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金沢日和下駄~私のものぐさ日誌~

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ここのところの様子などを 

 今年も時間年休をとって、インフルエンザの予防接種に市内の予防協会へ行く。その年の適合がうまくいったかというものあって、半分、お守りのようなものだが、ちゃんと打ったのだから大丈夫という心理的側面もあるからという理由で最近は毎年行っている。
冬タイヤも、十一月初旬には新品に替えた。なかなかいいお値段。物置から冬用ゴムマットなどを出してきて車に積んで、車も完全冬仕様となった。
 今日、朝車に行くと、フロントガラスに霜がおりていた。解氷スプレーの出番。いよいよ冬間近である。車の温度計は摂氏二度。
 テストのマルつけなどがあり、いつも行く産業展示館でのフェアや、鞄のアウトレット市、野々市のジャズコンサートなどは今年パスした。新潟以外は家にいた十一月であった。

 セルのCDの買い足し、輸入廉価ボックスセットの購入も続けている。ボックスものなど何枚も組になっているので、全曲聴くだけで大変である。例えば、交響曲全集ものでも、やはり人気のないはじめのほうの番号の曲は、印象が薄く、何度も聴かない。結局、目玉だったり、有名な曲ばかり聴いていて、幅はいつまでたっても広がらない。
 音楽を聞きながら、家にいて、輸入ボックスセットにネットで拾った日本語解説の文章を印刷して私的ライナーノートをつくってそのセットに添付したり、やはりネットから指揮者の画像を拾って印刷して、そのボックスにオマケとしてついてきた特典写真のようなものにして入れたりした。実にチマチマしたお楽しみ。でも、その写真を見ながら音楽を聴くとちょっと違う。オッサンが頑張って振っている様子が浮かぶ。
 ネットの映像もこれまではジャズなどを見ていたが、最近、クラシックの映像も探してみた。セルが楽団を指導している映像が残っていてびっくり。これが有名な彼の練習か。厳しさで有名であったが、こんな風に訓練していたのかと興味深かった。動く本人を見たのははじめて。
 と、何の変哲もなくすごしたこの一ヶ月のご報告。特に面白い記事ではありません。

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by hiyorigeta | 2016-11-30 22:21 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

手動トイレ? 

 いつも使っている職場のトイレ(大)に入ったら、扉裏に「このトイレは自動で流れません」という意味の張り紙がされていた。業を煮やした感じでの張り紙。
 成る程、今や、自宅トイレは、離れると水が自動的に流れるし、蓋も自動的に閉まったりする。それで育った子にとっては、便をしっぱなしで個室を離れるのが日常で、ボタンを押したり蓋をしたり、色々するのが非日常なのであろう。判っているけど、身についていないので忘れるといったレベルで、流してなくて、次の人が扉をあけてビックリするという事態が頻発しているのだろう。「自動」も考えものである。
 こうした、本人、悪気はないが、でも表に出て来た事象は、 しつけがなっていないかのように見えるという事態は、最近、色々起こっていそうである。
 

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by hiyorigeta | 2016-11-28 22:15 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

新潟出張

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 同じ北陸とは言え新潟は遠い。その上、北陸新幹線が開通してから、乗り継ぎが悪くなって、以前より不便になった。今は、高田の近くの「上越妙高」という駅で降りて、数本しかない新潟行きの特急に乗り換える。これだと3時間ちょっとで行き着くことができるが、逆に言うと、これに頼るしかない。快速で新潟まで行けるのが数本あるが、それ以外になると、二度乗り換えないといけない。

 先日、部の大会引率で新潟へ行った。十六年ぶりの新潟市。前回も大会引率だった。正確には「新津」という郊外。合併で、今は新潟市の一部秋葉区となっているが、昔は新津市として独立していたところ。昔、蒸気機関車の機関区として栄えた鉄道の町である。鉄道の電化によってさびれていき、大都市の郊外駅としての役割に低下していったが、今も車両製作所があって、命脈は保っている。以前は鉄道学校もあって、今回の会場はその校地の中に建てられたもの。

 大会は、低温の上、暴風雨で、傘の骨が折れるなど応援もままならない有様。的中も低く、予選で多くの選手が姿を消す過酷な大会となった。
 残念ながら、結果は予選敗退。帰りの列車までの空き時間に、同じ敷地内にある鉄道資料館を見学することにした。最近開館した派手なところに比べると地味で規模も小さいが、鉄道マニアはそれなりに楽しめる。幼児は土日入場無料で、思った以上に賑わっていた。
 私たち昭和世代には、ここに並んでいる硬券の切符箱や列車の座席の壁についていた灰皿など見覚えのあるものが並んでいて、とにかく懐かしい。昔、銭湯にあった体重計の巨大版のような格好をしている荷物計も、確かに見たことがある。正面衝突回避のためのタブレットも、実際、受け渡している様子をよく覚えている。子供ごころにあの輪っかはなんなんだろうと思っていたものだ。これもあれも、もうなくなっている風景。
 中に「電車でGO」もどきのシュミレーションがあって、生徒たちは喜んでいた。案の定、なかなかうまく停止線で止まらない。最初、興味なさそうな様子だったが、見学してよかったと言っていた。


 宿泊は、新潟市萬代橋詰めの有名ホテル。市中心部は、会場から宿に向かうタクシーの窓から地図を思い描きながらキョロキョロしただけだったが、ああ、あの施設はこういうところにあるのかと場所を特定できたのが楽しかった。Negicco情報で、メディアシップとか万代バスセンターとか朱鷺メッセとか、言葉だけは何度も聞いていた施設がそこに建っていた。

 彼女たち、地元CMなどによく出ているそうなので、どこかで遭遇するのではないかしらと楽しみにしていたが、結局、テレビではNGT48がよくCMに出ているなあということを確認したにとどまった。唯一、資料館で、ジャンボ小林幸子も出てくる新潟PRソング「新潟自慢」が流れていたのを目撃。この資料館でもロケがあったようだ。

 仕事で来たので、行って帰っただけの今回の遠征。次回は、プライベートで来たいもの。

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by hiyorigeta | 2016-11-14 20:22 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

やったあ!!

 某大手CDショップのネット通販を時々利用している。金沢に店舗があり、ポイントが連動しているのも便利。ただ、一年でポイントは消失する上、割引率は思いのほか悪く、最初から一割引で売っている別の家電量販店のサイトのほうが割安だったりして、使い方次第といったところ。時折、割引クーポン券がWEB上で発行されたり、ポイント十倍セールなどをするので、そこが狙い目。毎日のようにクーポンお知らせメールをチェックして、まとまったお金を落とす人にはお得感がでるというご商法。
 このサイトで、レビュー・コンテストをしているということで、気に入った全集もののCDセットで、二百字ほどのレビューを書いたところ、それが入賞し、賞品として大量ポイントが付与された。やったあ!
 一字あたりの執筆料は、大文豪をも凌ぐかも???
 ということで、ここのところ、そのポイントで何を買おうか検討中。リッチな気分でCD選びができる、そんな心の余裕って大事ですものねえ。



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by hiyorigeta | 2016-11-11 23:35 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

メディアの変遷(Ⅱ)

 昨日と同様の話をいくつか。
 映像記録の規格、一時期VHSとベータの競争があって、家にベータのビデオテープも少しあったのだが、使えなくなり捨てた。VHSで映画やコンサートのビデオを買ったり、スキーに行ったりした時の記録があるのだが、数年前にデッキが壊れて捨てて以来、見れなくなっている。特にDVDに移管するというほど愛着のある映像がある訳でもないので、そのままになって、今、物置に放置状態。かなりの本数捨てたが、まだ結構ある。現状、若い頃の動いている自分を見ることができなくなっている。

 MDは大量にある。機械の製造は終わっていて、これも死にかけているメディア。今は枕元のミニコン、ポータプル録再機、それに車で使うことができるので、我が家ではまだ現役。アナログテープをCDに焼く機械は販売されているが、デジタルからデジタルへは法律上できないので、素人が手軽に移管する時はアナログ再生を録音しなおすことになり、手間がかかる。いずれVHSと同じ運命を辿ることは確実。

 紙に焼く写真も同様に危ない。写真は今の若者はスマホで撮る。それをラインで流すので、いちいち焼いたものはいらないようだ。
 実際、半年前、行事の後の集合写真を、ちゃんとしたカメラで撮った後、子供たちの希望で彼らのスマホでも撮っていた。せっかく記念である。毎回焼いて渡していたがのだが、このご時世だと思って、一応、欲しいか聞いたところ、全員一致で不要との答えだった。なんだ、そうしたら、カメラで撮ること自体不要ではないか。焼くのはやめにしたが、ちょっと淋しくなった。
 先日のこと。集合写真を人数分焼いて、一人一枚もっていくように言ったが、いつまでたっても何枚も残ったままになっていた。以前は、後日配ると、わあわあ言って写真を見て喜んでいたのだが、今は撮った瞬間、共有されて、それで終わり。後日、楽しむということがなくなっている。現代は、写真楽しみのうちのいくらかが消失しているような感じに思えた。
 いずれにせよ、彼らにとって紙メディアはあまり大事だと思っていないということはよく判った。

 ところで、と思う。彼らはメモとしても写真をどんどんスマホで撮る。黒板や掲示板の連絡事項など。昔なら手帳に書き取っていたもの。便利な使い方である。ただ、その結果、機械のお腹やライン上に撮っておくべき記念写真やらすぐにゴミになるメモ写真やらが、ごちゃごちゃと混在している訳だが、その整理をしっかりしているのだろうか。これは大事な集合写真だから、PCのハードディスクに移管しておく、これはゴミだから捨てようとかとか。
 もししていないと、大量のゴミに紛れて判らなくなってしまわないかしら。そして、スマホを替えた時に移管しなかったとか移管に失敗したとかが起こらないかしら。それに、長期的には、これまでに触れたメディアの興亡や、今回の一太郎のように、ファイル形式が違って開かなくなるとか、色々なハードルがあって、何十年後に、しっかりその写真ファイルが手元に残って保管されているという状態がキープできているだろうか。私はかなり怪しいように思う。歳をとって青春時代の自分を見たいと思った時、なんにも残っていないという事態が人によっては起こっていそうである。私に私の映像記録が保存管理できておらず、もう見られなくなったのと同様、彼らは写真さえ手元にないということになるような気がする。まあ、若い世代の人のことである。年寄りが心配することではないのかもしれないが、これを広く言うと、社会保険庁の個人年金記録がばたばたになったのも、電算化への過信があったらからで、移ろうメディアに大事なことを任せていると、この二十一世紀、こんなに情報があふれかえっている割には、何千年後、まったく記録が残っていない時代と言われるに違いないと、私はかなり確信的に思っているのだが、思い過ごしかしらん。

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by hiyorigeta | 2016-11-09 21:47 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

メディア変遷(Ⅰ)


 新しいウインドウズは、自社ソフトへの取り込み戦略があらわで、一太郎との親和性が今ひとつ。ATOKをデフォルトで使えず、いちいちマイクロソフトIMEから切り替える一手間が必要になるシーンが起こる。
 そうこうしていたら、職場で、来年からマイクロソフトのワードに統一するから、一太郎で文書を作成している人は、今年中にワード文書に変換しておくようにというお触れが出た。
 さあ、困った。毎年ある行事関係の要項程度のものなら、その都度、変換しておけばいいが、勤めを初めてずっと一太郎でやってきたので、授業プリントとかテストとか、おそらくここ三十年で三千以上の文書ファイルがあるはずである。古典のテストなど、古いファイルを引っ張り出して、それに改良を加えて新たなものに仕上げる場合が多いが、それが出来なくなる。だからといって、今後どれを使うか判らない教材文書をすべて機械的に変換しても意味がないし、膨大な時間がかかる。実際にやってみても、罫線だけは未だにうまく移行してくれない。
 係のほうから、ここ数年は、一部パソコンにソフトを残し、一気に使えなくなるという状況を回避したい旨の話があって、ちょっと安心したが、数年後には、使えなくなるのは確実である(閲覧だけならできるらしい)。
 フロッピー一枚の「一太郎バージョン3」を、上のドライブに差し込み、下のドライブに文書フロッピーを突っ込む時代から使い始め、ずっと仕事はこれでしてきた。今後、古いファイルを利用しての仕事は、罫線を引き直すとか、いらぬ手間が増えそうで本当に困っている。年寄りは、こうしてついていけなくなり、お払い箱になっていくのだなあという被害妄想気味の愚痴も出ようというものである。

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by hiyorigeta | 2016-11-08 20:44 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

「薨」という言葉

 三笠宮薨去の折、マスコミはNHKを含め「ご逝去」という言葉を使った。天皇皇后の時は「崩御」、親王または三位以上の時は「薨去」。今は位の感覚はなくなっているので、事実上、宮家の方々に使う。
 「ご逝去」は敬意のある言い方で「御」がついて丁寧な言い方にもなっていて問題は一応ない。ただ、せっかく使い分けがあるのに使わないのはどうなんだろうという意見もある。
 「薨」は「こう」と読む。「薨ず」。「こうきょ」という言葉に、もう現代人は耳馴染みがなくなっている上に、常用漢字外で難しい漢字だからという実利的な理由からなのか、政治的は意図があってなのかは、私には判らない。いずれにしろ、言語単純化の一環には違いない。

 現代人が怪しくなっている同様語に「卒す」というのもある。「其年八月亮疾病卒于軍時年五十四」。ネットで検索すると、この例がまず出ていた。諸葛孔明は五十四歳の時、軍中にて亡くなったという。こうした場合、「そっす」ではなくて「しゅっす」と読む。だから「卒去」は「しゅっきょ」。授業で出てきたら教えはするが、私自身、時々「そっす」と言ってしまって、訂正することがある。

 この種の身分的な使い分け語は、身分感覚がない現代人にとって、使うことがほとんどないので、今や単なる古典の知識だけになって、徐々に、口うるさく言う人は減っていくだろうなあ。それに、ちゃんと使え使えと強調すると、右寄りの人に思われてしまうのではないかと、変な配慮が働いてしまうということもあるのかもしれない、だから、まあ、逝去でいいんじゃないというレベルで落ち着く。

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by hiyorigeta | 2016-11-07 22:42 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

住所情報が違っている

 マイナンバーに基づいた県レベルの個人識別の情報の中で、あなたが共済組合に報告している住所と齟齬があるから確認しなさいという連絡が来た。住民票にあわせるようにとのこと。届けてある住所は確か住民票のもののはずで、仕方がなく、その確認のために住民票の写しをもらいに市のサービスステーションまで行ってきた。その票によると、昨年の日付で「職権により方書記載」とあって、方書き、つまり、「マンション名・部屋号数」などが括弧付きで追加されていた。これまでは番地までであったので、つまりは、郵便封筒の表に書く普通の住所書きと同じになったのである。
 ということで、齟齬が生じたのは、最近、市レベルでお役所が勝手に直したからで、そのために県レベルでの書類が違ってきたためである。
 それで、うっすらと思い出してきた。去年、そういえば、お役所からその旨のお知らせが来ていたような気がする……。それが、こういうことになるとは、その時は思ってもいなかった。だだ、こちらは、それから「住所変更届」を旧住所・新住所併記で出し直しをしなければならなくなり、もろもろ手間がかかって、どうも気分的には今ひとつであった。

 事務方によると,市の住民票住所欄のアパート・マンション名は、書いてあるものもあり、書いてないものもありで、統一されておらず、バラバラらしい。昨年、一括して方書きの追加が実施されたという訳でもないようだ。

 昨年、マイナンバーを報告するように事務方に言われ、今、それを使って運用をするために少しずつお役所が動いているということを、それで知る。正確を期しているのだろうが、そもそも、根本のこの制度自体に……(以下、省略)。

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by hiyorigeta | 2016-11-06 10:20 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

色々複雑に


 銀行へ行ってきた方が、ぼやき気味に帰ってきた。数十人にお釣りを渡す仕事があり、両替しにいったという。今や両替だけしに行くと手数料がかかるのは周知のことで、彼は通帳からおろして、札割で小銭を入手しようとしたそうである。しかし、それも五十一枚目からは有料とのことで、結局、出し惜しんで、硬貨五十枚のみ入手して帰ってきたそうな。
 自動の両替機がおいてあるところもあるが、有料なのは同じ。この銀行はそれもなかったという。最近、両替業務は手数料収入を得る手段という立場がはっきりしている。そういえば、スーパーのレジでも最近は両替は不可という張り紙が貼ってあるところがほどんど。スーパーでなんとかしようとした人が大量にいたのだろう。最初から両替は金がかかると覚悟した方がよい世の中のようである。

 最近は、銀行によって、サービスの内容が色々違ってきている。ある銀行に行くと、自分のところへの定期預金などは利息が期待できない賢くないやり方だと言って引っ込めて、生命保険など他会社と連動した「リスク商品」を大プッシュしてきたりする。
 国民は、銀行は利息をもらえるところというイメージから、利用すれば利用するほどお金を取られる、お金を商品にして稼いでいる民間業というイメージに、ここのところ変わってきている。一時期、バブル崩壊で潰れたところも多かったこともあって、何人かの人に聞いても、銀行への信頼度は昔に較べかなりダウンしている。あの銀行は安泰だけども商売気が強くて気に入らないとか、あそこはサービスがねえとか、なかなか利用者は口さがない。

 事務簡略化ができるため、ネット系の利用は料金が直接出向くよりも割安のことが多い。そちらに誘導したいための料金格差なのだろうが、ネットを信用していない年寄りは、それも不満の種のようである。賢い金融機関の使い方などという特集があちこちの雑誌でなされているのもよく判る。普通に使っていては損をするので自己防衛が必要な世の中なのである。このことは、旅行費やホテル代関係なども同様。まともに予約するのと、ネットなどで色々探して割引を受けるのでは倍ほど違ったりする。
 何々はネットに出ている何々サービスを使ったらえらく安く済むよとか、そんなのをいちいち各方面で覚えなければならず、それを楽しいと思える人はよいが、面倒臭く思う人にとってはなかなかせち辛い世の中である。

 今、あなたの年齢だったら鉄道料金はJRの何とかというのに入っておくとお得だよというのを教えてもらっていて、確かにお得だということは判っているが、必要に迫らないので、そのまんま。

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by hiyorigeta | 2016-11-04 22:47 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

亡くなられた方々

 NHK大河ドラマ「樅の木は残った」「国盗り物語」で国民に強烈な個性を印象づけた名優平幹二朗が亡くなった。御年八十二歳。観劇団体に長年入っているので、彼のシェークスピアは沢山観た。「冬物語」あたりが印象深い。演出も手がけ、演劇界の大看板であった。「樅の木」は一九七〇年、印象は深かったが、評判は一九七三年「国盗り」のほうがよかったように覚えている。高身長で美顔、美声の持ち主で、見るからに演劇向きの容貌であった。
 広島出身で、本人は疎開のため助かったが、母は被曝し、一時、危篤状態にまでなったというのは、今、調べて知ったこと。「ヒロシマ」を根っこに持っている人なのだと知る。内気な性格で、演技という仮面をつけることで、自分を表現できるすべを見いだしたのだという。

 昭和天皇弟君三笠宮薨去。御年百歳。
 天皇のすぐ下の秩父宮は、戦後、療養を余儀なくされ、若くして薨去(昭和28年五十歳)されたので、私たち世代は知らない。子がなく、妃の逝去をもって断家。
 高松宮は、戦後の混乱期、その後の道筋をつけるのに尽力された方。昭和六十二年まで存命で、ざっくばらんな性格で人気も高かった。この方はテレビなどで見知っている。この方も子がなく、喜久子妃逝去をもって断家。私の贔屓の作家、阿川弘之は「高松宮日記」の出版に尽力したので、喜久子妃との対談を読んだことがある。字面からの印象では妃も明晰な方だったようである。
 今回の三笠宮は兄と間の空いた末弟。五人のお子さんがいらっしゃったが、三人の男皇子は既に亡く、息子全員に先立たれる不幸があった。長男髭の殿下の子は女子のみ、桂宮は独身で終わり断家。スッカッシュ中に亡くなった高円宮の子も女子のみ。
 現在、昭和天皇兄弟の世代の中でご存命なのは、この三笠宮の妃のみ(御年九十三歳)。「皇族将校として従軍した最後の皇族」「最後の貴族院議員」などの紹介がマスコミであった。戦時中は軍人として色々あったようだが、戦後は歴史学者として紀元節復活に反対したりと積極的に発言した。
 今回、久しぶりにマジマジと皇室系図を見てると、確かに皇室は縮小しており、公務の整理などの何らかの対策、あるいは皇室制度の変更が必要だということはよく判った。
 以上、系図を見ながら書いた自分なりの覚え。今の若者世代くらいになると、天皇ご一家以外の○○家といっても、「ああ、皇室ね。」くらいの意識しかないのが現状。

 教え子死去の知らせを半月遅れて聞いた。入学当初、病後のため遠足は車係だった私の車に同乗したので、目的地に着くまで車内や桜咲く公園で時間調整している間に親しく話しをした。天気もよかったし桜も満開だったので、もう九年前のことだがよく覚えている。部活は我が部に入部、授業でも教えた。大学を卒業し、今年で二年目。あの代の生徒は三年間持ち上がったので、最近では一番懐かしい。ここ二年、社会に出て活躍しはじめた旨の連絡や噂が入ってきていて、陰ながら今後の活躍を楽しみにしている代である。社会人一年半であの世に召されてしまった訳で、本人の無念さ、親御さんの辛さはいかばかりか。
 当時親しかった同級生にメールをし、何人かが通夜に出席したことが判る 。慌てて半月前の新聞のおくやみ欄で確認した。その日、道場で、君らは知らない人だが、先輩にあたる人が亡くなって……と話しをし、終わりの黙想の際、冥福を祈るように言った。できることはこのくらい。
 合掌。


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by hiyorigeta | 2016-11-01 23:48 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。仕事がらみの話は話題が死んでから載せるようにしています。http://tanabe.easy-magic.com