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

竹の子の季節


 毎年恒例の筍料理を食す会。いつもはGW後の土曜日開催だったが、今年は四月の終わり、GW前に開催。いつも行く栽培農家に夕刻集合。
 最盛期の時期だけに、個室仕様ではなくて、襖をあけて、他の客と一緒にいただく卓並びであった。大学勤務は定年が六十五歳なんだ、羨ましいねえなんていう話がでる。
 食べ終わり外に出ると、町中と違って明かりが強くなく空気が澄んでいるので、星がよく見えた。一瞬、星を見る会となった。
 裏年ということで、今年の竹の子はこれだけかなと思っていたら、時期外れに近い一昨日になって、愚妻が二本いただいてきた。それで、ちゃんと今年も家で筍尽くしをいただくことができた。野生で少々伸びすぎのようだったが、採って数時間という新鮮さだったので、ちゃんと柔らかい。

 昨夜は、県総体に向けての景気づけの 宴会が近くのホテル別館のイタリアン・レストランであり、美味しい料理をいただいた。こうした場所は、個人的にめったに行かない。
悠々自適になると、こうした職場単位の公的な宴会はなくなる。来年は一年間、歓迎会とか頑張ろう会とか、「この名目での宴会はこれで終わりだな。」みたいな感慨を持ちながら飲むことになるんだろうな。今は、その「プレ」的な気分で宴会に参加している。

 最近のテスト作成の仕事。一種類でも、昔に較べ選択問題などがあって模範解答込みで十頁ちかく作って印刷せねばならなくなっている。コースが分かれていたり、いろいろな配慮が、どんどん 複雑なテストづくりへと変化して、できたものを関係者に見てもらうと、完璧だと思っていても何か所もミスが発見される。それに、それぞれの方の授業に合わせた汎用性も持たせねばならず、たった一種類作るだけでも手間は相当なものとなる。教員の仕事は、もろもろこんな風に複雑化してきており、ひとつひとつはちょっとした手間の増加程度のものがこうも押し寄せてくると、気が滅入る。今後、軽減の方向にいくとは思えないので、これからずっとこの商売をやっていく若い人たちは大変だ。
 一応、週末前に完成させて帰宅。休日に持ち越さずに終わって、気分的に楽。

 先週の休日は親戚のことでその家に行ったり、今週は別の親戚とファミレスで十年ぶりにあったりして、ちょっと色々な血の縁を感じる一週間でもあった。両日とも、五十年近く前の記憶を色々喋った。  

 今、道路の街路樹の根元は躑躅が満開である。赤・ピンク、それに時折白色が混ざり、鮮やかな色あいが美しい。暑い日も混じるが、朝方、ちょっと羽織るものが必要な時もありで、季節が進んでいく。

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# by hiyorigeta | 2017-05-14 21:41 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

GW中、金沢は大混雑

 これまで黄金週間は全日仕事でつぶれて休みなしが続いていて、行きたかった「ラフォルジュルネ金沢」にもずっと行けないでいたが、今年は、前半の連休と後半五連休の初日と二日目午前中以外は休みとなった。
 ところが、あろうことか、肝心の「ラフォルジュルネ」が金沢から撤退してなくなってしまっていた。あれれ、今後どうするんだろうと思っていたら、地元の実行委員会は、急に「風と緑の楽都音楽祭二〇一七」と銘打った音楽フェスティバルを開催することにし、存続をはかった。大事な連休集客行事である。そのままやめる訳にはいかなかったのだろう。
 この新しい名前、タイトルの「風と緑」は、まあいいけれど、「楽都音楽祭」という造語のほうは、どうにも座りが悪い。いまひとつのネーミングのように思わないでもない。
 二月ごろ発行されたパンフを見つけたが、正直、魅力的な人はあまりおらず、今年はパスかなと思っていたら、愚妻がチケットを人様からいただき、急遽、行くことになった。

 第一回の今年は「ベートーベン交響曲全曲&ピアノ協奏曲全曲」という特集。入手したのは交響曲第四番。「英雄」と「運命」に挟まれた地味な曲なので、こちらまで回ってきたのかしもしれない。だったら、一番二番なんて集客はどうなのだろう?
 指揮はこの音楽祭に参加中の高雄市交響楽団の指揮者のチー・チン・ヤン氏。オケは地元OEK。交響曲の前に演奏した「コリオラン序曲」は、序曲らしく短くよくまとまっていて楽しめる曲。
 肝心の四番は、前から思っていたのだけど、中間の緩徐章が思いのほか軽快で、第三楽章はちょっと終わった感のある終わり方までしている上に、終章の盛り上がりが今一つで終わってしまう。つまり、メリハリに欠ける印象があったのだけれど、やっはり、久しぶりに生で聞いても、間違いなくそうだなと確認してしまう印象となった。演奏自体は、きっちりした判りやすい解釈で、オケの第一バイオリンは美しい。集客も思った以上で一安心。

 音楽堂でコンサートの時は、エスニック料理店に寄るのが定番になっていて、今回は始まる前のランチでもと思って行ったら、潰れていた。
 その場所はパンケーキの店になっていて、GWということもあり、驚くほどの行列を作っていた。ここのところ、フワフワとろとろのパンケーキがブームになっているので、たぶん、中央の有名店が出店してきたのだろう。
 また行くところがなくなってしまった。結局、そのパンケーキ屋さんの前にあったうどん屋さんでお昼にする。
 町は県外観光客の入れ込みと地元民のショッピングで本当にごった返していた。帰りのバスの中で、まだ夕飯時には早い時間なのにおでん屋さんに列をなしている様子も見えた。冬でもないし、こんな早い時間からおでんかいと、ちょっと呆れ気味に同情した。
 以前にも書いたことがあるが、金沢はおでんの名店が多いという地元民が知るマイナーな地域情報が、ネットで拡散、全国周知となって、こんなことになった。
 断言しますが、金沢おでんって特に変わったものでもありありませんよ。ちょっと、太平洋側にはない具材があるという程度。べちゃべちゃ雪が降る寒い夜に、繁華街に出て、こんな夜は、どこかでじっくり熱燗でも飲みたいなというシュチエーションだったら、もちろんお勧めしますがねえ……といった感じにすぎない。
 県外の方、こんな時に金沢に来ても、人が多すぎで、思うように色々できません。待ってばかりの観光になって消化不良で終わってしまうのがオチです。ご注意を。

 さて、この連休、私はといえば、このお出かけ以外は、新スピーカーの慣らしを兼ねて、クラシックやらジャズやら色々聴いてすごしました。
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# by hiyorigeta | 2017-05-07 21:29 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

スピーカーが来た

 先日、久しぶりにCDショップに行き、洋楽コーナーを流し見していたら、ジョン・ウエットン追悼のタグが……。キングクリムゾンやエイジアを渡り歩いたプログレ好きにはおなじみの名前である。知らない間に亡くなっていたようだ。グレッグ・レイクの訃報は気がついたのだが……。昨年、エイジアのファースト以外のアルバムを買い足していたので、昔の人という気がしない。

 サンタナの「ロータスの伝説」という日本公演ライブアルバムは、豪華仕様で値段も高かったが、当時、頑張ってLP(3枚組)を買った。それで楽しんでいたのだが、その完全盤がハイブリッドCDででるというので、予約して購入。今回、追加された曲は、ソロパフォーマンスが多く、曲の重要度は低く、おまけ程度だったが、音は、思ったよりLPのバランスのまま、あまりいじられていないと思った。当時、ミックスが今一つと思った部分も基本的にそのまま。それが、逆に違和感を感じさせない要因ともなっている。
 なにより驚いたのは、例の二十二面体ジャケットはもちろんのこと、チケットや当時販売されパンフレット、ロック雑誌のインタビュー記事まで完全復刻されていたこと。もうてんこ盛り。初めてロータスを手にする人は感激するだろう。リマスタリングの経過などを述べているライナーも興味深い。こんなに丁寧に作られているCDも珍しい。ただ、唯一、版型がアナログのEP(ドーナツ盤)サイズで、そんなものを入れる棚はどこにもない。これだけが届いて面食らった。どこに置いておこうかと思案中。

 さて、本題。懸案のスピーカーが、二週間ほど前に届いた。スエーデン製、ダリのルビコン6。オーディオとしては中級機(ダリ社に言わせると、ハイエンドのエントリークラス)だが、それでも、もちろん、それなりにお高く、こちらとしては、文字通り、ルビコン川を渡る決意で買ったもの。二〇キログラム×2個で、相当重い。二人がかりで配置。トールボーイで下がカーペットのため、かなりぐらつく。抜本的な対策が必要のようである。今は臨時で前から使っていた角材と、オーディオ用ゴムのインシュレーターを挟む。

 ならし中だが、音はいたって素直で、無理がない。高温はきれいに伸び、クラシックに向いている。低音も過不足がなく、出てはいるが、強調されている感も特にない。みずみずさも適度にある。ここのところ、いろいろなジャンル のCDを流して特性を見極めている最中。これからのエージングが楽しみ。
 スピーカーの配置も今は前のままだが、リビングなのでリスニングポジションがいい加減。これも夏あたりまでに改善しないと。
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# by hiyorigeta | 2017-04-29 20:01 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

慌ただしく過ぎる

 新年度、職場の居場所が小部屋から別の小部屋に移動となった。二人だけの部屋で、年齢も同世代。静かな時間が流れる。
 2日(日)、義父の七回忌法要を永代供養してもらっているお寺で行い、ホテルに移って会食をした。愚妻一族総出席で、その半数が子供なので、しんみり思い出を語るというような雰囲気にはならない。わちゃわちゃと賑やかな会であった。ホテルでちゃんとした食事をすること自体初めての子供がほとんど。ちびっ子だった姪っ子も、もう三十歳をすぎ、四人目がお腹にいて、予定日も近いという。
 カレンダーの関係で3日が事実上の新年度初顔会わせ。それから一気に新年度仕事が始まった。入学式までの時間がつまっていて、慌ただしいこと甚だしい。各種新年度行事、所属部署主催の研修会や行事の仕事、テスト採点、部の加入、遠足………。
 気がついたら一ヶ月近く日誌の更新が途絶えていた。
 元気にすごしています。
 一昨年せっかく痩せたのに、また戻ってしまった。また痩せる努力をせねばならないなあ。はぁ~(息)。
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# by hiyorigeta | 2017-04-27 19:48 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

自家薬籠中の「一太郎」なのに

 職場のワープロソフトは、ワード・一太郎混在だったが、新しいWindows10は一太郎を排他的に扱っていて、来年度からワードで統一というお触れがだいぶ前に出ていた。数字を変えるだけの書類は、その際、ワードで保存するように言われたが、こっちは膨大なプリントなどのファイルがある。その数何千。使うかどうかわからない一太郎ファイルを全部変換するなどできかねる。よく以前のテストを再利用して作り直すということがあり、今後どうするか、本当に困っていた。年度末になって、困る人もいるだろうから、一太郎を新規購入しなおして、使えるようにしてあげるということになり、一安心。首の皮がつながった。生徒の春季休業中に、古いものを削除し新しいものにした。削除申請、新規導入申請という認可の手続きもあり、昔に比べ、えらく面倒くさくなっている。

 ようやく手続きなって使い始めたが、何か変。よく見ると、辞書が一太郎のATOKではなくてマイクロソフトのIMEになっている。これはどうしようもないらしい。
 使ってみると、この辞書はやっぱり横書きの発想をしていて、縦書きは使いにくい。数字は(9)とか色々出てくるが、二頁まくってその最後に九がでてくる。いちいち漢数字一字を打つために辞書をまくらねばならず、もどかしい。おまけに数字は学習しないようで、前のほうにずれてくれない。

 ワードも使わねばならなくなったが、実際使ってみると、辞書以外の動きもいろいろ違っていて、それにもいちいち慣れねばならぬ。
 いらいらするが、もう、どうしようもない。あと定年まで二年である。自分だけ使う書類は一太郎で作り、人様が絡むもので横書きのものは、一太郎で作って、ワードに貼り付け、体裁だけ整えて保存するということをしている。ただ、罫線が入るとぶちこわしである。
 年月を経ると、たかだか書類一枚作るだけでも、いろいろ面倒なことになる。
 だましだまし、ごまかしごまかし。なんとかあと二年。

 それにしても、一太郎くんは、外国からやってきたマイクロソフト家からいじめを受けているとしか思えません。可哀想に。

(追記 昨年11月8日の記事とかなりかぶっていることを発見しましたが、そのままにしておきます。)

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# by hiyorigeta | 2017-03-29 19:42 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

連休は

 連休にプラス一日振替休を取ったので、家でゆっくり骨休みモードに突入。ネットで番組を数珠つなぎに観たり、音楽を聴いたり。
 贔屓のバンドのメンバーの一人が釣り好きということで、彼女が出演しているネット配信の某釣り番組をまとめて観た。釣り用語は専門的でわからない言葉が多いが、釣り好きでも、今の若いもんは、年寄りにとって常識的な魚関係の言葉を存外知らないということを番組内のクイズの解答の様子などからわかった。
 「〇〇の生き腐れ」の〇〇に入る言葉は? とか、艫(とも)とは、何のどこのことを言うのか? とか、海が荒れている時の言葉「しけ」は、漢字でどう書くのか? とか。この種の問題である。
 釣りは知らないけれど、魚は生活に密着している。古くからの言い伝えや言葉がたくさんある。それのいくつもが、魚好きにもかかわらず伝承されていないのだと気になった。
 と偉そうに言っているが、魚に関して正直知らないことだらけであった。そもそも「おじさん」という魚がいるというのを初めて知った。これは番組出演者、超簡単御褒美問題だといって全員正解していた。もしかしたら北陸にはいない魚なのかもしれない。結構、知らない名前の魚が出てくる。
 いずれにしろ、知らない趣味の世界の話だったので、新鮮に楽しむことができた。

 ネスカフェのドルチェというカートリッジ式珈琲メーカーを昨年から使っていて重宝しているが、今年、宇治抹茶のカートリッジが出たので試しに買ってみた。いちいち茶筅を使わなくても泡立ったお抹茶が飲める。最初、お抹茶を マグカップで飲むのがえらく新鮮であった。味はまあ普通。

 先日、職場で廃棄されていたビデオデッキがあったので、許可を得て家に持ち帰った。動くけれどリモコンがないので操作がほとんどできない。リモコンを入手しようと、中古店を見て回ったり、ネットで調べたが、うまく適合するものがない。本体に再生ボタンがあるだけ。捨てられた理由が分かったが、それでもないよりもましなので、テレビの下に設置した。最近の家電は、本体にボタンがあまりなく、すべてをリモコンで済ましているので、こんなことが起こる。
 さて、懸案のオーディオのスピーカー、どれにするか決め、発注した。スェーデンのメーカーのせいか、来るのは五月上旬という。

 休みは平日用に常備菜をいくつも作っておく。そうした料理をしたり、久しぶりにジムに行ったりしたが、たいして家から動かないまま、この連休は終わった。



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# by hiyorigeta | 2017-03-21 22:09 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

切り替えながら


 少しずつ春の気配が表に出てきた感じで、先週は特に春めいていた。よく見ると、木々の中には芽を小さくつけているものも出てきた。今週は雪が降ったりして逆戻り。昔からの「仕事あるある」で、業務多忙の今週は毎年大抵雪が降る。

 先にも書いたが、職場は合否が開いて、悲喜こもごもの時期。後期に向けて解説を受けたり静かに目立たず勉強している者、後期を受けず今後を相談している者、受かって喜びの報告をしにくる者、本当に人それぞれである。同じクラスメイトとして、数日前、卒業式を迎え、クラスで最後の写真を撮ったりして楽しくやっていた仲間が、今は明暗を分け、お互い顔を合わせずらくなっている様子もチラリと見えたりして、微妙な空気の時間である。仲良しで且つ同じ大学を受けたりしていたら本当に気まずいだろうと思う。
 そうしたドラマが起こりつつ、在校生たちは淡々と授業を受け、試験で止まっていた部活を再開している。来年はわが身ではあるが、でも、今は他人事である。在校生にとってはちょっと数日のお休みがあったナイスな一週間だったにすぎない。夢の国に行ったという子も多い。「あそこに戻りたい」と今日も心は浦安のままの子もいた。
 まあ、人それぞれ。自分がその事態に立ち至ってはじめて、あたふたと対応する。それが普通である。
 こっちでは悲喜こもごもに対応し、こっちでは日常モードで対応と、教員は雰囲気の全然違う現場を切り替えながら泳いでいるような気分になる。
 

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# by hiyorigeta | 2017-03-18 20:20 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

最近の動き


 暖かい日ばかりとなったが、また、霙が降ったりして寒さが逆戻りしたりの毎日。それでも今年は雪が少なく、雪で足が取られるような大雪はなかった。気象台によると、過去一番ではないが、かなり少ない部類の年だったそうだ。
 受験がらみの多忙も終わり、合格した子が挨拶に来たり、落ちた子に心構えを話したりと、後フォローの仕事とも言えないような仕事をしている。
 先週は、三月ならではの気の張る仕事が続き、それに部の引率と、例年通りながら、疲れて家に帰ってぐったりして、すぐに寝るような生活であった。

 さて、そろそろ年度が終わる時期。ご苦労さん会や送別会がいくつか入っている。
 先日は主計町の廓並びの料理店で少人数での宴席。創作日本料理のお店で、量は少ないが手の込んだ料理が出て、美味しく日本酒がすすんだ。風情のある建物の個室で、この辺りで飲むのは久しぶり。前回はおそらく五年前のことになるのではないかしら。金沢情緒満喫。

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# by hiyorigeta | 2017-03-15 21:18 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

年寄り男性がいるとよい

 外部の相手との話し合いの場で、こちら側から出席する人たちが全員女性だった。そこで、私にお声がかかった。男子が一人はいたほうがいい、何かと相手が納得しやすいということで、あまりその事案にタッチしていないにも関わらず、その会合に出席することとなった。まあ、つまり、歳をとった男性がその場にいることでの「権威づけ」である。「私のような者でいいのかしらん」と思ったが、そこに「頭の禿げた地味な背広を着たベテラン風」の人の存在が大事なのであって、一言でいうと、私は「マネキン」である。

 それでうまくいくのならそれでいい。ただ、これ、世の中がいまだに男女に対して抱いている常識に従っての配慮で、男女平等とはいいがたいのだが、つまり、今は過渡期なのだろう。あともう少しで、こういう配慮は無用になる。それはもちろんいいことで、地域によっては、特に大都市圏などは、もはやそんな配慮は不要の社会になっているはずである。こちらのような田舎も、もうそろそろ、そういう時代は終わりを告げる。

 石川県は女性参画社会ではかなりの後進県である。元旦に配られる地方新聞に、分厚いの名刺集成のような新年ご挨拶の特集の頁があるが、富山県に比べると、石川県に女性名前がほぼ無いと愚妻は指摘していた。見比べると確かに歴然と差がある。石川県は起業する女性の数が圧倒的に少ないからである。つまり、女社長の数が全然違う(以前にこの点は書いたかもしれない)。
 石川県は、北陸三県の盟主のような気分の「武家気質」が抜けず、お武家様の御当主に内助の功の御奥様といった図式なのだろう。もともと「商売気質」の富山県より、はっきり遅れている。

(今回の男女の話、大都市でこの文を読んでおられる方は、地方はまだそんなレベルなんだと驚いているかもしれない。生まれも育ちも地方だと、そのあたりのニュアンスが判らない。わかるのは「隣県と比べて」どうかくらい。逆に、首都圏の人が地方をわかっていないでする発言なんかは、すぐ気がついて、こちらは呆れたりもする。)
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# by hiyorigeta | 2017-03-01 05:15 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

間違った情報で

 アイドルグループ「私立恵比寿中学」のメンバーの一人(十八歳)が二月上旬急死し、この土曜日に偲ぶ会があった(ファンの生徒が横浜まで参列しに行ったが、部活練習欠席の理由は「法事」となっていて、確かに嘘はついていないねえと、微笑ましかった)。一か月前にNegiccoと共演したばかりで、ネット映像で観ていたので、どの子がなくなったのかは私も判る。背の高い上品な感じの子である。テレビは、このことで、この業界の低賃金体質などブラックな面をいくつか指摘していたが、突き詰めると、マスコミ業界自体の体質もあばかないといけないことになり、この話題をネタに番組にアイドルを出演させるなどすることで、なかなかしたたかなやり方で、お茶を濁していた印象であった。

 彼女の死因は致死性不整脈という。当初、別の病名がまことしやかに世間に流れ、皆それを信用して、大量コメントがネット上に流れた。虚偽の情報らしいという話がその次に流れ、一気に病名がらみのコメントはなくなった。嘘に左右され、膨らんだりしぼんだりする様子が、いかにも今のネット社会を象徴するようであった。

 ネット社会の住人は、話題に乗ろうと、すぐにツイッターで呟く。なにしろ、SNSの魅力は、その「即時性」にある。すぐにそれに関したいろいろな情報が入手・発信できる。そして、それは大きな力にもなるが、よく考えれば、もともとはその時々の情報に対する素朴な反応でしかないので、情報の真偽も確認せず、深く考えもしないその場限りの「刺激と反応」の「反応」のような泡沫言説のはずのものが広く流布し、それが「世論」として利用されるということも起こり得る。なんだか怖いなあ。

 例えば、この前、ニュースになっていた話。
 悪意があるねつ造の記事がブログにアップされ、それが色々なSNS経由であっという間に拡散した。写真もそれらしくみえるが全然関係ないもの。結果、当該団体に、それを信じた人から非難中傷のメールやら電話が殺到。後、事実無根である旨の検証記事がネット上に出ていたが、そのコメント欄には「火のないところに煙はたたない」式の疑いの文言もたくさんあった。残ったのはその団体の信用の失墜、とまでいかないまでも、信用に傷がついたことには違いない。ブログ作者の所期の目的は十分達成されたことになる。こうした災難、いつ何時、自分に降りかかってくるかわからない。

 今のいじめは、気に入らないからとかではなく、今 度は誰々にしようという風に、ターゲットが次々と移りゆくという形をとる。コテンパンにして次へ。
 ネットの世の中、起こっているのは、これと同じような無差別いじめではないかしら。話の場が、クラスとか小さなサークルから日本全体に拡大しただけ。

 そういえば、今年就任した自国中心主義の某大統領は、どんどんツイッターで呟いている。大統領の発言は公式的な意味を持つと思うが、ちゃんと政府各機関との折り合いつけてからしゃべっているのかしら。公職とはいえ、個人サイトの「つぶやき」に、世界各国が右往左往しているのって、何か変。
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# by hiyorigeta | 2017-02-28 22:13 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

さすがの大学


 今年は大阪大学の問題演習を担当したので、大阪から帰ってきた生徒が問題を見せてくれました。本文にラインを引いてある苦闘の跡が生々しいもの。
 「現代文」問題の大問二は、吉見俊哉『「文系学部廃止』の衝撃」(集英社新書)が出題されていた。国立大の文型はコミュニケーション系以外の学部を縮小し、それらは私学が担当すればよいという見解を先年発表し、衝撃が走ったが、それに対する分析の文章である。もともと新書ということで、気軽に読めることを想定していて、平易な文章の部類である。
 受験生はもちろん文型の子たちで、これを読み、説明問題の答えを書く。まるで文型は益がないかのように思われているが、そうではないというということを説明している。
 それにしても 、この文章を受験の文章として出すことに大阪大学の矜持を見る思いがした。受験の文章に出すことで、大学自体が文科省に面と向かって「オカシイやろ!」と反論しているのである。
 いやあ、なかなかの「漢」だなあ。この大学を、いまさらながら惚れなおし(?)ました。

 このことを話していると、司書の先生が、この本はちゃんと図書室に入れてありますという。時事話題として、この問題についても本を入れておいたほうがいいと判断していれましたとのこと。さすがにご商売である。
 ということで、早速、この新書を借りていった生徒がいて、今は貸し出し中。目を通してみたいと思ったが果たせないでいる。

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# by hiyorigeta | 2017-02-27 23:39 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

ネット中心生活


 仕事場も自宅も、パソコンのホームページはYahooにしている。記事を時々読むが、なんだか、えらく白黒はっきりつけて、悪者に仕立てたい人には「あげつらう」と言ってもいいほどの書き方がしてあるものがある。上品でない内容だなと思って読み終わる場合、記事の引用がどこからかを見て、納得することが多い。
 そんな場合、画面上方にあるタグを見ると、いつの間にか「雑誌」の項目になっている時が多い。つまりは、週刊誌レベルのこき下ろし記事を読んでいたということなのであった。
 道理で週刊誌が売れないはずである。下世話な話題は、ネットの流し読みで十分である。ここで、おおかたの下世話話題のネタは読めてしまう。
 ある人が、「最近の男性週刊誌は、昔の芸能人のグラビア写真などを「懐かしの~」などという名目で載せてお茶を濁しているけど、あれじゃあねえ。」と、あきれていたが、私もそれには気がついていて、やはり、みんなそう思っているんだと思ったことだった。
 その頼みの綱の懐かしのアイドル写真も、ネットで画像検索するといろいろ出てくる。今は五十歳代芸能人の若かりしころのフレッシュな水着グラビア。今流行の子の画像や映像もネットに大量にある。もう、従来型の男性週刊誌に未来はないように思える。
 映像ニュースも、めぼしいものはさっさとネットに上がっていて、それで主要キー局の今日のニュースがみられる。ニュースしか見ない人はそれで充分。バラエティや一部ドラマも、見損 ねた人向けに民放が共同で一週間アーカイブしてくれているサイトがあって、それを見れば世の中の流れからは遅れない。そんなこんなで、居間の受像機で番組を見なくなった若者は多いのではないだろうか。
 よしんば、テレビを視聴しても、見たい番組は予約録画してあるので、オンタイムで見るという、これまで当たり前だった習慣も崩れてきている。CMを飛ばし、面白くないところを飛ばして能率よく見ることができるからHDに入れてから見たほうがよい。放映時間に体が空いていても、わざわざ別のことをしてすごし、録画が終わってから早送りボタン片手に観るという視聴の仕方も当たり前のようにし始めた。
 今の世、いろいろなことがメリハリなく、グズグズに崩れていっている。

 ということで、私は、今や画面の前といっても、パソコン七割テレビは三割といった割合で、パソコンばかりに座っている。
 大人でさえこれである。多くの高校生がネットやスマホにはまり、深夜までネット上を徘徊し、学業がおろそかになり、成績が下落し、授業が分らないからしまいに学校へ行かなくなり、自室に閉じこもり、精神に変調をきたし……という負のスパイラルに陥っているのもよくわかる。
 おそらく、この予備軍は、高校生レベルで一クラスに数人、学校全体で一割以上はいる。特に男の子の引きこもりは多くがこれであるような印象である。これに、通学の往復に時間がかる子は、危なっかしい率がぐっと高くなる傾向も見逃せない。
 茶の間で家族とともにテレビを見る。本屋に立ち 読みしに出かける。つまり、家族団らんのコミュニケーション、外に出ていい空気を吸う、付随してほかの本のコーナーにも行って+アルファの情報を得る……というような広がりがこれでは何にもない。
 もし今時の子供として生まれていたら、現状の自分を鑑みるに、私自身、陥穽におちることなく、うまく成長期を通過できていたか、正直心もとない。本当に今時の子供は大変である。 



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# by hiyorigeta | 2017-02-26 21:52 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

ギター・サウンドを楽しむ


 23日の朝、新聞を開いたら、ラリー・コリエル(g)死去との記事が出ていた。
 七十年代初頭、ジャズギター界はロックテイストを加えたギタリストたちを輩出した。マハビシュヌのジョン・マクラフリンやこのラリーなど。彼は先駆者的存在であったが、ジャズ色が比較的濃厚に残っていて、後のフュージョン全盛時代に寵児となることはなかった。有名なアルバムは、黒縁眼鏡をかけた横顔がアップに写っているやつである。我が家には、辛島文雄(p)のアルバムにゲストで参加して数曲弾いているLPがある。そういえば、近年は名前を聞かなかった。九十年代以降、どんな活動をしていたのだろう?
 年末のグレック・レイク(b)にしろ、一番、音楽を聴いていた七十年代に活躍した連中がどんどん鬼籍に入っていく。

 職場に、初任でもご一緒だった同世代の音楽好きがいて、古い外国ポピュラー系のCDを貸してくれたので、少しずつ聞いている。グランド・ファンク・レイルロード、クイーン、ブルース・スプリングスティーン、フューイ・ルイス&ザ・ニュース。自分からは買わないジャンルの音楽なので、逆に新鮮に聞くことができた。「ああ、この曲、ヒットしたよねえ」というのが時々流れてくる。グランドファンクの「ロコモーション」やフューイの「パワー・オブ・ラブ」など。中では、やはり世代的にグランド・ファンクのゴリゴリのロック・サウンドが懐かしかった。ギター・リフがいかにもいかにもである。
 そんなわけで、ちょっとハード・ロック気分となり、お楽しみで聴いていたハロプロ系列のガールズ ・ロック・バンド、ラベンダーのDVD(昨年九月のライブ)を購入してみた(エアロスミスとか洋物にいかず、ハロプロかいと突っ込まれそうだ)。魚住有希の弾くギターは典型的ハード・ロック・サウンドで、それにアイドル風味を残したツイン・ボーカルが載るスタイル。彼女のソロはフレーズに華があって上手。売りのツイン・ギターの相棒、宮沢茉凛は超がつく美人さん(魚住はこのライブで卒業。今後、このバンドはどうするのだろう?)。

 最近、夜のお楽しみで、ハロプロPR番組を連続的に見ている。その中で、アイドル曲のバック・サウンドを録音する様子がいろいろ紹介されていた。エレキ・ギターやベースが、スタジオで音を録っていく様子がなんとも興味深い。音は「継ぎはぎ」するので、部分部分、細切れで録っていく。「ここはこういうほうがいいよね」ということになると、そこだけ弾きなおす。あるいは何パターンか録って選んだりもする。
 調整室のコンソールの窓の向こう、衝立などに仕切られたスタジオで黙々と孤独に弾くというのではなくて、ディレクターらが一緒に座っていたりする場所で、談笑しながら何度も弾きなおしている様子は、私のこれまでイメージしていた録音風景とだいぶ違う。それに、音はすべてパソコン経由で編集される。そんな今の音づくりの様子がよくわかって面白かった。
 ベースなど、昔、超絶技巧と思われていた奏法や超高速運指も、今や涼しい顔してやっていて、時代の進化を感じた。まあ、なんでもござれの、恐ろしく達者なオッサン演奏家たちである。
 先日、リッチー・ブラックモアがギターを弾いて会場を沸かせている古い映像をネットで観たが、今観ると、なんとソロが単純でのんびりしていることかと、素朴ささえ感じた。これも時の移りかわり。
 ということで、最近、ハード系ギター音楽も聴いている。この手のギター・サウンド、高校生の頃、はまっていた連中多かったなあ。

(追記 話題に出した辛島さんが逝去されたと死亡記事が出ていた。ライブも二度見たことがあり、贔屓のピアニストであった。とにかく巧かった。合掌。2017・2・27)

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# by hiyorigeta | 2017-02-25 20:41 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

当時使われていなかったからと言って


 先日、次期「小中学習指導要綱(案)」が公表された。目玉の目標である「アクティブ・ラーニング」が、「ともかく、グループ学習させればいいんだろ」的な解釈をされ、「活動あって学びなし」に堕している現状の試行結果を踏まえ、知識の習得にも時間をかけるべき旨明記されているところが、なんとも可笑しく、さい先思いやられる「目玉」である。
 中で気になったのは社会科で、当時使われていなかったとか、一部で通商があったからという理由で「鎖国」という言葉を使わないという。代替用語は「幕府の外交政策」。ただ、これでは、外交全般を表す言葉でしかない。幕末の「開国」のほうはそのまま使うと いうし、何か違和感が残る方針である。
 他に聖徳太子は「厩戸王(聖徳太子)」にするという。確かに厩戸王という言葉も習った。こちらのほうが当時の言い方なのだろう。でも、以後、聖徳太子立像や掛け軸などほとんどの作品はもちろん聖徳太子のほうで呼びならわしている。
 その後の文化的な受け継ぎなども含めて決めるべきで、変にいじくると、長い目で見て混乱するのではないかと危惧される。一見、学問的成果の結果の変更であるという衣を纏っているが、私には、今世界ではびこる硬直化した「原理主義」の流れのように感じるのは私だけだろうか。

(追記 後日の新聞によると、異論が多く出てこの件は急にトーンダウンしたらしい。)

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# by hiyorigeta | 2017-02-22 20:32 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

久しぶりのペンクリニック

 愚妻が新聞記事で地元百貨店でパイロット社のペンクリニックが開催されるというのを見つけた。
 ということで、この休日、久しぶりに出の悪い万年筆片手に愚妻とともに、繁華街、武蔵が辻に赴く。寒いものの晴天で、この時期としては上々の部類。
 ペリカンの茶柄復刻調の限定版を、以前ネットで買ったのだが、最初からかすれてインクの出が渋かった。それを直してもらう。調整中、いろいろ注意点を教えていただいたり、見本品の書き味も試したりして、久しぶりに万年筆に親しみが湧いた。他社のものでも快く引き受けてくださって、ありがたい気持ちでいっぱい。これで、ようやく限定ペリカンが使えるようになった 。
 愚妻のほうはパイロット社のものを調整してもらったが、メッキの剥げたパーツを無料交換してくれるとのことで、喜んでいた。

 少し遅い昼食をとった後、近江町市場を通る。日曜日とて鮮魚や青果市場はセリをしていないから、当然、ここも原則休業だが、観光客はネットで有名になった海鮮丼店などに群がって列を作っている。また、そうした観光客目当てで、生鮮品を扱っていないお店が店を開けている。中には魚店まで開けていて、蟹なんぞを売っているのが、地元民としては違和感が残る。本当に大量の県外客がうろついていて、全店開けている平日より活況を呈しているのが、やはり、なんとも変。
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# by hiyorigeta | 2017-02-20 21:09 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

本日の話題といえば

 もちろん、チョコレート。
 動脈硬化予備軍の私。予防によいとされる「ポリフェノール」がチョコレートのカカオに大量に入っているとかで、今、高カカオのチョコレートがブームである。先日みたテレビでは、白衣を着たドクターが、毎日、五粒食べるといいとのたまう。無理に高カカオでなくても、カロリーは少量だから気にする必要がないとのこと。
 二週間前に見たネット配信動画では、百パーセントのを食べていた。そんなのがあるんだ。見ると、さすがにまずそうであった。
 昨日、スーパーに行ったら、八十六パーセントと七十二パーセントのがあって、興味本位で高カカオのほうを買ってみた。 甘味はほとんどなく、苦い。昔カカオは薬でもあったと聞いたことがあるが、そんな感じである。本日、七十二のほうを食す機会もあって、こちらは。それなりに甘味があり食べやすい。お菓子として苦めのチョコを食べているといった感じなら、こちらのほうが抵抗がない。
 今日のバレンタイン、親族・職場同僚などからもらって、即、メモをする。三月十四日にお返し日があるからで、このお返しを早めに買うと賞味期間が短くなって失礼だし、ひきつけると今度は仕事多忙期間なので、買い忘れるで、なかなか悩ましい、
 以上、バレンタイン~ホワイトデイ関連のお話。
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# by hiyorigeta | 2017-02-14 18:11 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり、日々の生活や趣味をつぶやいたりするブログです。アップが日付順でないことがあり、また、文字ばかりですが、ご容赦下さい。http://tanabe.easy-magic.com


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