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今年の総括

 まず、オーディオでは、初代の容量が一杯になり、二月、ウオークマン二代目を買ったこと。音質・容量など機能は五年前に較べて良くなっていた。現在、二台体制で、ポータブルアンプに繋いでモバイル音楽を楽しんでいる。重くなるし、ヘッドホンが同じソニー製で能率が高いタイプなので、音量的にはアンプはいらないといえばいらないのだが、音の角がとれて長時間聞いていられるのが、実は大事だったりする。
 懸案だったプリメインアンプを買ったのが一番のトピック。堅かった音から優しい音になり、クラシックが聴きやすくなった。冷却に神経を使わなければならないは冬もあまり変わらないようで、今もファンは回し続けている。
 仕事場の隣人がクラシック通の人に変わったので、色々、話をしながらクラシックの知識を深めたのが今年の変化。全集ボックスものをいくつも買って、でも、結局、人気曲やこれまでのお気に入り曲が一番いいやと、まとまったものを買った割には嗜好が広がらないのも、まあ、そんなものといえばそんなもの。クラシックCDの枚数はぐっと増えたが、聴くのに追われるという事態もあって、休みの日はたまったCDをだら流しに聴いていくという過ごし方となった上に、HDにたまったビデオもまとめ視聴して、それだけで一日が終わる。

 今年の大河ドラマ「真田丸」は楽しんだ。この前の回では、真田幸村(堺雅人)と最後まで身近にいたきり(長澤まさみ)とのしっとりシーンがあって、本当にNHK大河でしっかりキスしていたので、「へえ」とビックリした途端、きりがキスしながらしゃべり続けるという大笑いの展開となった。こん要素をふんだんに入れこんでの、実に愉しいエンターテインメント、今時のドラマ作法としてとして、よくできていた。台本の三谷幸喜は、ますます評価を上げたのではないかしら。

 今日新聞に載っていた「墓碑銘」記事を通覧。特に記事として触れなかった人で、ああ、この人もという人を以下列記したい。
 文学畑では、津島佑子、高井有一、さかのぼって読んだ覚えがある「流れる星は生きている」の藤原てい。特に高井は内向の世代としていい作品を書いた。
 ラジオでは、「秋山ちえ子の談話室」の秋山ちえ子やベストセラー「頭の体操」のラジオ版を長年やっていた多湖輝。アニメでは、独特の低音で子供の頃からお馴染みだった大平透、我々にはイヤミの声で親しい声優の方。漫画では「ワイルド7」の望月三起也。バイク好きは格好良くてみんな好きだった。実写にもなった。愚妻は連載中から見ていて、単行本も買った「秘密探偵JA」が好きだったとのこと。愚妻は貸本屋さんで少年漫画も結構読んでいたらしい。
 音楽では、ブーレーズやアーノンクールがクラシック畑で。
 ジャズでは、つい先日知ったのだが、録音エンジニアのルディ・バン・ゲルダー。享年九十一。ブルーノート録音で有名だが、インパルス、ヴァーヴ、CTIレーベルでの仕事が私にはなじみ深い。ジャズの音を決めた人であると言え、ジャズの偉大な影のレジェンドである。ピアノ録音が下手糞なのがご愛敬。今、クリード・テーラーのほうを検索したが、ルディより五歳年下で存命であった。

 昨日は我が家の、今日は実家の掃除と、いつもの動き。若い頃に較べ、出来る範囲での掃除。
 よいお年を。 
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by hiyorigeta | 2016-12-31 08:12 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

大蔵映画見つけた


 年末、日活ロマンポルノ復活の新聞記事があり、地味に職場で話題が出た。日活が左前となり、ロマンポルノ路線に変更したのは、私がまだ未成年のころ。なので、初期作品は、全然、知らないが、全盛期の後半あたりからなら知っている。大学生時代、後学のため(?)と、最初に観に行った時のことはよく覚えている。新宿の大きな映画館。最初、空きがなく、立ってみていて、途中椅子席が空いて座れたくらいの大盛況。当時はそれだけ人が入っていたのだ。観客は大人ばかりでドキドキした覚えがある。もちろん、お約束通り、ほぼ十分に一度、そういうシーンはあったが、思ったより、ちゃんとした筋のちゃんとした話なのだなというのが、その時の第一印象。
 それ以来、夏の暑い時、クーラーがわりに旧作三本立てなんていうのもみたりした。ちょっとエロチックなラブコメディという言い方がぴったりの「桃尻娘」なんかは結構世間的にも話題になった覚えがある。そういえば、ポルノ界の聖子ちゃんなんて子もいたなあ。
 これは斬新な映像だとか、ちゃんと大人の気持ちを描いているなあとか、お話として心を動かされる話だったなあとか、映画としていいものがたくさんあって、そんな映画を撮った監督は後に名をあげていて、見ていた私もそうだろうなと思ったという話は昔書いた覚えがある。大人は大人として男女交渉を含め色々思っていることがあって、それを普通包み隠して描かない部分も、ちゃんと描いているだけと思えば、まさにそれは大人を描いているということになる。

 そうした日活にほかに大蔵映画というのがあって、これは、本当に低予算で志も低く、昭和の当時も古臭ささ満載であった。下宿先近くに上映館があったので、二十歳前、一度だけ見に行って、以後やめにした。若かったし、自分よりずっと年上の女性(つまりは、おばちゃんに見えた)が主人公の成人映画では、気持ち的に盛り上がれなかったということもあっただろうと、今思えば思う(苦笑)。
 数年前、ネットで、いまだに大蔵映画というのがあり、浅草に立派な専門上映館があり、フイルムで撮っているということを知った(ただ最近フイルムではなくなったそうである)。ポスターなども、あのころ場末の映画館に貼ってあったような昭和感満載のもので、内容も「団地妻」的なもので、まさに当時のままの雰囲気のようだ。 
このことをどうして知っているかといえば、その館のマスコットガールを務めていた星野ゆずという子がNegiccoファンだったからで、ネット検索で見つけて、ブログを読んでいたから。今はその子も急に姿を消して、もろもろ削除されてしまい、影さえほとんど残っていない。
 関係者は、昭和の文化を守ろう、火を消すなという意識でやっていて、ここまでくると、もう確かに文化の領域で、よくご商売として成り立っているなと思うし、観に行くお客もそんな気分でいくのだろう。一度観ただけの会社の映画だが、妙に応援気分になったことだった。今観たらどう思うかしらん?

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by hiyorigeta | 2016-12-23 20:30 | 観劇・映画 | Trackback | Comments(0)

語りを聴く

 職場で、地元在住の「語り」の専門家による朗読の会が行われた。前半は、茨木のり子の人となりを紹介しながら代表的な詩を語るというもので、初めて触れる子供たちにとって分かりやく構成されていて、うまいものだと感心した。
 また、後半の童話は、感情込めて語っていただき、情景が目に浮かぶようだった。まったく本を見ないで話していくのには驚いた。さすが専門である。

 最後に、私がまとめ役ということで、こういう話をした。
「我々は、文章を黙読したり映像で見たりすることばかりで、耳から詩や物語に触れるめことがほとんどありません。国語の時間の評論読解は、おそらく脳の大脳皮質あたりで処理していますが 、こうして詩の朗読を聞くと、簡単な言葉だけにいったん脳を通過して心の部分にすっと降りていきました。これは最近めったに経験しない心の動きでした。次の物語は、脳裏に情景を浮かべよういろいろ心が努力していました。これも映像を見るだけではしない動きです。今回の「語り」のお陰で、忙しい俗世から離れて、別空間に浸ることができた素晴らしい体験でした。」

 こうした催しものは初めてという人や小学校以来という人がほとんどの中、感想コメントも私のまとめと同様なものが多く、皆、新鮮に受け止めたようだ。声を出して読み聞かせるという行為がいかに重要かを、昨年に引き続き実感した。この商売をしておきながらおろそかにしている自分をちょっぴり反省。大昔は、物語などをこち らが一部朗読していたこともあったのに。最近は家で読んでおけですましている。

 さて、先日、図書館で購入する本を関係生徒とともに本屋に行って選んできた。そこで私は「茨木のり子の家」なる本を見つけ、購入図書として選んだ。
 中を見ると、一年前この日誌で触れた、彼女の家の外観や内部が写真でいろいろな角度から紹介されていて、ところどころに彼女の詩が入る体裁。部屋内部は調度品も含めてそのまま保存されいて、「寄りかからず」に出てくる椅子なども写っている。
 その本を読んでから、おはなし会に参加したのだが、「Y」の字が書かれた文箱や、生前に書かれた死亡案内状文案など、この本に載っていたものを次々話者が紹介していくので、驚いた。それならばと、このまとめ の話の時に、ここにこういう本がある紹介することにした。「すでに配架処理されてあるので、借りられますよ」と大宣伝したのだけれど、結局、誰一人借りなかったのは、あれだけ、アンケートでこの会はよかったと言っておきながらと、ちょっと残念であった。
 今の子は、こうしたところを深めていかない。あっさりと次に行ってしまう。
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by hiyorigeta | 2016-12-22 18:10 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

窯業

 三日ほど前、芸術品の完成には、焼き物の「窯変」のように、最後に神にまかす部分があるという文章を解説していて、まずこの「窯(かま)」の音読が分からないだろうと、脱線をして、言葉の解説をいくつかした。
 「よう」と読めない人が多い。窯をつかう「窯業」とは具体的にどんなものを作っているのかという質問も、ほとんどわからない。ガラス、陶磁器、ホウロウ、コンクリなどいろいろあるが、仕事の現場を見たことがないし、そもそも、窯業の現場は労働条件がよくなくて、あまり現代っ子の視野に入ってくる仕事ではないという意味合いもある。
 ではと、以前にもここに書いたことがあるように思うが、「鋳造」を読めという問題も出してみた。これは読める人読めない人それぞれ。意味はクラスで若干名分かるというくらい。
 ついでに「鍛造」も聞いた。一人だけ手を挙げて「叩く」と答えて正解した子がいた。ほら、例えばアルミ・ホイールでも鋳造と鍛造では値段が全然違うという話をしたが、一部の生徒は、料理に使うアルミホイルと聞き間違えて、はてなマークが飛んでいた生徒がいたようだ。
 高校生は、昔、車に興味のある生徒が多く、そんな間違いはあまりなかったと思うが、今、車はあこがれる存在でもなく、車のおしゃれは足元(ホイール)からみたいな常識も通用しないみたいである。だから、アルミホイールの話自体が、単なる車の部品の話以上のニュアンスを感じないということになる。
 通学指導していても、生徒の自転車はママチャ リ型ばかりで、かっこいいスポーティタイプはほとんどなく、ごく一部、一気にマニアックなMTB風という分布である。空気圧の低いタイヤばかりなのはすぐに気がつくし、座面も多くの場合低すぎる。しっかり漕げる高さではない。自転車で格好つけるということの意味合いが著しく低下して、単なる実利品になっているからであろう。
 今朝の朝指導は、思ったより気温が高く、温暖で助かった。
 
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by hiyorigeta | 2016-12-19 04:25 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

不便になっていく


 時計をネットで買った方が、ベルトの長さの調節が出来ないからと、時計屋さんに持っていこうとし、大型ショッピングセンター内にある時計店に持っていったら、いつの間にか店の間口が狭くなっていたという。今やスマホが時計がわりで、そもそも時計自体をしなくなった人もおり、ネットの影響で店舗で買う人も減りで、気がつけば、昔からやっている個人経営の専門店自体がほとんどなくなってしまった。今回はまだあっただけましの部類。これ、ご存知のように、腕に合わせてコマをつめる、バンド買ったらまず必要な作業。最近、そうした、客と相談しながら進める仕事がなくなってきている。
 ガソリンスタンドも無人タイプばかり。 サービスでタイアの空気圧などをよく観てもらっていたが、だから最近は空気圧を小まめに観ることがなくなった。空気圧がらみで事故か起きる危険性はぐっと増えてきたように思う。
 レジも、大手はすべてセルフのが多くなった。会話なし。
 この前に行ったところは、ピッとセンサー通すのは人力だが、お金の支払いは、無人精算機でという中間タイプだった。初めてのところだったので、最初はやり方がわからず、ちょっと前の人の様子を観察。それぞれの店がそれぞれの方式というのも、年寄りには優しくない。

 なじみのお店も少しずつ潰れている。行きつけのラーメン店、繁盛していたように思っていたのだが、閉じたという。威勢のいい掛け声があったし、見知っている店員さんも、チェーン店ながら、一人いたのに……。いい外食の場所思い浮かばなかったら、そこに行っていたのに……。そんな定番の店がなくなると痛い。 
 今、うちの周りで、口頭で頼んで用が足せるのは、菓子屋さんと郵便局くらいかしらん。
 今日、 ニュースで高齢ドライバーの免許返納が進まないのは「買い物難民」のためというのをやっていたが、そこまではいかないまでも、世の中がそういう状況にあるのはよく分かる。
 
 先日のネットニュースで、「消えゆく質屋、4割が商売自体を「知らない」」というのが出ていた。リサイクルショップやサラ金が代替したせいで、伝統的な「物を担保に金貸す仕事」がなくなってきている。
 小説読解の時、時代小説で、魚売りのの天秤棒担ぎの話がでていた。もうこんな商売ないねという話から、私の子供のころあって今なくなった訪問系の仕事を列挙してみた。
 酒や醤油味噌は、時々御用聞きがきた。重いので持ってきてくれて助かる。お米屋さんも二か月に一回ほど、その家の消費ペースに合わ せて注文を聞きに来た。古物商が金属や瓶を回収にきた。ご近所の農家のおばさんが今日収穫したばかりの野菜を売りにきた。今日は〇〇が採れたよというお勧め野菜PR付きで。
 豆腐は、チリンチリンと手鐘をならしながら売りに来た。これは今でも旧市街で一軒だけやっているお店があり、今でもそれで買っている生徒さんのお宅も一クラス数人いた。こんなのあげていくとキリがない。つまりは、向こうからいろいろやってきて運んでくれて、それでご高齢の方しかいない家族もなんとかやっていきたのである。気を付けないといけないような変な人しかやってこない今、昔のほうが、なんぼか(西日本方言)いい。

 先日、「もう今はほろんだ仕事」を列記して紹介している本図書室で購入した。あった あったという仕事がたくさん書いてあって、その多くを知っている。その分、IT産業に多くの職業が生まれていて、職種は逆にぐっと増えているはずなので、総体として嘆くことではないが、この種の話をすると、年取ったなという感慨がわくのはしょうがないところ。

(追記 ラーメン屋さん、立て直しで再オープンした。見知った店員さんも健在。ちょっと安心。)

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by hiyorigeta | 2016-12-10 20:52 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

老人力がついてきた

 先日、親戚が亡くなったので、葬儀に出席するため、老母は急遽、弟の手引で遠方へ行くことになった。駅まで車で送っていると、車内で、切符、持ってきたかしらと騒ぎとなった。結局、ちゃんとバックに入っていて一件落着となったが、もし家に置き忘れていたら、間に合わなかった。
 本人曰く、自分の記憶に自信がなくなっているので、何かあったら、またミスをしたのかと思う。ドキドキする。時にはパニック的な気持ちになる。捜せばすぐに見つかるようなものでも、あれあれ、困ったという気持ちが先走り、冷静に捜すことさえできなくなる、と。
 その気持ち、よく判ります。
 私曰く、その心理をちゃんと分析できているというのは、頭がしっかりしている証拠。ぼけていない。素晴らしいことです。
 弟曰く、ものを受けとったら置くべきところ、入れるべきところ、片付けるところに、その時その時、間を置かず動かしてしまう習慣をつけておくだけでもだいぶ違うよ、と。
 うん、よい助言である。受けとって臨時にホイとどこかに置いて、そのまんま忘れるというのが典型的なパターンだからねえ。
 
 私も人のことは言えない。ないと気づいて、その場に戻ったらそこに置いてあったということは、今や日常茶飯である。来た動線を辿る行動をよくするようになった。
 用事を安請け合いし、あとであれはどうなったの、もう直前だけどと指摘されることもしばしば。職場の内線に電話がかかると、あれ、また何やらかしたのかしらん、何をし忘れているのかしらんとドキドキする。
 つまり、赤瀬川さんがいう「老人力」がついてきたのである。迷惑をかけないようにしないといけないが、本人の中だけで解決しているうちはまだなんとかなるもの。気にしない、気にしないというのが、正しいスタンス。
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by hiyorigeta | 2016-12-08 20:20 | 日々の生活 | Trackback | Comments(2)

腕が痛い


 数週間前から二の腕の裏あたりに痛みが……。胸の横(脇腹上)にも‥‥。最初は筋肉痛かと思ったが、重いものを持った覚えもない。体を動かすと少し痛みが治まったりするので、気がついた。筋肉自体の痛みではなく、もしかしたら、頸椎から来ている傷みかもしれない。
 愚妻がネットでそれらしき症状の解説をしているサイトを見つけたので、それを読むと確かにぴったりと当てはまっている。老齢にさしかかり、老眼で遠近両用眼鏡を使用していて、デスクワークやパソコン仕事が多い人がなるという。頸椎ヘルニアとまではいかなくても、そうした前兆の症状らしい。十年前に腰を手術しており、脊椎に自信がなく、小さい頃から猫背で首が前に突き出している姿勢をしているので、貴方はおそらく首に負担がかかっているよ、とは、若い頃からよく言われていたこと。いよいよ来たかといった心境。
 そこで、月一度の血圧の通院の際、かかりつけ医に聞いてみると、確かに可能性は大きいという。整形外科での精密検査を勧められる。今回は痛み止めの薬を処方してもらう。
 久しぶりに飲んだ痛み止め。翌朝、確かに腕の痛みは少々引いていた。それと、当然ながら、常時痛い腰の痛みも引いている。出勤したが、腰が軽い。ああ腰痛でない人はこんなに腰が軽いのかということに気がつき、体が楽で、うれしい反面、少々複雑な気持ちになった。体操などで体を整えていかないとまずいらしい。
 黄色信号が出ている。不養生だと、てきめん信号がでる。

(追記)体の不調の記事って、自分で読んでいても面白くないですねえ。あまり書くものでないのかもしれません。
 

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by hiyorigeta | 2016-12-07 04:27 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

今の権之助坂

 オーディオの情報をネットで調べていたら、「タモリ倶楽部」のアーカイブを見つけた。LP制作工場に行ってデジタルと音の違いを聴き比べたりと結構マニアック。もともとタモリは音楽好きで、この種のテーマの企画がいつかあった。

 オーディオ関連以外では、目黒権之助坂の由来を探る回が、そこにかつて住んでいた者として懐かしくもあり、今の町を見ることができて嬉しかった。
 今回初めて知ったが、権之助なる者が、行人坂が急峻なので、緩やかな坂を別途つくることを幕府に奏上したが、防衛上許されず、死罪覚悟で無許可のまま作り、やはり死罪となったというのが由来らしい。
 急な崖を下る行人坂。こっちのほうがもともとあって、当時、勢い余って目黒川に多くの人馬が落っこちたという話のほうは、住んでいた頃、聴いたことがあるような。

 最新の測量技術でみると、今の権之助坂は崖から人工的に土盛をしてなだらかにしてあることが判る。だから、権之助当人が作った本物の権之助坂は、今の坂の横に、崖沿いに下りている名もなき坂のほうではないかという説もあるそうで、そっち坂もよく使っていたから、あの坂が由緒あるもともとなのかと、意外だった。脇の単なる坂である。他に、マンションが立ち並ぶ直線的に駅方面に上がる急坂など、当時、住んでいた下宿のすぐ近くの坂が紹介され、それも日常茶飯に使っていた坂なので懐かしかった。坂下に小さな食料品店がテナントに入っていが、そこは今もあるのだろうか、カメラの向いている真後ろにあるはずだが……などと思いながら見ていた。角のマンションの外構の洋風のコテ文様も昔と変わっていなかった。

 番組は、傾斜を測量していき、ついには、日の出女学園横の細道から、一気に権之助坂の途中に出る細い急階段まで測っていて、こんな、地元民しか知らない、人が歩くのが精一杯な抜け道まで紹介されていたので、ただただ、びっくりであった。
 まるで「私が昔利用していた権之助坂周辺の坂、一気にご紹介」みたいなタイトルの番組になっていて、こんなに自分に密着した企画がテレビで流れるなんてと、だただた驚いた。



(追記……この記事を書いて一週間後、数週遅れでこちらで放映されている「もやもやさま~ず2」で目黒不動周辺をぶらぶら歩きしていた。そのまた一週間後、今度はNHK「ブラタモリ」が目黒の回で、中目黒スタート、目黒不動、行人坂、雅叙園などを紹介していた。ネットで「タモリ倶楽部」を見たのは偶然だが、以後、たて続けに目黒の今を見ることが出来て、ここのところ、なんだかなつかしモードである。2016/12/18)
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by hiyorigeta | 2016-12-02 21:38 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
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