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豊岡方面文学旅行(3)

 高速が出来て利便性はよくなったが、高速利用でも移動にほぼ半日かかる。 昼過ぎには出石を離れ、下道をかなり走って高速に入る。こうした、人の運転でなければ、自分ではここまで運転してこないだろうし、列車では遠回りしないといけない。連れていってくれて有難かった。
 大昔、家族で天橋立を見物し、丹後半島を巡って以来のこのあたりである。その奥の兵庫県北部をゆっくり観光したのは初めてのこと。本当に知らないことだらけであった。地図を少し東に目を向けると、以前、色々調べた例の「大江山」や「生野」などがある。
  幼少時、町に川の流れている古い温泉宿に家族旅行したことがあるのだが、あそこはどこだったのか、この城崎のような気がしていたのだが、実際の街並みをみると、違うような気がする。もしかしたら伊豆方面だったのかしらと、疑問は解けないままだった。幼い頃のほんのわずかな記憶で場所を特定するのはんなかなか難しい。
お土産は、但馬牛を使った肉味噌やレトルトカレー、出石蕎麦やら、お隣丹波名産の黒豆など。配ったり自分のお土産にしたり。
 今夏最後のお楽しみはこれで終了。 

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by hiyorigeta | 2017-08-31 22:35 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

豊岡方面文学旅行(2)

 翌朝、その出石(いずし)に移動。そもそも、出石という城下町があること自体知らなかった。五万八千石。関西圏では日帰り観光地として有名のようだが、石川県人はこのあたり以西の土地勘がほとんどない。
 ほぼ一番乗りで駐車場に到着。まず、山裾にある出石城跡を散策。ランドマークの辰鼓楼(時計台)は、工事中で覆いがかけられていて見ることができなかった。復元された 江戸時代の芝居小屋「永楽館」も、本日貸切のため閉館ということで、中に入れず残念であった。
 「出石家老屋敷」で、係から、山頂に戦国時代には有子山城があり、江戸初期に裾に下りてきたことなど、町の歴史を聞いた。それで、中途半端な山裾に城がある理由もわかった。築城時、すでに平和になっていたのである。
 また、有力商家の邸である「豊岡市立史料館」を見て回った。広い敷地に、立派でお金をかけた建物が建っていて、蔵には甲冑などの展示もあり、見ごたえ十分。
 他に、地元出身の画家、伊藤清永の作品を集めた「豊岡市立美術館」も見学。この出石も豊岡市となっている。豊岡は今は九万を超す大きな町である。伊藤の絵はルノアール・ゴーギャンのタッチ。二階の夏期特別展 である畦地梅太郎版画展も観る。
 昼ごろになると、観光地らしい大変な賑わいになっていて、こんな人気スポットだったのかと驚く。但馬の小京都と言われているらしいが、確かに飛騨高山のあまり俗化されていない版といったところである。純白の焼き物(出石焼)も有名という。陶磁器の店に入ったが、それなりのお値段。一歩、観光の通りを外れると、毛糸屋さんなど昭和の匂いのする個人商店が未だに元気にご商売をしていて、軒並み潰れている中規模地方都市の人にとっては、懐かしい感じがする。
 繁華の道をはずれ、人通りが少ないところにある、漆喰を塗らない茶色い土蔵が印象的な造り酒屋に入る。そこの若女将からの試飲を受けて、原酒の四合瓶を買う。しっかり系の甘口。
 そこで 紹介された近所の出石蕎麦の店も大当たりで、美味しい地元名物の蕎麦を賞味できた。国替えで、殿様が信州から蕎麦職人をこの地に連れてきたのが起源という。小皿が何枚もというのがこちらのスタイルで、生卵ととろろが付く。
 蕎麦を運んできた方によると、酒蔵の若い女性は十五代目の跡取りのところに、よそから嫁いできたお嫁さんだそうで、まだ新婚さんといえるくらいという。老舗にお嫁さんがきて、ご近所は安堵しているという話だった。完全なご近所話題だけど、確かに若い女の子が老舗に嫁ぐには決心がいったことだろう。こんな話が、蕎麦が来るまでの間の世間話。
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by hiyorigeta | 2017-08-30 21:33 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

豊岡方面文学旅行(1)

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 八月下旬の土日、所属の研究会主催の文学旅行に参加した。行先は但馬城崎温泉。ワンボックス一台、乗り合わせて。
 北陸道から分かれ、舞鶴若狭道へ。初めて通る高速ではないかしら。早朝出て、昼頃、現地着。一休み後、温泉街を散策。巨大ビルの宿はなく、木造の小規模な日本旅館が立ち並ぶ。中で、三木屋は、実際、志賀が逗留した宿。他にも格式がありそうな宿がいくつもある。外湯が七か所あって、泊まらなくても外湯巡りができるシステム。我々はパンフを基に、散策しながら文学碑を探し巡る。
 城崎文芸館に入る。温泉の歴史とゆかりの文学者たちの紹介展示。志賀直哉の「城の崎にて」のコーナーもあったが、深い考察は あまりなく、文学コーナーは少々総花的。志賀の研究書が並べてあったが、これらは我が家にもある有名なものばかりで、神田の古本店なんかにずらっと並んでいる。第一次資料はあまりなかった。温泉関係の資料のほうがまだ充実していたが、それでも、もっと両方とも充実できるのではないかしら。
 城崎は津居山港が近く、温泉の食事では蟹が売りらしい。町に大きな蟹の看板があった。ほかは、なんといっても但馬牛。おそらく、温泉旅館に泊まったら夕食の目玉としてこの二つは出てくるのだろう。夏休み最後の土曜日ということで、神戸などからの観光客が多数集まっていて、町は関西弁が飛び交っていた。
 我々の実際の宿泊は駅一つ手前の豊岡。広域合併で城崎温泉も今は豊岡市になっている 。泊まったところはシティホテル。大浴場完備で、温泉ではないが、リーズナブルでよいホテルであった。夜は近くの料理店で。海の幸も新鮮で、皆大満足。
 ここは鞄の町で、専門店が立ち並ぶ通りもある。城崎にも鞄屋さんが何軒もあったりと、地場の大きな産業になっていた。来る道すがら、観光バスも立ち寄る大駐車場完備の大型店に立ち寄ったが、特に買うものを決めていたわけでもないので、お買い得品も多数あったが、結局、なにも買わなかった。「こういうタイプのカバンがないので、いいのがあったら買おう。」という物欲がないと、そうそう、ホイホイと買う種類の品ではない。
 「豊岡の鞄」というのは地域ブランドになっていて、聞いたことがあったが、そもそも、ここ兵庫県にある ということ自体知らなかった。愚妻にメールをすると、カバンの自販機があるところでしょ、有名だよと、ちゃんと知っていた。
 もともと、柳行李の産地ということで鞄の町になったという。翌日行った出石では、実際に柳細工のバスケットなどを売っている店もあった。

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by hiyorigeta | 2017-08-29 23:31 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)
 金沢医療センター(旧国立病院)のホールであった医療関係者で構成されたアマチュア・オーケストラの演奏で、ベートーベン交響曲第七番を聴いた。観客には入院中の患者さんもちらほら。立ち見も出る盛況。昨年、OEKの生を聞きそびれていたので、院内の張り紙でコンサートを知り、時間的な都合もついて、聴くことができた。
 いくら愛聴曲でも、生演奏を聴く機会はそうそうないので、久しぶりに聴いて、色々発見があって楽しかった。例えば、主旋律が最初弦楽器で、後半再現部では木管で、なんていうのはCDを聴いていても気がついていたが、ぞれぞれ奏者が座っている場所が左右に分かれていたので、音の方向が違っていて、音場的な楽しさを実感したり、木管群でメロディをつなげているのは分かっていたが、四つの違う楽器を使って受け継いでいたかとか、実際に手を動かしているところを見ないとわからないことがたくさんあった。
 どういうところが難しいのだということが分かるのも、アマチュア楽団の演奏ならでは。CDでは涼しく通り過ぎているところも、実際は結構大変だということがわかる。弦は中低音はそれなりに響くが、急な高音は濁ることが多い上に、音がブツ切れになる。弦では急に入る高音の音の溶け合いが難しいなんてことも、実際に聴いてみてはっきり分かる。そうしたことに気がつく。つまりは、聴くこちらが勉強になる。
 七番なので、全体的に最強奏の時間が長く、もう力いっぱいの演奏になる。小さな講演会仕様のホール(大会議室?)に、弦と管がガンガンと響くのは快く、室内オーケストラ規模ながら、大迫力であった。
 演奏曲目は有名曲ばかりで、他に「ウイリアムテル序曲」、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第二番」では独奏のピアノ奏者も初老の「先生」と呼ばれる方で、素人芸を超えてジャラジャラと余裕を持って弾いていて素晴らしかった。アンコールは「乾杯の歌」で、これには、盛装した男女による歌も入り、全体として判りやすくバラエティに富んでいて、この場にふさわしい選曲であった。
 そもそも七番は聴いていて元気が出る。先日、ラジオの音楽番組の投書で、「元気がない時は、第一楽章の序奏が終わったあたりから聴く」というのが読まれていて、あれあれ、一緒だと、うれしく思った覚えがある。
 地元にこうしたオーケストラがあることも、定期的に公演をしていることも知らなかった。忙しくて責任のある医療を仕事にしながら、趣味で楽器の演奏を続けるというのは大変だけど、ステキなこと。患者さんも、ああ〇〇科の看護師さんだ、などと、頑張っている様子に感銘を受けるだろうし、そうしたことも大切なことだ。

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by hiyorigeta | 2017-08-28 20:51 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

フェイクニュース

 今月、某中年芸能人ご夫婦が破局して、妻側がSNSで過激な情報露出をしはじめ、恰好の芸能ネタになっていた。マスコミはダイレクトにそのSNSを取り上げたところがあると思えば、イラストなどに起こしなおして間接的に取り上げたところ、真偽に疑問があり、取り上げるのを避けたところなど様々だったらしい。
 そのうえで、こうした個人発信のSNSの取り扱いについての危険性を指摘、マスコミの対応の議論の必要姓を訴える批評が相次いだ。先日、線路侵入事件の話題を書いたばかりだったので、同じ話だと思ったことだった。世の中、同じころに同じ危機感を抱く。


 テレビの街歩きバラエティ番組での紹介店舗が、あまりにネット上で検索した上位とおんなじなので、こんなネットに奉仕しているようでは、呆れられて、見なくなるという話は以前書いた覚えがある。
 今月、某テレビキー局の誤報道が相次いだことを受け、社長が謝罪する事態になった。そのミスのほとんどが、確認せず、ネット上の情報をそのまま流したもの。中には完全に嘘記事を鵜呑みにして、人を中傷したような、名誉棄損で訴えられても仕方ないようなものも含んでいた。街歩きのお店紹介レベルなら笑い話で済むが、ここまでくると、信頼性が揺らぐ。
 今回、その情報をあげた当事者が自分が創作したのと同じだと指摘したという。テレビの人が事実と思ってしまうようになっていたということだから、「創作」と言えばそれで済むのかという問題もある。 
 結局、前回の線路問題と同じ、SNSの扱いをどうするのかということになる。
ネットを見ていたら、キーワード検索上位に「フェイク・ニュース」というのがあって、今、まさにそうしたことが問題になっているのだなということが分かる。


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by hiyorigeta | 2017-08-27 21:24 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

元気くんは正しい

 弓道の冊子表紙に、2004年以降の国体弓道競技のキャラクター一覧が載っていて、それをつらつら眺めていると、色々発見があって楽しかった。各大会のゆるキャラが弓を引いているの図。そもそも、でっぷりとしていたり顔の大きなキャラばかりなので、弓は引きにくいのだけれど、「口割り」や「会」など、弓道の射法八節に照らして、しっかりしているものと、そうでないものがある。二十体近くあるうち、正射なのは、例えば、来年の福井しあわせ元気国体のキャラクター「はぴりゅう」君。幸せのハッピーと恐竜の掛け合わせキャラ。要所要所しっかりした射形。それ以外にも、まあOKレベルのポーズのものはそれなりにある。
 当然、中には首をかしげるものもあって、例えば、2004年彩の国まごころ国体の「コバトン」や 2006年のじぎく兵庫国体の「はばタン」の持っている弓は、どうみても和弓でない。特に、「はばタン」は、顎をあげて、顎に右手を当てているので、完全にアーチェリーのフォームである。これ、関係者にこのイラストでいいかと打診がなかったのかしら。大会中も関係者はあんまりいい気がしなかったのではないかしら。ということで、私個人でのダメダメ賞は兵庫でした。
 では、1991年にあった、われらが石川国体の「元気くん」はどうなんだと、改めてじっと見ると、これが、実にしっかりとした正しいフォームなんですね。
 今から二十六年前にあった石川国体。聖火を持っている「元気くん」は今でも町で見ないこともないけれど、個別競技の格好をした色々な元気くんのほうは、もう死に絶えている。今、武道館の来客用の湯呑にその恰好がプリントされている程度。ネットでも出てこない。
 でも、ほんの一瞬、関係者で盛り上がりました。いい射してるよ、元気くん。

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by hiyorigeta | 2017-08-19 20:48 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)
 先週、仕事で県内の温泉郷の中規模旅館に泊まった。引率業務。不景気なので、市がスポーツの合宿などに補助金を出しているそうで、民宿よりお高い宿泊費をフォローして利用しやすくしているらしい。
 お盆直前、お泊り客は、我々の団体と企業ひとつ、あとは一般客がぽつぽつ。時期が時期なので、子供たちがドタバタしているのかと思ったが、全然、静かなもので、こんなのでやっていけるのかと心配になる。
 予約が何年も先までという高級旅館と、お手軽格安リゾート旅館の両極化。中間層は苦しい。
 さて、お風呂は大浴場と中浴場があり、大浴場は男湯。朝は逆になるシステム。 男風呂のほうが大きいのは、古い旅館によくあるタイプ。おそらく、毎日交代ではなくて、基本、大浴場は男湯で、朝だけそこが女湯になるというスタイルのようだ。
 ということで、男の私は、朝の5時ごろ、入れ替わっている中浴場に行きました。そういえば、仲居さんから、交代の時間をくれぐれも間違わないようにと釘を刺されました。そりゃそうですね。
 まあ、基本、女湯といっても、何もかわったことはない。入って上がって、体を拭いて、洗面に行って、そこで、ああ、なるほどと思いました。
 洗面毎に衝立があって個別スタイルになっている。鏡は三面鏡。下の化粧品も色々な瓶が並び、華やかな色合い。全体がピンクピンクしている。並んでいる化粧品を子細に検討すると、どうやら、女性は、肌には、水っぽいやつではなく、ミルクタイプがお好みのよう。それだけが、どの洗面でも、他の瓶に比べ、消費量が多い。しっとりとするイメージなのでしょうねえ。(それが分かったからといって、その情報、どう使うんだ?の世界ですが……)。
 三面鏡に、男が座ると、むさい顔が三つ見えて、慣れない男にとっては、結構な違和感がありました。洗面スペースだけ「女の園」状態。
 ということで、女湯を合法的(?)に入っても、まあ、そんなものというご報告。人間様がいないと単なる湯船と洗い場です。
 なんだ、なんだ、今日の日誌は(笑)。戯れ文ご容赦。

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by hiyorigeta | 2017-08-18 19:45 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

電話を買い替える

 プリンターに続いて電気製品買い替え話題。
 新婚時に電話をいただいて、それが壊れて、FAX付にして二十年以上、留守電録音がマイクロカセット方式で、古くなるにつれ、テープをよく巻き込むようになり、マイクロカセット自体ももう売っておらず、ファックス読み込みも空回るようになって、いよいよ買い替えをすることになった。
 同じメーカー、同じFAX付。子機も一台付きとまったく同じグレード。A4用紙対応なので、大きいのは仕方がないが、少し小ぶりになった。表示も大文字で年寄り向け。FAXは感熱紙から普通紙へ(インクは昔懐かしいインクリボンタイプ)。でも、特に大きな違いはない。電話自体がもう完成された電気製品なのだろう。 これで三台目。これが最後かしらん。
 我が家では、いつ何時壊れても仕方ないような電気製品がいくつかある。それぞれ買い替えたら、その都度、これが最後の買い替えかなんて思う。
 電話の話を母親にしたら、彼女の姉はいまだに黒電話だという。それも、家をたたみ、個別老人ホームの部屋に引っ越しても電話はそのままその黒電話を移したのだという。例の指を突っ込んでくるくる回すやつである。電話番号も昔のまま。姉は昔から物持ちがいいタイプだったそうだ。それにしても、もう昭和のドラマかなんかに出てくる世界である。
 今度の機種。本体に電池が内臓されていて停電でも使えるというのが売り。今時FAXは不要かと思ったが、年に何回かは通販の注文など便利に使っている。スマ ホにいかないとなると、アナログチックでも通信手段は色々残しておいたほうがよい。ということで、今も家の電話は、オシャレでもなんでもないやつ。
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by hiyorigeta | 2017-08-17 20:34 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

河鍋暁斎展を観る


 昨日、石川県立美術館で開催中の「こぞれ暁斎~ゴールドマンコレクション」展を観る。
 お盆の真っ只中に行ったので、車が止められないかと危惧したが、すんなり入場できた。美術館の中は多くの人が入っていて、盛況。
 暁斎は幕末明治期に活躍した絵師。伝統的墨絵の基礎の上に、西洋的技法や文明開化的題材、批判精神とユーモアが混然となって、個性を作り上げていて、観ていて楽しい。今回の展覧会は西洋のコレクター所蔵品の一時的里帰りだという。西洋絵画に追いつけ追い越せの時代にあって、彼の個性は高級なものと認知されてはいなかっただろうが、今日的な目で見ると、これこそ、日本人一般の精神の発露という気がする。
 いくつか解説が付されてあって、それについては何を揶揄しているのか分かったが、おそらく、現代人は、絵の専門家も含めて、かなり、わからないままだろうなという気がした。文明批評や皮肉、パロディは、踏まえているものが移ろったら、さっさと忘れ去られ、さっぱり分からなくなるものだから。
 それでも、単純に観てすぐわかるものも多い。一見してニヤリ笑い。こんなのはもっと高校生に見てもらいたいもの。盛況ではあったが、私が居た間に、高校生の客は皆無であった。

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by hiyorigeta | 2017-08-16 14:32 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

気がつくと消えている 


 教材プリントを整理していて気がついた。昔あった戦争文学や原爆文学が教科書から消えている。昔は各学年に一つ入っていた。「黒い雨」「夏の花」「長崎の郵便配達」林京子の作品など。そこで、職場においてあった現行のいくつかの教科書をぱらぱらとめくってみたが、同様であった。
 戦後七十二年、もう第二次世界大戦でもないだろうという風化と、反戦意識を煽るような教材は特定思想を植え付けないとも限らず教材として採用しないほうがトラブルもおこらないという、最近はやりの言葉でいうと「忖度(そんたく)」意識が働いているからかもしれない。
 平和思想は、まず戦争の悲惨なイメージをしっかりと脳裏に植え付けるところから始まる。文学はその格好の教材である。ここをぬかすと、危うい精神論や民族中心主義ばかりが横行する危険性がある。
 でも、シラバスの関係でもう自分独自の教材を一からする余地はのこっていない。そこで、私に、親世代が戦争でどんな苦労をしたかを具体的に書いている短いエッセイがあるので、例年、授業冒頭の五分間読書として、それを読んでもらい、当時の日本人たちを想像してもらっている。今の私にできることはこのくらい。実にちっちゃいが、私なりの平和教育のつもり。

 さて、もうひとつ、しぼんでしまった教育の話題。
 数か月前、職場に置いてあったパンフを読んでいたら、大学の保健学の先生が、最近の性教育の後退を嘆いている文書があった。そういえば、最近、実際にそうした教育を行っている状況に遭遇することがなくなっている 。
 ネット上に掲載されていたこの問題を取り上げた論文や論説文を斜め読みすると、二〇〇二年の保守派による性教育バッシングや、過度の性教育を行ったとして某校が処罰されて以来、学校側がいらぬ波風をたてたくない心理から、消極的となっていった経緯があるという。性教育を学校ですること自体に不快感を示し、抗議する保護者もいるという。
 私は初めて知ったのだが、「学校教育全体(教科横断的な内容)で取り組むべき課題(食育,安全教育,性教育)と学習指導要領等の内容」の「3性教育について」の「(1)これまでの審議の状況-全ての子どもたちが身に付けているべきミニマムとは?-健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会(平成17年7月27日)」という文章の中に、


「性教育を行う場合に,人間関係についての理解やコミュニケーション能力を前提とすべきであり,その理解の上に性教育が行われるべきものであって,安易に具体的な避妊方法の指導等に走るべきではないということについておおむね意見の一致を見た。」


とある。これによって、事実上、学校教育のなかから避妊の説明は脱落したということらしい。今、教えたら、学校教育から逸脱した行為になるという。
 いいのかしら、それで。
 このため、ただしい情報が与えられないまま、子供たちはAVなどの性産業から情報を得ることになって(こっちのほうは、ネットで、ほんとにイージーに入手できるようになった)、危険な思い込みを常識として身につけてしまうという状況が出てきているという。
 ここのところの保守化で、我々世代からみると後退としか思えないことが起こっている。それも、ふと気がつくといつの間にかそうなっているというレベルでそうなっている。 ご存じでしたか?


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by hiyorigeta | 2017-08-15 13:59 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta