カテゴリ:日々の生活( 295 )

凡事徹底

 若い教員の方の座右の銘に「凡事徹底」という言葉を上げている人がいて、それが偶然か何人かの中に二人いた。
 四字熟語のようだが、正直、初耳である。ただ、言いたいことは判る。「平凡なことを徹底するところから始めなさい」。
 座右の銘にしている人がいるくらいの四字熟語を知らないのは、この商売をしていて情けないなあと、まず、広辞苑をくってみたが出てこない。そもそも、「凡事」が言葉としてない。日本語として意味が通ることからの造語かもと、ネットのほうで調べると、すぐ出てきた。
 車関連企業イエローハット創業者書いた本の中で提唱している言葉だそうで、トイレ掃除や洗車といった「凡事」を大切して、「平 凡を非凡に努める」ことが重要と説いているようである。「非凡努める」とは、つまり、まず、そういうところで能力を発揮し、人に抜きんでろということかしら? 
 もちろん、その精神は企業人として間違いないし、社訓的にも素晴らしい。
 今回、私としては、さっきも言ったように、もういい歳な上に、難解漢字ならいざしらず、簡単な漢字で出来上がっているのに、一度も聞いたことがない四字熟語ってあるんだとちょっと残念に思っていたので、最近、一個人が作った造語だと知って、ちょっと安堵したというだけの話である。
 ところで、ネットで読んだこの方の著作の紹介文には、この本には、芥川龍之介のことばとして「人生は瑣事に苦しみ 、瑣事を楽しまなければならない」というのを引用して説明してあるというようなことが書いてあった。
 でも、これには、ほんのちょっと違和感があった。前半は、芥川がいかにも言いそうな言葉だが、彼がこんな明るい結論を言うだろうか。それに、出典は「侏儒の言葉」らしい。それなら、なおさら。そこで確認してみると、本文はこうあった。
 
 人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。
 人生を幸福にする為には?――しかし瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ。庭前の古池に飛びこんだ蛙は百年の愁を破ったであろう。が、古池を飛び出 した蛙は百年の愁を与えたかも知れない。いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。
 人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。
 
 やはり。芥川は、人生の幸福のためには日常の瑣事の中に「堕地獄の苦痛」を感じなければならない、つまり、瑣事は愛さなければならないが、瑣事は苦しいと言っているのである。苦しいが結論では、論旨に合わなくなる。一度、原典に立ち戻ると、こうした、ちょっとニュアンスが違うぞというようなことは時々ある。
 
 今回 、著作を読んだうえではないし、紹介文を書いた方のまとめた言い方なのかもしれず、心もとないが、ここで言いたかったことは、犯人捜しや中身の話ではなくて、引用をする上での注意の話。
 自分が引用するときには、悪意なく無意識にこの種の引き寄せをしていないか、人の引用を読むときにも、もしかしたら、そうなっていないか、ちょっと気をつけないといけないなあという自戒。
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by hiyorigeta | 2017-05-24 21:51 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

一安心

 我がマンションのすぐ横にはかつてコンビニがあって重宝していたが、閉店。更地になって数年たった。駐車場も含めるとマンションが建設できる広さなので、ドンと高層ビルが建って、日当たりが悪くなるのではないかと恐れていたところ、昨年秋、敷地の一部に平屋が建ちはじめ、車の洗車やメンテナンスのお店が開店した。今後、小路の横からの車の出入りがあって気をつけねばならなくなったが、高層ビルや深夜も営業するような音の出るお店でなかったので一安心。平屋というのも、正直よかったと思う要素であった。
 雪の季節に洗車に訪れる北陸人はほとんどおらず、他人事ながら大丈夫かと思っていたが、春以降、冬タイヤからの交換、黄砂落としの洗車と、それなりに軌道に乗ってきたようで、ご同慶の至り。こちらとしては末永い繁盛を祈るばかり。
 我が町内は高さ制限の町内会合意が成立しなかった町会なので、日照権での高さ制限もなく、こうしたハラハラを抱えている。
 あのコンビニがなくなって、ちょっとしたものを売っているお店が近くになくなってしまった。家にないものに気がついて、パーッと階下まで下りて買いに行ったり、夜、最寄りのバス停から家まで帰る時に、ちょっと寄って小腹を満たすものを買ったりと、当時は何かと重宝していた。そういえば、夏の夜、暑くて暑くて、さっとビールを買ってきて飲めたのも便利だったなあ。
 さて、新しくできた車ショップ。重宝するかといえば、車は自分で洗っているし、そうそう行くところではなく、こちらのメリットはほとんどないのが残念。なんでもいいけど、使えるお店ができてほしかったなあ。
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by hiyorigeta | 2017-05-15 20:49 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

竹の子の季節


 毎年恒例の筍料理を食す会。いつもはGW後の土曜日開催だったが、今年は四月の終わり、GW前に開催。いつも行く栽培農家に夕刻集合。
 最盛期の時期だけに、個室仕様ではなくて、襖をあけて、他の客と一緒にいただく卓並びであった。大学勤務は定年が六十五歳なんだ、羨ましいねえなんていう話がでる。
 食べ終わり外に出ると、町中と違って明かりが強くなく空気が澄んでいるので、星がよく見えた。一瞬、星を見る会となった。
 裏年ということで、今年の竹の子はこれだけかなと思っていたら、時期外れに近い一昨日になって、愚妻が二本いただいてきた。それで、ちゃんと今年も家で筍尽くしをいただくことができた。野生で少々伸びすぎのようだったが、採って数時間という新鮮さだったので、ちゃんと柔らかい。

 昨夜は、県総体に向けての景気づけの 宴会が近くのホテル別館のイタリアン・レストランであり、美味しい料理をいただいた。こうした場所は、個人的にめったに行かない。
悠々自適になると、こうした職場単位の公的な宴会はなくなる。来年は一年間、歓迎会とか頑張ろう会とか、「この名目での宴会はこれで終わりだな。」みたいな感慨を持ちながら飲むことになるんだろうな。今は、その「プレ」的な気分で宴会に参加している。

 最近のテスト作成の仕事。一種類でも、昔に較べ選択問題などがあって模範解答込みで十頁ちかく作って印刷せねばならなくなっている。コースが分かれていたり、いろいろな配慮が、どんどん 複雑なテストづくりへと変化して、できたものを関係者に見てもらうと、完璧だと思っていても何か所もミスが発見される。それに、それぞれの方の授業に合わせた汎用性も持たせねばならず、たった一種類作るだけでも手間は相当なものとなる。教員の仕事は、もろもろこんな風に複雑化してきており、ひとつひとつはちょっとした手間の増加程度のものがこうも押し寄せてくると、気が滅入る。今後、軽減の方向にいくとは思えないので、これからずっとこの商売をやっていく若い人たちは大変だ。
 一応、週末前に完成させて帰宅。休日に持ち越さずに終わって、気分的に楽。

 先週の休日は親戚のことでその家に行ったり、今週は別の親戚とファミレスで十年ぶりにあったりして、ちょっと色々な血の縁を感じる一週間でもあった。両日とも、五十年近く前の記憶を色々喋った。  

 今、道路の街路樹の根元は躑躅が満開である。赤・ピンク、それに時折白色が混ざり、鮮やかな色あいが美しい。暑い日も混じるが、朝方、ちょっと羽織るものが必要な時もありで、季節が進んでいく。

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by hiyorigeta | 2017-05-14 21:41 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

GW中、金沢は大混雑

 これまで黄金週間は全日仕事でつぶれて休みなしが続いていて、行きたかった「ラフォルジュルネ金沢」にもずっと行けないでいたが、今年は、前半の連休と後半五連休の初日と二日目午前中以外は休みとなった。
 ところが、あろうことか、肝心の「ラフォルジュルネ」が金沢から撤退してなくなってしまっていた。あれれ、今後どうするんだろうと思っていたら、地元の実行委員会は、急に「風と緑の楽都音楽祭二〇一七」と銘打った音楽フェスティバルを開催することにし、存続をはかった。大事な連休集客行事である。そのままやめる訳にはいかなかったのだろう。
 この新しい名前、タイトルの「風と緑」は、まあいいけれど、「楽都音楽祭」という造語のほうは、どうにも座りが悪い。いまひとつのネーミングのように思わないでもない。
 二月ごろ発行されたパンフを見つけたが、正直、魅力的な人はあまりおらず、今年はパスかなと思っていたら、愚妻がチケットを人様からいただき、急遽、行くことになった。

 第一回の今年は「ベートーベン交響曲全曲&ピアノ協奏曲全曲」という特集。入手したのは交響曲第四番。「英雄」と「運命」に挟まれた地味な曲なので、こちらまで回ってきたのかしもしれない。だったら、一番二番なんて集客はどうなのだろう?
 指揮はこの音楽祭に参加中の高雄市交響楽団の指揮者のチー・チン・ヤン氏。オケは地元OEK。交響曲の前に演奏した「コリオラン序曲」は、序曲らしく短くよくまとまっていて楽しめる曲。
 肝心の四番は、前から思っていたのだけど、中間の緩徐章が思いのほか軽快で、第三楽章はちょっと終わった感のある終わり方までしている上に、終章の盛り上がりが今一つで終わってしまう。つまり、メリハリに欠ける印象があったのだけれど、やっはり、久しぶりに生で聞いても、間違いなくそうだなと確認してしまう印象となった。演奏自体は、きっちりした判りやすい解釈で、オケの第一バイオリンは美しい。集客も思った以上で一安心。

 音楽堂でコンサートの時は、エスニック料理店に寄るのが定番になっていて、今回は始まる前のランチでもと思って行ったら、潰れていた。
 その場所はパンケーキの店になっていて、GWということもあり、驚くほどの行列を作っていた。ここのところ、フワフワとろとろのパンケーキがブームになっているので、たぶん、中央の有名店が出店してきたのだろう。
 また行くところがなくなってしまった。結局、そのパンケーキ屋さんの前にあったうどん屋さんでお昼にする。
 町は県外観光客の入れ込みと地元民のショッピングで本当にごった返していた。帰りのバスの中で、まだ夕飯時には早い時間なのにおでん屋さんに列をなしている様子も見えた。冬でもないし、こんな早い時間からおでんかいと、ちょっと呆れ気味に同情した。
 以前にも書いたことがあるが、金沢はおでんの名店が多いという地元民が知るマイナーな地域情報が、ネットで拡散、全国周知となって、こんなことになった。
 断言しますが、金沢おでんって特に変わったものでもありありませんよ。ちょっと、太平洋側にはない具材があるという程度。べちゃべちゃ雪が降る寒い夜に、繁華街に出て、こんな夜は、どこかでじっくり熱燗でも飲みたいなというシュチエーションだったら、もちろんお勧めしますがねえ……といった感じにすぎない。
 県外の方、こんな時に金沢に来ても、人が多すぎで、思うように色々できません。待ってばかりの観光になって消化不良で終わってしまうのがオチです。ご注意を。

 さて、この連休、私はといえば、このお出かけ以外は、新スピーカーの慣らしを兼ねて、クラシックやらジャズやら色々聴いてすごしました。
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by hiyorigeta | 2017-05-07 21:29 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

慌ただしく過ぎる

 新年度、職場の居場所が小部屋から別の小部屋に移動となった。二人だけの部屋で、年齢も同世代。静かな時間が流れる。
 2日(日)、義父の七回忌法要を永代供養してもらっているお寺で行い、ホテルに移って会食をした。愚妻一族総出席で、その半数が子供なので、しんみり思い出を語るというような雰囲気にはならない。わちゃわちゃと賑やかな会であった。ホテルでちゃんとした食事をすること自体初めての子供がほとんど。ちびっ子だった姪っ子も、もう三十歳をすぎ、四人目がお腹にいて、予定日も近いという。
 カレンダーの関係で3日が事実上の新年度初顔会わせ。それから一気に新年度仕事が始まった。入学式までの時間がつまっていて、慌ただしいこと甚だしい。各種新年度行事、所属部署主催の研修会や行事の仕事、テスト採点、部の加入、遠足………。
 気がついたら一ヶ月近く日誌の更新が途絶えていた。
 元気にすごしています。
 一昨年せっかく痩せたのに、また戻ってしまった。また痩せる努力をせねばならないなあ。はぁ~(息)。
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by hiyorigeta | 2017-04-27 19:48 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

自家薬籠中の「一太郎」なのに

 職場のワープロソフトは、ワード・一太郎混在だったが、新しいWindows10は一太郎を排他的に扱っていて、来年度からワードで統一というお触れがだいぶ前に出ていた。数字を変えるだけの書類は、その際、ワードで保存するように言われたが、こっちは膨大なプリントなどのファイルがある。その数何千。使うかどうかわからない一太郎ファイルを全部変換するなどできかねる。よく以前のテストを再利用して作り直すということがあり、今後どうするか、本当に困っていた。年度末になって、困る人もいるだろうから、一太郎を新規購入しなおして、使えるようにしてあげるということになり、一安心。首の皮がつながった。生徒の春季休業中に、古いものを削除し新しいものにした。削除申請、新規導入申請という認可の手続きもあり、昔に比べ、えらく面倒くさくなっている。

 ようやく手続きなって使い始めたが、何か変。よく見ると、辞書が一太郎のATOKではなくてマイクロソフトのIMEになっている。これはどうしようもないらしい。
 使ってみると、この辞書はやっぱり横書きの発想をしていて、縦書きは使いにくい。数字は(9)とか色々出てくるが、二頁まくってその最後に九がでてくる。いちいち漢数字一字を打つために辞書をまくらねばならず、もどかしい。おまけに数字は学習しないようで、前のほうにずれてくれない。

 ワードも使わねばならなくなったが、実際使ってみると、辞書以外の動きもいろいろ違っていて、それにもいちいち慣れねばならぬ。
 いらいらするが、もう、どうしようもない。あと定年まで二年である。自分だけ使う書類は一太郎で作り、人様が絡むもので横書きのものは、一太郎で作って、ワードに貼り付け、体裁だけ整えて保存するということをしている。ただ、罫線が入るとぶちこわしである。
 年月を経ると、たかだか書類一枚作るだけでも、いろいろ面倒なことになる。
 だましだまし、ごまかしごまかし。なんとかあと二年。

 それにしても、一太郎くんは、外国からやってきたマイクロソフト家からいじめを受けているとしか思えません。可哀想に。

(追記 昨年11月8日の記事とかなりかぶっていることを発見しましたが、そのままにしておきます。)

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by hiyorigeta | 2017-03-29 19:42 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

連休は

 連休にプラス一日振替休を取ったので、家でゆっくり骨休みモードに突入。ネットで番組を数珠つなぎに観たり、音楽を聴いたり。
 贔屓のバンドのメンバーの一人が釣り好きということで、彼女が出演しているネット配信の某釣り番組をまとめて観た。釣り用語は専門的でわからない言葉が多いが、釣り好きでも、今の若いもんは、年寄りにとって常識的な魚関係の言葉を存外知らないということを番組内のクイズの解答の様子などからわかった。
 「〇〇の生き腐れ」の〇〇に入る言葉は? とか、艫(とも)とは、何のどこのことを言うのか? とか、海が荒れている時の言葉「しけ」は、漢字でどう書くのか? とか。この種の問題である。
 釣りは知らないけれど、魚は生活に密着している。古くからの言い伝えや言葉がたくさんある。それのいくつもが、魚好きにもかかわらず伝承されていないのだと気になった。
 と偉そうに言っているが、魚に関して正直知らないことだらけであった。そもそも「おじさん」という魚がいるというのを初めて知った。これは番組出演者、超簡単御褒美問題だといって全員正解していた。もしかしたら北陸にはいない魚なのかもしれない。結構、知らない名前の魚が出てくる。
 いずれにしろ、知らない趣味の世界の話だったので、新鮮に楽しむことができた。

 ネスカフェのドルチェというカートリッジ式珈琲メーカーを昨年から使っていて重宝しているが、今年、宇治抹茶のカートリッジが出たので試しに買ってみた。いちいち茶筅を使わなくても泡立ったお抹茶が飲める。最初、お抹茶を マグカップで飲むのがえらく新鮮であった。味はまあ普通。

 先日、職場で廃棄されていたビデオデッキがあったので、許可を得て家に持ち帰った。動くけれどリモコンがないので操作がほとんどできない。リモコンを入手しようと、中古店を見て回ったり、ネットで調べたが、うまく適合するものがない。本体に再生ボタンがあるだけ。捨てられた理由が分かったが、それでもないよりもましなので、テレビの下に設置した。最近の家電は、本体にボタンがあまりなく、すべてをリモコンで済ましているので、こんなことが起こる。
 さて、懸案のオーディオのスピーカー、どれにするか決め、発注した。スェーデンのメーカーのせいか、来るのは五月上旬という。

 休みは平日用に常備菜をいくつも作っておく。そうした料理をしたり、久しぶりにジムに行ったりしたが、たいして家から動かないまま、この連休は終わった。



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by hiyorigeta | 2017-03-21 22:09 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

切り替えながら


 少しずつ春の気配が表に出てきた感じで、先週は特に春めいていた。よく見ると、木々の中には芽を小さくつけているものも出てきた。今週は雪が降ったりして逆戻り。昔からの「仕事あるある」で、業務多忙の今週は毎年大抵雪が降る。

 先にも書いたが、職場は合否が開いて、悲喜こもごもの時期。後期に向けて解説を受けたり静かに目立たず勉強している者、後期を受けず今後を相談している者、受かって喜びの報告をしにくる者、本当に人それぞれである。同じクラスメイトとして、数日前、卒業式を迎え、クラスで最後の写真を撮ったりして楽しくやっていた仲間が、今は明暗を分け、お互い顔を合わせずらくなっている様子もチラリと見えたりして、微妙な空気の時間である。仲良しで且つ同じ大学を受けたりしていたら本当に気まずいだろうと思う。
 そうしたドラマが起こりつつ、在校生たちは淡々と授業を受け、試験で止まっていた部活を再開している。来年はわが身ではあるが、でも、今は他人事である。在校生にとってはちょっと数日のお休みがあったナイスな一週間だったにすぎない。夢の国に行ったという子も多い。「あそこに戻りたい」と今日も心は浦安のままの子もいた。
 まあ、人それぞれ。自分がその事態に立ち至ってはじめて、あたふたと対応する。それが普通である。
 こっちでは悲喜こもごもに対応し、こっちでは日常モードで対応と、教員は雰囲気の全然違う現場を切り替えながら泳いでいるような気分になる。
 

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by hiyorigeta | 2017-03-18 20:20 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

最近の動き


 暖かい日ばかりとなったが、また、霙が降ったりして寒さが逆戻りしたりの毎日。それでも今年は雪が少なく、雪で足が取られるような大雪はなかった。気象台によると、過去一番ではないが、かなり少ない部類の年だったそうだ。
 受験がらみの多忙も終わり、合格した子が挨拶に来たり、落ちた子に心構えを話したりと、後フォローの仕事とも言えないような仕事をしている。
 先週は、三月ならではの気の張る仕事が続き、それに部の引率と、例年通りながら、疲れて家に帰ってぐったりして、すぐに寝るような生活であった。

 さて、そろそろ年度が終わる時期。ご苦労さん会や送別会がいくつか入っている。
 先日は主計町の廓並びの料理店で少人数での宴席。創作日本料理のお店で、量は少ないが手の込んだ料理が出て、美味しく日本酒がすすんだ。風情のある建物の個室で、この辺りで飲むのは久しぶり。前回はおそらく五年前のことになるのではないかしら。金沢情緒満喫。

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by hiyorigeta | 2017-03-15 21:18 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

年寄り男性がいるとよい

 外部の相手との話し合いの場で、こちら側から出席する人たちが全員女性だった。そこで、私にお声がかかった。男子が一人はいたほうがいい、何かと相手が納得しやすいということで、あまりその事案にタッチしていないにも関わらず、その会合に出席することとなった。まあ、つまり、歳をとった男性がその場にいることでの「権威づけ」である。「私のような者でいいのかしらん」と思ったが、そこに「頭の禿げた地味な背広を着たベテラン風」の人の存在が大事なのであって、一言でいうと、私は「マネキン」である。

 それでうまくいくのならそれでいい。ただ、これ、世の中がいまだに男女に対して抱いている常識に従っての配慮で、男女平等とはいいがたいのだが、つまり、今は過渡期なのだろう。あともう少しで、こういう配慮は無用になる。それはもちろんいいことで、地域によっては、特に大都市圏などは、もはやそんな配慮は不要の社会になっているはずである。こちらのような田舎も、もうそろそろ、そういう時代は終わりを告げる。

 石川県は女性参画社会ではかなりの後進県である。元旦に配られる地方新聞に、分厚いの名刺集成のような新年ご挨拶の特集の頁があるが、富山県に比べると、石川県に女性名前がほぼ無いと愚妻は指摘していた。見比べると確かに歴然と差がある。石川県は起業する女性の数が圧倒的に少ないからである。つまり、女社長の数が全然違う(以前にこの点は書いたかもしれない)。
 石川県は、北陸三県の盟主のような気分の「武家気質」が抜けず、お武家様の御当主に内助の功の御奥様といった図式なのだろう。もともと「商売気質」の富山県より、はっきり遅れている。

(今回の男女の話、大都市でこの文を読んでおられる方は、地方はまだそんなレベルなんだと驚いているかもしれない。生まれも育ちも地方だと、そのあたりのニュアンスが判らない。わかるのは「隣県と比べて」どうかくらい。逆に、首都圏の人が地方をわかっていないでする発言なんかは、すぐ気がついて、こちらは呆れたりもする。)
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by hiyorigeta | 2017-03-01 05:15 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり、日々の生活や趣味をつぶやいたりするブログです。アップが日付順でないことがあり、また、文字ばかりですが、ご容赦下さい。http://tanabe.easy-magic.com


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