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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

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話題のアウトレットモール初訪問

 富山県の病院で人間ドック。体重を落としたので、いい結果を期待していたが、いくつかの数値で基準枠から出て、赤マークになっていてガッカリ。もともと、範囲ギリギリで推移しているので、変化はなく、たまたまでしょうと医師から気にしないように言われる。体重増加厳禁、塩注意と言い渡される。
 帰り、新しく出来たばかりの「三井アウトレットパーク北陸小矢部」に寄る。平日にも関わらず、大勢の人出。軽井沢のような個別店を屋根付き通路で結ぶというタイプでなく、冬を考えて、巨大なビルであることから、スーパー部門のない専門店部門だけの巨大ショッピングモールといった印象。もちろん、店の中がすべてアウトレット品ではなく、単にお買い得品も並べているだけ。
 ということで、そのブランドのものを買おうと思っている人にはよいが、どれだけ割引されていても、やはり高いので、ノーブランド品の品質のよいもので充分と思っている人には、まったく行くこと無用の場所であった。訪問記念に輸入食品千円程度を買う。
 真隣、客が減少していると思われる「道の駅」の農産物売り場で、新鮮で「顔の見える野菜」を買って帰る。こっちのほうがよっぽど購買意欲が湧く。
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by hiyorigeta | 2015-09-30 20:20 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

雑件いくつか

○久しぶりに買った電化製品
 この夏、よく利用していた近く家電量販店が閉店した。ネット購入と同じ会社で、ポイントが共有していて重宝していたので、少々残念。閉店セールで、カートリッジ式の珈琲メーカーを購入。ペンギンの格好をしている。
 機械は安いが、カートリッジ一個の値段は六十円近く、最近流行の個別カップドリップ式のよりは高価だが、コンビニ珈琲より安価という中間的な値段。高いととるか安いととるかは微妙。愚妻は勝手に買ってきたこともあって、高いと低評価。
 ただ、手間がいらず早いので重宝する。レギュラー、モーニング、エスプレッソとカートリッジを替えて味の違いをお楽しみ中。それに、ペーパードリップもこれまで通り併用して、色々楽しんでいる。

○野菜が高い
 九月に入り野菜が高騰。ニュースでは、スーパーは久しぶりに売上が伸びたが、その原因が、購買力の向上云々ではなく、この野菜の高騰のせいではないかということだった。「なあんだ」といった感じである。
 庶民の味方、もやしや規格落ちのクズエリンギの徳用パックがおかずの具として活躍中。

○秋のお彼岸法要に行く
 シルバー・ウイーク最終日、お彼岸の法要に参列。我が家の墓のある寺の堂内で十人の僧侶が読経する見事なもの。集まった檀家宗徒は五十人ほど。聞き覚えのある浄土宗のお経の冒頭だけは口ずさめたが、あとは知らず、座っているだけ。導師が追善菩提の呼名の紙の、読んだ紙と読んでいない紙を混合してしまい、呼名が重複する事態に。儀式進行中とて、まわりの僧達も見守っているだけで、えらく長いお経となった。
 次の日の夜に、同僚のご母堂の通夜があり、仕事を早めに済ませて、駅の反対側のセレモニーホールへ。お宅がお寺さんということで、通常の進行とはだいぶ違っていた。こちらもお坊さんがズラリ。業界葬といった趣き。過去、何度かこうした葬儀に出たことがある。こちらは、真宗ということで「正信偈」を大声でしっかりと唱える。仏事が二日連続で続いた。

○スーパームーン
 27日は中秋の名月。地球と月が接近し、月が大きく見えるスーパームーンなのだそうだ。28日、ちょっと欠けた月を見たが、たしかに言われてみればそうかもしれないといったレベルの大きさだった。鈍感な私は特に感激せず。残念。
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by hiyorigeta | 2015-09-29 19:18 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

将来の夢

 ツイッターで見つけた小ネタ。ちょっと書き方をアレンジして紹介したい。

 前を歩いていた小学生とおぼしき子供二人の片方が、突然、立ち止まって、「あ、学校に忘れものした!」と叫んだ。「何を?」ともう片方が問い返すと、その子は、こう言った。
「将来の夢!」
 多分、宿題の題名か何かなのだろう。慌てて戻って行ったのを見て、ちょうど、後ろを歩いていた大人二人は、こういう会話をした。

「俺も忘れてきた気がする。」
「気づいても取りに戻れないでしょう。」
「………。」

ちょっと切ない。
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by hiyorigeta | 2015-09-27 18:38 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

金沢市民劇場 第316回例会 こまつ座公演「父と暮せば」を観る 「戦後七十年の今だからこそ」

 ひさしぶりに観たこまつ座の芝居であった。一九九四年初演、すまけいの舞台は映像となっていて、昔、近くの図書館の小ホールで観た覚えがある。怪優の面目躍如、男優の個性際立つ台本だと思った覚えがある。すまから前田吟へ、それから辻萬長へ。彼は、今、こまつ座を支える屋台骨である。女優も梅沢昌代や斉藤とも子が演じ、ここのところは栗田桃子が演じている。蟹江敬三の娘である。
 去年、彼女は父を亡くしたので、この話と重なり、長く台本が開けなかったという。実生活では、三十歳過ぎごろから、父に平気で「~しちゃダメよ。」などと言っていたそうで、そんな父娘のやりとりを見て、辻が、役の二人の関係も「こうでなきゃいけないな」と思ったという。(「The座」84号)
 だからか、時に父が命令口調で、時に娘が親に意見をいうというような、どっちが上なのか判らないような親子関係の機微が、この二人の絡みから上手く表現されていたように思う。

 辻は、初めてやったときは、力が入りすぎていたといい、再演する中で「多少は力を抜いてやれるようになったのではないか」と語っているが、確かに、大昔観たすまの舞台に比べて、コミカルな部分が多く、重いテーマながら、ある部分、自身、大いに楽しんで、笑わせようとしている感じを受けた。

 テーマはシンプルで、娘の友人に対する申し訳なさ、父に対する申し訳なさと娘の心情が繰り返され、父の「幸せになれ」という願いに、ようやく心を開いて恋愛に向きあう、希望に満ちた結末で終わる。一時間半と短時間。たった二人だけの芝居ながら、だからこそすっきりと観ている者の心に入ってくる。
 芝居の中で語られる投下直後の悲惨な状況は、当時の証言や手記をうまく入れ込んである。親が瓦礫で身動きがとれず、迫る火の中で泣く泣く子がその場を去るというこの親子の状況は、「この子たちの夏」などでも取り上げられている有名なシーンである。娘が語る、防火水槽のところの死んでいる人の話も「夏の花」など、多く語られている。
 それに、父が娘の結婚を心配するという大枠は、もちろん「黒い雨」のオマージュで、井上らしく「父の幽霊」というフィクションによって、芝居としての軽妙さを加味し、重苦しさを救っている。
 娘を図書館勤務とした意味も、今回よく理解できた。若い学究との出会いのための設定というばかりでなく、彼女のやっている仕事こそ、生きている我々が今しなければいけない仕事なのだと作者は言いたいのだ。
 井上死して五年、すまけいは二年ほど前に。戦争や被爆体験者のほとんどがみまかり、それを伝えようとメッセージを発していた者たちもこの世から退場しつつある。
 では、今生きている者たちは……。(2015/09/26)
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by hiyorigeta | 2015-09-26 23:10 | 観劇・映画 | Trackback | Comments(0)

埴生の宿

 古くから謡われている「埴生(はにゅう)の宿」。元はイングランド民謡で、明治期に文語で翻訳され、文部省唱歌として日本人になじみぶかい。原題は「楽しい我が家」。
 スコットランド民謡を含め英国の民謡は、日本人の耳に馴染む。この曲など、日本の曲と思っている人がいても不思議ではない。戦時期、この曲は「敵性音楽」の扱いから除外されていた経緯もある。
 ところで、「埴生の宿」とは、どんな宿なのか。
 埴生とは「粗末な」という意味。この場合の「宿」は「家」という意味で、つまり「粗末な我が家」という意味である。もともと「埴」で作ったの意。「はに」とは「埴輪」の「はに」と同じで、粘土の一種である。つまり 「土で作った」という意味。
子供のころは、読めなかったが、ある程度大きくなって、「はにゅう」と読むと知り、あの誰でも知っている曲が「埴生の宿」というタイトルなのだというのも知った。「埴生」といえば、日本人の多くは「宿」とつなげるはずである。

 さて、我が家からバス停でひとつほど行ったところに、古いアパートがあって、その名前を「埴生アパート」という。愚妻の知人に埴生さんという方がいらっしゃって、その方に聞くと、所有者一族ということだった。
 だいぶ前、ある飲食店で「埴生」姓の名札をつけている人がいたので、これも聞いたところ、やはり親戚だとのこと。この地でこの名前の人は(遠い近いはあれども)皆親戚のようであった。 
あのアパート、かなり傷みが激しい。私の若い時から既に古かった記憶がある。今では誰も住んでいないようで、地震でもあると危険かもしれない。アパートの名を知らなくても、バス通りにあるので、あの古いアパートといえば「ああ、確かにあるね」と答える人が多い。
さて、私は、そのアパートの前を通るたび、いつも、なんだかおかしくて仕方がない。なぜなら、「粗末なアパート」という意味なのだから。今は、茶色をしていることも含めて、名は体を表しているからいいけれど、出来たてのころは、誰も変に思わなかったのだろうか。
 ということで、今回は、音楽の話になりそうで、そっちにはいかず、近所の埴生の宿の話でした。
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by hiyorigeta | 2015-09-25 20:10 | 石川・金沢話題 | Trackback | Comments(0)

「三十歳代女性の現在」をまとめてみる

 「いのち短し恋せよ乙女、黒髪の色褪せぬ間に、心のほのお消えぬ間に、今日はふたたび来ぬものを」(吉井勇「ゴンドラの唄」)。

 「結婚はコスパが悪い」「嫌婚」などという言葉がマスコミなどで飛び交っている。雑誌「アエラ」六月号にもそうした特集があって、色々な統計資料が出ていた。
 生涯未婚率は、我々のお年頃の時期は三%ほど。その前の一九七〇年代は一%台だった。つまり、ほとんどの人は結婚を経験していて、相応の年齢で未婚の人に気を遣う必要はなかった訳である。この十年で、この率が急上昇していて、今は二〇%という。今後も上昇が見込まれ、問題は深刻である。少子化が止まらず、数十年後、地方の町の消失が危惧される。
 三十歳で未婚の人は今や半分。就職難による男性のふがいなさなど男性側の問題は今回置いておいて、女子の心理として考えてみると 、三十歳で焦るという気持ちはほとんどなくて、「そろそろ本腰を入れなくては」くらいの感じであろう。
 女子の自立化に伴って、夫の人生のために自分を合わせるということを第一義に考えなくなったので、例えば、自分が仕事の足場を固めている状況で、夫が転勤で県外に行く可能性が大きい人などは、当然、その時点で対象外ということになる。つまり、雑誌などでいう条件の超「インフレ状態」である。女性側の条件をすべて並べると、まず、そういう条件を飲む男はいないだろうというようなことになる。女性にしてみれば、条件を落としてまで妥協したくないし、色々、妥協しないといけなくなりそうな結婚自体、あまり魅力的なものに見えないのは当然の流れである。つまりは「嫌婚」。

 次に、これもよく指摘されていることだが、女性は「大恋愛」はやっぱりしたいのである。まだまだ大丈夫、自分で 見つけなきゃと思っているから、見合いや紹介では、自分のランクが下がるようで嫌なので、そういう話にはのらない。のらないといけないのかもと諦め、焦り始めるのは三十五歳をだいぶ過ぎてから。
 ところが、今度は男側からの条件と合わなくなる。男は自分の条件がどうであろうと、出産のこともあるので、せめて四十歳手前の方と結婚したいと思っており、見合いの条件にその項目があったりする。しかし内心は、三十五歳前がいいというのが身勝手な本音である。
 それなりの歳になった私は、いいお相手がいないかと親世代の人から聞かれることがあるが、三十代前半は、女側にその気が薄く、後半は男側に避けられる。というジレンマに直面して、なかなかうまく取りもつことができない。
 このため、三十代の女性は、見合いや紹介に逡巡し、かといって、条件は高い上に、特に自分から積極的なアクションを起こしていないので、どんなに口で婚活中とかいっても、端から見ていると、「ホントに結婚する気があるのだろうか?」と訝られ、「おそらく事態は何も動かないだろうな」と見透けてしまうことが多い。セクハラになるので、親以外からガミガミと言われることもなく、そういう人たちは、(内心はともかく)ゆったりと三十歳代を楽しんでいるように見える。
 以前にも書いたが、四十歳で未婚の女性が今後結婚する率は0.5%。200人に一人である。
 結果、これも指摘されているように、主義主張で未婚を貫くというのではなく、そうなっちゃったから未婚のままという人が増えて、率を上げているということらしい。そうなっちゃった以上、仕事に生きるしかないということになり、一応、仕事に生きるという看板を上げることで理屈をつけ、心の安定をはかる心理が四十歳代に起こるという。
 恋愛の経験がどんどん後ろにいって、生物学的な一応のリミットとの間(はざま)の、「適齢期」という「帯」がえらく薄くなってきている。色々な統計を見、考えるにつけ、現代は結婚という、つい最近まで当たり前だった行為が、どんどん解決が難しい問題山積の行為になってきている訳である。

 美人女優の堀北真希は、手紙攻撃でラブレターを出し続けた山本耕史と、お付き合いゼロ日で結婚して話題になった。国語の教員は、「ほら、文字の力は偉大だろ。」というような形で使いたくなる話だ が、ちょっと安直で、さすがに未だにネタには使っていない。注目すべきは、状況を「一気によいしょ」と動かしたのは彼女のほうということ。それは彼女が二十六歳だからできたこと。話がややこしくなる前に「一気によいしょ」と動かして、難問は後から二人で考える、というのが、今も昔も一番いいという、年寄りがどなたも言う結論に、私もいつも辿りつく。
 以上、三十代女性の現状分析を、雑誌などから収集し、自分の言葉で判りやすく解説した小まとめ。
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by hiyorigeta | 2015-09-24 20:45 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

セプテンバー

 九月になって、アース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」がラジオでよく流れていた。今月の曲扱いで。今回のジャズ・ストリートでも二回聴いた。昔ならスタンダードの「セプテンバー・ソング」あたりだったのだろうか。
 Negiccoのニューシングル「ねえ、バーディア」が、この曲のオマージュ・ソングで、間奏の台詞やバックコーラスなどに踏まえている箇所がある。それを確認すべく、持っていたアースのCDの訳詞カードを引っ張り出して見たりしていたので、尚更、この曲が耳に入ってくるのかもしれない。そもそも、何度も連呼される「バーディア」が人名であるなんて全然知らず、今回のネギの歌詞で知った次第。手元の古いライナーノートの訳詞は、どうやら、それが判らなかったらしく、ごまかして書いてあった。

 英詞は、「リメンバー」「セプテンバー」「ディセンバー」と景気よく韻を踏む。ということで、二人恋に落ちたのは九月なのだけれど、今は十二月ということになっていて、三ヶ月後の感慨が後半の歌詞。つまり、本当は十二月の歌ということになる。この話はジャズ・ストリートのどこかのバンドでも出ていて、歌詞カードを読みたての私も、それに気がついていたので、「そうそう、そうなんだよねえ。」という気分で聞いていた。まあ、タイトルが、ぞのものズバリ「九月」なんだから、細かいことは気にしなくてもいいのかもしれない。
 アースが流行ったのは七十年代後半、もう大懐メロ曲である。でも、曲のバックのブラスの動きは、今聴いてもなんとも格好いい。ビッグバンド系の人がやりたくなりそうな曲である。
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(当時の日本版EP WEBより引用)
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by hiyorigeta | 2015-09-23 19:50 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

金沢ジャズストリート2015を聴く

 今年も天候に恵まれ、恒例のジャズストリートに行ってきた。五連休の最初の三日間。仕事の合間を利用して、無理しない範囲で連日出陣。

 一日目は午後から四高記念公園中心で。金沢大のOBビックバンドSKBBには職場の同僚が参加していて、その人の技量を観ながら観賞。本人は謙遜していたが、なかなか上手。ただ、社会人バンドなので、トータルとして少々合わせ練習不足のような……。
 大阪大NWJOは、オーソドックスなベイシーサウンド。東京大学JJWSはサド=メル楽団の曲中心で、結構な難曲にチャレンジしていたが、予想以上の健闘。この会場のMCは、何年か前、国立音大ニュータイドのボーカル&MCとして目立ちまくっていた人であるとすぐに判った。今回も同じノリで、会場を煽ること煽ること。
 別会場でコンボも聴く。新潟~北海道編成の「ふくしまこづえウィズJazzyBuddies」は、JAZZにこだわらず「黒い瞳」「カチューシャ」「砂山」など地域に根ざした聞き覚えのある曲を歌って判りやすかった。バックも巧者揃い。

 二日目も四高記念公園で。「YOKO・Funky・J.O・With HIDE」は男性ボーカルを伴ってのファンク・バンドで、ノリノリの演奏。お馴染み国立音大ニュータイドの1セット目は、贔屓目に司会をすると宣言した例の御仁が、ついにバックバンド化させて、「セプテンバー」でボーカルを披露。ドラムはヨレヨレになるほど叩き続け、喝采を浴びていた。一曲のみゲストに小曽根真。2セット目は、ソロを多くフィチャーしたしっとり目の曲が多く、メンバー自作曲も披露した。この楽団は当然ながらソロが上手く、いつも打楽器とビブラフォンが入っている。せっかくの編成、ビブラフォンの長尺ソロがなかったのが残念(大活躍していた年もあった)。以前のフュージョン寄り路線も捨てがたい気もした。
 東工大LGCは数年ぶりに見た。事前に山野のコンテスト2位ということは聴いていて、ラテンバンドで2位は画期的だそうなので、期待していた。実際、打楽器奏者たちのコンビネーションがよく。管のソロも上手いので、以前より実力が高いのはよく判った。女性奏者の美人度も上がっていた!(笑)。

 三日目は教育会館でコンボ中心で聴く。お馴染みFUNKITOには向井滋春(tb)が参加。ただ、彼のソロはあまりスイングしない。次は、田中裕士のピアノトリオに大黒友理とお馴染み「リバーサイド」のオーナー篠崎文のボーカルのセット。大黒は大橋美加に師事したという正統派。先生のをマルコピーしたというスキャットも披露した。ボイスコントロールがすばらしく、とにかく上手かった。比べると篠崎のほうは現代的でラウンジ的。最後のダブルボーカルによる「ユーガッタフレンド」は二人の声がうまく絡んで圧巻の出来。ベースは元同僚のご子息、中山トモ。こっそりご両親が観に来ていた。
 次の川嶋哲郎はウンサン以来四年ぶり。カルテットにはベテラン大坂昌彦(b)がいて好サポート。まさに技巧派でシェリー・マン級。川嶋のテナーはビックサウンドで多彩。様々なテクニックを披露して飽きさせない。今回はエリントンナンバー・オンリー。
たなかりかスペシャルバンドには坂井紅介(b)がつく。ニコニコと機嫌がよさそうで、しっかりバックを支えていた。大阪弁のたなかは、モガ風の帽子を被って登場。金沢弁の特色を上手く真似して客を笑わせていた。「ニカズ・ドリーム」などのジャズ曲にポピュラー曲が混ざる。ビジュアルの雰囲気よりも、元気一杯系のドリカム吉田美和風な部分も垣間見える。中島徹(ピンクボンゴのp)も安定の巧さ。
 最後は四高記念公園に移動し、地元ビッグバンド・ピラミッドを聴く。バリトン・サックスとバス・トロンボーンが二人ずつという低音強化メンバー。GRPオールスターズなどアレンジが凝っている譜面の曲ばかりを並べたので、聴衆は手の込んだ編曲とそれを上手くこなす様子を味わうといった感じのステージであった。せっかく夜の大トリなのだから、もう少し「乗せ曲」が最後のほうにあったらよかったかもしれない。

 街は五連休でやって来た県外観光客と、旧ラブロ跡地に建てていた片町キララがオープンして、それを見に来た地元客で大混雑。それもあって今年のプログラムはどこも大盛況であった。天気に恵まれ、四高記念公園ステージの後ろにはテント店が並び、人々は好き好きに飲食しながら楽しむ初秋ののんびりした光景が見られた。
 今年七回目ということで、パンフに雨用プログラムがはっきり載っていたりと安定してきている。ただ、去年も書いたが、初期に比べ香林坊109横やその後ろの公園ステージ、プレーゴ広場などがなくなり、室内の教育会館ホールの重要度が増したりと、町のあちこちで音が鳴っている感じはかなり減じた。
 私はといえば、日中は太陽が当たって暑く、夜は昼間の格好では寒いという気温の中、三日間とも観に行ったので、温度差についていけず、喉がいがらっぽくなって、風邪薬を飲む羽目に……。
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by hiyorigeta | 2015-09-22 10:32 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback(2) | Comments(0)

世間の動き

覚えとして、世の動きを新聞から情報を得て、メモする。

○金沢市教育委員会他は、中学校の歴史教科書に、首相肝いり「作る会」の流れを汲む育鵬社のものを採用した。これまでの歴史観を自虐史観として退け、先の戦争を「侵略」「侵攻」でなく「進攻」であるとする教科書。今後、県内の児童の四分の三がこの教科書で勉強することになる。

○オリンピック事業がドタバタ続き。競技場案変更の経緯を見ると、上部機関が多すぎて、責任の所在が明らかでない組織図になっている。深い吟味がないままに、各団体の思惑だけを考慮して上で決定して、後、下で問題が噴出する。行政が硬直化していると起こる典型的事例である。この頃、どこでも、本当に実働の人たちの間で吟味し、長所短所が判った上での決定なのか訝るものが多い。決まってから話が下りてきて、現場で問題があるとすぐに気がついても、それが上にあがって行かず、現場は苦労し時に混乱する。今回の競技場問題。日はドンドン経っていき、今後、昼夜おかずの突貫工事になるはず。しわ寄せは働いている人たちにいく。オリンピックのシンボル・マークも、もたもた中。日本人は皆、こんなので大丈夫なのだろうか、成功するのだろうかと、不安な気持ちが心をよぎっている。

○9月5日導入された新潟市の新バスシステムBRT。全長18メートルの連節バス(中程、蛇腹で繋げる)を目玉としてスタートしたが、通常の道にトレーラー並の長々しきものを 走らせたせいで、運転手が気がつかないまま接触事故を起こすは、降車が前ひとつだけなので昇降に時間がかかるは、前にバスが止まっていると、長すぎて、そのバスが発車しないとバスの扉は開けられず、どんどん遅延するはで、スタート時、大混乱だったらしい。恐らくバス関係者なら誰でも判る基礎的な問題点。それが放置されたのは、始めに目玉の導入ありきで話が進んだからと推察される。構図はオリンピック問題と同じであると思う(新潟事情に詳しいのはNegiccoのおかげ)。

○消費税値上げに伴う軽減税制の実施に「マイナンバー」を使うことを与党は検討中とあった。買ったもののなかから軽減税率適応のものをピックアップし、後に差額を返還するというシステムらしい。軽減という「蜜」をうまく利用して、政府が国民の買い物を管理できる余地を残す(例えば、危険分子選別の情報元となり得る)のではないかと懸念。

○線状降水帯の直下となった常総市で、鬼怒川が決壊して町が濁流に飲まれた。家が流されていく映像を観ながら、日本人の多くは四年半前の大震災を想起していたに違いない。見ていて、急に、ここに原発があったらどうなるのかという思いにかられた。「川の名前からして、昔はさぞや暴れていたに違いない」というツイッターがあった。なる程と思った。

○もめにもめていて集団自衛権容認をめぐる安保法案が今日未明強行採決され成立した。
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by hiyorigeta | 2015-09-18 21:18 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

キラキラネーム

ネット上でノンフィクション・ライター白石新氏の「子供に十字架を背負わせる「キラキラネーム」命名辞典」なる文章を読んだ。キラキラネームに警鐘を鳴らす趣旨。他にも幾つかのネット上の文章を読んだ。その上での雑感。
 「キラキラネーム」とは、通常では読めないような読み方を当てはめたり、言葉遊びようなものなど、要するに「奇抜な名前」の総称である。
「なんら責任がない子供たちが不利益をこうむり、社会システムにも影響を及ぼしかねない状況である以上、人名漢字の読み方に、今こそ規制を設けるべきではないのか。それを野放しにしているのは、国家の怠慢の誹りをまぬかれないだろう。」というのがこの人の結論。
現実として日本では読み方の規制はなく、野放し状態。社会的な影響としては、親がつけた名前が嫌で、姓名変更許可申請をする人が続出する可能性が大である点を上げている。他国はもっと規制しているということも、この規制論の根拠。
なぜ、流行ったのかについては、二十年ほど前の育児雑誌の特集からではないかと推察している。別の人の文章では「マタニティ・ハイ」の影響ではないかとの推察があって、興味深かった。頭の中は可愛いベイビーで、そのイメージだけでつけた結果、本人はオトナになって嫌悪する事例が多く、親も悪かったと後悔するという。親の思い込みの命名によって、いじめの対象になったり、鬱や不登校を引き起こしている事例も増えているそうである。名前のせいで不幸を招いているなんて、本来の命名趣旨と真逆である。
 また、表向きはともかく企業側の採用にバイアスがかかる場合もあるそうで、不利益は計り知れない。この点は、企業側に変な家庭の子ではないかとの予断が出て、採らないのか、キラキラネームの子が、その名前故にいらぬ精神的労力がかかって、採用まで這い上がってくる実力がついていかなかったのかは、はっきりしない。
芸能人が、こうした名前をよくつけている影響ではないかと指摘している文章があった。たしかに名前を売るのが商売の人にとっては、「奇抜な名称も商売」という考え方で、違和感をあまり感じないが、では、なぜ、一般人も平気でつけるようになったかということについては、昨今よくいわれている「素人の芸能人化」傾向の一環という見方ができるかもしれない。

話はずれる。NHKの朝のニュースで森花子さんなる方が今年度から出てきた。今時「花子」は珍しい。
 吉本新喜劇の山田花子、岡崎由紀主演の「何たって十八歳」でイジワルな先輩役で人気を博した十勝花子などが、すぐに思い浮かぶ。架空人名では「トイレの花子さん」というのがあった。
 「太郎と花子」というように女性であることの異名のような場合にもつかうけれど、どことなく、おふざけのようなニュアンスが伴い、芸名としては「あり」だが、普通、あまりつけないのではないかしら。トイレトイレとか言われて、いじめられなかったのかしらと、この真面目そうな若いアナウンサーを見ながら思ったことだった。

 以前、命名の原則を書いた。それを遵守した上で、素敵な名前を考えるのが、親御さんの腕の見せ所なのではないかしらと思う。私は古いのかもしれないが、キラキラネームを見ると、親御さんの知的レベルを疑う。発想が暴走族の「夜露死苦」とあまり変わらないように思うからである。
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by hiyorigeta | 2015-09-15 20:17 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com