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ガリガリガリ

職場の耐震工事で、終日、ドリルの「ドドドッ、ガリガリガリ」音。かなりの破壊音が鳴り響いている。今は直しているというより壊している工程。それだけでも息苦しいのに、文化祭の準備で、生徒がプレハブの二階を駆け回って、これが「バタバタ、ドタンドタン」と喧しい。はっきりとした振動となって頭の上から降ってくる。
「うるさ~い!!」(と、心の中で叫ぶ)
 その上、夏バテ。土日も仕事。
 新学期の予習しなければならないのだけれど、もう全然頭が回らない。簡単な文章でもえらく難しく見える。困った。
 深くはないが、ちょっとストレス。
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by hiyorigeta | 2014-08-31 18:00 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

車載AMラジオが壊れた

 ある日、車のAMラジオがならなくなった。ボリュームあげてもウンともスンとも。音量最大でFMに切り換えたら、爆音で鳴って、思わずハンドルを離しそうになった。CD・MDもOK。AMだけダメらしい。
 ネットで調べると同様の故障が報告されている。その旨、車屋さんに言ったら、メーカーに問い合わせてくれて、この車では、ないでもない故障とのこと。
 MDは使っているかと先ず質問された。MDはもう生産されていないので、いらないとなると簡便で安い修理や交換のやりかたがあるらしい。私はいまだにMDは重宝して使っているので、一番面倒でお高い方法を採らざるを得ないことになった。
 純正なので、DIN規格のオーディオ・ユニットを抜くだけ、とはならない。コンソールの中央部を抜いて、それを修理に出す。今はぽっかりそこだけ空間があいて、後ろの鉄板や配線が見える。そこに携帯ラジオをぶら下げて凌いでいる。何やらナビの盗難にあったまま、ナビが買えてない車のようで、痛々しい。
 数日前、夜、駅前のレコード店で予約CDを受け取って、車に戻ってきて、さあ聴こうと思った途端、「あれれ」ということになった。いつも買ったCDをお初に聴きながら家に戻るので、その楽しみが奪われて、「お預け」を喰わされた犬のような気持ちになった帰途であった。

 朝夕、涼しくなってきた。太陽の位置が少し下がり、紫外線が目に厳しい。夕方、空を見上げると薄く刷毛で白色を塗ったかのような筋立った雲である。朝五時に目が覚めてもまだ暗い。目にもさやかに見えてきた秋の到来。
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by hiyorigeta | 2014-08-30 04:20 | 車・スイフト | Trackback | Comments(0)
 スヌーピー・キャラクターと日本の伝統工藝作家とがコラボレーションした展覧会を観る。今から六年前の二〇〇八年、『大谷芳照が訳したスヌーピーの世界展』として 同じ金沢二十一世紀美術館でスヌーピー展があった。大谷はこの展覧会中に石川の伝統工藝と縁が出来てコラボを発案したという。以来、全国を駆け回って、各地の伝統工藝でスヌーピーを製作することをお願いにまわったという。きっかけがあの時のここ金沢ということで、本人の解説も力が入っていた。だから、前回はアーティストとしてだが、今回は総合プロデューサーとしての立場がメインである。
 塗り物や欄間・一刀彫り、鍛金、友禅、ミキモト真珠など。手間暇のかかったスヌーピーたちが並ぶ。ポーズに制約があり、体の部位の縮尺も厳密に決められていて、規格に合致してようやく財団から公認されるのだという。
ギャラリートークでの大谷氏は、何とも饒舌であった。彼のとって伝統工藝との出会いは新鮮だったらしく、我々伝統工藝王国の住人はよく知っている漆器製作の大変さなどを、口角泡を飛ばして説明していた。
 モチーフが愛らしく大衆的であることと、何ヶ月、何年もかけて匠の技を駆使して仕上げる緻密さや「和の伝統」とに大きな隔たりがあって、その対極がうまくバランスしているところが魅力だと感じた。「手間暇かけて出来上がったのが漫画のキャラクターですか」といった落差。しかし、だからこそ、あまり伝統工藝に興味のなさそうな若年層が熱心に細かいところまで観察して感心している様子は、まさにこの展覧会の狙い通りといったところ。
 この種の展覧会らしく、最後には大量のグッズの販売コーナーが……。今回は伝統工藝とのコラボということで、それなりのお値段の品も多かった。愚妻はスヌーピーの「風神雷神」のクリアファイルを購入。
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by hiyorigeta | 2014-08-29 21:15 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)
 アパレルメーカーのアウトドア系ショップ部門「ビアスポ」の製品とは、もう長年の付き合いで、大昔に買ったレインウエアは、今年、さすがに傷んで廃棄し、別メーカーのものを購入した。その間、おおよそ二〇年間愛用した。
 帆布のハットなどは、もうすり切れ寸前だが、生地が厚く、洗濯しながらまだまだ現役で、ガシガシ使っている。お気に入り。近年はアロハシャツなども手がけていて、それも一枚。愚妻もいくつかこのブランドのものを持っている。
 先日、アウトレットの案内があったので、帆布地トートバッグを購入。持ち手が革で、生地は帆布ながら少しモケモケしていて肌触りがよい。
 満員電車に揺られる訳でもない。ジッパーで口を閉める必要もそうない。ということで、この夏は、この大きめのトートに荷物を無造作に入れ、職場の行き帰りをしている。楽。愛用品になりそうである。
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by hiyorigeta | 2014-08-28 04:14 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

(つづき)

 この写真集、能登線廃線一年前から廃線後の様子までを捉えている。能登の景色の中に溶け込む列車、地域住民の生活を垣間見えるものなど、撮影者は哀惜を込めて撮っているのがよく判る。廃線後、線路がまくり上げられ、草が繁茂している景色は、先日、私自身見聞してきたばかりのもの。今はもっと草が繁茂し、閉鎖された駅舎やホームは傷みが激しい。この本、巻頭言は関川夏央。名文である。亀鳴屋の造本ディレクションも洒落ている。
 のと鉄道は、現在、手前の七尾線(七尾~穴水)三十三キロを営業しているのみである。七尾出張の際、小丸山公園前の跨橋から、稀に和倉温泉に行く特急サンダーバードに遭遇するのを見ることがある程度で、こちらの線はどうなっているのだろうと思っていたら、BSジャパンで「聞き込みローカル線きまぐれ下車の旅」という番組があって、それで、その七尾線が取り上げられていた。全八駅すべてに降りて、隠れた名スポットを地元の人に聞き込みながら旅を進める行き当たりばったりの旅。旅人は内藤大助と赤井沙希のスポーツ系コンビ。桜の名所やアニメ「花咲くいろは」で有名という話は聞き知っていたが、実際、こういう田舎の駅なのだということが、このいかにもBSらしいゆったりした進行の番組でよく判った。
 能登有料が無料になって、山の中の自動車専用道であっというまに通過するこの中能登地区。海岸線をのんびり走るこの路線をあえて使う人は、地元民とマニア以外そうはいまい。駅前に何もない。降りる人もいない。でも、この番組で、能登の人々の飾らない人情はよく出ていたと思う。
 この夏、はからずも能登の鉄道が何度も私と絡んできた。
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by hiyorigeta | 2014-08-27 20:51 | 石川・金沢話題 | Trackback | Comments(0)

能登線哀惜

 奧能登に行った時、見附島から松波までは海岸沿いの懐かしい旧道を走った。子供の頃、見附島から恋路海岸が見えて、あそこまでいこうということになり、歩いて行って、全然到着しないので、嫌になったことを覚えている。海の景色は近そうで実は遠いのだということを、あの時、実感した。山だって同じ、頂上まで六キロの記述を、平地と同じ感覚で計算してはいけない。
 先日、再度、能登に行った時、土産物店で、清酒「大江山」を数本追加購入して、我が家は、今、「大江山」が何本も並んでいる。松波の酒蔵に行ってきたと職場で話をしたところ、松波に家があるという方がお二人もいて、お一人は、生家も我々夫婦が通った恋路海岸の旧道沿いだという。なんとも世間は狭いも のである。
あのあたり、昔は国鉄が走っていた。今、恋路駅周辺は鉄路サイクリングの施設になって、少し鉄路が残っているようだが、後は撤去されている。海沿いを車で走りながら、線路は向かいの山肌のあのあたりにあったはずだと古い記憶を手繰っていた。列車が走っているのが当たり前に思っていた景色に、その列車がすっぽり欠落している喪失感。
 しかし、どうも地元の人にとっては、少しニュアンスが違うのかもしれない。湯浅啓写真集「能登線憧憬二〇〇八」の付録についていた略譜「能登線廃線までの歴史」によると、穴水から先、鵜川まで開通したのは昭和三十四年のこと、蛸島まで開通して全線開通となったのは昭和三十九年のこととある。思ったより古い路線ではない。第三セクタ運営の後、穴水以東(のと鉄道・能登線)が廃線になったのが、平成十六年。実働は約四十年間しかない。
 おそらく、鉄道が走る景色は、大昔からある、あるべきものとしての存在ではなく、戦後の復興や高度成長経済の結果として中央とつながった、大事な発展の象徴として存在していたのだろう。写真集の中に、最終列車に手を振るプラットホーム一杯の人だかりを撮した写真があって、お年寄りには目頭を押さえている人もいた。おそらくそれば、自分が壮年の時に希望としてスタートした鉄道が、まだ自分が元気な時に、こうも短命に役目を終えてしまい、且つ、自分がその絶命の現場に立ち会ってしまわなければならないことことへの悲しさがあったからではないかと思う。順にページをめくっていって、ここに至って、こちらも気持ちが動いた。(つづく)
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by hiyorigeta | 2014-08-26 20:23 | 石川・金沢話題 | Trackback | Comments(0)

アイ・ラブ・リオ

 随分先の話だと思っていたサッカーのワールドカップ・ブラジル大会。あっという間にその年になり、六月、あっという間に日本は負けて、終わってしまった。
 二年後はオリンピックもある。数年間、世の中はブラジル色が強くなるだろうなと思っていた、その年を今迎えていることに、微妙なズレ感というか、「もうなの?」というか、そういった気持ちを持ちながらサッカー大会の報道を眺めていた。
 テレビ番組では、コルコバードの丘のキリスト像の俯瞰映像がよく映った。これでもかといった感じだったので、あの見たことある景色が、リオデジャネイロの景色であるということを、日本人全員、完全に認識したことだろう。
  ブラジル大会の特集号が色々な雑誌から出ていた。そんな中で、「カーサ」という雑誌は、ほとんどサッカーに触れず、ブラジル自体の特集を打っていて、それが気に入って買ってきた。ボサノバも紹介されていたが、もっともページを割いていたのは「建築」。そういえば社会の教科書に載っていた新首都ブラジリアの現代建築の、なんと斬新であったことか。ページをめくりながら、今も褪せぬそのモダンなコンセプトに驚く。
 リオは、個人的に行きたい都市ナンバーワン。この日誌のタイトルを「アイ・ラブ・リオ」にした所以だが、実はこれ、先日、「アイ・ラブ・NY(ニューヨーク)」のTシャツをニューヨークに行ってきた生徒にもらったので、それを使っただけ。例の「ラブ」の部分が赤いハー トマークのやつである。これこそ本場ものだと喜んでいたが、他の生徒は、どうやら、あのロゴの元祖がNYであることさえ知らないようであった。
 それに、タグを見ると「メイド・イン・ホンジュラス」。ホンジュラス製のものが我が家に入ってくるなんてのはお初ではないだろうか。
 今年、色々普段買わない食材に挑戦しているので、輸入物が多く、産地がなんとも世界的になっている。スペイン、イタリア、ベルギー、チリ、ペルー。地球の裏側から平気で来ている。先日のスエーデン留学の話も含め、世界はどんどん縮小しているのを今更ながら実感。
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by hiyorigeta | 2014-08-21 19:28 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

スエーデンの話を聞く

 知人の姪っ子を教えた縁で、現在大学生で一年間の海外留学を経て帰国したばかりのその子の帰朝報告会を、知人と三人で夕飯かたがた開いた、その伯父さんも帰国後初めて会うという。
 留学先はスエーデン。専攻分野の先進国として興味を持ったようだ。よく親御さんが出してくれたねとか、言葉はどうしていたのとか色々質問した。留学生コースで講義は英語だったので、スエーデン語は挨拶程度でもなんとかなったという。ただ、英語でも、勉強の英語は専門用語も多く混じり、最初は少し苦労したようだ。日常会話ができていも、勉強の言葉は難しいというのはよく聞く話。いずれにしろ、大変、充実した留学だったようだ。
 彼女が元々在籍しているのは仙台の大学。北陸・東北・スエーデンの文化の違いなどにも話題は及んだ。
 当時の彼女には、そんな積極的に海外に出るようなイメージはあまりなかったが、いつの間にか、自分の世界を広げていって、今やワールドワイドの動きになっている。
 スエーデン人は地味な人が多く、日本人に性格的に似ていると言われているそうだが、それでも、日本に帰って日本人の覇気の無さは問題だと思ったそうだ。それも最初のうちで徐々にその違和感は消えていったという。大昔、私自身、カンボジアの子供たちを眺めて、その目で教えている子を眺めた時に感じたことと、まったく同じである。中にいるだけでは判らない。
 彼女、よくいい歳のオッサン二人に付き合ってくれた。それだけでも、すごくいい子である。
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by hiyorigeta | 2014-08-20 22:50 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

イギリス美術を鑑賞

 八月一日(金)、開幕初日の「華麗なる英国美術の伝統~ロイヤル・アカデミー展」に行く。於石川県立美術館。東京富士美術館館長五木田氏が見所を解説する講演を館内ホールで聴いてから本展へ入場。
 イギリスは当時フランスなどの美術先進国からは遅れをとっており、ロイヤル・アカデミーは、国王の庇護の元、十八世紀半ばに設立された英国美術の振興・美術教育などを司る機関として発展。この展覧会は二十世紀初頭までの百五十年史になっている。画家の権威や身分向上に寄与し、夏の展覧会はロンドンの風物詩になるほどの人気を博すが、反面、英国美術の権威の中心となった結果、保守傾向も生まれ、新興の印象派を認めることが遅れるなどの事態を招いたりしたという。よくも悪くもイギリス美術の中心的存在であるということが、その解説でよく理解できた。
 実際、設立当初の十八世紀のものは、これといって特徴的なものが少なく、印象が薄い。しかし、十九世紀になるとイギリス美術らしくなって面白くなってくる。その変化が確かに判った。
 印象派の技法を学んだ者がアカデミーに認められ、収集作品に印象派の絵が現れるのはだいぶ後のこと。素人目でもはっきりこれは印象派そのものと判るのは、今回の展示ではジョン・シンガー・サージェントの「庭の女性たち トッレ・ガッリ」(1908)。もう二十世紀に入っている。
 今回、展覧会のポスター絵画になっていたミレイの「ベラスケスの思い出」(1868)も、一見、古めかしい貴族の少女の肖像画のようだが、実際は、ベラスケスの有名な肖像画をイメージしながら、「今」の感覚で自分流に描いたオマージュ的な作品で、貴族一家から注文されて描いた記録絵画とは一線を画するものだという。そうした気持ちで細部まで見渡すと、黒を基調とする中に、腕や裾の衣服の赤が映えている、その肝心の赤色の筆遣いが、実に大胆にざっくりと塗られていて、このあたりに新しい時代を感じさせている。
 フランク・カダガン・クーパーの「虚栄」(1907)も、うら若き女性が描かれているが、伏し目で右下の何かを眺めていて、それが見えない主題のようでもある。いずれにしろ、肖像画というのは表層の意匠でしかない。
 新聞によると、九日の一橋大学名誉教授川村氏の講演では、当時、欧州では古典や伝説などの物語絵画が尊重されており、イギリスの画家たちは英国美術の権威を高めるために進んでシェークスピアなどの自国の古典文学に題材を取った絵画を制作したという話があったという。シェークスピアからミレイの「オフェーリア」までは二百五十年もの隔たりがあって、なぜ、この時に「ハムレット」なのか、などと思っていたので、それで、意味合いが少し判った気がした。
 ジョン・ウイリアム・ウォーターハウスの「人魚」は、岩の浜辺で髪を解いている構図の絵。漱石の「三四郎」に人魚について言及しているところがあるが、彼は現地でこの絵を観ていて、おそらく念頭においていたのはこれであろうという解説が附されていた。制作は一九〇〇年とあるので、漱石が観た時は、まったくの新作であったことが判る。漱石の美術趣味は、こうしてみると、当時における「現代アート」といっていい、最新流行のものもしっかり吸収したものであると言えそうだ。
 今年は英国美術に縁がある。
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by hiyorigeta | 2014-08-19 19:49 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

大江山

先日の見学した奧能登の酒蔵は「大江山」という銘柄を造っている。説明してくれた妹さんに、「大江山」って、「例の「生野の道」の大江山ですか?」と問うと、そうです。よく伏見のお酒屋さんと間違われますとのこと。大江山に住んでいた大酒飲みの鬼「酒呑童子」伝説に基づいた命名という。
 もちろん、大人なら、これが有名な小式部内侍の「天橋立」の和歌を連想しての質問で、伏見地区は京都屈指の酒造りが盛んな土地柄であるという、二つの「常識」を踏まえてのやりとりであるということは自明のことだが、今、こうした当たり前のようなやりとりが、若い次世代には引き継がれるのかというと少々心許ない。
 というのは、例えば、以下のようなことが多発しているからである。
 藤原時平が追い落として、太宰府に流された人物は誰か、亡くなった後、雷神となって京都の町を騒がせ、北野天満宮に祀られたのは誰か、日本における「学問の神」は誰か。受験の神社は、ここ金沢では兼六園内の金沢神社である、一体、誰が祀られているのか? 「すべて同一人物だよ」と、ここまでヒントを出しても、答えられない生徒がかなりにのぼる。中には藤原氏と在原業平がごっちゃになった頓珍漢な名前を言う生徒も……。でも、ちょっとそれらしい名前だったので、一度記憶に通過して、微かに記憶に残っている感があって、微笑ましいといえば微笑ましい。
 最近感じるのは、彼らの勉強がそういう記憶の残り方をするような勉強の仕方をしてきたということで、おそらく情報を処理する感覚で処理して、処理してしまうと、次の情報によって前の情報が上書きされてしまっているのではないかと思う。膨大な情報に埋もれる現代ならではの現象。だから、ずっと前のことを生徒に聞くと、まるでお年寄りなみに、あまりにもみんな忘れすぎである。
 その他にも、手紙の「拝啓」「敬具」は知っていたが、「前略」の終わりは知らなかった。これはほぼ全員。これは手紙を書いたことがないから。まったく死んだ常識になったか、経験に裏打ちされない知識は忘却するからか。
 ということで、評論の「説明せよ」問題を受験的に完璧に答えるテクニックに邁進するあまり、こんなベーシックなことが、どんどんやせ細ってきているのがひしひしと感じられる。
 それと、ちょっと関連してだが、各校から集まった部の合同合宿で、生徒の食事の様子を見ていると、お箸の使い方が違っている女の子が多かった。上の箸ではなく、下の箸を動かしていたり、丸握りに近い者も。弓道の女子は大和撫子、さすがにできていると思っていたので、これはちょっとガッカリであった。
 こうした方面も、今の教育は疎かにされている。つまり、「日本力」がどんどん落ちている。
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by hiyorigeta | 2014-08-18 17:10 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta