カテゴリ:文学・ことば( 49 )

窯業

 三日前金曜日は芸術品の完成には、焼き物の「窯変」のように、最後に神にまかす部分があるという文章を解説していて、まずこの「窯(かま)」の音読が分からないだろうと、脱線をして言葉の解説をいくつかした。
 「よう」と読めない人が多い。窯をつかう「窯業」とは具体的にどんなものを作っているのかという質問もほとんどわからない。ガラス、陶磁器、ホウロウ、コンクリなどいろいろあるが、仕事の現場を見たことがないし、そもそも窯業の現場は、労働条件がよくなくて、あまり現代っ子の視野に入っている仕事ではないという意味合いもある。
 ではと、以前にもここに書いたことがあるように思うが、「鋳造」を読めという問題も 出した。これは読める人読めない人それぞれ。意味はクラスで若干名分かるというくらい。ついでに、「鍛造」も聞いた。一人だけ手を挙げて「叩く」と答えて正解した子がいた。 ほら、例えばアルミ・ホイールでも鋳造と鍛造では値段が全然違うという話をしたが、一部の生徒は料理に使うアルミホイルと聞き間違えて、はてなマークが飛んでいた生徒がいた。
 高校生くらいは、昔、車に興味のある生徒が多く、そんな間違いはあまりなかったと思うが、今、車はあこがれる存在でもなく、車のおしゃれは足元(ホイール)からみたいな常識も通用しないみたいである。だからアルミホイールの話自体が単なる車の部品の話以上のニュアンスを感じない
 通学登板していても、生徒の自転車はママチャ リ型ばかりで、かっこいいスポーティタイプはほとんどなく、ごく一部一気にマニアックなMTB風という分布である。空気圧の低いタイヤばかりなのはすぐに気がつくし、椅子も多くの場合低すぎる。しっかり漕げる高さでない。自転車で格好つけるということの意味合いが著しく低下して、単なる実利品になっているからであろう。
 今朝の朝投稿指導当番は、思ったより気温が高く温暖で助かった。
 土曜日の午前中半日の練習や先週の大会一日などは本当に毎年つらくなる。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-12-19 04:25 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

「薨」という言葉

 三笠宮薨去の折、マスコミはNHKを含め「ご逝去」という言葉を使った。天皇皇后の時は「崩御」、親王または三位以上の時は「薨去」。今は位の感覚はなくなっているので、事実上、宮家の方々に使う。
 「ご逝去」は敬意のある言い方で「御」がついて丁寧な言い方にもなっていて問題は一応ない。ただ、せっかく使い分けがあるのに使わないのはどうなんだろうという意見もある。
 「薨」は「こう」と読む。「薨ず」。「こうきょ」という言葉に、もう現代人は耳馴染みがなくなっている上に、常用漢字外で難しい漢字だからという実利的な理由からなのか、政治的は意図があってなのかは、私には判らない。いずれにしろ、言語単純化の一環には違いない。

 現代人が怪しくなっている同様語に「卒す」というのもある。「其年八月亮疾病卒于軍時年五十四」。ネットで検索すると、この例がまず出ていた。諸葛孔明は五十四歳の時、軍中にて亡くなったという。こうした場合、「そっす」ではなくて「しゅっす」と読む。だから「卒去」は「しゅっきょ」。授業で出てきたら教えはするが、私自身、時々「そっす」と言ってしまって、訂正することがある。

 この種の身分的な使い分け語は、身分感覚がない現代人にとって、使うことがほとんどないので、今や単なる古典の知識だけになって、徐々に、口うるさく言う人は減っていくだろうなあ。それに、ちゃんと使え使えと強調すると、右寄りの人に思われてしまうのではないかと、変な配慮が働いてしまうということもあるのかもしれない、だから、まあ、逝去でいいんじゃないというレベルで落ち着く。

[PR]
by hiyorigeta | 2016-11-07 22:42 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

花が判らない

 授業で梅の花が出て来たので、何時頃咲くのか尋ねたが、判らないと言われた。桜の前か後かと聞いても駄目だった。
 超メジャー(!?)な梅でも駄目なのか、というちょっと残念な感慨。どの時期に何が咲くかという四季の変化の感覚が、今の生活、かなり抜け落ちているからだろうなあ。大都会ならともかく、外を歩いていると自然に判りそうなものなのに……と思うが、そうなっていないのが現実。
 例えば、今は、幼稚園も校庭を潰して、体育館のような建物を作り、運動はそちらでするようになった。全天候型で汚れず、今問題になっているご近所への騒音問題も解消できる。でもそれで、そもそも外にいること自体が昔より減った。
 その上、以前もこの日誌で嘆いたことがあるが、行き帰りは絶対親が担当することになっている。ちょっと遠い人は、車での送り迎え。これでは、外の空気を吸う暇がない。実感として、何時どんな花が咲くか判らなくなるのは当然である。それに、ネットの住人となって現実世界から遊離中の若者も多く、子供時代も思春期も花とは無縁のまま大きくなる。

 向日葵の柄を秋に来たらダサイというのは、さすがに誰でも判る。夏に向日葵のTシャツのように、オンタイムで着るのは、まあ、普通レベル。梅の模様の服を、まだ寒い冬の終わり頃、実際に梅の咲くちょっと前にあたりに着るのがお洒落というものである。その子が、春を呼ぶ花のように煌めいて見えるでしょ。女子力高くなるよね。そう解説したら、女子は苦笑していた。
 ファッションは、古典の昔も、季節をほんの少し外して「先取り」して着るのがお洒落で、これは今と一緒だという結論にもっていこうとしたのだけれど、まったくもって最初の段階でつまづいてしまって、年寄りは困りました。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-09-26 21:43 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

藤原道頼という人

 「枕草子」で、藤原伊周が帝にご進講申し上げていると、女房たちはこっそり寝てしまい……という有名な段(二九三段)をやるに際し、道隆一族の系図を紹介しようとし、そもそも隆家は伊周の弟だが、定子にとっては、兄なのか弟なのかの記憶が定かでなく、それぞれの誕生年を調べた。その際、知らなかった事実が……。
 伊周は長男ではなかったのである。えっ、知らなかった。三男とあるので、手持ちの系図で、長男の名前が「道頼」というということを知り、また、ウイキのお世話になる。
 母方が伊周のほうが有力であったなどの理由により、三男伊周が嫡子となり、以後の出世も道頼は伊周の後塵を拝するようになる。伊周が出世した後の役職を彼が継ぐというような動き。今で言うイケメンだったらしく、それを伝える記述もあるという。祖父兼家がかわいがり、祖父の六男というかたちで養子となっている。
 兼家にとってみれば、不憫な孫であり、かわいそうに思ったのだろう。つまり、おじいちゃん心である。
 千年前の、弟に先を越された兄の心境の本当のところなど、知るよしもないが、当時の世の常とはいえ、よい気持ちのしない人生であったのではないだろうか。彼は若くして死んでいる。死んだのが、九九五年七月。二十五歳の時。
 伊周没落の直接のきっかけとなった「長徳の変」は、九九六年。死の翌年のことである。死んだ時は、ちょうど道長と伊周とが主導権争いの真っ最中。道頼は、一族が没落したところをみる前に死んだ訳だが、もし、生きていたら、どう思うだろう。悲しく思う中に、ちょっぴり、ざまみろ、みたいな気持ちも湧いたかもしれない。多妻制における異母兄弟の心情というのは、現代人にはさっぱり判らない。
 全然知らない人で、これ以上のことも知らないが、ちょっと、いろいろ想像して思い入れしてしまった。

 ちなみに、道頼の下の弟(次男)は頼親。庶子扱いで、そう偉くならないまま、中関白家(道隆家のこと)の没落で、ついに公卿(上達部)にまで行き着けなかった。
 他に周頼(ちかより)という年下の弟もいる。変の際、仕事を辞しているが、再び仕事に復帰して、一応、生き残ったくち。
 変後の、伊周・隆家以外の兄弟の人生も、想像するになかなか辛そうである。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-09-14 19:05 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

斥候

 「候」という字で「うかがう」と読んでいる漢文があった。意味は「探り見る」。ああ、だがら「斥候」(せっこう)というのだと、この軍事用語を理解した。
 でも「排斥」という時の「斥」は「しりぞける」。今回、それではおかしいはずだと、辞書をくってみた。その何番目かの意味に「伺う」とあった。なるほど、これで、「斥候」の意味が分かる。
 ボーイスカウトの時、戦略のフィールド演習のようなものがあって、この言葉をよく聞いた。「お前が斥候に行って相手の状況を報告せよ。」とかなんとか。
 「偵察」という意味だというのは子供でも判っていた。ただ、大人の今になって、ちゃんとした意味を知る。しかし、今の子供に「斥候」という言葉を例に出しても、もうキョトンとされるだけだろう。今や死語に近い。

 さて、肝心の「候」のほうをくってみると、
  1 うかがう
  2 さぶらう 
  3 まつ 
  4 ものみ 
  5 きざし
  6 とき・時節 
などがあがっている。

 ということで、「斥候」の時の「候」の字は「4 ものみ」の意味である。
 この字、「天候」とか「測候所」とかでよく見かける漢字である。しかし、現代人にこの漢字の意味を聞いたら、「さあ、天気の意味でないのかね?」と言われるのが関の山ではないかしら。古典の訳の「伺候する」から、2の意味を知っている人も少しはいるかもしれない。そもそも、昔から「候」と「侯」がごちゃごちゃな人は結構多い。

 でも、まあ……と思う。「斥候」という言葉が飛び交うような時代よりは、そんな言葉知らないという時代のほうがなんぼかよいのかもしれない。



[PR]
by hiyorigeta | 2016-08-17 21:33 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

連発される言葉

 ドックの病院は、ほぼ年に一度行くので、注意書きが増えていたり、動線が変更されていたりすることにすぐ気がつく。以前、人員削減のせいで、「受診者のほうで勝手に測って」といった項目がいくつも増えて、あんまりだと思っていたが、ここのところ、それは若干改善されて、省力化になっているが、受診者に失礼にならないように配慮された職員の動きになっていた。 
 さて、今年、気づいたこと。職員の受け答えにマニュアルが導入されたようだ。向こうの指示された通りにこちらが動くと、いちいち職員は「ありがどうございます」と言う。

職員「ハイ、体を右に向けて!」
私、、ヨイショと体を動かす。
「ハイ、ありがとうございます。では、今度は左」
「ハイ、ありがとうございます。では、今度は○○に~。」

 これの繰り返し。私が体を動かすことが、そんなに医療関係者にとって、うれしい出来事なのだろうか。結果、各検査場で「ありがとうございます」が連発され、私は半日で何十回と感謝されまくった。ありがとう大安売り。
 型通りって嫌だなあ。
 面白かったのは、そんなふうに言葉が統一されたせいで、この人、おそらく悪気はないのだけど、もともと、突っ慳貪なタイプの人だなということが、逆に表立ってしまった職員がいて、それはそれで可笑しくて、かつ可哀想なことになっていた。
 ありがとうを言っておけばいい、言葉は統一しておけばいい。患者を「患者様」という接客発想での対応。こちらの業界でもよく言う、モンスター対策のリスク軽減の一環なのだろう。
 ご丁寧でこちらが文句をいう筋合いではない。誠に言葉遣いまで気を配った配慮の行き届いた応対なのだが、この天の邪鬼は薄くではあるが、ちょっと嫌だなと思った次第。
 丁寧さが逆に、大事な「言葉」というものを、ないがしろにしているような気持ちになるからかもしれない。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-07-01 22:26 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

文学全集の谷崎の巻

 新刊で出た河出書房新社の日本文学全集の「谷崎潤一郎」の巻(第15巻)の中を開いて驚いた。厚さのほとんどを「乱菊物語」で占めている。大衆小説を意図し未完に終わった作品。評価が高い作品で収録されているのは「蘆刈」「吉野葛」のみ。あとは短い随筆。池澤夏樹個人編集ならではの趣味出しまくりの選択。
 「東京新聞」夕刊(こちらでは「北陸中日新聞」)の名物コラム「大波小波」で早速取り上げられていた。見ている人は見ていて、ちゃんと反応しているのが昔の文壇があったころの香りがして懐かしい感じがした。昭和三十年代なら、このチョイス、どうなんだろうということで、論争があったりしただろうなあ。
 池沢 は「乱菊物語」を「エンタメのツールが半端なくばんばん使われている」(解説)とし、視覚性、国際性、ガジェットもたっぷりな「波瀾万丈の活劇・笑劇」だと評している。つまり、池沢はエンタメ小説のほうに彼の文学の面白味を感じているということである。「解説」は未完の理由を妻譲渡事件の余波であるという外因説明以外に、海賊の島とされた島民からのクレームのためという新説を提供して面白いが、解説なら、そのままにせざるを得なかった内因のほうにも目を向けるべきではなかったか。
 文学全集。今やバランスのとれた編集をしても客は買わない。筑摩の文庫本文学全集あたりから全集は個性を全面に出すようになった。今回は、その作家が好きなら、その人の趣味が判るから買うのでは ないかというレベルで勝負しているのが面白い。広く購買層を求めるのではなく、間口を狭めて一部の購買層に特化する最近流行の戦略である。中央公論社も今や読売新聞の傘下。新潮社も昔の勢いはない。文学全集ものを手がける老舗、筑摩書房や河出書房新社などには頑張ってもらいたいものである。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-03-07 21:23 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

向田邦子のファッション 

 向田和子にとって姉の邦子は九歳も年上ゆえに、べったりな関係ではなかったようだが、逆にそれだからこそ尊敬の対象であり、自分の人生の指針を与えてくれた、かけがえのない存在だったようだ。
 一九九九年に出版された「向田邦子の青春」(文春nesco)は、姉の写真と思い出話とで編んだハードカバー本。だから、副題は「写真とエッセイで綴る姉の素顔」。
 本には邦子の二十歳代の写真がたくさん掲載されているが、その多くが、まるでファッション・モデルのようにポーズをとっている。映画雑誌の編集者という立場上、自身もスターの写真をカメラに収めたりしていたから、自然に写る際のポーズを意識していたのだろう。写真自体も素人離れした出来映えのものが多い。写真のプロも近くにいたし、仕事柄、詳しい人も多かったのだろう。彼女はライカも使っていたようだ。背景がしっかりぼけた、まるでブロマイドのような写真もある。こんなに芸能人のような格好いい写真が沢山ある素人さんは、ほとんどいないはずである。
 向田邦子は昭和四年生まれ。我々の親世代である。生きていれば今八十後半。だから、その服装は、私が幼児だった頃の大人の女性がしていた種類のもので、それのとびきりセンスのよい版である。お洒落で颯爽としていて、彼女が、本当に最先端をいっていた「職業婦人」であったことがわかる。
 縫い物が得意で、妹たちのものも一夜にして縫い上げたらしい。本文によると、彼女の服は、そうしたお手製のものや、お気に入りの仕立て屋に注文したオーダーメイドのものが多いという。「仕立て屋を使うってお洒落だね。」と私が愚妻に言ったら、愚妻は「当時は、今のようにずらっと吊り下げが並ぶ方が珍しいはず。」とのこと。確かにマネキンが着ている洋服を見て、こういうのをと注文してつくってもらっていた。そうだった。そうして、お気に入りの自分にぴったりな服を大事につかった。使わなくなった服も布地を別のものにリフォームして再生する。そんな話もこの本に出てくる。

 日本は終戦をもってゼロ歳児としてスタートした。戦後日本の青春期は、だから昭和30~40年代。日本が伸び盛りだったころ、時代自体がが青春だった、仕事をもつ女性の生き方も、まさにこの時代に定着しはじめたのである。
 この本には、楽しそうな社内旅行や、仕事仲間とのお出かけ写真が多く掲載されている。仲良く職場で写っている写真も。そもそも、今、職場で楽しそうにしている写真を撮るという雰囲気があるだろうか。今の時代よりも家族的な雰囲気の中、楽しみながら仕事をしていた時代だったのだなと思う。
 彼女の死は、飛行機の空中分解。昭和五十六年の夏のことであった。私は、夕方六時半からのTBS系番組「JNNニュースコープ」の入江徳郎(あるいは古谷綱正だったか)キャスターのニュースで見た覚えがある。その時は断言ではなく、向田が乗っているかもしれないというようなニュアンスだった。脚本家として名声を博し、前年には小説家として直木賞も受賞したばかり。盛りの時期の突然の死だったので、世間は本当に驚いた。
 姉は今考えると戦前生まれらしい古風な一面があった……と 妹の文にあるが、私もおそらくそうだと思う。結婚をせずに生涯を仕事に捧げた人だったが、家族としての繋がりを大事にする古い世界への愛着が強くある。決して進取だけの人ではなかった。
 自分の還暦を期に出版してから既に十七年。和子は、今、七十歳代後半で存命。ただ、邦子がPRして多くの役者や文人が集った和子の小料理屋「ままや」は、もうとっくに閉店しているようだ。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-02-25 22:05 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

神近市子という人

 大杉栄のことについて聞かれたが、詳しくないので、WEBで検索して概略を知った。その方の記憶によると「女性関係が激しい人」ということだったが、確かに、妻、愛人、新しい愛人と、二股ならぬ三股になっていた。
 新しい愛人の名は伊藤野枝(いとうのえ)。「青鞜」メンバーでアナキスト、元彼はダダイストの辻潤。結婚制度否定の先進的な考えを持ち、関東大震災後、大杉栄と共に惨殺された、女性解放運動史に名が残る人(二十八歳没)。反政府の有名人の惨殺ということで大ニュースになり、事件は「甘粕事件」という名までついている。起こした方は、後有名になる満州の黒幕、甘粕正彦大尉。
 男を寝取られたほうの愛人は神近市子(か みちかいちこ)。伊藤を恨み、大杉を切りつけるという事件を起こし(日蔭茶屋事件)、入獄(刑期二年)している。
 この名前を見て驚いた。この方、戦後は社会党の国会議員となって活躍した人である。評論家としても名を成し、当時、世に知らぬ人なき有名人である。先日観た、百歳を越えて現役の女流カメラマン笹本恒子の写真展で、当時の著名女性を撮ったシリーズの中に彼女もいたはずである。この人も「青鞜」出身。日本女性解放運動創生期の次の世代の代表的存在。
 この人、谷崎が「鍵」を書いた時、夫婦の「性」を冒涜するものとして国会でこの小説を取り上げて、こういう芸術ぶったエロ小説を放置するのはけしからんと政府を追及した人でもある。経歴をみると、この頃は売春防止法 制定に尽力していた。妻は本来対等の立場のはずだが、この小説では夫の「性の道具」になっていると感じ、敏感に反応したのだろう。
 私は、こうした昭和三十年前後の彼女の思想的立場しか知らなかったので、若い頃、こうしたドラステックな生き方をしていたことに驚いた。宇野千代などと同様、情熱の人だったのである。
 ウィキペディアの文章には、次のような記述があった。
「大杉の「自由恋愛論」に賛同した時代と、事件の反省から、出獄後の中産階級的道徳へ回帰した時代とで思想的断絶が大きく」云々。
 私が知っている彼女は、まさに中産階級的倫理観から発言をする人であった。
 こうした劇的な変遷を経た女性解放家から批判され、話を「国会の場」という大事(おおごと)にされてしまった当の谷崎は、どんな思いで、新聞の報道や論説を見ていたのだろう。戦後、性に開明的な風潮の中、このあたりまで書いても問題ないと判断した谷崎であったが、それを追求する女性が、ガチガチの保守倫理主義者ではなく、昔、自由恋愛の最先端をいっていた活動家であったことを、どう思っていたのだろう。あれだけのスキャンダル、谷崎自身が知らないはずはない。結局、 谷崎は当時巻き起こった様々な「鍵」論争には一切加わらず、沈黙を守った。
 彼女は、晩年、勲二等瑞宝章を受けている。政治家を五期やっていたから、叙勲は慣行的なものだが、後半生は、体制と折り合いをつけて生きていった人という印象はぬぐえない。だが、おそらく、表面的には変遷したと見える生き方や思想のどこかに、芯とか原動力とかになるものがあったはずである。それは一体なんだったのだろう。
 それは、もしかしたら、自分よりも余程先進的で性にも奔放だった、自分よりも七歳ほど若く、かつ「青鞜」の中心にいた伊藤野枝への終生の恨みではなかったかという気もするが、もちろん、ゲスの勘ぐりかもしれない。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-02-21 20:52 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

芥川賞「異類婚姻譚」を読む

 ここのところ、村上春樹の本を続けて読んでいる。「やがて哀しき外国語」(講談社)は、米国プリンストン滞在記。20年前、彼がアメリカに在住して考えたことが書かれてある。音楽や走ること、翻訳の話など。この前読んだ本の自分の人生を語る部分と重複があるが、順番はもちろんこちらのほうが先である。
 同じく、だいぶ昔に出た河合隼雄との対話集も斜め読み。図書室には例の「村上ラジオ」シリーズ三冊があったが、これは既読。「雑文集」というのも面白そうだが、活字が小さいのがネック。
 続けて数冊読んで、おおよそ彼のものの考え方が判ってきた。日本の小説はほとんど読んでいないそうで、第三の新人のものを少々という程度らしい。読みながら、そう考えるからこういうスタイルになるのだなと納得しながら読んでいた。

 元谷有希子「異類婚姻譚」(講談社)を読む。作者は金沢出身。彼女の通った高校は私の職場からほど近い。高校では演劇部だった方で、上京し、演劇者としてすぐに頭角を現した。部の恩師が私の知人で、彼女が二十代のころ、その方から彼女のことを聞いたこともある。このあたりではだいぶ前からの有名人であった。小説も書きだしたという話もその時聞いていた。以来、地元の本屋でも時々新刊が並んでいたのを見た覚えがある。
 さて、今回、書店の営業さんが、明日発売で、初版が並ぶとのことだったので、すぐに注文したが、翌日、たった五千部しか印刷されていなかったので、一気に足りなくなった、今、二刷を増刷中なので待ってほしいと言われ、結局、数日後に第二版が手元にやってきた。 本当に緊急増刷したようだ。ということで、芥川賞をとった本を私が手にした中では、超特急に早い部類である。
 内容は読みやすい。夫婦は似てくるという話からスタート。ちょっとずつ、非現実的な要素が混じってくる。安部公房的というか「世にも奇妙な物語」的というか、最後に花になるというのは、なんだか漱石の「夢十夜」をも連想させる。夫婦お互いの依存関係と逆転の寓意の物語。他に短編が三つ。
 受賞は、地元では明るい話題だった。私は観なかったが、例の恩師が地元テレビでコメントしていたそうである。前回受賞の芸人又吉氏の「火花」のように大ブレークしてほしいもの。昨年子供が生まれたばかりというから、ちょっと量産体制という訳にもいかないようだが、これからが正念場。頑張ってほしいものである。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-02-07 20:44 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり、日々の生活や趣味をつぶやいたりするブログです。アップが日付順でないことがあり、また、文字ばかりですが、ご容赦下さい。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
プロフィールを見る