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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

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一句出来た

  蜩の初音聴きをり朝の床

秋を知らせる蜩。七月中に聴くのは珍しい。蝉の声で起き、しばらくカナカナという声を聴いていた。
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by hiyorigeta | 2015-07-31 06:26 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)

町歩き~市場と中古レコード店

 観劇の帰り、武蔵が辻のほうに行き、本当に久しぶりに近江町市場を散策した。夕方なのでかなり閉まってはいたが、それでも、平日、ここを通ることはほとんどないので、新鮮な気持ちで歩いた。大昔の一時期、近くが職場だったことがあって、その時は、だいぶ脳内で市場地図が出来上がっていたが、今はさっぱり。
 名物だった昔ながらの味の大福パンの店はとっくになくなっているし、時々利用していた安い青果店はなくなっているしで、どこで何を買うといいのかがよく判らなくなっている。だからかもしれないが、メイン通りの野菜などは思ったより安くない。
 交差点側、ビル化した部分の地下階は、出来た当初、人気のパン屋が入 っていたりして活気があったが、今は歯抜けになって淋しい感じだった。短いスパンだと「目にはさやかに見えねども」、徐々に徐々に、栄枯盛衰、移り変わっていく。

わざわざ遠回りしたのは、中古レコード店を覗くため。あるということは知っていて、ついでがあったら行こうと常に思っていたのだが、そうも武蔵が辻に「ついで」があるはずもなく、今回、初訪問となった。
 裏通りのビルの二階。階段にベタベタとライブのポスターが貼られている。店内は、天井まで所狭しと中古レコードとCDが並んでおり、なんとも昭和な雰囲気である。品揃いも充実していて、特にブラック・ミュージック系が得意分野のようであった。
 中古店として重要な「分類」がしっかりされていて、当てずっぽうに探す労力はいらないのだが、その分、お値段は「じつによくお判りで」と言いたくなるくらい、駄盤は安く中古人気盤は高い。つまり、メリハリがついている。高いといっても買おうか買うまいか迷う絶妙な値段設定。その分、「掘り出し物見つけた」的な喜びは、整頓された棚からは発見しづらそうであった。
 人口が多いとも言えない県で、且つ、今や顧客が限られる中古LP&CDという分野で、ご商売が永続できているだけでも素晴らしい。
 これで場所も判った。おそらく我が県で一番充実している品揃えである。LPに回帰したことでもあるし、時々は覗こうと思った。
ただ、こちらの鼻が利く訳でもなし、結局、掘り出し物を見つけることができず、手ぶらで退散。蒐猟したい盤をいくつもあらかじめ決めて行くなど、こちらの予習が必要だと実感。昔に比べて下手くそになっている。
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by hiyorigeta | 2015-07-30 07:13 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

劇団青年座公演「ブンナよ木から下りてこい」を観る

 昨日、青年座の持ち芝居として有名な、彼らの代表作を磯村純の新演出で観る。演出家はこれで五代目という。背景はなにもなく、回り舞台を手動でゴロゴロまわす、新劇では定番の手法だったが、ちゃんと回り舞台の上が椎の木の上に見え、成功していた。
 生き物を襲う食物連鎖上位の悪役「鳶」は、実際には出てこず、丸い大きな鏡が降りてくることで表現していたが、どんなに訳知りのような口をきいていても、土壇場になると、自分より他の者を先に食べてくれと頼む罪深さを、「自分の心を映すもの」という象徴的表現として表したののだろう。そういった抽象的な演出も混ざっていて、一歩間違うと「お子様向け」で終わってしまう話は、ぐっと格調を高めていた。
椎の木の上で起こる弱肉強食の世界。その中で、死の順番を待つ生き物たちは、所詮「自分が大事」でしかないことに気づく。木の下では、今度は、人間の気まぐれで土蛙の生が脅かされる。上では自分も同じであると生を脅かされた時の卑怯さを思い知らされ、下では自分も傲慢な加害者でしかないと思い知らされる。実に判りやすく仏教的生命観を提示してくれていて、観る人の心を揺さぶる。実は今回初めて観たのだが、名作の誉れ高いのは宜なるかなと思ったことだった。状況は決して明るくないが、最後の場面では、生きることの意味を問うかたちで希望の灯を照らす。

 授業で出て来た鷲田清一の文章の中で、「垂直性のベクトル」が失われているというのがあった。これは、最近は人間同士の横のベクトルだけで判断していて、縦の、例えば神と人間とか、人間ではどうすることも出来ないものとの関係の視点が抜け落ちていると指摘していた。そこで、事前に、こういう話を生徒に聞いてみた。
 ラーメン屋のカウンターで、「いただきます」をしないで食べようとした彼氏を彼女がたしなめたところ、「俺は金を払って食べている、感謝の言葉を、店の人にいう必要はない」と答えたという。これはおかしいか、おかしくないか。
 これに、ある男子は「おかしくない」と答えた。典型的な横ベクトルの発想である。あの言葉は、誰に感謝しているというのか。
 もともと母親が子供に語って聞かせる目的で書かれたお話だそうだが、今の世の中、社会に出る前の、高校・大学あたりの若者層に、しっかり理解できていてほしいという気がした。

 役者ではアオダイショウ役の石母田史朗が、ねちっこくアクの強いキャラクターを思う存分表現していて、痛快であった。
 都合で、いつもの会場ではなく、平日のマチネ、金沢市内の会場で観た。客筋が違い、こちらも高齢化はしているものの、まだ、中年の家庭の主婦が中心。隣に座った専業主婦らしき方が、農薬を目の敵にしているけど、農薬播かなかったら、ちゃんと育たないのに……とか、次回例会のパンフを見て、井上ひさしって理屈っぽくて、台詞が長いし大嫌いとか、ブツブツと呟くのが面白かった。いちいち独特の視点で、もう恐いものなしの言いたい放題といったところ。
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by hiyorigeta | 2015-07-29 06:13 | 観劇・映画 | Trackback | Comments(0)

小型飛行機の墜落

 先日、東京の住宅地にある調布飛行場で小型機が離陸直後に住宅に墜落し死亡者が出た。ここのところ、色々と報道・解説されているが、専門家の説明を聴きながら思ったことを幾つか……。
 一番そうだろうなと思った解説は、エンジンが熱ダレしてパワーが上がらなかったのではないかというもの。猛暑、燃料満タン、搭乗者も計五人で積載上限ギリギリ。どうやら滑走路の通常位置からは離陸できず、低空飛行で上昇をトライせざるを得なくなり、機長は浮上を急ぎ、スロットルをひたすら開きながら、機首を上げようとした、結果、失速したというもの。
 ある記者が「フライトレコーダー」の回収が急がれると述べたのに対し、専門家は、載っていればいいが、通常、小型機には載っていないと述べていた。記者の勉強不足。つまり、今回の場合、航空大手の大型航空機をイメージするより、ちょっと馬力のある自動車くらいをイメージしたほうがよさそうである(一説によると、今回の飛行機の馬力は二百五十馬力くらいという。ちょっとしたスポーツカーといったレベル)。
 長く車に乗っている人は、夏、時にオーバーヒートぎみとなって、踏んでもパワーが上がらなくなって慌てたという経験がある。昔は車の性能が低かったから、時々あった事態。
 他に、坂道を延々とブレーキを踏みながら下ると、熱で急にブレーキが利かなくなって、焦ったこともあるし、夏の夕立の高速で、ハイドロプレーニング現象が発生し、グリップがなくなり、エンジンが急に吹き上がって緊張したなん てこともあった。
 皆、一度は経験してヒヤリ、ハッとして学ぶ。今回は、そのヒヤリで終わらなかった不幸な事例ではないかと思った。
 四駆に乗っていて思ったのは、二駆より雪道の走行性能は格段に高かったが、一度、グリップを失うと、前兆というものが一切なく、一気に轍から外れて壁に吸い込まれるようにぶち当たっていくという怖さである。機械が高性能になると、ヒヤリが起こりにくくなるし、直前まで気がつかない。
 昔、Uコン飛行機といって「09エンジン」(9CCエンジンのこと)で遊んだり、電気スターターのない原付バイクのエンジンに火をつけようと苦労したりした、そういえば、車も、冬の間は、手動でチョークを引くという作業があった。エンジンのご機嫌を毎日気にしていたのである。
 そんなレベルでエンジンに付き合ったベーシックな経験は、今になって思うとすごく大事で、いざの時の判断に生かされるのではないか。
 つまりは、専門家も言っていた、最近の多くのジャンルに起こっている、現代ならではのオペレーターの「スキル不足」である。

蛇足
 この事故に関連して記者会見した医師の言葉。「(被害者の心肺が停止していて、何時何分に)死亡を確認させていただきました。」
 また微かな違和感が……。この敬意(謙譲語)は、死んだ人に対してのもの、ということになる。御丁寧といえば御丁寧だが、死亡を記者へ周知するという用件にまで敬語を使う必要はない。もちろん、使わなかったといって、ご遺族から敬意が足りないなどとクレームがくることも想定しにくい。おそらく、取材している記者、映像を観ている視聴者向けの敬語のつもりなのだろうけれど……。
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by hiyorigeta | 2015-07-28 22:18 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

モントレー・ジャズ・フェスティバルIn 能登2015を聴く

  一昨日、二十五日(土)にあったジャズ・フェスのリポート。先にアップした所沢でのNegiFes(葱フェス)のような「不在レポート」ではありませぬ(笑)。

 早めに仕事を切り上げ、七尾に向かう。今年は愚妻も参戦。昼に到着し、行きたいと思いつつ行き損なっていた七尾湾の見えるイタリアン・レストランにて、ゆっくりとランチを食べて過ごした。開場に合わせて店を出る。時間の使い方はスムーズにいった。
 猛暑の一日。オープニングは、恒例、守屋純子が指導するジュニア楽団からスタート。それに、これも恒例の福島高校ジャズ研究部の演奏が続く。福島の「ウォーターメロン・マン」などはフロントの管がなかなか上手い。以上が教育的プログラム。
次からは大人部門。歌手Akikoに地元の塩村宰&プレスティジ・ジャズ・オーケストラがついたセット。全体にオーソドックスな選曲で、楽団はとにかく大音量。
 次のピンクボンゴなる宮本大路(bs)率いるコンボは、お笑い要素も満載で、大いに聴き手を楽しませる。宮本は楽団編成の時は、バリトンを吹くことが多いが、テナーも実に達者。それに、人気者高橋ゲタ夫のベースが派手に振る舞う。彼の頭髪は今やレゲエ。
 「スサノオ」という曲中に、御陣乗太鼓がフューチャアーされる。大路が十六歳の時に観て、これはジャズだと思ったという(同感)。合計六名のおどろおどろしいお面をつけた打ち手が、入れ替わり立ち替わり、太鼓を叩き、最後に全員が出て来てフィナーレを迎えるという例のパフォーマンスを披露、観客を圧倒させる大迫力で、地元伝統芸能のいいPRになった。
 エリック・アレキサンダー(ts)のグループは、もう一人のサックス、グラント・スチュアート(ts)との二管編成。音的には、極めてオーソドックスなストレートアヘッド・ジャズ。ドラムスは名手ルイス・ナッシュ。それに大ベテランのハロルド・メイバーンがピアノでつくというスター揃い。七十九歳の御大、メイバーンは、メンバー紹介の中で「センセイ(日本語で!)」と呼ばれていた。リズミックで、常に音が鳴っている感じのバッキングをする。
 サックスは圧倒的にエリックのほうが上手い。ピアノとのデュオ・バラッドも、甘くならず吹き切り、この楽器のマスターであることを証明した。
 ラストセットは、日野皓正(tp)グル ープ。先週のライブハウスでの曲とダブりが多かったが、メンバーが違うので、印象もそれなりに違った。重なっていたのは石井彰(p)のみ。サックスはアイドル的人気の矢野沙織。テーマ部の合奏も、先週のギターとのユニゾンより、ぐっとジャズ的な音になる。
 スペシャル・ゲストは、ケイコ・リー。若い時の赤い色のベスト盤は持っているが、あれからも随分と月日が流れ、今や熟女の風格。CDで聞く彼女の英語は癖がある(訛?)ように聞こえるが、ライブで拡声された声ではあまり気にならなかった。鳴り物が大勢いるバックより、弾き語り的なフォーマットのほうが似合うパフォーマンス。
 フィナーレは、日野のグループにピンクボンゴのメンバーや外タレ組も参加の「ルート66」。メイバーンは石井の持ち込んだオルガンを弾き、渋い喉まで聞かせた。ピアニストたちによるトリプル片手連弾もお祭りならではの光景。

 今年の雑感。
 出演者が例年より少なく、少々淋しいリストだった。しかし、逆に一組一組、じっくり聴くことが出来たともいえる。終了もどことなく早め。
 ここ数年、ラテン系で盛り上がるフィナーレが多かったが、今年は純粋にジャスのノリでフィナーレとなった。ジャズ・フェスとして実に正統的な終わり方。
 県知事が途中で挨拶に出て来た。テレビでは観るが実際この場に来たのは初めてといい、映画「スイングガールズ」に感動したというような話をしていた。
七尾美術間横の道を通って、即、能登里山街道に入るルートで帰ったが、片側一車線、街頭がなく、路が真っ黒な上に、上り下り右左するので、スピードが出せず、結構、後続車を押さえこむかたちになって緊張した。
 久しぶりに長く助手席に座った愚妻は、この車のライトが暗く、前方確認に問題があること、ちょっとしたハンドルさばきでふらつくことを指摘した。前者は、私も困っているがどうしようもなく、後者は、エコタイヤにしたせいで尚更ニュートラル付近が曖昧になっていると説明した。夜の長距離で乗る車ではないことを実感。
 炎天下。青い空には何本も飛行機雲がかかり、ステージ横を大型ヨットのマストがゆっくり移動していくのが見えたりと、夏の海辺らしい光景の中の観賞。昨年に引き続き水分補給に留意して、舞台転換毎に、涼みに能登食彩市場のビルの中に逃げ込んだりして、体力温存をはかった。多くの人が前方の椅子席ではなくて、ずっと後ろの木陰で集っていたが、大勢で見に来るのなら、いい過ごし方かもしれない。
 お土産は能登中嶋菜を練り込んだ素麺。夏のお楽しみ第一弾、恙なく終了。
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ランチの夏野菜のパスタ
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by hiyorigeta | 2015-07-27 20:45 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

あの頃のロックをよく聴く

 手持ちのLPを聴くようになると、必然的に、あの頃聴いていた懐かしいロックを聴くことになり、プログレッシブ・ロックなどもおさらい的に聞き直している。イエス、ELP、ピンクフロイドなど。決してアイドル漬けになっている訳ではありません(苦笑)。
 この春、リック・ウェイクマンのヒット二作がデラックス版として再発されていることを知り、CD購入。「ヘンリー八世と六人の妻たち」と「アーサー王」。映像抜きの音だけDVDが付いていて、「ヘンリー」のほうには、当時の演奏のオマケ映像もついていた。ライナーの当時の思い出話も面白い。
 音はLPよりよくなっているが、もともとかなり盛大にでていた「ヘンリー」のほうのテープヒスノイズは、依然としてはっきり聞こえる。なんだか、大きく聞こえていた音が奥に引っ込んで聞こえたりと、もしかしたら、トラックダウンし直しているのかもしれない。最近、LPと聞き比べると、全体的な音作りが違っていることに気づくことが多い。
 それにしても、前から好きだった曲「クレーヴのアン」が、ハードオルガンロックといった趣きで、今聴いても、やはり最高に格好いい。
 こうして、懐かしい音楽が、車やウォークマンで聴けるようになって、懐メロ的に、よくロックを聴いている。
 「アニマルズ」のLP以来、買うのを止めたピンクフロイド。最近、以降の音源を入手、よく知らなかった後期の彼らのサウンドを聴くことができた。一番の感想は、ピンクフロイドは、結局、デイブ・ギルモア・ギターバンドになっていったということ。癒しのシンセサウンド上に、判りやすいギターソロが載る。大きな路線としては「炎」あたりと変わらない。時に、サックスが使われたり、女性コーラスが使われたりと、「狂気」あたりと変わらない語法が反復される。ああ、ピンクフロイドだという個性と安心感はたっぷりあるが、時代を切り開く革新性はどんどんなくなっていったのだということを今回確認した。
 これらのアルバムを聴く前、今年出た最終アルバムをCDで買って、環境音楽みたいでがっかりしたのだが、この流れで、最終的にこうした曲調になるのだなと、つながりだけは確かに判った。
 ジド・バレットがいた頃がよかったとか、ロジャー・ウォーターズがいた頃がよかったなどとは決して思っていなかったし、今もそう思っているが、「ウマグマ」から「炎」ぐらいまでが、彼らの一番輝いていた時期だということに間違いはないようだ。
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by hiyorigeta | 2015-07-26 17:54 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

茨木のり子さんのお宅

 お気に入りのブログで、詩人の故茨木のり子さん宅まで行って、彼女が住んでいた建物を写真で紹介しているものがあった。東京都西東京市東伏見の住宅街の中の一軒。
今、住む人なき家の玄関まわりには雑草が茂り、無人の感じは外からもはっきり判る。建物は、白を基調とした昭和らしい当時モダンだったろうデザイン。表札は大きく「三浦」とあって、続けて小さく「茨木」とある。三浦は戸籍名で、旦那の姓、郵便の便宜をはかって、ペンネームのほうも小さく書いたといった感じである。ちなみに旧姓は宮崎。
 医者であった夫が一九七五年に死亡した後は一人暮らしを続けた。彼女は二〇〇六年二月に逝去(御年79歳)。つまり、彼女は、結婚生活25年、後31年間は単身生活をした人である。男手がなく、修繕かなにかで出入りしていた業者の男性から、先生の詩は、学のない俺でもよく判るよと言われたというエピソードは、彼女自身が書いていて、結構有名な話。

彼女の家の外観を知った数日後、パラパラと生活関連のカラームック誌を読んでいたら、今度は、彼女の台所を紹介する記事に出会った。
 すでに主人がいない台所。しかし、調理器具などもそのままおかれて、彼女の生活の様子がうかがい知れる。シンプルに使っているが、でも、昔の人だとちゃんと判る調理器具が並ぶ。主婦なら判ると思うが、使う道具で、どんな料理を作っているのかどことなく判り、そのため、その台所を切り盛りする人の年齢がどことなく判る。生きていれば今八十八歳。ちょうど亡父世代である。
 この詩人、長かったお一人時代、日々、どんな食べ物を作って、そして食べていたのだろう。彼女のことである、きっと時間通りに手際よく調理し、過不足ない栄養を摂っていたに違いない。決して、誰にも「倚りかからず」に凛として生きていたろう。死も、自らのベットの中で迎え、二日後に甥に発見されている。
 長年使ってきた。それが使われなくなって、またそれなりの時間がたった台所。そんな写真なので、台所全体が茶色に染まっているように見えた。
 家の前まで行ったブロガーは、行政が買い上げて、土曜日曜だけでも開放すればいいのではと提案していたが、さて、どうなのだろう。
 何のアンテナも張っていないのに、短い時間にブログと本で彼女の名を見かけ、家の内と外を見ることとなった。
 関連したことが、同じ時期に向こうから近寄ってくるということが、時々ある。
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by hiyorigeta | 2015-07-25 02:18 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

人の価値意識

 ジャンボ宝くじを買った。最近は通常の7億円版と、ミニという七千万円版の二つがある。
 ちょっと考えてミニのほうを買った。ところが、後で、当選本数を見た理系の愚妻から、期待値はミニのほうが低いのにと言われた。
 期待値かあ。久しぶりに聞いた数学用語。純粋に理屈から考えたら通常版のほうがいいらしい。
 では、なぜ私はミニを選んだのか。考えてみた。
 まず、理解できる額で、どう使うかすぐに発想できる。実際、老後の蓄えとして、余裕の額で安心である。それに対して、7億円は高額で庶民には扱いに困る。下手をすると人生を誤るかもしれない。殺人事件なんかが起きそうである。
 当たる確率を重視すべきか、当たったその後の様子など、確率以外のことも考慮して決めるべきなのか。
 直線的に考える人は、金額がたくさん貰えるのだし、確率的にも通常版のほうがいいのだし、迷う問題ではないと即断するだろう。私のような文系人間はそもそも「期待値」から考えるという発想自体がなかった。
 この話題、つまりは文理の発想の違いと一括りでまとめると、理系の人から文句がきそうだが、やはり、期待値重視は理系の人に多そうである。 
 ま、だからこそ、二種類あるのだし、どっちでもお好みで、といってしまえば、この話はそれで終わり……。

 
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by hiyorigeta | 2015-07-24 06:57 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

池袋の書店の閉店

 池袋西武百貨店の書店「リブロ」池袋本店が閉店したという。 最初、あのリブロでさえ苦戦していたのか、書店の状況は極めて深刻と思って、感慨深かったが、どうやら、違うらしい。
 清新で文化的なイメージで売っていた書店。ここに勤めた大学同期もいた。今、本屋さんがあの手この手でやっている色々なことを、最初にし始めた本屋さんといったイメージで、作家とも連絡が密。よく作家さん自身も訪れていた。
 当時は11階にあって、私の在京時代は「西武ブックセンター」と言っていたはず。「リブロポート」という系列出版社もあり、リブロという名はセゾン文化の一翼を担ったイメージが強い。
 お別れインタビューの中で「あの頃、リブロで本を買うというのが格好良かった」と言った客がいたが、そのニュアンスはよく判る。
 リブロは、今も西武系列の本屋さんと思っていたが、ウイキで経営の変遷を見ると、既に無関係。今や西武百貨店自体がコンビニ企業の傘下で、その会長の系列とは違う取次を使っているこの書店を、同じビル内に置いておくことを嫌ったらしい。
 東京を離れて三十年以上、事情を知らぬ田舎者は、西武が西武の本屋を切ったかのようにも思えたのだが、全然、違った。
 西武王国全盛と堤兄弟の確執は、もう遠い過去の話。高校時代からの友人が当時西武グループ関連会社に勤めていたので、色々な話をその友人から聞いた。あの頃、買い物をするにつけても、鉄道を乗るにつけても、東京者に「セゾン」「西武」は避けられない話題だったのにと思うと、本当に栄枯盛衰を感ずる。セゾングループ崩壊後、関連各社がどう動いたのかをウイキ他で読んだが、もう、経済に疎い私にはよく判らない。
 追い出されたリブロは池袋に新しい売場を求めているが、現在未定という。
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by hiyorigeta | 2015-07-23 05:40 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

自分たちで埋めるという努力~Negifes~

 アップアップガールズ(仮)は、「モー娘。」のプロダクション、ハロプロを首になった子たちが結成したグループ。その一人、森咲樹が一昨年に語っていたことがある。
 「ハロプロ・エッグとしてステージに立っていた頃は、千人規模の東京のライブハウスが埋まっていることに、何も思わず、自分たちが歌って踊っていることが楽しかっただけだった。他のグループが好きなお客も、同じステージの我々を見たら、自然に好きになって応援してくれるはずと思っていたが、そうではなかった。」と。
 それはそうだ。舞台が交替するごとにぞろぞろ応援のファンは帰っていき、客が入れ替わるというのが普通で、ファンは博愛主義ではない。
 「自分たちだけの力で会場を埋めることが如何に大変か、その努力の大事さを最近は強く感じている」。
 ハロプロ・エッグとは「モー娘。」の次世代養成プロジェクト、つまり予備軍のようなもので、ハロプロの威光で、エッグもお客が入っていたのだ。どぶ板営業を続けたNegiccoに較べ、横に出たとはいえ、スタートはずっと恵まれている。

 二十日(日)、所沢の野外会場で「Negifes(葱フェス)」があった。Negicco主催の合同コンサート。期間限定でグループを組んだことがある大阪のアイドルグループと、共演歴のあるロックバンド二組、それに彼女たちの計四組が出演した。冒頭から最後まで進行役他で彼女たちは大忙しだったらしい。
 ツイートを読むと、葱ファンたちは、そもそも彼女たち自身が彼らのファンで、且つ、彼女らをリスペクトしてくれているバンドなんだからと、ちゃんと全てのグループを楽しんで聴いていたようだ。そのため、客筋の良さに出演者たちは感謝の言葉を述べて、自分たちのベストプレイが出来たと喜んでいたという。
 新潟から出店した食べ物店のメニューも、彼女たちが逐一現場で紹介して、地元名物をPR。客は新潟気分を味わった。普通、バックヤードは、単なる営業で出ているだけなのに、しまいに、新潟から来た飲食店スタッフと一緒に例のラインダンスを踊りましたというツイートもあって、出店者も仕事をしながら楽しんでいたようだ。ロックバンド目当ての人も、そのアットホームな雰囲気に感心したとあった。
 共演者を大事にし、関係者を大事にし、地元を大事にし、お客もそれに応えて、謙虚に応援すると いう温かい関係が出来ているのが、このグループのよいところ。こうして一歩一歩自分たちの努力で足場を確かなものにして、地道にやってきたことが、今、少しずつ花開いているような印象で、人の歩みとして素晴らしい。
 時々、新潟から離れないことが足枷になっているのではないかと感ずることもあるが、「地場」をもっているからこそ、みんなを巻き込んで、幸福な気持ちにしてくれる雰囲気が生まれているということもあり、諸刃の剣なのだが、今回は、よいほうが出ていたように思う。
 ファンが撮った写真を見ると、会場の客席ウイング両サイドあたりは少し空いていたようで、超満員とまではいかなかったようなのが、ちょっと心配だが、大好評裡に終了して、自分たちの主催でフェスを開催し、お客がこれだけ来てくれたことで、彼女たちなりに手応えを感じたようだ。
 取材も、朝の全国民放テレビで紹介されたり、NHKが取材に来ていたりと、これまでで最大取材陣となったらしい。

 今、久しぶりに去年のSHOUYAの「ナオンのヤオン」(女だけの日比谷野音ロックコンサートの意)の録画(NHK)を見て、会場の雰囲気を予習中。東京には六年いたが、残念ながら、日比谷野外音楽堂に行ったことはない。今から楽しみである。でも、森高千里や中川翔子、八代亜紀や、しまいにミッツ・マングローブ(!!男やん)まで出てきて、立錐の余地なし的大盛況のこの映像みたいなことには、彼女たちだけではおこらないかもしれない、未だに席は埋まっていないしと、と逆に見ながら心配になってきたりもした。
 以上、行ってもいないのに、ツイッター他を継ぎ接ぎしてまとめたコンサート報告でした。終わり。
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by hiyorigeta | 2015-07-22 05:07 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com