カテゴリ:教育・世相( 38 )

さすがの大学


 今年は大阪大学の問題演習を担当したので、大阪から帰ってきた生徒が問題を見せてくれました。本文にラインを引いてある苦闘の跡が生々しいもの。
 「現代文」問題の大問二は、吉見俊哉『「文系学部廃止』の衝撃」(集英社新書)が出題されていた。国立大の文型はコミュニケーション系以外の学部を縮小し、それらは私学が担当すればよいという見解を先年発表し、衝撃が走ったが、それに対する分析の文章である。もともと新書ということで、気軽に読めることを想定していて、平易な文章の部類である。
 受験生はもちろん文型の子たちで、これを読み、説明問題の答えを書く。まるで文型は益がないかのように思われているが、そうではないというということを説明している。
 それにしても 、この文章を受験の文章として出すことに大阪大学の矜持を見る思いがした。受験の文章に出すことで、大学自体が文科省に面と向かって「オカシイやろ!」と反論しているのである。
 いやあ、なかなかの「漢」だなあ。この大学を、いまさらながら惚れなおし(?)ました。

 このことを話していると、司書の先生が、この本はちゃんと図書室に入れてありますという。時事話題として、この問題についても本を入れておいたほうがいいと判断していれましたとのこと。さすがにご商売である。
 ということで、早速、この新書を借りていった生徒がいて、今は貸し出し中。目を通してみたいと思ったが果たせないでいる。

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by hiyorigeta | 2017-02-27 23:39 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

当時使われていなかったからと言って


 先日、次期「小中学習指導要綱(案)」が公表された。目玉の目標である「アクティブ・ラーニング」が、「ともかく、グループ学習させればいいんだろ」的な解釈をされ、「活動あって学びなし」に堕している現状の試行結果を踏まえ、知識の習得にも時間をかけるべき旨明記されているところが、なんとも可笑しく、さい先思いやられる「目玉」である。
 中で気になったのは社会科で、当時使われていなかったとか、一部で通商があったからという理由で「鎖国」という言葉を使わないという。代替用語は「幕府の外交政策」。ただ、これでは、外交全般を表す言葉でしかない。幕末の「開国」のほうはそのまま使うと いうし、何か違和感が残る方針である。
 他に聖徳太子は「厩戸王(聖徳太子)」にするという。確かに厩戸王という言葉も習った。こちらのほうが当時の言い方なのだろう。でも、以後、聖徳太子立像や掛け軸などほとんどの作品はもちろん聖徳太子のほうで呼びならわしている。
 その後の文化的な受け継ぎなども含めて決めるべきで、変にいじくると、長い目で見て混乱するのではないかと危惧される。一見、学問的成果の結果の変更であるという衣を纏っているが、私には、今世界ではびこる硬直化した「原理主義」の流れのように感じるのは私だけだろうか。

(追記 後日の新聞によると、異論が多く出てこの件は急にトーンダウンしたらしい。)

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by hiyorigeta | 2017-02-22 20:32 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

語りを聴く

 職場で、地元在住の「語り」の専門家による朗読の会が行われた。前半は、茨木のり子の人となりを紹介しながら代表的な詩を語るというもので、初めて触れる子供たちにとって分かりやく構成されていて、うまいものだと感心した。
 また、後半の童話は、感情込めて語っていただき、情景が目に浮かぶようだった。まったく本を見ないで話していくのには驚いた。さすが専門である。

 最後に、私がまとめ役ということで、こういう話をした。
「我々は、文章を黙読したり映像で見たりすることばかりで、耳から詩や物語に触れるめことがほとんどありません。国語の時間の評論読解は、おそらく脳の大脳皮質あたりで処理していますが 、こうして詩の朗読を聞くと、簡単な言葉だけにいったん脳を通過して心の部分にすっと降りていきました。これは最近めったに経験しない心の動きでした。次の物語は、脳裏に情景を浮かべよういろいろ心が努力していました。これも映像を見るだけではしない動きです。今回の「語り」のお陰で、忙しい俗世から離れて、別空間に浸ることができた素晴らしい体験でした。」

 こうした催しものは初めてという人や小学校以来という人がほとんどの中、感想コメントも私のまとめと同様なものが多く、皆、新鮮に受け止めたようだ。声を出して読み聞かせるという行為がいかに重要かを、昨年に引き続き実感した。この商売をしておきながらおろそかにしている自分をちょっぴり反省。大昔は、物語などをこち らが一部朗読していたこともあったのに。最近は家で読んでおけですましている。

 さて、先日、図書館で購入する本を関係生徒とともに本屋に行って選んできた。そこで私は「茨木のり子の家」なる本を見つけ、購入図書として選んだ。
 中を見ると、一年前この日誌で触れた、彼女の家の外観や内部が写真でいろいろな角度から紹介されていて、ところどころに彼女の詩が入る体裁。部屋内部は調度品も含めてそのまま保存されいて、「寄りかからず」に出てくる椅子なども写っている。
 その本を読んでから、おはなし会に参加したのだが、「Y」の字が書かれた文箱や、生前に書かれた死亡案内状文案など、この本に載っていたものを次々話者が紹介していくので、驚いた。それならばと、このまとめ の話の時に、ここにこういう本がある紹介することにした。「すでに配架処理されてあるので、借りられますよ」と大宣伝したのだけれど、結局、誰一人借りなかったのは、あれだけ、アンケートでこの会はよかったと言っておきながらと、ちょっと残念であった。
 今の子は、こうしたところを深めていかない。あっさりと次に行ってしまう。
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by hiyorigeta | 2016-12-22 18:10 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

技術力

 燃費偽装問題を何度も起こし、結局、日産傘下に入った三菱自動車工業。今日のニュースで、日産の外人社長が三菱の社長も兼任するという。ランサー、パジェロなど人気車種も多かったのに、今は売れ筋がなく販売台数は目を覆わんばかり。買っているのは三菱グループ関連の人だけでは?という皮肉も聞こえてくる有様。

 先に、三菱重工業は客船製造事業から手を引くことを発表した。今後は貨物などに注力するという。豪華客船造船中、何度も火災を起こして納期が遅れ、莫大な補償金を請求されている上に、現場は、素人や外国人が入り乱れての作業で、危険度が増し、労働環境・安全環境が悪化しているという。作って五年の貨物船が沈み、積荷の損害も含め賠償金を請求されているという記事もあった。

 三菱飛行機(MRJ)は国産小型飛行機を開発中。しかし、何度も試行フライトが延期になったりして、海外のライバル会社に先を越されてしまったのは周知の事実。先だっては試行フライト中、空調の不調で引き返したというニュースが出ていた。受注は維持しているようだが、もたもたしている感は否めない。ちゃんと生産にこぎ着けて商売になるのかしらん。
 実は今日気がついたから書いているのだが、三つとも三菱。グループ企業として大丈夫なのかと心配。
 しかし、それ以上に、これは、技術立国が看板のはずの日本の技術力が著しく低下してきているということである。一度、低下すると元に戻すのは大変である。

 いくつのかの競技をどこでやるかさえ決まっておらず、今、もめているオリンピック。決まるのが遅くなっても、さっさと工事は出来て納期に間に合うという算段なのかしら。四年なんてあっという間だけど……。
 ギリギリで仕事をすると、何らかのトラブルがあった途端、間に合わなくなるよ、仕事は早めにね、というのが鉄則ですよねえ。私も定期テスト前、生徒に言っている。

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by hiyorigeta | 2016-10-19 21:15 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

研修会の引率

 先日、高校生の本に関する研修会・読書会に昨年に引き続き引率として参加・傍聴した。三十年前に比べ参加人員が大幅に減り(五分の一ほど)、会自体が廃れているという話は昨年書いた。「読書好き」「本好き」の減少は顕著である。
 各校から来るので、最初に簡単なゲームをして親睦を深める。この会の趣旨を踏まえ、昔はここで自分を平気で出して仲良くなろうとする雰囲気があったが、今は何人かそういう子がいるといった程度で、大盛り上がりという訳にはいかなかった。昔に較べ、随分引っ込み思案のように見える。あまり知らない人に自己を主張するのは、今や嫌われる可能性が高いので、恐る恐る自己を開示していくようなイメージである。

 この傾向は、一週間後にあった県下高校弓道のリーダーを集めた研修会でも感じられた。指示待ちで、自主練習時間に練習している人もチラホラしかいない。このため、例年に較べ積極性に欠け覇気がないと、指導教員はおかんむりであった。暑さのせいもあったのかもしれないが、今年、県高校弓道のレベルがぐっと下がったことも、こうした消極性が大きく影響しているように感じられた。
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 それはさておき、今年も研修のメニューに図書館見学があった。今回は、我が家の近所の市立図書館であった。ここは市内二つ目の図書館として二十年前に出来たところ。元からあった図書館に比べると、バックヤードの書庫が思いのほか狭い。
 この図書館、五、六年前、閲覧雑誌の種類を大幅に減らしている。基本、雑誌は買ってくれ、図書館ではもっと他にお金をかけるべきところがあるというスタンスからなのだろう。図書館に行けば、自分の趣味の雑誌がたくさん読めるという感じではなくなったので、少々、足が遠のいた。
 今度の研修で「最近、さっぱり来てないな。もっと使わなきゃ。」という気持ちが湧いてきたのが一番の収穫だった。会後、久しぶりに愉しく選んで、数冊借りてきた。



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by hiyorigeta | 2016-08-10 21:24 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

おじいちゃん先生

 副担をしているクラスのある女生徒が私をリスペクトしているのは、他の生徒から聞いていて、いやあ、もてていると、今日の今日まで思っていたら、生徒会誌のクラスの寄せ書きに、その生徒は、「○○先生(私のこと)は理想のおじいちゃん」と書いてあった。理想の「男性」でも理想の「大人」でもなく、理想の「お爺ちゃん」!!!。ガーン。
 卒業アルバムのその子の顔写真の下のコメントには「特技…おじいちゃん先生に媚びを売ること」と書いてあった。
 ええええーっ!!!!
 というのを、卒業式後にこのクラスに呼ばれて喋った真面目なはなむけの訓話の最後に付け加えて、案の定、 大受けでした。
 色紙の寄せ書きには、「余生を楽しんでください」というのもあって、生徒における私の立ち位置を今日まざまざと知りました。いよいよ「お爺ちゃん」かあ。
 その子が父の二十歳すぎの子で、その父もそのまた父の二十歳過ぎの子だとしたらあり得る話だが、うーん。
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by hiyorigeta | 2016-03-04 19:53 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

老人への聞き取りの文章から

 さっき読んだ文章。幻想を抱く老婆への聞き取り。
 彼女は介護施設では無口であったという。隣りに他の人には見えない人がいて、その幻影に向かって「あっちへ行け」と怒鳴っても、他の人にはおかしい人と見られるだけだから黙っているのだという。彼女が作者に語った内容は、彼女の幻想の世界の枠内では、まったくもって辻褄の合った世界である。そうだとすると、現代医学では幻想として片付けられている世界は、民俗学的にはシャーマンと結びつく人間の原初的な世界に通じているのではないかというのが論旨。我々の祖先はこうした幻想を神からの啓示として敬い、祭祀を行ってきたのではなかったか。なるほど、おかしい人と一括りでまとめることができない世界がそこには広がる。
 先日、老人介護施設の入所者を連続して窓外に放り投げて死亡させた職員が逮捕されていたが、現場の過酷な仕事のストレスも原因であろうとされている。介護仕事についたばかりのアラサー女子のツイッターを読むと、糞便まき散らし処理などの連続に、そういう気持ちになるのはよく判ると書いてあった。「朝日新聞」のルポによると、現場では、夜間勤務時、ナース・コールが九十回鳴るのはざらだという。

 何度か書いているが、亡父入院の折、寝たきりの老人を世話をする施設を見学したが、ずらっと病床に人が並んでいるにも関わらず、職員がほとんどおらず、一日に二回ほどオムツを換えられるだけのお世話という状況であった。寝たきりの中には、意識がしっかりしている人もおり、そうした人が天井を向いてただただ何もせずに時間をすごす苦痛を思うと、辛いものがある。家族も忙しい中、訪れるのは週に一二回程度だろう。声をかけても無反応の場合、見舞いの足も遠のく。ただただ時間だけが流れる世界。自分がそういう立場になったらと想像するとなかなかに苦しい。

 先日(三月一日)の、痴呆老人が線路に入り列車に轢かれ死亡、鉄道会社が家族に損害賠償を求めた裁判の最高裁判決は、家族にとっては温情判決だった。しかし、すべて責任をとらなくてもよいということではなく、状況を見て「総合判断」するということになっていた。つまり、ケーズバイケース。
 二〇二五年には老人の二割は認知症になるという統計も出ており、文章に出くわしたり、こうしたニュースになったりと、老人問題はあちこちに転がっている。

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by hiyorigeta | 2016-03-02 20:47 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

新社会人報告

 5年前に担任をした女生徒の一人が、いよいよ今春より社会人となるからといって挨拶に来た。一年間の留学経験もあり、今度、国際的な活躍も期待できる法人に就職するという。小一時間ほどこれまでの生活や今後の抱負、勤務までのあいだに計画している旅の話などで盛り上がった。もう五年前のお付き合いなのに、わざわざ来校し報告してくれて、えらい子(立派な子のこと)(もう「子」というのは失礼レベル)である。
 当時、進路選びで、二つのうちのどちらにするか悩んでいた。私は、せっかく勉強するのだから、自分が勉強して楽しいと思える分野を選べと助言した。今回の就職先は、その二つの興味関心が両方生かせるところで、「落としどころとしていいチョイスではないか」と述べたところ、彼女自身そう思っているということだった。自分をよく理解していて自分にあったところをちゃんと見つけてきていることに感心。
 みんながみんなこうした先を見越した進路選びができている訳ではない。本人はそれでいいと思っているが、端からみると全然合ってないと思える進路希望も多い。
 後で考えたら、親御さん(特に男親)としては、娘さんがどんどん遠くに行ってしまう感じを味わっていて、今、少々哀しい気持ちも湧いているのではないかしら。子が親元にいて、孫を抱いて……という世界とは違うところに娘が行きつつある。親は、どこかでこの子の人生はそういう路線だと自分を納得させなければならない。
 そう思うと、出来る大人に成長した子を持つ親は、贅沢な悩みだけど、どこかで諦める部分があって、淋しいこともあるのではないかと思い至る。
 いよいよ後一ヶ月で社会人。期待しています。大きく羽ばたいていっておくれ。
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by hiyorigeta | 2016-02-26 19:10 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

道草の効用

 堀辰雄の短編「墓畔の家」は、近所のお寺探検をする子供たちの話である。奧の小家に美しい婦人がいることに驚いたり、追いかけてきた寺の爺たちをはやし立てる子供の行動が生き生きと描かれている。そうそう、子供は知らない人の家の奧に勝手に入っていって大人に怒られるものである。
 発達心理学的に言えば、子供たちが徒党を組んでヤンチャをする時代を「ギャング・エイジ」という。年の差があったり男女も混合していたりもする。その中には、ボスもできれば家来もできる。しかし、それが人間関係を築く上で必要な経験とされる。
 義妹が最近の幼稚園の話をしてくれたなかで、気になった話があった。行き帰り、親は子供を幼稚園の玄関 に待機する先生にしっかり送り届けないといけないそうで、帰りも子供は勝手に帰れない。それはもうしっかりしている年長組もそうであるらしい。ある親は、幼稚園のほんの目と鼻の先に家があるにも関わらず、子供を送らなかったといって先生から怒られたという。
 管理上、どこからどこまで子供に責任を持つか、明確にしておきたいという園側の考えはよく判る。責任問題になるからである。

 自分の子供の頃はどうだったのだろうと考えてみると、保育園のころは確かに親に送り迎えされていたが、幼稚園年長クラスくらになれば、家が近い友だちと一緒に帰っていた覚えがある。私の通っていた幼稚園はそれなりに遠かったので、大通りを渡ったら、すぐに住宅地の小道に入って、その道を長く歩 いた。家と家との間に入り、ここを通れば近道できるというような子供しか通れない隙間道を見つけて悦に入ったりした。玄関先の植え込みにカマキリの泡々な卵を見つけたり、木の枝そっくりに擬態する棒のような虫がいることを発見したりした。それが動いた時にはビックリしたものだ。今から考えると地理的興味であり自然観察で、つまりは学問的好奇心の端緒。
 親は車などに乗せてまっすぐ家に帰る。子供の寄り道に長々付き合う親はいない。どうやら、大人は全然悪気がないまま、子供たちから「道草」を取り上げ、人間として大事な芽を摘んでいるようなのである。
 対策は思い浮かばない。できるだけ行き帰りは子供とのコミュニケーションの場であると思ってたくさんしゃべり、子供の寄り 道を急かさないように気を配る意識をもってもらうくらいしかないが、共稼ぎで綱渡りで子供の送り迎えをしている夫婦にとっては、判っているけどできないというのが実際であろう。
 今の子供たちは本当に可哀想である。
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by hiyorigeta | 2016-02-23 19:34 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

恋愛空白がもたらすもの

 「女性の現在」の分析を続ける。大事な二十歳代が空白期になっているということは、その前提である恋愛の練習の機会も昔に較べて大幅に減っているということになる。
 その結果、仕事の出来る女性が恋愛空白のまま三十代を迎え、焦りの気持ちも混じる中、強烈に言い寄ってくる男がいると、男の本性を見抜けないまま、ダメな男にひっかかるというような事態が目立ってきた。
 三十を過ぎた女性タレントが、新婚早々の音楽家に強くくどかれて不倫関係となり、それがばれて仕事を失った、今話題の事件は、女性側の事後処理も多少誤った感はあるが、なんと言っても男に節操がないのは明らか。にも関わらず、男側が通常の芸能活動ができていることに、英国のジャー ナリズムは男女差別だと批判していた。
 芸能界は恋愛禁止が契約書に書かれてあるそうだ。恋愛をして、事務所が不利益を蒙った場合、タレントを提訴する。その結果、実際、事務所が勝っているという世界である。まったく無菌状態で育てておいて、歳だけはとって、その結果の恋愛事件。可哀想なのは女性である。
 某国会議員が、同じく国会議員の妻の出産入院中に、自宅に巨乳タレントを呼び込んで不倫をしていたことが発覚し、今日、辞職した。この方、男子の育休の必要性を訴え、一部賛同者から支持されていただけに、二重の意味で裏切り行為になった。派閥の領袖の娘との離婚歴があり、その原因も女性問題という噂で、すぐにこの才媛議員に猛アタックして結婚したという。そ の間にも支援者の娘との関係とか、会見で、結婚後も別の女性との関係をほのめかすなど、決してお上品とは言い難い人物のようだ。彼女はこの男がそういう輩と見抜けなかった訳で、順調にキャリアを積んできたこの女性にとっても大きな痛手である。
 数日前、女性県職員が麻薬に手を出したとして逮捕された。夫がネットで購入し、妻にも使用させたとかで、体調が悪くなり救急車を呼んだことから発覚したという。男は民間人ゆえ、彼女だけが大きく地元ニュースにでていた。
 どれもこれも、まったくもって男が原因である。
 どんなにしっかりしたインテリやキャリアウーマンでも、恋愛は別問題。男が糾弾されるべきではあるが、女の恋愛経験の不足による見る目のなさのほうも気にかかる。 オーム真理教事件の折、インテリに限ってひっかかっているという話があったが、それの恋愛バージョンのような趣きである。
 これらは皆、前回指摘した問題の、表に出て来た事象であると位置づければ、すんなり納得がいく。今後も「立派な大人の、大人げない恋愛沙汰や事件」が次々と勃発する予定である。
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by hiyorigeta | 2016-02-10 21:40 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり、日々の生活や趣味をつぶやいたりするブログです。アップが日付順でないことがあり、また、文字ばかりですが、ご容赦下さい。http://tanabe.easy-magic.com


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