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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

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二〇一九年問題 


 あれだけ先の話だと思っていたリオデジャネイロ五輪。あっという間に、その日が来て、先日、全日程が終了した。子供の頃から、いつかコルコバードの丘に行きたいと思い、この五輪はいい機会だなと思いつつ、結局、現地に行くという大英断はせず、例年通りテレビ観戦。今回はたくさんメダルが取れて、日本にとっては悪い大会ではなかったようだ。地球の裏側なので、夜に予選を観て、朝、決勝を観るというのが定番の見方だったらしい。
 次は、いよいよ東京五輪。夫婦ともども定年で、第二の人生を迎えている。日本開催なのだから、開会式かなにかを観に行きたいねえという話が当然のごとく出た。
 ただ、我々夫婦、その時、退職はしているが、肝心の年金がまだ出ていない。どうやら、耐えに耐え、年金が出始めるのを待つという一番経済的に苦しい時期に開催されるようである。我が家では、それを「二〇一九年問題」と命名した。命名者は愚妻。オリンピックの年、「二〇二〇年」問題でないのかいと問うと、二〇年冬から愚妻の年金が貰えるので、二〇年も苦しいのだけれど、まるまる一年貰えないのは前年一九年のほうだからということであった。
 どんどんお金を崩していくだけの時に東京オリンピックがあるらしい。なんて間の悪い!! 

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by hiyorigeta | 2016-08-23 18:36 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

「老後生活設計セミナー」に参加する

 
 定年後の生活設計が気になるこの頃、ちょうどいいセミナーが互助会主催であったので、先月、参加した。場所は地場産業振興センター。この前、ひさしぶりに来たばかりのところ。続く時には続く。
 当然、経済的な生活設計、つまりは死ぬまでちゃんとお金が保つのかということが話の中心だと思っていたが、生活そのものの充実、生き甲斐など精神的なものなどについて時間をとって解説していた。確かに、お金ばかりが問題ではない。多項目で、概論的といえば概論的であったが、まったくの初心者にとっては、逆にそれがよかった。金銭の問題も全体の生活の充実の中から考えねばならない。
 色々チャートをやったが、残念ながら、今、あまりいい老後のスタートを切っているとはいえない状態であることがよく判った。となりの人と余暇や運動面についてやっていることを話し合えと言われて、その見ず知らずの人と自分のことを喋ったが、その人は、スポーツや犬の散歩などアクティブに動いていて、私などよりよほど優秀だった。
 講師の話を聞いていて、私も駄目だけど、愚妻は私に輪をかけてよくないということもよく判った。二人とも今から生活改善が必要である。

 さて、問題の金銭面について。
 六十三歳より支給される私の年金月額の試算が提示された。これだけでは全然やっていけない額である。愚妻によると、数年前に退職された方にお聞きした月額より七万円以上安い。そういえば、数年前、退職金も大幅減額されており(例の駆け込み退職で話題になった)、本当にここのところ急激に悪条件になってきている。
 示された例を見てみると、例えば、一馬力で定年後無収入だと、月々の赤字をどんどん退職金で補填することになり、七十歳半ばですっからかんとなって、赤字財政に転落する。あとは定年までに貯めていた貯蓄頼りということになるが、子供の教育費・結婚費用などで、定年時、蓄えが底をついていて、退職金でなんとか一息ついたといった状態の人は、破産の危険性が大きい。
 まず、こうした人は否が応でも定年後も働かないといけない。以前は、もうこりごりだと再雇用をしない人が多かったが、最近は再雇用希望の人がぐっと多くなった。それは「背に腹は代えられない」からだということがひしひし判った。大昔は最後の手段は「子供頼り」だったが、今や子供は自分の生活で手一杯である。
  当方は二馬力故、なんとか破産という事態は避けられそうだが、後二十年もしたら、破産老人が町に溢れるのは間違いないことである。町は殺伐とし治安が悪化しないか。
 この「自分の生活の改善」と、「明るくない日本の老後事情」という二つのことを勉強してきた半日。

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by hiyorigeta | 2016-08-21 20:32 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

玉泉院庭園で弦楽四重奏を聴く


 お盆に雨があって、夜も気温が下がらず寝苦しいままというような酷暑は、少しは峠をこした感じになってきた今日この頃。
 夕刻、玉泉院庭園のライトアップ&演奏会に出向く。この庭園が昨年三月に復元されて、「ブラタモリ」などにも紹介されていたので、見に行きたいと思ってはいたのだが、そのままになっていた。街中にあり、行こうと思えば、買い物ついでにいつでもいけると思っていると、逆に行かないものである。場所は尾山神社の裏、昔の県立体育館のあったところ。
 イベントとして土曜日日曜日はライトアップしているそうだが、今回は、その時に流れるBGMを止めて、オーケストラ・アンサンブル金沢の四人(弦楽四重奏)が生演奏するという企画である。
 仕事を早めに切り上げて、バスで繁華街に。外食後、早めに現地に行く。明るさの残る庭園を散策しようかと思っていたが、すでに園内の散策は止められていた。
 こじんまりとした擂り鉢状の日本庭園で、真ん中に小橋がかかり、奧に短冊石が特徴の石垣が見える。坂上には現存する城の一部、十間長屋が一部見え、それもライトアップされていた。

 暗くなって演奏スタート。ハイドンのセレナーデなど数曲で意外にあっけなく第一部終了。
 我々は二部を聴かず、横の坂を上がってライトアップ中の金沢城公園へ。ライトに浮かぶ菱櫓も幻想的だったが、金大の校舎のビルがなくなったせいで、広々として、そのせいで石垣が目立つ。この石垣積み方の種類が多いのがこの城の特色だという話は最近有名になったが、たしかに石垣があちこちある。ここが整備されたから気がつくことで、このことを実感したのが今回の発見。

 せっかくここまできたのだからと戻らず、石川門を抜けて兼六園のほうに。ここも夜の無料開放をやっていたので入る。中は霞が池周遊コースができていて、順路に従って歩く。夜の兼六園は、花見シーズンや大晦日元旦に歩いたことは何度かあるが、こんな夏の平日の夜に、パラパラと人がいる程度の暗闇を歩くのは久しぶりのことであった。
 演奏会だけで帰ろうと思っていたのが、人の流れに乗って、ぐるっと夜の金沢城周遊となった。
 暑いが、風が出るとすこしは一息つくといった気温だったので、夕涼みというところまではいかなかったが、いい気晴らしの夜となった。

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by hiyorigeta | 2016-08-20 21:07 | 石川・金沢話題 | Trackback | Comments(0)

夏の美術館めぐり(2)

 「ビアズリーと日本」展。石川県立美術館。パンフレットの図柄を見ると、戦前の雑誌や文藝本などの挿絵によく出ていた白黒のイラストが並んでいて、この手の絵はこの人なんだ、といったレベルで観に行った。初めて知る名前。
 年譜によると、実質活動歴は六年に過ぎず、二十五歳で夭逝している。二十世紀まで生きなかった人(1872~1898)である。英国美術界の大物、バーンズに認められ、ワイルドの「サロメ」の挿画で一躍脚光を浴びて、書肆などと共に新しい芸術雑誌などに関わりながら試行錯誤を続けている中、結核のため、道半ばで亡くなった人である。
 バーンズが一目作品を見て絶賛したように、若くして、技術的スタイル的に完成されていて、誰もが今後期待できる逸材だと思っただろうことはよく判る。挿画を中心とした活動だったため、展示の多くは古い書籍を開いて絵を見せるか、原画も小さいものである。大作は、だからない。

 展示は後半、影響を受けた日本の画家の作品中心となる。これを観ると。結局、私たち夫婦が「昔の本はこんな感じのイラストが多かったよね。」と言っていたのは、つまりは、こうした日本のフォロワーたちの絵を、十把一絡げにイメージしていたということのようであった。昔は、ヨーロッパの流行をどんどん取り入れるのが当たり前だったし、今ほど、オリジナル意識も著作権意識も高くない。西洋で流行っている、いかにも欧州風なお洒落な挿画を皆競って真似して描いていたから、それを後から見れば、みんな「フォロワー的要素あり」ということになってしまうということのようで、それほど、近代日本にこの画風はなじみ深い。
 中に、水島爾保布の、谷崎潤一郎「人魚の嘆き」の挿絵が何点か並んでいた。そうそう、中公文庫の同書にはこの挿絵がそのまま載っていたと思い出した。まさにフォロワー的な絵である。

 後世の日本への影響は計り知れないが、そればかりでなく、彼は当時流行したジャポニズムの影響も受けているという。確かに私も、彼が生きた時代の影響を彼の絵からは色々と感じた。ラファエル前派、モリスの影響も垣間見られるし、仏蘭西アールヌーボーにつながる匂いもする。彼は、当たり前ではあるが、まさに十九世紀後半の人だなあというのが一番の印象 愚妻は、国立新美術館で「ルノアール展」を観てきたばかりだったので、同時代人(1841~1919)としての共通性を指摘した感想を述べたので、私は、結構、びっくりした。理系の愚妻の口からそんな発言が飛び出るとは思わなかった。西洋絵画史の縦軸と横軸、ちゃんと判っているではありませんか(へえ~)。

 「サロメ」の挿絵ということから判るように、彼の絵は、背徳、エロス、耽美などがキーワード。日本でいえば、ロマン主義、耽美主義、悪魔主義、残虐趣味、エロティシズムの文学などが相応しい。作家で言うと鏡花・谷崎・乱歩あたり。こうした毒をたっぷり含んだ妖艶な美というのは、現代では見いだしにくくなっているような気がする。形骸的な追従はあちらこちらで見いだされ、ある意味、健在なのかもしれないが、一つの形式といったレベル以上のものではなくなってきているような気がする。「背徳」思想を失った「表現」は、単なるデザインに堕するといったら単純な説明過ぎるかな。この、立ちのぼる何だかとっても悪そうな雰囲気は。世紀末ならでは。
 そうした意味で、二十年ほど前、実は次の「世紀末」だったのだが、あの世紀末は何の思想を生んだろうか。コンピュータが二〇〇〇年問題で誤動作すると、わあわあ騒いでいただけだったような気もするが。

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by hiyorigeta | 2016-08-19 21:44 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

夏の美術館めぐり(1)


 今年の夏、既にふれた根岸美術館、森鴎外記念館の他、見学・鑑賞したのは以下のもの。

 「ニャンダフル 浮世絵ねこの世界」展。於七尾美術館。猫の美術展というのは時々聞くが、今回は、江戸・明治期の浮世絵に限定した、つまりは「浮世絵展」であるところがミソ。多くが当然のことながら美人画の添えものとして出てくる猫、というレベルだったのが、猫好きの歌川国芳が人間様を猫に置き換えて戯画化したあたりから俄然面白くなる。仕事尽くしの絵でも、各職業別ポーズは人間だけど、頭部は猫、つまり、例の「鳥獣戯画」の発想である。
 浮世風呂や温泉の様子を描いたものも楽しい。洗い場の客を見ると、皆、裸。体を布でゴシゴシ洗っている。確かに人間の裸体をずらっと並べたら、春画のほうに分類されてしまうかもしれないから、これで万事解決。上手い。
 国芳の弟子、歌川芳藤の巨大な猫の顔のだまし絵「五十三次之内 猫之怪」も迫力があった。
 美人画では、猫は写実主義で描かれることが多く、猫の一瞬の生態を上手に止めている。他に、愛嬌やお茶目さを狙ったものも多い。もう一系統、猫又・化け猫系のおどろおどろしいイメージのものもある。いずれにせよ、浮世絵の猫ははっきり動物の猫である。今の感覚の、ハローキティ風「きゃ!!カワイイ!」路線がないのが、意外と言えば意外だったが、よく考えたら、あの手の、子供が喜ぶカワイイ猫キャラクターという見せ方は、商業主義と結びついた、現代ならではの表現手法なのだろう。
 ということで、ミュージアムショップは、カワイイ猫キャラクターがズラッと並ぶのではないかと思っていたが、地味に、リアリズム浮世絵猫の切り出し絵柄ばかりであった。まあ、そりゃそうだ。

 七尾美術館は、結構、私はリピーターなのだが、正直、いつも閑散としている。平日とはいえ、夏休み真っ最中にもかかわらず、私がいた間にもう一人来ただけ。開館当初の元気がないのが気にかかる。



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by hiyorigeta | 2016-08-18 20:34 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

斥候

 「候」という字で「うかがう」と読んでいる漢文があった。意味は「探り見る」。ああ、だがら「斥候」(せっこう)というのだと、この軍事用語を理解した。
 でも「排斥」という時の「斥」は「しりぞける」。今回、それではおかしいはずだと、辞書をくってみた。その何番目かの意味に「伺う」とあった。なるほど、これで、「斥候」の意味が分かる。
 ボーイスカウトの時、戦略のフィールド演習のようなものがあって、この言葉をよく聞いた。「お前が斥候に行って相手の状況を報告せよ。」とかなんとか。
 「偵察」という意味だというのは子供でも判っていた。ただ、大人の今になって、ちゃんとした意味を知る。しかし、今の子供に「斥候」という言葉を例に出しても、もうキョトンとされるだけだろう。今や死語に近い。

 さて、肝心の「候」のほうをくってみると、
  1 うかがう
  2 さぶらう 
  3 まつ 
  4 ものみ 
  5 きざし
  6 とき・時節 
などがあがっている。

 ということで、「斥候」の時の「候」の字は「4 ものみ」の意味である。
 この字、「天候」とか「測候所」とかでよく見かける漢字である。しかし、現代人にこの漢字の意味を聞いたら、「さあ、天気の意味でないのかね?」と言われるのが関の山ではないかしら。古典の訳の「伺候する」から、2の意味を知っている人も少しはいるかもしれない。そもそも、昔から「候」と「侯」がごちゃごちゃな人は結構多い。

 でも、まあ……と思う。「斥候」という言葉が飛び交うような時代よりは、そんな言葉知らないという時代のほうがなんぼかよいのかもしれない。



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by hiyorigeta | 2016-08-17 21:33 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

新潟がわかる


 夏前、産業展示館であったフェアで、海苔専門ブースから大袋のきざみのりを買った。
 夏になって、素麺や蕎麦に散らしたり、それこそ、ちらし寿司のトッピング、冷やしラーメンにふりかけるなど大活躍。夏の食事に用途は広い。
 先日、きのこスパゲティを作ったが、大量に入れると、一気に和風の雰囲気となって、磯の香りがよい感じだった。惜しみなく使っていたら、さっさとなくなってしまった。

 先日覗いた原宿の新潟館ネスパス(新潟県の物産館)で、同じ大袋のきざみのりを見つけて、ちょうどよかったと、お土産代わりに購入した。
 東京土産が新潟のものというのも、ちょっぴり変だが、新潟のアイドルのコンサートに行った、その記念としては、そう頓珍漢でもなかろうと一人で納得して買って、三日間、リュックに背負って持ち歩いた。
 その新しい大袋のきざみのりを、今、バンバン料理にふりかけて食べている。ただ、前のに較べ、切り方が大雑把で大きすぎるのにびっくり。出してからまたカットしないと使えない。あとでラベルを読むと、きざみではなくて「もみのり」。それに「カットサイズは一定しておりません」と書いてあるので、文句は言えない。揉んで使うのが正しい使い方のようである。

 この物産館では、こちらでいう六方に似た餡子の和菓子や、新潟限定ルレクチエ果汁使用キャラメルなど、新潟で作られたものをいくつか買った(さすがに笹団子やぽっぽ焼きは、日持ちの関係で買えなかった)。新潟のお酒の銘柄「朝日山」が試飲されていたり、高田のゆるキャラ、レルヒさんのイラストがあったりと、店内のことが、結構、いろいろと判る。Negiccoの観光特使としての宣伝力、恐るべし。というか、自然と彼女らに新潟教育されていたことを、今更ながら実感(笑)。

 ある女性ファンの話。当然、新潟に親近感を感じていて、何度かコンサートなどで現地へ行ったことはあったようだが、偶然(?)、新潟出身の人と結婚し、今は名実共に第二の故郷のようになっているという。
 わたくし、まあ、そこまでいかなくても、他県よりぐっと詳しくなっているというのは間違いないようである。
 

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by hiyorigeta | 2016-08-16 11:47 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

大東亜戦争という言葉


 昨日の朝の民放ラジオを聴いていたら、某宗教団体提供の番組中、「大東亜戦争について考えてみましょう」と言っていて、ビックリした。先の大戦に参戦した日本が当時つけた太平洋戦争の名称を、今、わざわざ使っている。
 「大東亜」とは「大東亜共栄圏」思想から来ている。八紘一宇。よく言えば、行き詰まった西洋流近代主義を、アジア文化を中心とすることで超克していこうとする思想。悪く言うと、世界の政治的主導権を西洋から奪取しようとする思惑。もちろん、その中心はもっとも先進的な日本であるべきだという思い上がりからの名前である。単語ひとつでその人や団体の思想的立場がわかる。
 八月十五日の前日だったので、なおさらこちらが反応したというところもあるかもしれないが……。

 戦後の民主主義概念からみると、どんどん右傾化しているとしか思えない昨今。先の選挙でも判ったが、若者層は現状がそうだからそんなものだと、特にそれについて大きな問題だと感じていないらしく、我々世代との意識のズレは大きい。「世代間の違いはいつの時代でもあることさ。」と放置していてもいいものかしらん。心配である。

 先日、日本の敗戦は八月十五日ではなく、ミズーリ号で降伏文書にサインをした九月二日であると主張する若い学者の説を聞いた。
 確かに書類上はそうである。間違いない。けれど、玉音放送で国民がうちひしがれたあの暑い日は、日本国民として動かしがたい心の真実のはずである。あの日が遠くなって、あの日を体験した人がどんどんいなくなっている。そろそろ定年の我々世代でさえ、戦後十年を経て生まれた世代にすぎない。だから、大きなことは言えないが、ああ、この説、資料で歴史を考えている人の発想だなと思う。もう、そういう時代になってきたということなのかもしれない。

 こういうことは、戦争に限らない。ある事象において、その時を実感として知っている人は、後付けで出てきた理屈に、「間違いではないが、微妙に当時の感覚と違うぞ。」という歯がゆさを感じることがある。私も、最近、時々感じる。

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by hiyorigeta | 2016-08-15 10:54 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

永さんと黒柳さん


 人気アナウンサー大橋照子さんがいたので、ラジオ短波(現ラジオ日経)は、競馬や株をしていない人ではあるが、結構、親しい。子供のころにも、亡父が株をやっていた時は、短波ラジオで市況を聴いていたりしていたので、家に短波が入るラジオがいくつもあった。だから大橋さんを知ったわけでもある。
 今はネットで聴ける。ガサガサ・ザーザーいわない(笑)。

 日曜朝の昭和の歌を流す番組で坂本九の特集をしていた。「明日があるさ」「幸せなら手を叩こう」「ジェンカ」など久しぶりに彼の声で聞く。親しみやすく洒落た西洋ポピュラーの曲調もさることながら、1、歌詞がしっかり聞き取れて、2、歌詞の意味が分かり、3、それも特に頭の中でイメージしやすい情景であるところに感心した。
 昔は歌詞が第一だったのだ。ひとつのお話し、物語になっていたりする。最近、歌詞が聞き取れず、耳の衰えのせいにしていたのだが、全然違う。今は言葉はサウンドの中に埋もれている。歌手も歌詞の世界を伝えるのを第一義としているように聞こえる。

 坂本九の多くの歌は永六輔さんの作詞。判りやすく、愉しく、心に沁みる歌詞を書いた人だと今更ながらに感心。難しいことを難しく書くのはそう難しくない。人の心に入り込む言葉を、わかりやすく書くのは至難の業。本当にすごい人である。
 永さんは何年か前に金沢に講演に来ていてそれを聞いたのが生で観た最後。奥さんに先立たれ、黒柳徹子さんとの結婚の噂が出ていた時だけに、ちゃんとネタに使っていた。
 「確かに間違いなく、私は黒柳さんと手をつないで歩いていました。でも、あれは、デートとかいうんじゃなくて、老人が老人を介助している、つまりは「老老介護」です。」
 聞いていた観客、皆、大爆笑(この話が一番印象深くて、これまでにも何度も書いた)。

 今年、永さんが亡くなって、黒柳さんが、その時のことを回顧していた。亡くなった奥さんの、子供の頃からの友人だった彼女。再婚話(彼女は初婚)が出たとき、私は友人のようなことはできないと思って、結婚しなかったといった内容。
 友人の旦那さん。お互い老人。つきあいのとてつもなく古い友人。老い先短い者同士、このままの関係を続けたほうがよいと思ったのだろう。
 なんだか、お互い、若い頃からつきあいが深くて、当時、異性として意識していたからこその感慨だと思った。もしも、奥さん(友人)と結婚しなかったら、この人(私)としていても不思議でなかったといった感じだったらしい関係がほの見えて、ほほえましい。
 私は、彼女の感慨を読みながら、永さんの講演のことを思い出していた。最高にいい関係の異性の友人だったのだ。 

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by hiyorigeta | 2016-08-14 10:38 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

やはり、夏のアンプは熱い

 夏本番。やはり、純A級アンプの天板を触ると、心配になるくらいに熱い。
 放熱対策として、最初は、使い道がなかった家庭用ミニ扇風機を、筐体に向けて回すというお手軽な方法をとることにした。音も洩れるので窓を閉め切り、冷房を入れ、放熱用の扇風機をオン、それに自分に向けての扇風機もオンと、夏に音楽を聴くには、なかなか手間がかかる。ただ、それは我慢するにしても、問題はかなりの風切り音がすること。音楽を聴くのには、何とも邪魔。

 そこで、先日、秋葉原のパーツ屋さんで、据え置き型パソコンなどに使う冷却ファンを買ってきた。DC12Vタイプ。家に安定化電源が転がっているので、それで給電しようというのである。
 帰宅後、さっそく設置。ステレオセットの横に安定化電源が置いてある図は、何だか大仰しいが、天板のスリットの上に吸い上げる方向で載せると、思いのほか効果があり、大成功の部類ではなかろうか。購入時の日誌にも書いたが、もともとはネットで紹介されていたやり方の拝借である。
 左右にスリットがあるので、一個では風が行き渡らない。ネットで同じものを注文して、ダブルで使用することに。安定化電源が電圧可変型で、回転を制御できるので、風切り音と排熱効果の兼ね合いで駆動電圧を決める。アマチュア無線をやめてから、放置されていた電源機器がこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
 わざわざ純A級を買う人はマニアだろうし、家にボルト可変型安定化電源が転がっている人なんて、そういないから、あまり万人向けの話ではないかもしれないが、音も静かで、お薦めである。参考までに。

 このお盆休みは、お試しで、アンプの低音コントロールつまみをぐっと下げて、高音重視で、クラシックの弦を聴いている。聴きながら読んでいる本は、文藝別冊KAWADE夢BOOK「バーンスタイン」。褒めている記事がもちろん多いが、辛口な彼の歴史的立ち位置みたいな記事もあって興味深い。
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by hiyorigeta | 2016-08-13 14:30 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com