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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

カテゴリ:文学・ことば( 54 )

あれれ

 蔵出しシリーズ(笑)。現場がらみの話は当事者性がなくなってからアップしています。そのため、放置されたままということにもなる。これも以前に書いた断片の寄せ集め。

 尾崎一雄の「痩せた雄雞」の中に、「引かれ者の小唄かもしれない」という字句があった。そういう慣用句があったなとは思ったが、すらすら意味が出てこない。そこで調べてみた。

「引かれ者の小唄……刑場へ引かれて行く罪人が平気を装って小唄をうたう意。負け惜しみで強がりをいうことのたとえ。」

 当時、尾崎の私小説を読むような普通の教養のある人レベルでごく普通に使っていた言い方なのだろう。でも、今は年配でないと判らない言い方になっている。少なくとも私たち世代でももはや怪しいのではないかしら。そもそも、「小唄」自体が身近でない。

 民放の「鬼平犯科帖」が終了することになり、民放で新しく作っている時代劇はなくなったという新聞記事が出ていた。NHKは、オールスターキャストの看板番組「大河ドラマ」と、もう一つ、時代劇をやっているが、今やそれだけ。あと放送されているのは古いものの再放送である。
 こうした時代劇凋落の理由の一つに、時代劇の言葉が若い人に通じなくなり、作りにくくなったというのが挙げられていて、なるほど、そうかもしれないと思った。
暴れん坊将軍を「上様」と呼んでいるでしょ、上様はトップの人、だから古典で「上」というのは帝のことを言うんだよとか、直接、江戸時代でなくても、類推で判ることが山ほどある。
 「お殿様、○○がまかりこしました。」なんて言うでしょ。「まかる」は平安の昔は偉い人のもとから退出するという意味だったのだけど、時代が下がると「参上する」という意味が出てきたんだよね。という説明なども、考えてみれば、時代劇に寄りかかって説明している訳で、こんな説明の仕方も分かっているのか不安になる。
 いろいろと困っています。

 「古文で出てくる「花」には、特定の花を指す場合がある、日本を代表する花だが何かね?」と質問したが判らなかった。「春の花だよ」でもダメ。「日本精神を象徴すると言われているよ」などと、ヒントをどんどん出してもダメだった。最後に「春にお花見をする花です」で、ようやく桜と出た。先日、梅が判らないと嘆いた文章を書いたが、今回はさすがに周囲が「ええっ」という雰囲気になったので、ちょっと安心した。

 これも、びっくりしたこと。
 ある掲示物に書かれてあった文章、漢字が多めに使ってあった。その下には外人さん向けに英文が。ところが、生徒は、下のほうが意味が取れそうだと、英文のほうを読み始めたのである。確かに、難しい英単語はなさそうな英文であった。学力優秀な我が勤務校ならではの出来事なのかもしれないが、象徴的だと思った出来事であった。
 
 古典に「あらたむ」という動詞がでてきた。今回は使者が交代するという意味だった。ではと、生徒に「改める」「変わる」以外の用法を聞いたが、ダメだった。車掌さんが車両の戸を開けて、「切符を改めさせていただきます」なんて言うでしょ、この場合、交換の意味ではないよね、では、どんな意味? と具体例を出して聞いたのだが、そんな使い方聞いたことがないという人がほとんどだった。どうやら、辞書での二番目の意味、「調べる」は消えていくようだ。
 ただ、後で思ったのだが、そもそも最近は検札を省略する場合が多いので、そういう場面設定自体が知らない世界なのかもしれない。
 
 授業をしている時、前提として分かっている、わかっていないの判断は、自分が高校生の時、それを知っていたかどうかということで決めている。まあ、素朴な基準である。時代も違うので、私たちの世代は当然知っていたけれど、今は知らないだろうと、最初からわかっているものもあるが、もう十代も後半なんだから、まず知っているでしょと思っていたものが全然知らないと、こちらは「あれれ」となる。上記の文章は、こうした見込み違いの「あれれ」報告のようなもの。


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by hiyorigeta | 2017-07-25 03:31 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

お気の毒

 もう去年の話。その後、話が展開できるかと思って放置していた断片の蔵出し。

 某日、テレビの芸能コーナーを観ていた。ちょっと世間を騒がせたことをした芸能人の自宅に、芸能リポーターたちが押しかけていた。
 その芸能人は、「近所迷惑になるから自宅には押しかけるな。でも、これが最後と思って、今回だけは応対する」ということを言うのに、「させていただく」などの過剰敬語を乱発して言おうとしていたが、どうやら使い慣れていないご様子。いちいち敬語のところでつっかかり、たったこれだけのことを言うのに、えらく時間がかかっていた。
 自宅押しかけに怒っているのだけれど、でも、自分はお騒がせの当事者、世間に反感をもたれないようにしなければならない。言葉上で、なんとかしようとしたので、こういうことになった。
 最近のマスコミを見ていると、揚げ足取りとか、全体を無視して、一部の言い回しのみ取り出して糾弾するというようなやり方が目立つ。世の中、そうした対策の意味合いでこんなややこしい言語状況になった。
 ここまでくると、その悪戦苦闘ぶりが可哀想なくらいで、言語状況的には同情を禁じ得なかった。それに、事件の内容はともかく、この場面に関しては、確かにご近所迷惑感たっぷりで、テレビを見ながら、この方のお怒りごもっともと思わずにいられなかった。お気の毒。

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by hiyorigeta | 2017-07-21 20:49 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

「電気線の鍵を捻る」論(?)


 高校の教科書の定番「舞姫」。載ってはいるが、最近、どこも、これを真正面から時間をかけてするところが少なくなった。それには色々な理由がつくが、文語小説は受験(センター入試)に出ないというのも大きい。小説大好きで、この商売を選んだ人としては悲しいし、鴎外を大尊敬しているのでなおさら。
 さて、作品に、サイゴンに停泊している船の部屋で、これまでのことをつづってみようという「プロローグ」があって、その末尾部分に「電気線の鍵を捻るにはなほほどもあるべければ~」という記述がある。語註は、大抵、ここでは「照明のスイッチを切る意味である」と書いてある。もちろん、それで間違いないのだけれど、現代では、ほとんど、実際のイメージができていないように思うので、ちょっと、いらぬ解説をしたいと思う。
 
 この「捻る」は、本当に捻っていたのである。 
 ここでの照明のスイッチは、船の中なので、当然、船舶用。おそらく、防水が施されたキータイプで、キーを差し込んで回すという仕掛けだったのではないかと思われる。勝手につけたりけしたりできないように「房奴(ボーイ)」が照明を管理をしていたのであろう。だから、この表現は、まさに行動通りの描写である。

 また、もしかしたら、この鍵というのは、ツマミという意味かもしれない。当時の照明スイッチの多くは、円柱形の出っ張りで、中央にツマミがついていて、それをくるくる回すものであった。回し続けると、オン・オフを繰り返す。
 今はシーソー型のスイッチばかりで、ツマミ型なんてほとんどお目にかかったことがないけれど、特に明治から戦前にかけての洋館のスイッチはほとんどこのタイプであった。

 実は、私の実家のもともとのあったスイッチもこのタイプである。長年の使用によって、あちこちのスイッチが傷み、その都度、シーソー型に変えていったので、私が子供の頃は、ほとんど使っていなかった数箇所だけがなんとか生き残って現存していたといった状況だった。でも、子供だったから、この捻ってくるくる回すのが楽しく、カチャカチャやって怒られていたことを覚えている。ただでさえ、古いのに無理に回したら傷んで発火する危険性があったからだろうねえ。今にして思えば。
 だから、「舞姫」を読んで、この「捻る」という言葉に、私はなんの違和感もなく、実景だと思っていたのだが、もしかしたら、今の人たちは、なにか、比喩的な表現のように思っているかもしれないなと思って、この駄文を草した次第。
 大丈夫、そのくらいのこと、想像がつくレベルだと言われそうだ……。

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by hiyorigeta | 2017-07-10 19:43 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

「桃花源記」から思ったこと

 有名な「桃花源記」の最後は、太守(長官)が実際に行ってきた漁師をガイドに人を派遣して探させたが、行き着けなかったという話と、その後、高潔の士が行こうとしたけれど果たせなかったという二つの話題で終わる。
 なぜ、行き着けなかった話が二つ続くのか。ひとつでいいではないか。なぜだろうというのが最後の質問となる。
 これに対する答えは、もちろん、二つともないといけないというもの。
 二人はそれぞれ立場が違う。太守は管理者(為政者・役人)として、興味を持ったのであり、高潔の士は俗世を離れて高潔を守るため、つまり、思想上、そういう場所があることを喜んでの行動である。
 しかし、二人とも行き着けなかった。俗な太守は行き着けなかったが、高潔の士は行き着くことができたというのなら、二人の志の差ということで、二つ並べる意味は判るし、道徳的結論で、すっきりする。しかし、高潔の士のほうも駄目だったのである。それはなぜか。
 陶潜の描いたこのユートピアは、派手で贅沢なものではなく、服装も我々と同じ、豊かな土地で、人びとは楽しみながら農耕に従事している平和な村である。つまりは「コミュニティー」。高潔の士は、個人の思想として、俗世を避ける遁世思想を持っている訳であるから、この土地の共同体の中で、平和に楽しく仲良く暮らすというのとは少々異質で、これはこれでこの社会にはそぐわない。故に彼も拒まれたのである。こう考えると二人とも駄目だった理由はすっきり理解出来る。

 さて、ここからはちょっと指導書に違和感を感じた話。
 ちょっと繰り返しになるが、太守がなぜ探そうと思ったかは、はっきりしている。耕作が行き届いた豊かな土地があって、自分で管理していないところがある。ここを自分の管理下・支配下におくと、より収益(年貢・徴税)を上げることが出来る。つまりは、「利権」のためである。
 ところが、指導書の解答例はこうであった。「珍しい村を見てみたいという興味」「自分の治める土地のことを知っておくため」など。
 珍奇なものへ興味関心や仕事(業務)としてという解釈である。もちろん、それは間違いではないし、この太守は真面目で職務に忠実な者であると受け止めるとそうなのかもしれない.しかし、飢饉があったら飢え死にすると いうような当時の状況の中で、豊かな土地への憧れが、当時、どれほど強かったかは簡単に推察することができる。そしてそういう土地があるなら、何としても手に入れたいと思うことは当然のことである。だから、何だか、指導書の優等生的な答えは、豊かで平和な時代ならではの模範解答にすぎないような気がして、私はかなりのピンぼけ感を感じた。それもあるでしょうが、ちょっと違いませんかねえという違和感。

 実は訳もちょっと違和感が。
 「欣然として往かんことを規(はか)る。未だ果たさず、尋(つ)いで病みて終はる。」
ここが「喜んで行こうと計画したが、未だ計画を実行できないうちに~」というニュアンスの現代訳であった。しかし、これではトライもしなかったということになる。トライはしたのではないかしら。「行き着くことを果たさず」とか、「行き着くという志を果たすことができず」とかいうほうが余程しっくりくる。

 去年、源氏冒頭の、桐壺の更衣と藤壺、幼い光源氏が似ているという話のところで、文章中、何度か出てくる「誰が」「誰と」が似ているのかというところが、どうも指導書ではしっくりこず、色々調べるにつけ、いくつも違った解釈があって、先生方は全員混乱した。それで、図書室に先生方が調べにこられたり統一の打ち合わせをした。
 色々な解釈ができる古典は、あっちこっちで、困ったことが起きる。
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by hiyorigeta | 2017-06-12 19:45 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

漱石先生には注意

 テストで「カンニンしてください。」の漢字を聞いた。答えは、もちろん「堪忍」。「勘弁してください」と意味的によく似ている。何がちがうのだろうとネットで検索した。
 「堪忍」のほうは、漢字通り「堪え忍ぶこと」なので、相手の言い分がまったく不合理で納得できなくても堪え忍ぶというニュアンスなのに対して、「勘弁」とは、相手の言い分に一部合理性を認めるけれど、今回に関しては、赦しもらいたいなんて時に使うという。なるほど、確かに無意識ながら、私もそういうニュアンスでちゃんと使い分けているように思う。

 ところで、間違いの多くは二つを混同した「勘忍」。バツをつけていたら、別の採点者から「これでも丸をつけてあげてくださ い。」との連絡が……。
 解せないので、辞書やネットで調べてみても、「勘忍」を許容とする説明はない。それで、その方に判断の出所をきいたところ、「出題した問題集の本文がそうなっています。」とのこと。見ると、確かに。
 本文の出典は、夏目漱石の「それから」。 
 漱石先生の文章かあ。やられた~。
  漱石先生の当て字・誤字は、業界(?)ではつとに有名。一番有名なのは、サンマ(秋刀魚)を「三馬」と書くやつ。この手のことには無頓着な御仁である。
 問題集は、漱石先生の原文通り載せている。
 ということで、これに気が付かなったこちらが悪いということになるのだが、出題意図としては、「「勘弁」と「堪忍」はよくにているけど、漢字が違うんだよ。」ということを問いたかったので、この漢字問題、意味をなさなくなった。
 ちなみに、解答のほとんどは間違いのほう。漱石先生と同じ。「堪忍」と正確に書けた人は一クラスに数人しかいなかった。

 それにしても、前にも書いたけど、近年、登場人物の名前を間違えて書く人が増えてきたなあ。今回も、代助を平助、三千代を三代子とか、名前を勝手に創作している。
 なぜ、そんな単純間違いするんだろう。
 それと、言葉の使い方のニュアンスが雑になってきたような気がする。例えば、親しい相手に「こうしたらいいんじゃない」という発言は「提案」というのはいいけど、「提言」というのは、ちょっと違うのではないかななと思う。ちょっと大仰しいようにかんじないのかしらん? 
 他に、例えば、この行為は今からするのだから、この答えは「~すること。」であって「したこと。」ではちょっと違うでしょ、といった感じの小さな違和感をいくつも感じた。
 おそらく、日頃、本を読んでいない人は、そういうニュアンスの部分がちょっと怪しくなっているのだろう。採点していると色々気になる。
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by hiyorigeta | 2017-05-30 06:10 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

窯業

 三日ほど前、芸術品の完成には、焼き物の「窯変」のように、最後に神にまかす部分があるという文章を解説していて、まずこの「窯(かま)」の音読が分からないだろうと、脱線をして、言葉の解説をいくつかした。
 「よう」と読めない人が多い。窯をつかう「窯業」とは具体的にどんなものを作っているのかという質問も、ほとんどわからない。ガラス、陶磁器、ホウロウ、コンクリなどいろいろあるが、仕事の現場を見たことがないし、そもそも、窯業の現場は労働条件がよくなくて、あまり現代っ子の視野に入ってくる仕事ではないという意味合いもある。
 ではと、以前にもここに書いたことがあるように思うが、「鋳造」を読めという問題も出してみた。これは読める人読めない人それぞれ。意味はクラスで若干名分かるというくらい。
 ついでに「鍛造」も聞いた。一人だけ手を挙げて「叩く」と答えて正解した子がいた。ほら、例えばアルミ・ホイールでも鋳造と鍛造では値段が全然違うという話をしたが、一部の生徒は、料理に使うアルミホイルと聞き間違えて、はてなマークが飛んでいた生徒がいたようだ。
 高校生は、昔、車に興味のある生徒が多く、そんな間違いはあまりなかったと思うが、今、車はあこがれる存在でもなく、車のおしゃれは足元(ホイール)からみたいな常識も通用しないみたいである。だから、アルミホイールの話自体が、単なる車の部品の話以上のニュアンスを感じないということになる。
 通学指導していても、生徒の自転車はママチャ リ型ばかりで、かっこいいスポーティタイプはほとんどなく、ごく一部、一気にマニアックなMTB風という分布である。空気圧の低いタイヤばかりなのはすぐに気がつくし、座面も多くの場合低すぎる。しっかり漕げる高さではない。自転車で格好つけるということの意味合いが著しく低下して、単なる実利品になっているからであろう。
 今朝の朝指導は、思ったより気温が高く、温暖で助かった。
 
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by hiyorigeta | 2016-12-19 04:25 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

「薨」という言葉

 三笠宮薨去の折、マスコミはNHKを含め「ご逝去」という言葉を使った。天皇皇后の時は「崩御」、親王または三位以上の時は「薨去」。今は位の感覚はなくなっているので、事実上、宮家の方々に使う。
 「ご逝去」は敬意のある言い方で「御」がついて丁寧な言い方にもなっていて問題は一応ない。ただ、せっかく使い分けがあるのに使わないのはどうなんだろうという意見もある。
 「薨」は「こう」と読む。「薨ず」。「こうきょ」という言葉に、もう現代人は耳馴染みがなくなっている上に、常用漢字外で難しい漢字だからという実利的な理由からなのか、政治的は意図があってなのかは、私には判らない。いずれにしろ、言語単純化の一環には違いない。

 現代人が怪しくなっている同様語に「卒す」というのもある。「其年八月亮疾病卒于軍時年五十四」。ネットで検索すると、この例がまず出ていた。諸葛孔明は五十四歳の時、軍中にて亡くなったという。こうした場合、「そっす」ではなくて「しゅっす」と読む。だから「卒去」は「しゅっきょ」。授業で出てきたら教えはするが、私自身、時々「そっす」と言ってしまって、訂正することがある。

 この種の身分的な使い分け語は、身分感覚がない現代人にとって、使うことがほとんどないので、今や単なる古典の知識だけになって、徐々に、口うるさく言う人は減っていくだろうなあ。それに、ちゃんと使え使えと強調すると、右寄りの人に思われてしまうのではないかと、変な配慮が働いてしまうということもあるのかもしれない、だから、まあ、逝去でいいんじゃないというレベルで落ち着く。

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by hiyorigeta | 2016-11-07 22:42 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

花が判らない

 授業で梅の花が出て来たので、何時頃咲くのか尋ねたが、判らないと言われた。桜の前か後かと聞いても駄目だった。
 超メジャー(!?)な梅でも駄目なのか、というちょっと残念な感慨。どの時期に何が咲くかという四季の変化の感覚が、今の生活、かなり抜け落ちているからだろうなあ。大都会ならともかく、外を歩いていると自然に判りそうなものなのに……と思うが、そうなっていないのが現実。
 例えば、今は、幼稚園も校庭を潰して、体育館のような建物を作り、運動はそちらでするようになった。全天候型で汚れず、今問題になっているご近所への騒音問題も解消できる。でもそれで、そもそも外にいること自体が昔より減った。
 その上、以前もこの日誌で嘆いたことがあるが、行き帰りは絶対親が担当することになっている。ちょっと遠い人は、車での送り迎え。これでは、外の空気を吸う暇がない。実感として、何時どんな花が咲くか判らなくなるのは当然である。それに、ネットの住人となって現実世界から遊離中の若者も多く、子供時代も思春期も花とは無縁のまま大きくなる。

 向日葵の柄を秋に来たらダサイというのは、さすがに誰でも判る。夏に向日葵のTシャツのように、オンタイムで着るのは、まあ、普通レベル。梅の模様の服を、まだ寒い冬の終わり頃、実際に梅の咲くちょっと前にあたりに着るのがお洒落というものである。その子が、春を呼ぶ花のように煌めいて見えるでしょ。女子力高くなるよね。そう解説したら、女子は苦笑していた。
 ファッションは、古典の昔も、季節をほんの少し外して「先取り」して着るのがお洒落で、これは今と一緒だという結論にもっていこうとしたのだけれど、まったくもって最初の段階でつまづいてしまって、年寄りは困りました。
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by hiyorigeta | 2016-09-26 21:43 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

藤原道頼という人

 「枕草子」で、藤原伊周が帝にご進講申し上げていると、女房たちはこっそり寝てしまい……という有名な段(二九三段)をやるに際し、道隆一族の系図を紹介しようとし、そもそも隆家は伊周の弟だが、定子にとっては、兄なのか弟なのかの記憶が定かでなく、それぞれの誕生年を調べた。その際、知らなかった事実が……。
 伊周は長男ではなかったのである。えっ、知らなかった。三男とあるので、手持ちの系図で、長男の名前が「道頼」というということを知り、また、ウイキのお世話になる。
 母方が伊周のほうが有力であったなどの理由により、三男伊周が嫡子となり、以後の出世も道頼は伊周の後塵を拝するようになる。伊周が出世した後の役職を彼が継ぐというような動き。今で言うイケメンだったらしく、それを伝える記述もあるという。祖父兼家がかわいがり、祖父の六男というかたちで養子となっている。
 兼家にとってみれば、不憫な孫であり、かわいそうに思ったのだろう。つまり、おじいちゃん心である。
 千年前の、弟に先を越された兄の心境の本当のところなど、知るよしもないが、当時の世の常とはいえ、よい気持ちのしない人生であったのではないだろうか。彼は若くして死んでいる。死んだのが、九九五年七月。二十五歳の時。
 伊周没落の直接のきっかけとなった「長徳の変」は、九九六年。死の翌年のことである。死んだ時は、ちょうど道長と伊周とが主導権争いの真っ最中。道頼は、一族が没落したところをみる前に死んだ訳だが、もし、生きていたら、どう思うだろう。悲しく思う中に、ちょっぴり、ざまみろ、みたいな気持ちも湧いたかもしれない。多妻制における異母兄弟の心情というのは、現代人にはさっぱり判らない。
 全然知らない人で、これ以上のことも知らないが、ちょっと、いろいろ想像して思い入れしてしまった。

 ちなみに、道頼の下の弟(次男)は頼親。庶子扱いで、そう偉くならないまま、中関白家(道隆家のこと)の没落で、ついに公卿(上達部)にまで行き着けなかった。
 他に周頼(ちかより)という年下の弟もいる。変の際、仕事を辞しているが、再び仕事に復帰して、一応、生き残ったくち。
 変後の、伊周・隆家以外の兄弟の人生も、想像するになかなか辛そうである。
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by hiyorigeta | 2016-09-14 19:05 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

斥候

 「候」という字で「うかがう」と読んでいる漢文があった。意味は「探り見る」。ああ、だがら「斥候」(せっこう)というのだと、この軍事用語を理解した。
 でも「排斥」という時の「斥」は「しりぞける」。今回、それではおかしいはずだと、辞書をくってみた。その何番目かの意味に「伺う」とあった。なるほど、これで、「斥候」の意味が分かる。
 ボーイスカウトの時、戦略のフィールド演習のようなものがあって、この言葉をよく聞いた。「お前が斥候に行って相手の状況を報告せよ。」とかなんとか。
 「偵察」という意味だというのは子供でも判っていた。ただ、大人の今になって、ちゃんとした意味を知る。しかし、今の子供に「斥候」という言葉を例に出しても、もうキョトンとされるだけだろう。今や死語に近い。

 さて、肝心の「候」のほうをくってみると、
  1 うかがう
  2 さぶらう 
  3 まつ 
  4 ものみ 
  5 きざし
  6 とき・時節 
などがあがっている。

 ということで、「斥候」の時の「候」の字は「4 ものみ」の意味である。
 この字、「天候」とか「測候所」とかでよく見かける漢字である。しかし、現代人にこの漢字の意味を聞いたら、「さあ、天気の意味でないのかね?」と言われるのが関の山ではないかしら。古典の訳の「伺候する」から、2の意味を知っている人も少しはいるかもしれない。そもそも、昔から「候」と「侯」がごちゃごちゃな人は結構多い。

 でも、まあ……と思う。「斥候」という言葉が飛び交うような時代よりは、そんな言葉知らないという時代のほうがなんぼかよいのかもしれない。



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by hiyorigeta | 2016-08-17 21:33 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com