カテゴリ:教育・世相( 41 )

世界は二人のために

 梅雨末期的な雨で、湿っぽさマックス。エアコンは除湿モード。確か除湿モードは電気代が逆にかかるという話を聞いたことがあるが、どうなのだろう。家の白いエアコンもだいぶ黄ばんできた。人工樹脂の白色はたいていこうなる。
 さて、以下は、引き続き、去年書いた断片の蔵出し。統計の紹介だけで展開できず。

 先日、テレビの歌謡番組で、相良直美ではない誰かが「世界は二人のために」を歌っていた。本当にひさしぶりに聞く曲である。「愛、あなたと二人、夢、あなたと二人~二人のため世界はあるの」という山上路夫作詞いずみたく作曲の1967年の大ヒット曲。一時、結婚披露宴ソングの定番になっていた。
 燃えるような恋をしているのでしょうね。この主人公。今時、こんなストレートな曲はありません。ゆったりとそればかりを繰り返す。当時、子供心でも単純な曲だなあと思ったおぼえがあるけれど、今聞くと、逆に、それが新鮮だったりする。未来を素直に信じられる、よき時代だったんだなと思わずにはいらない。
 はしだのりひことクライマックスの「花嫁」(1971)もそう。「命かけた恋が今結ばれる」という強い思いで「何もかも捨て」て、愛に生きようとする。これも、つまり、愛というものが堅く信じられていた時代ならでは。

 女性が高学歴化し晩婚化して、三十歳で独身が半数以上。都会では七割。無理に自分を安売りしたくない。そうなると、結婚も諸条件整備の上ということになる。歌詞のような駆け落ち辞さずの燃え上がる愛は、素敵で少々の憧れもあるけど、おそらく自分はそうはならないだろうなと思っている女性がほとんどなのではないだろうか。
 先日、石川の人口減少の分析結果が県のパンフに載っていた。二〇一四年現在、出生率は1.45。未婚率は、男性二十五歳~二十九歳では七十パーセント、女性は五十九パーセント。
 社会減としては、大学進学などで県外からの流入があるものの、就職時に大都市圏など県外に流出する人口が、2014年単年度で一三二七人もおり、マイナス五八六人となっている。
 このままでいくと、五十年後には石川県の人口は四十万人ほど減り、現在の115.5万人から79万人ほどになるという。高齢化も進み、2010年現在、六十五歳以上の人口が占める割合は23.7パーセント。いずれ三人に一人は高齢者になるという。県は、経済活動が縮小し、各種行政サービスが低下し、地域コミュニティの機能も落ちていくと警鐘を鳴らしている。
 そこで、行政は、人口減の要因のひとつを取り除くために、就職時、地元に残ってもらおうと、高校生向けに講演会を開きアピールする。ただ、進学校の場合、「世界に雄飛せよ」と指導しているところばかりなので、大人は指針を二つ指し示しているかのようになっている。

 県内の独身男女に、今、異性とお付き合いしているかを聞いた調査結果が一ヶ月ほど前新聞に載っていた。男七〇%、女六〇%が異性とのお付き合い現状なしという。
 ところで、この一〇%の差はなんだろうねという話になった。二股かけている、あるいは、既婚者とお付き合いしているから数値が違う、というのしか男の私には考えられなかったが、ある女性は、異性とのお付き合いという概念や関係性の基準が、男女で違うからではないかしら、という意見を言っていた。確かに、あり得る話である。
 でも、おそらく、二股・不倫も何%かはあるよねえ。おそらく。



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by hiyorigeta | 2017-07-24 23:40 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

いい元号であれかし

 天皇の退位という事態となり、新しい元号が、急にではなくて何時というはっきりと決まった日時に変わるということになった。
 もう何度も書いたことだが、大学の授業のある日、宇野精一先生が雑談の中で「もう新しい年号決めてきた。今は出番まで金庫の中で眠っている」というようなことをおっしゃって、我々生徒たちは大変驚いた。その瞬間のことは、よく覚えている。昭和天皇が亡くなったのは、それからだいぶたってから。例の小渕官房長官が「平成」という習字の字で書かれたパネルを見せたシーンを見ながら、これが、あの時、先生が言っていた金庫の中のやつかと思った覚えがある。
 さて、この時の記憶があるから、私は 、今回も、もうとっくに元号は決めてあるものだと思っていたが、どうも、そうではないらしい。今度決めるための動きをするというようなニュースを、ちょっと前にやっていた。
 そんな話題の中で、前回の様子をまとめてある記事をネット上で見つけた。あの時も、宇野先生は自分だけで決めたといったニュアンスではなかったので、何人かの委員がいたのだろうということは察せられたが、記事によると、学者三人で打ち合わせたという。宇野先生の他に目加田誠氏、山本達郎氏。
 「平成」というのは、先生の案ではなかったらしい。私はてっきり先生の案かと思っていた。先生は「正化」を推し、目加田氏は「修文」を推した。
 実際に「平成」の案を出したのは、だから山本氏だとも 、故安岡正篤氏が用意してあったものとも言われている。三人の話し合いの内容などの詳細は、もちろん判らない。
 正式決定は、天皇の死後、有識者懇談会に諮り、閣議の承認を得るという手続きをとる。会では、頭文字が「昭和」と同じ「S」にならないほうがいいという理由で「平成」に満場一致で決まったという話がネット上にあった。ただ、どのあたりまでが真実なのかは分からない。
 不肖の生徒からしてみたら、宇野先生が「正化」を推した理由や解説を直接聞きたかったなというのが今の感慨である。
 ネット上で、この幻の案の出典は、これではないかと予測して、掲げてあったので、ここに引用する。出典は『易経』という。

「重明以麗乎正、乃化成天下(重明以て正に麗(つ)けば、乃ち天下を化成す)」現代語訳は、「明が重なって正しい道に着けば(君臣上下が共に明らかで正しきにつけば)、天下ことごとく感化育成される。」

 この出典の正否は判らないが、「正につけば天下は感化される」というのは、いかにも儒教としての王道の考えである。先生は、確かに正義心が強く、時の政府の施策を批判したりすることが授業ではお得意であった。よく脱線して、そうしたお説を聞かされたものだ。だから、今回、「正化」と分かって、先生らしいチョイスだったのではないかしら、という気が後から湧いた。
 私が習ったころは、もう東大を定年退職した後の余生仕事だったこともあり、時事批評の話が多くて、授業をどんどん進めてほしいとチラリと思った覚えがある。でも、先生からしてみたら、大学生といってもまだ二年生、それも一般科目での授業で、そんな初学者たちに教える内容なんて、口角泡を飛ばして説明するほどのレベルではなかったということだろう。今になるとよくわかる。当時から大先生だということは知っていたが、若気のいたり。今から思えば、もっとまじめに聞いて、質問して、先生に食いついていけばよかった。もったいないことをした。

 「平成」は、国民みな好評をもって迎えられた。あの時、誰に聞いても、みんないい元号だと言っていた。「平らかになる」なんて、子供でもその願いが分かるし、漢字も簡単で親しみやすい。私もすぐいい元号だと思ったし、(字のバランスが難しい以外)今でもいい年号だと思っている。

 さて、その「平成」も終わる。祖母は「明治・大正・昭和」の三代を生き抜いた世代だったが、私たちも、もう少し生きていると、「昭和・平成・〇〇」の三代を生き抜いた人たちということになる。
 ただ、祖母は「日清・日露・第一次・第二次世界大戦の荒波をくぐって生き抜いた」というニュアンスがあるけれど、我々には、そんな苦労の経験はない。馬齢を重ねただけの「三代」である。日本人の生死にかかわる特記すべき大事件は、特になかったが、でも、それは、もちろんいいことだったのである。
 今回、どの学者たちが原案を決め、誰が懇談会のメンバー(前回は、哲学者の中村元などが委員だったらしい)になるのか、知る由もないが、前回のように、国民がみんな聞いただけで「いいな」と思 えるようなものにしてほしいもの。
 こんなことを取り立てて言うのは、妙に政治誘導的な、あるいは選民主義的・国粋主義的・国威高揚的なものになるのではないかと危惧しているからである。今日この頃の流れだと、選んだ理由に「日本民族としてのアイデンティティを高揚し、矜持を持って」云々なんていうニュアンスのものになりそうで心配している。

 今年は、この種の心配ばかりしている内容の日記が多いが、やっぱり、我々世代として心配だからである。若い人たちは、私たちの思いをどう思っているのだろう。もしかしたら、それが我々と大きく違っているのではないかというのも、心配のもとになっている。


(追記 この記事をアップした二日後の七月十六日付「北陸中日新聞」に、当時の元号制定の経緯について、元官房副長官的場氏への取材記事が載っていた。それによると一九八七年に山本氏から提案があったという。天皇死去の二年前である。私が授業で聴いたのは、氏が内閣審議室長としてこの問題に関わりはじめた八五年より前の話である。事務方の当事者であり以後の流れは氏の発言通りなのだろう。氏の話の中に山本氏目加田氏の名前は出てくるが、宇野先生の名前は出てこない。的場氏の関わっていない時に宇野先生は関わっていたということなのだろう。
 この「一問一答」で、やはり、死亡者の案は採らないという慣例により安岡氏の案は廃されていたこと、「平成」を山本氏から聞いて、これしかないと彼は大いに気に入ったということ、当日の審議会席上、アルファベットがHで、M・T。Sの続きのイニシャルとして据わりがよいと発言し(彼は「とっさに」と言っているが)、強くプッシュしたのはこの御仁であることが明らかになった。このことから、事務方的には「平成」で流れを作っていたことが判る。閣議の方も「異議はないという雰囲気だった」という。
 氏の話では、山本氏・目加田氏と市古貞次氏に依頼したとある。時期が違うとは言え、どうも的場氏の話だけで、この制定経緯の話はすっきりとしたという訳にはいかないように思う。
 それにしても、出てくるお名前、大先生ばっかりだ。2017/7/16) 



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by hiyorigeta | 2017-07-14 03:48 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

世相メモ


 おらの地域の利権代表として選んだ国会議員。結果として衆参とも現与党が圧倒的多数を占め、怖いものしらず。国民の保守化によって現政権支持率も不支持を圧倒しているので、輿論であるという正当性もつく。
 以下、後年の自分のためのおぼえとして、ここのところ世の中で起こって気になったことを、新聞やテレビから拾い読みして羅列しておく。

・二年前の安全保障関連法案に引き続き、「共謀罪」が参院で強行採決され、本日、成立した。賛成が165票、反対が70票と圧倒的。賛成が国民の民意ということになる。前回ほどの国民の動きはなく、国民は「ゴリ押し慣れ」しているとの指摘もされていた。

・四月、護衛艦が二隻竣工したというので、映像を観たら、全面飛行甲板で、どう見ても空母である。違うという理屈は色々つくらしいが。そのうちの一艘は「加賀」という名なので、やっぱり空母である。違う違うと言っておきながら、臆面もなく旧海軍の空母の名をつけてくるあたり確信犯的であるという見方も。

・天皇退位の後の名前が「上皇」になる。「院政」を想起する。ご本人は公務軽減や引退をしたかったのだろうに、こんな天皇の上のような称号は、どう思われるだろう。御座所は京都にという運動も起きている。

・学校教育で選択できる武道のひとつに「銃剣道」が追加された。例の銃の先に短剣をつけた銃剣を模した棒を振り回す競技。愛好者は三万人程度しかおらず、そのほとんどが自衛隊員という。文科省は教員の激務軽減に積極的な外部コーチの利用を呼び掛けているので、校地に自衛隊員が指導者として出入りするという事態も考えられる。つまり、学校で軍事のプロが敵を想定した訓練をする。これ、昔の軍事教練とどこが違う?

・北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射を受け、朝鮮半島に近い地域で弾道ミサイルを想定した住民避難訓練があった。わざわざ実施して危機を煽るPR効果を狙ったという指摘もあった。これと同じ防空訓練を子供の頃にしたことがあるとご高齢の方がテレビのインタビューでニコニコ語っていたが、うーん。
(追記 後日、引き続き本県でも実施することになり、能登の小都市が選ばれた。)

 次に世界で起こったこと。

・今年になって自国優先主義の保守的指導者が相次いで各地に誕生している。
・イギリスをはじめ世界各地でテロが頻発している。
・北朝鮮のミサイルが着々と進化している。

 世界の歴史を観ていると、どこかで戦争に舵を切ったら最後、戦争に行きつくまで、軍縮とか紆余曲折はあるものの、いくところまでいってしまうというところがある。今年、特に感じるのは、その舵がもう切られてしまったのではないかという漠たる不安である。


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by hiyorigeta | 2017-06-15 22:38 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

さすがの大学


 今年は大阪大学の問題演習を担当したので、大阪から帰ってきた生徒が問題を見せてくれました。本文にラインを引いてある苦闘の跡が生々しいもの。
 「現代文」問題の大問二は、吉見俊哉『「文系学部廃止』の衝撃」(集英社新書)が出題されていた。国立大の文型はコミュニケーション系以外の学部を縮小し、それらは私学が担当すればよいという見解を先年発表し、衝撃が走ったが、それに対する分析の文章である。もともと新書ということで、気軽に読めることを想定していて、平易な文章の部類である。
 受験生はもちろん文型の子たちで、これを読み、説明問題の答えを書く。まるで文型は益がないかのように思われているが、そうではないというということを説明している。
 それにしても 、この文章を受験の文章として出すことに大阪大学の矜持を見る思いがした。受験の文章に出すことで、大学自体が文科省に面と向かって「オカシイやろ!」と反論しているのである。
 いやあ、なかなかの「漢」だなあ。この大学を、いまさらながら惚れなおし(?)ました。

 このことを話していると、司書の先生が、この本はちゃんと図書室に入れてありますという。時事話題として、この問題についても本を入れておいたほうがいいと判断していれましたとのこと。さすがにご商売である。
 ということで、早速、この新書を借りていった生徒がいて、今は貸し出し中。目を通してみたいと思ったが果たせないでいる。

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by hiyorigeta | 2017-02-27 23:39 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

 先日、次期「小中学習指導要綱(案)」が公表された。目玉の目標である「アクティブ・ラーニング」が、「ともかく、グループ学習させればいいんだろ」的な解釈をされ、「活動あって学びなし」に堕している現状の試行結果を踏まえ、知識の習得にも時間をかけるべき旨明記されているところが、なんとも可笑しく、さい先思いやられる「目玉」である。
 中で気になったのは社会科で、当時使われていなかったとか、一部で通商があったからという理由で「鎖国」という言葉を使わないという。代替用語は「幕府の外交政策」。ただ、これでは、外交全般を表す言葉でしかない。幕末の「開国」のほうはそのまま使うと いうし、何か違和感が残る方針である。
 他に聖徳太子は「厩戸王(聖徳太子)」にするという。確かに厩戸王という言葉も習った。こちらのほうが当時の言い方なのだろう。でも、以後、聖徳太子立像や掛け軸などほとんどの作品はもちろん聖徳太子のほうで呼びならわしている。
 その後の文化的な受け継ぎなども含めて決めるべきで、変にいじくると、長い目で見て混乱するのではないかと危惧される。一見、学問的成果の結果の変更であるという衣を纏っているが、私には、今世界ではびこる硬直化した「原理主義」の流れのように感じるのは私だけだろうか。

(追記 後日の新聞によると、異論が多く出てこの件は急にトーンダウンしたらしい。)

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by hiyorigeta | 2017-02-22 20:32 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

語りを聴く

 職場で、地元在住の「語り」の専門家による朗読の会が行われた。前半は、茨木のり子の人となりを紹介しながら代表的な詩を語るというもので、初めて触れる子供たちにとって分かりやく構成されていて、うまいものだと感心した。
 また、後半の童話は、感情込めて語っていただき、情景が目に浮かぶようだった。まったく本を見ないで話していくのには驚いた。さすが専門である。

 最後に、私がまとめ役ということで、こういう話をした。
「我々は、文章を黙読したり映像で見たりすることばかりで、耳から詩や物語に触れるめことがほとんどありません。国語の時間の評論読解は、おそらく脳の大脳皮質あたりで処理していますが 、こうして詩の朗読を聞くと、簡単な言葉だけにいったん脳を通過して心の部分にすっと降りていきました。これは最近めったに経験しない心の動きでした。次の物語は、脳裏に情景を浮かべよういろいろ心が努力していました。これも映像を見るだけではしない動きです。今回の「語り」のお陰で、忙しい俗世から離れて、別空間に浸ることができた素晴らしい体験でした。」

 こうした催しものは初めてという人や小学校以来という人がほとんどの中、感想コメントも私のまとめと同様なものが多く、皆、新鮮に受け止めたようだ。声を出して読み聞かせるという行為がいかに重要かを、昨年に引き続き実感した。この商売をしておきながらおろそかにしている自分をちょっぴり反省。大昔は、物語などをこち らが一部朗読していたこともあったのに。最近は家で読んでおけですましている。

 さて、先日、図書館で購入する本を関係生徒とともに本屋に行って選んできた。そこで私は「茨木のり子の家」なる本を見つけ、購入図書として選んだ。
 中を見ると、一年前この日誌で触れた、彼女の家の外観や内部が写真でいろいろな角度から紹介されていて、ところどころに彼女の詩が入る体裁。部屋内部は調度品も含めてそのまま保存されいて、「寄りかからず」に出てくる椅子なども写っている。
 その本を読んでから、おはなし会に参加したのだが、「Y」の字が書かれた文箱や、生前に書かれた死亡案内状文案など、この本に載っていたものを次々話者が紹介していくので、驚いた。それならばと、このまとめ の話の時に、ここにこういう本がある紹介することにした。「すでに配架処理されてあるので、借りられますよ」と大宣伝したのだけれど、結局、誰一人借りなかったのは、あれだけ、アンケートでこの会はよかったと言っておきながらと、ちょっと残念であった。
 今の子は、こうしたところを深めていかない。あっさりと次に行ってしまう。
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by hiyorigeta | 2016-12-22 18:10 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

技術力

 燃費偽装問題を何度も起こし、結局、日産傘下に入った三菱自動車工業。今日のニュースで、日産の外人社長が三菱の社長も兼任するという。ランサー、パジェロなど人気車種も多かったのに、今は売れ筋がなく販売台数は目を覆わんばかり。買っているのは三菱グループ関連の人だけでは?という皮肉も聞こえてくる有様。

 先に、三菱重工業は客船製造事業から手を引くことを発表した。今後は貨物などに注力するという。豪華客船造船中、何度も火災を起こして納期が遅れ、莫大な補償金を請求されている上に、現場は、素人や外国人が入り乱れての作業で、危険度が増し、労働環境・安全環境が悪化しているという。作って五年の貨物船が沈み、積荷の損害も含め賠償金を請求されているという記事もあった。

 三菱飛行機(MRJ)は国産小型飛行機を開発中。しかし、何度も試行フライトが延期になったりして、海外のライバル会社に先を越されてしまったのは周知の事実。先だっては試行フライト中、空調の不調で引き返したというニュースが出ていた。受注は維持しているようだが、もたもたしている感は否めない。ちゃんと生産にこぎ着けて商売になるのかしらん。
 実は今日気がついたから書いているのだが、三つとも三菱。グループ企業として大丈夫なのかと心配。
 しかし、それ以上に、これは、技術立国が看板のはずの日本の技術力が著しく低下してきているということである。一度、低下すると元に戻すのは大変である。

 いくつのかの競技をどこでやるかさえ決まっておらず、今、もめているオリンピック。決まるのが遅くなっても、さっさと工事は出来て納期に間に合うという算段なのかしら。四年なんてあっという間だけど……。
 ギリギリで仕事をすると、何らかのトラブルがあった途端、間に合わなくなるよ、仕事は早めにね、というのが鉄則ですよねえ。私も定期テスト前、生徒に言っている。

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by hiyorigeta | 2016-10-19 21:15 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

研修会の引率

 先日、高校生の本に関する研修会・読書会に昨年に引き続き引率として参加・傍聴した。三十年前に比べ参加人員が大幅に減り(五分の一ほど)、会自体が廃れているという話は昨年書いた。「読書好き」「本好き」の減少は顕著である。
 各校から来るので、最初に簡単なゲームをして親睦を深める。この会の趣旨を踏まえ、昔はここで自分を平気で出して仲良くなろうとする雰囲気があったが、今は何人かそういう子がいるといった程度で、大盛り上がりという訳にはいかなかった。昔に較べ、随分引っ込み思案のように見える。あまり知らない人に自己を主張するのは、今や嫌われる可能性が高いので、恐る恐る自己を開示していくようなイメージである。

 この傾向は、一週間後にあった県下高校弓道のリーダーを集めた研修会でも感じられた。指示待ちで、自主練習時間に練習している人もチラホラしかいない。このため、例年に較べ積極性に欠け覇気がないと、指導教員はおかんむりであった。暑さのせいもあったのかもしれないが、今年、県高校弓道のレベルがぐっと下がったことも、こうした消極性が大きく影響しているように感じられた。
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 それはさておき、今年も研修のメニューに図書館見学があった。今回は、我が家の近所の市立図書館であった。ここは市内二つ目の図書館として二十年前に出来たところ。元からあった図書館に比べると、バックヤードの書庫が思いのほか狭い。
 この図書館、五、六年前、閲覧雑誌の種類を大幅に減らしている。基本、雑誌は買ってくれ、図書館ではもっと他にお金をかけるべきところがあるというスタンスからなのだろう。図書館に行けば、自分の趣味の雑誌がたくさん読めるという感じではなくなったので、少々、足が遠のいた。
 今度の研修で「最近、さっぱり来てないな。もっと使わなきゃ。」という気持ちが湧いてきたのが一番の収穫だった。会後、久しぶりに愉しく選んで、数冊借りてきた。



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by hiyorigeta | 2016-08-10 21:24 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

おじいちゃん先生

 副担をしているクラスのある女生徒が私をリスペクトしているのは、他の生徒から聞いていて、いやあ、もてていると、今日の今日まで思っていたら、生徒会誌のクラスの寄せ書きに、その生徒は、「○○先生(私のこと)は理想のおじいちゃん」と書いてあった。理想の「男性」でも理想の「大人」でもなく、理想の「お爺ちゃん」!!!。ガーン。
 卒業アルバムのその子の顔写真の下のコメントには「特技…おじいちゃん先生に媚びを売ること」と書いてあった。
 ええええーっ!!!!
 というのを、卒業式後にこのクラスに呼ばれて喋った真面目なはなむけの訓話の最後に付け加えて、案の定、 大受けでした。
 色紙の寄せ書きには、「余生を楽しんでください」というのもあって、生徒における私の立ち位置を今日まざまざと知りました。いよいよ「お爺ちゃん」かあ。
 その子が父の二十歳すぎの子で、その父もそのまた父の二十歳過ぎの子だとしたらあり得る話だが、うーん。
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by hiyorigeta | 2016-03-04 19:53 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)
 さっき読んだ文章。幻想を抱く老婆への聞き取り。
 彼女は介護施設では無口であったという。隣りに他の人には見えない人がいて、その幻影に向かって「あっちへ行け」と怒鳴っても、他の人にはおかしい人と見られるだけだから黙っているのだという。彼女が作者に語った内容は、彼女の幻想の世界の枠内では、まったくもって辻褄の合った世界である。そうだとすると、現代医学では幻想として片付けられている世界は、民俗学的にはシャーマンと結びつく人間の原初的な世界に通じているのではないかというのが論旨。我々の祖先はこうした幻想を神からの啓示として敬い、祭祀を行ってきたのではなかったか。なるほど、おかしい人と一括りでまとめることができない世界がそこには広がる。
 先日、老人介護施設の入所者を連続して窓外に放り投げて死亡させた職員が逮捕されていたが、現場の過酷な仕事のストレスも原因であろうとされている。介護仕事についたばかりのアラサー女子のツイッターを読むと、糞便まき散らし処理などの連続に、そういう気持ちになるのはよく判ると書いてあった。「朝日新聞」のルポによると、現場では、夜間勤務時、ナース・コールが九十回鳴るのはざらだという。

 何度か書いているが、亡父入院の折、寝たきりの老人を世話をする施設を見学したが、ずらっと病床に人が並んでいるにも関わらず、職員がほとんどおらず、一日に二回ほどオムツを換えられるだけのお世話という状況であった。寝たきりの中には、意識がしっかりしている人もおり、そうした人が天井を向いてただただ何もせずに時間をすごす苦痛を思うと、辛いものがある。家族も忙しい中、訪れるのは週に一二回程度だろう。声をかけても無反応の場合、見舞いの足も遠のく。ただただ時間だけが流れる世界。自分がそういう立場になったらと想像するとなかなかに苦しい。

 先日(三月一日)の、痴呆老人が線路に入り列車に轢かれ死亡、鉄道会社が家族に損害賠償を求めた裁判の最高裁判決は、家族にとっては温情判決だった。しかし、すべて責任をとらなくてもよいということではなく、状況を見て「総合判断」するということになっていた。つまり、ケーズバイケース。
 二〇二五年には老人の二割は認知症になるという統計も出ており、文章に出くわしたり、こうしたニュースになったりと、老人問題はあちこちに転がっている。

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by hiyorigeta | 2016-03-02 20:47 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
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