「ビーパル」を読む


 二十年くらい昔、アウトドアファッションが流行り、渋谷の街をアウトドアブランドの服をきた若者があふれた時代があって、そのブームの中心だったのが、アウトドア雑誌「ビーパル」。当時、「夏は山にでもいこうか」という思いから、アウトドア用品を買い足していった、その情報誌として、毎月購読していた。
 同年代の方で、身近に今も購読している方を発見し、お願いして、数冊借りてぱらぱらと読んでみた。
 昔とおんなじ。野田さんのカヌーの連載あり、シェルパ斎藤さんも出てくる。終わりのほうに見開きで、車(RV)の頁があるなど、記事の流れも同じ。製品はどんどん新製品になっているので、へえ、こんなの出ているのかといった感じで読んだが、記事も前と同様、バラエティ豊かに、つまみ食い的な賑やかさがあって、そんなところも何にも変わらない。
 ああ、懐かしいなあというのが素朴な感想。
 昔、巻末の通販案内から、「ビーパル」とロゴの入った時計を買って、それは今も現役で動いている。今は停止中の懐中時計も、こちらの通販で買った。雑誌付録のヤマメのイラストのシールもまだ家にあるかもしれない。
 もうキャンプもしないし、用品を購入するために色々リサーチすることもしない。だから、もう、この年齢ではこの雑誌にピッタリ感はなくなってきている。でも、読むだけでも想像できてうれしい。若いころを感じる。
 野田さんはもう七十半ば。読者とライター、一つの世界を守ったまま、一緒に歳をとっていくパターンも感じられる。
 ちょっと感傷的に読んだひと時。

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# by hiyorigeta | 2017-10-12 02:05 | Trackback | Comments(0)

気に入ったお茶碗を買う

 金木犀の香りがいよいよ漂ってきたなと数日前に思っていたら、もうしなくなった。黄色い花の在りかは見つかって、結構な大木だったので驚いたが、そんな大木でも、放香の時期は短いもののようである。
 自宅前の公園の木々も赤く色づいて、景色は秋真っ盛りなのだが、ここ二日ほど、三十度に迫る暑さで、クールビズが終わってネクタイをしている身としては、結構、辛い。
 先の三連休では、一日目は仕事などもあり、動けなかったが、二日目・三日目は少々動いた。腰痛に少々のめまいがあって体調は今一つだったが、好天の秋、家にいるのも息が詰まると、それぞれ短めにお出かけした。

 日曜日は、しいのき広場 他で行われた「KOGEIフェスタ」。作家さんが自作の細工物を売る「KOGEIマルシェ」がメイン。実は数年前にお気に入りの椿柄の飯碗を割らして以来、次のお気に入りを探していたのだが、なかなか見つからなかった。高い手作り一品ものはやはり高価で、普段使いには気をつかうし、かといって、安物の大量生産品だと味気ないしと、ちょうどいいバランスのものが見つからなかった。今回、ここで、作家手作りの放出品でいい感じのものを見つけ、ようやく、気持ち的にしっくりくるものが手に入った。九谷焼の本場、寺井町の工房の作。作家の銘は女名。大事に使っていきたい。
 ほかに、各種伝統工芸の実演「KOGEIシアター」をしいのき迎賓館内でやっていて、それも見学。金箔、刺繍、 金工など。二階ということもあり、あまり客がおらずじっくり見ることができた。

 三日目は駅方面。「中古音盤祭」が目当て。腰痛中で長居は無理、ジャンルをジャズに絞って餌箱をさっさとあさる。昼食は、前回も使った和食屋さんで魚フライ定食。鯵がアツアツで、ご飯にシラスと葱のみじん切りが載っていたのも美味しく、少々へたばっていたお腹に優しい感じで、結構、満足した。体調がよくない時に、体調にあった食事がいただけるとうれしい。
 帰宅後、結構な疲れを感じた。
 確保したCDは、マイルス・デイビスの「アガルタ」「パンゲア」他。CBSソニーが七十年代に日本に来たアーティストのコンサートを積極的に録音していった一連の流れのもの。特に意識して集めるという訳でもなかったが、なぜか、最近買ってきている。今回のは、活動停止直前のエレクトリック・マイルス日本公演である。
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# by hiyorigeta | 2017-10-11 22:28 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

陸の孤島

 仕事を終え、駐車場の車に向かう空の向こうに低く大きな月が……。満月である。月の陰影もかなりはっきり判る大玉の円が、書割のように光っていた。
 
 仕事場の小部屋はメインの大部屋からは対角線上にあって、何かとそこまでいかねばならず、そういう時はできるだけ用事をまとめてから行く。一つし忘れて戻ると絶望的な気持ちになる。そうして、大部屋にいた時と比べて仕事がどんどん遅くなる。
 職場は現在工事中。夏季休業の間、かなりの廊下で工事通行止めになっていた。そこを避けて、少々遠回りして大部屋に用事を済ませに行く。
 ある日、いつものように遠回りで行こうとしたら、ワックスがげのために通行止めだった 。別のルートもワックスがけ通行禁止。さてさて、どうしてあっちにいけばいいんだと、検討したが、結論は、「向こうには行けない」。全ルートふさがっています。ということで、自分が今陸の孤島状態であることを知ったのでした。無理やり行くなら、一階に降りて、窓から外に脱出してから、外回りでいくというもの。さすがにそれはしないようにしました。逆に言うと、大部屋からも人が訪ねてこない。ということで、地味に残りの半日を静かにテストづくりなどしてすごしたのでした。
 こういうことってあるんですね。帰るころにはワックスがけのほうの通行止めが解除になって、ちゃんと帰れました。
 二学期になっても、あっちがアウト、こっちがアウトと、道を選びながらの移動となっていて、なかなか大変。
  思うに、私が転勤していくところすべて建て替えとか、リフォームとか、そんなのばかりであった。二年間、別の場所の仮校舎とか。この職場も運動場にプレハブ校舎が何年かあったり、常に工事中で、工事車両がうろうろしていた。
 まあ、それも、予定では晩秋にはすべて終わる予定。

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# by hiyorigeta | 2017-10-04 23:23 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

腰痛再発

 九月下旬の朝、職場で椅子に座ろうとした途端、腰に痛みを覚えた。その日はなんとか仕事をして、家で寝ていたが、畳から立つ時、痛みが走る。数日休むのが妥当だが、「テスト前で範囲までいかないと」ということで、騙し騙し仕事を続ける。腰を痛めてからもう十年以上たつが、数年前にも一度、再発した。あの時は、気なる仕事の直前で、おそらくストレス。今回は体重増が原因。連休中、ジャズストリート他でずっと座っていたりして腰を使ったためもある。肥った罰である。典型的黄色信号。ベルトを腹に巻いて仕事をしている。
 痛いまま料理をするので、どうしても注意力散漫となって、料理中、包丁で左手の指を切ること何たびも。さっさとやってしまおうとして、行動が雑になる。
 十年前の腰痛真っ最中の時は、慌ててシャンプーをしていて、指で目を突いて、角膜を痛め、眼帯をする羽目にもなった。それほどの大事でもないが、傷絆創膏をまいた手を見ると、いかにもいかにもの事態である。
 ゆっくりゆっくり痛みはひいているいるが、未だに結構痛くて、無理をしない歩き方をしている。出不精にもなる。
 今年も友人から梨が送られてきた。品種は「あきづき」。大玉でみずみずしい。もったいないので、半分だけ切って、小玉の林檎もちょうど頂き物であったので、それをベースに梨ジャムを作った。ジャムと酢漬け造りは我が家の定番である。
 暑くもなく寒くもない秋本番を迎えている。職場の一角の銀杏も実を落として独特の臭いを放っていている。もうすぐすると、この植物も黄葉である。
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# by hiyorigeta | 2017-09-29 18:34 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

ご案内

アップしぞこねていた8月分の記事、7つばかりを新規アップしました。ご笑覧あれ。
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# by hiyorigeta | 2017-09-27 03:24 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

野菜室

 今朝、乗り込んだマイカーの温度計が二十度を切っていた。今秋はじめて。いよいよ秋本番の気配が濃厚だが、日中、暑い時もあり、朝夕のひんやりした涼しさを快く思うのが、このごろの季節の感覚。
 職場の小部屋には、あまり水をあげなくてもいいと思われる観葉植物が数鉢あるが、夏はともかく、秋以降、どのくらいのペースで水をあげればいいか迷う。判るのはオリズルランくらい。
 近々、強い香を放つ金木犀が咲いて、月がきれいな時節になりと、住宅地を行き来しているだけの身ではあるが、その行き来に、それなりに季節を感ずるようになる。スーパーの食材でも季節を感じることも多いのだが、今は、本格的に「秋の味覚」が並んでいるという訳ではなく、直前の端境期といったところ。
 通常野菜もお高くて、旬でないプチトマトのミニパックで二百五十円、胡瓜一本で百円近くと、うーんと唸りながら買い物をしている。ということで、あれだけもらいものの夏野菜がたまっていた冷蔵庫の野菜室も、今はガラガラ。







 左見右見いづくにありや金木犀



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# by hiyorigeta | 2017-09-25 21:59 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

腕時計を診断してもらう

 鉄道時計が電池を入れ替えても1年足らずで止まるようになってだいぶたつ。激安店で交換しているので、電池の性能のせいかもと思ってあきらめていたが、先週の連休中、片町の時計店で電池交換の際、時計の診断もしてくれるコーナーを設けるという広告があったので、持って行って見てもらった。
 この時計の蓋を開けて中の様子を観たのは初めて。裏蓋はネジでなく、パッキンではまっているだけということも知った。
 専門的な機械を使った診断によると、通常の二倍の電圧がかかっているという。これなら1年ちょっとで電池が切れるというのも頷ける。以前より運針の音が大きくなっているような気がするとこちらがいうと、それも古くなると往々にして起こることらしい。音エネルギーとして持っていかれるわけである。
 メンテナンスを勧められたが、その費用は、もともとの本体価格近い値段がするので、なかなか踏み切れないなと思った。時計のメンテナンスは、5年ほどで油が切れる箇所があり、そこに油をさす作業が中心だという。愚妻の高級時計は十年くらいたってメンテに出して、結構な料金を払ったが、あの時計は、そうしたメンテがしっかりしているということも大事な売りの会社。こちらの安物とは話が違う。
 診断結果のカードには、運針の誤差も記されていて、この時計の「?」がつくところは、もろもろ説明を受けて、大方納得した。
 電池交換代としては、少々高価だったが、わざわざ繁華街に出て見てもらった甲斐があった。
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# by hiyorigeta | 2017-09-22 03:58 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

福引ループ

 繁華街の商業施設、「片町きらら」で買い物をしたら、福引があって、千円のお買物券が当たった。有効期限も短いので使ってしまおうと「ロフト」でボールペンのリフィル購入。
 場所を移動し、「東急スクエア」(旧東急109)内の飲食店でランチをしたら、また福引。そこでも千円のお買物券ゲット。今度は、「東急ハンズ」で珈琲フィルターその他を購入。各々、設定値段を超えたということで、それぞれで、再度の福引ができた。
 その時、愚妻が思ったこと。
「もしかしたら、また当たって、お買い物ループが起こるかもしれない。」
当たって、お買物券で買い物し、また当たって、また買い物……が永遠に続く。
 ありえません。そんなこと 。なんとお目出度い妄想。
  でも、まあ、よい買い物日でした
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# by hiyorigeta | 2017-09-21 21:49 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)
 9月15日、朝鮮半島からミサイルがこちらに方向に発射されたとかで、朝のテレビ画面は、急に緊急画面に切り替わった。Jアラートとかいうものが動いたらしい。それって何?と、後で検索をかけると、ミサイル発射などの緊急な情報を「人工衛星や地上回線を通じて市町村の防災行政無線を自動的に起動し、屋外スピーカーや屋内受信機、メールで住民に知らせるシステム」(朝日新聞掲載「キーワード」)だという。主管は、何と! 消防庁。地震・津波など自然災害も想定しているから、ここの管轄なんですね。納得。
 テレビ画面では、ビルの中に入るか、地下に入ってくれとあり、アナウンサーも繰り返し告げていた。地、地下って…? ?? 
 「Jアラート」って、カッコいいネーミングですけど、これ、戦時中の「空襲警報」が鳴り、「防空壕に避難」というのと同じですよねえ。いつの間にそんな世の中になったのかしら。
 今後、差し迫ってくると、まず、すぐに大都市部の学童疎開が計画され、大人の疎開や建物疎開が続く。流れの詳細は日本の近代史参照のこと。
 八月末、能登の小都市でミサイル飛来を想定した避難訓練があった。九月に入り、島根出身の与党の要職に就いている方が、広島で講演し、(ここと違って)島根にミサイル落としても何の意味もない、という発言をしたという。対効果的にはまさにそうで、問題発言ではと多少話題になったが、地元選出者自身が言ったということもあり、それ以上問題にはな らなかった(広島が重要というニュアンスの中で自分の県を対比で出したという意味合いらしいので、過剰批判は可哀そう)
 で、思ったこと。まさにそうなんだから、日本海側都市で次々行われている飛来想定の避難訓練。やっている意義は、やっぱり「PR効果」のためということになる。それを与党が認めたも同じ。
 国際非難とか人道上とかいうことを全部取っ払って、本気だったらピンポイントで原子力発電所狙うのが最も効率的というのは、よく世間話でこの手の話題が出た時、全会一致する意見である。わざわざ過疎地は狙わない。
 戦時中、沖縄が陥落して、次は鹿児島だと現地部隊は緊張しまくっていたが、米軍は、そんな、チマチマ、九州南端から北上し、関門海峡を抜けて中国・四国 地方を落とし、関西に入り……、なんてこと考えていなかったという話を思い出した。
 あの飄々とした梅崎春生の顔も久しぶりに浮かんだ。 
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# by hiyorigeta | 2017-09-20 21:47 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)
 9回目となった「金沢ジャズストリート2017」。今年は諸事情から大幅変更がある旨、噂に聞いていた。パンフは裏面白黒となって、タイムテーブルは時間軸が会場によってずれていて、見にくくなっていた。
 金曜日の前夜祭は活況。会場の四高記念公園の椅子は埋まり、フードも売れていた。台風直前ということで、早めに見ておこうというのもあったのではないだろうか。仕事を終えて途中から見はじめ、ラスト途中まで観て帰る。
 一日目(土曜日)は、夕方より参戦。アトリオ前広場に行くと、何もやっていない。まだ曇りなのに、すでに荒天プログラムとなって、出し物は片町きらら広場に統合されているようであった。それに対して、四高記念公園は通常プログラム。ここはメイン会場で、例年、腕っこきの大学ビッグバンドなどが技を競っていたが、今年は高校生楽団などが出演、発展途上なのは暖かく見守りましょうタイプの演奏が混ざった。
 台風のため2日目3日目は、このステージは中止で、荒天プログラムの教育会館に変更とのこと。フードテントも今日で終了。
 2日目(日曜日)は、終日仕事で行けず。
 3日目(月曜日・祭日)は、午後三時から、べったりと教育会館で鑑賞。夕方からは地元バンド中心のプログラムで、時に県外からのプロがゲストで混ざるという進行。ラスト前のプロばかりの演奏はさすが。大トリは、お馴染み金沢ジャズオーケストラ「ピラミッド」を配して、15人のボーカリストが一曲ずつ歌うという艶やかなステージ。終演21時ちょっと前。ただし、翌日は平日ということで、せっかくのフィナーレの割に空席がそれなりに目立った。
 今年のイベント。総じて、有名プロの参加がぐっと減って、地元の音楽愛好者発表会的要素が強くなった。台風のせいで縮小という面もあったけれど、それがなくても、少々淋しい年であった。ただ、台風の影響はほぼなく、オール好天プログラムでよかったのではないかというのは結果論で、これは致し方ない。

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# by hiyorigeta | 2017-09-19 23:52 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)

過ぎたるは

 愚妻は職場で生協の共同購入に入っている。週に一回、大量のチラシ冊子の中から、主に食料品を選ぶ。品物は職場に届く。忙しい共稼ぎの主婦や過疎で近くに店のない人に重宝されているシステム。
 便利に使っているのだが、注文票をもらってから票提出まで一週間、その次の週に品物がやってくるので、チラシをもらってすぐにチェックすると、品物は二週間後にやってくる。そのため、チェック後、忘れてしまって、スーパーで、あれ、切らしているはずだと買ってきてしまい、後から被ってしまうことが多々ある。
 まあ、それはこちらが注意すればいいことなのだが、いつも思っていることがある。それは、「チラシ多すぎ」。
 冊子になっているもの、一枚ものなど、分厚い紙の束になってやってくる。今週の分、を数えてみたら全部で二百七十頁あった。忙しい人で、これを一枚一枚全部に目を通すのは大変である。今週、特に日用品で困っているものはないと踏んだら、そもそもその分野の冊子は目も通さない。余裕のあるときは、頁の隅だけペラペラめくり、興味のありそうな頁だけ、大きく開く。忙しいと、日々の食料品の冊子だけ見て終わりということもある。
 楽しく選んでいるというより、作業をしている感じで、いかに、いる情報を能率的に見つけ出すか、情報の取捨選択をしているといった感覚。つまり、大部の冊子を「無視していいかどうか」という判断のために見る。
 現代は、まさにこんな感じだなあと思う。過多の情報をどうそぎ落とすか。

 生協さん、毎週こんなにたくさんチラシをくれても、結局、見ませんよ。大事な食料品の冊子以外は、毎週、テーマを決めて、今週は日用品、今週は秋物衣料なんて絞ってくれるほうが最終的には見てくれるのではないでしょうか。


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# by hiyorigeta | 2017-09-02 23:59 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

「城の崎にて」雑感

 「山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。」(志賀直哉「城の崎にて」)

 有名な冒頭部分。ここを読んで、強烈な書き出しだと思った人が若い人には多いようだ。ネットでは、「よく助かったな」「奇跡的だ」とかなんとか書かれている。
 私が初めて読んだのは、御多分に漏れず、教科書で、それには、確か当時の山手線の電車の写真が載っていたので、ああ、金沢で走っていた路面電車の専用軌道バージョンみたいな感じだなと思った覚えがある。だから、あまり違和感はなかった。現在のJR山手線のような柵に囲まれた専用軌道をかなりのスピードで進むイメージをしてい るから、こういう発想が出るのだろう。そんなイメージでは、そもそも接触すること自体、柵を乗り越えるとか、故意でないかぎりありえないと思っても無理はない。
 おそらく、当時は、一応、専用軌道ではあったが、スピードは、走るほうが早かった路面電車に毛の生えた程度のスピードだったのではないかしら。例の、路面電車前面には救護ネットがあって、ひっかかると跳ね上げられ、ネットに救い上げられるしかけで多くの人は助かったので、それが働いたのかもしれない。ただ、この時、山手線にそのしかけがついていたのかどうかなどについては分からない。
 いずれにしろ、「生きていたのは稀有のこと」というのは少々行き過ぎのような気がする。過剰な「ミラクル」感は不要のように思う。もちろん、この九死に一生を得る体験が作品の生死の考察に至る端緒になっているのは間違いないが。
 もちろん、怪我自体はかなりの重傷で、奇跡的な回復だったの は間違いない。それは、以下の怪我の描写などからわかる。

 「昨年の八月十五日の夜、一人の友と芝浦の涼みにいつた帰り、線路のワキを歩いてゐて不注意から自分は山の手線の電車に背後から二間半程ハネ飛ばされた。脊骨をひどく打つた。頭を石に打ちつけて切つた。切口は六分程だつたが、それがザクロのやうに口を開いて、下に骨が見えてゐたといふ事である」(草稿「いのち」) 

 当時、十二日間で退院というのは、すごく早い部類ではないかしら。強靭で若かったからこそ。
 ところで、養生の場所が、なんでこんな遠い城崎だったのだろうというのは、だれでも思うこと。人に勧められたということらしいが、列車で移動するだけでも大変だったろうに、という素朴な疑問につ いては、彼は事故(大正二年八月)の直前まで尾道に住んでいた(大正元年十一年~大正二年五月)ので、あながち中国地方の温泉場が遠いところという感覚もなかったのだろうというネットでの説が、結構、なるほど、そうだろうなあと思って納得した。(但し、ネットは尾道在住中のような記述であったが、それは間違い)。ちょっとは遠いけれど、山陽の人が山陰のほうに怪我養生するによい温泉場があるよという情報に彼は乗った。

 また、これもネットからの知識だが、最初から「三木屋」に決めたわけではないのだという。当初、別の宿の予定だったが、雨で宿に浸水があったり、気に入らなかったりして、この宿になったという。偶然にこの宿に決め、それが、作品の威力で、志賀が逗留した宿として超有名になった。その時はだれもこんなことになるとは思いもよらなかったことだろう。
 彼の泊まった部屋は今も泊まることができるそうで、その報告記をネットに書いている人の記事も読んだ。宿は雰囲気を壊さないように注意しながら、平成に入ってリニューアルしたということで、宿のHPを見る限り、外見は昔風ながら内部は古めかしくなく、今時の和風建築の雰囲気もある。
 三木屋は、外湯の「一の湯」をだいぶ過ぎたと ころにある。だから、

「一人きりで誰も話し相手はない。読むか書くか、ぼんやりと部屋の前に椅子に腰かけて山だの往来だのを見ているか、それでなければ散歩で暮らしていた。散歩する所は町から小さい流れについて少しずつ登りになった路にいい所があった。山の裾を廻っているあたりの小さな潭になった所に山女が沢山集まっている。そして尚よく見ると、足に毛の生えた大きな川蟹が石のように凝然として居るのを見つける事がある。夕方の食事前にはよくこの路を歩いて来た。冷々とした夕方、寂しい秋の山峡を小さい清い流れについて行く時考える事は矢張り沈んだ事が多かった。」
 
という、この温泉場の奥に入っていく散歩ルートは、三木屋あたりで、山裾が少しずつ迫ってきている ので、文面の印象以上に、宿から結構近いところを歩いていた感じであった。実地に行くと、色々そのあたりのニュアンスがわかって面白い。

 我々文学散歩の一行が昼を食べた三木屋近くの食事店では、料理が出てくるのを待っている間に蜂が入ってきたので、メンバーが摘まんで外に放り出していたが、そこの主人によると、山が近いので、蜂の巣があって、多く飛んでくるという。
 「城の崎にて」の生き物たちの死の話の一番目は、宿の見つけた蜂の死の話である。だから、まさに蜂の死の様子は、この宿にいて、実際に目撃して、死への考察の契機になった「事実」なんだろうと思った。一番目にしたのはそういう印象深さからではないかしら。
 実は、生き物の死の話や葉っぱの話の全部が城崎 での出来事かと言えば怪しいと思っている。この作品は小説である。同テーマで、これまで経験したことを寄木細工にした部分もあるのではないかしら。鼠の話も温泉場の通りに流れる小川での出来事ということにして、実景に合わせているが、それこそ、後付けという可能性もあるのではないか。城崎といえば、あの温泉場の道路の真ん中に流れる川が印象的だから、リアリティを持たせるために利用した、とは言えないかしら。いもりの話も、もしかしたら別のところでの経験かもしれない。

 御存知のように、この作品は実際の逗留(大正二)から作品が発表される(大正六)まで、えらく時間がかかっていて、経験したことを一気に書いた作品ではない。それも、この話が事実の集積であると信用しづらい理由のひとつになっている。本当にまとめて生き物の死をまとめて多く見せつけられたら、感興をおこして、一気に書き上げるのではないかしら。
 と、実際の現地での体験かどうかということを書いてきたが、本当のことを言えば、どっちだろうと作品の本筋とは関係がない。よく読むと、この作品、何気なく書いている随筆のような顔をしているが、緻密に構成され、最後の異常な気持ちに至るように書いた作品だということが大事で、私がこの作品を読んでいつも思うのは、「この作品は、実に小説だなあ。」というもの。

(以上、城崎旅行に行ったので、後勉強として、チラチラとネットにキーワード入れて検索してみて、載っている情報を使って「雑感」を書いたもの。ぜんぜん厳密ではありません。先行論文を参照の上、なんてことでもない。もしかしたら、誤認しているところもあるかもしれません。)


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# by hiyorigeta | 2017-09-01 22:40 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
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