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荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きし、日々の生活をつづります。時に日付をさかのぼってアップするので戻ってみてください。http://tanabe.easy-magic.com/


by hiyorigeta
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一九七七年の今日

 新聞の折り込みに金沢の古い街並み写真集の広告があって、それには昭和八年や二十年代の金沢の街並みが写っていた。私自身はまだ生まれてはいないが、私が覚えている建物があったり、道の曲がり具合、木々の様子などから、それが今のどのあたりからどの方面を撮ったのか、夫婦ともどもすべて分かった。いよいよ古い人感が漂う。
 もう一枚、昭和五十二年の繁華街、片町スクランブル交差点の写真なぞ、もう若者としてウロウロしていたので、そこにいた感たっぷりで、こんなのも「懐かし写真」として買った人は写真集をめくるのだと思うと、猶更、感慨深かった(撮影時期は写真の色々な証拠から、五月上旬から中旬頃と推察される)。
 
 さて、その五十二年写真を子細に眺めていると、ビル壁面の吊り広告に「ショルティ=シカゴ交響楽団・金沢公演」とあるではないか。一九七七年と言えば、ショルティ~シカゴの絶頂期。へえ、金沢に来ていたんだと、びっくり。
 もっと目を凝らしてみると、「六月一七日・金沢厚生年金会館」とある。曲目はベルリオーズの幻想交響曲というのは何とか見えたが、もうひとつドビッシーと書いてあるのは分かったが曲名までは判読できなかった。短いタイトルのようだ(後、調べて判明。交響詩「海」)。
 席の値段も書いてある。一番高い席は一二〇〇〇円。今の感覚でいうと、二万円強といったところか。当時は、ジャズを鋭意吸収中だった頃で興味がなかったのだろうけれど、今から考えると、無理しても聴いておけばよかったなあと思う。
 今調べると、ショルティ=シカゴ響での初来日公演の一環だったようで、東京、金沢の他に、広島・福岡・名古屋・大阪・新潟公演があった。金沢公演を聴いた地元民の感想はどうだったのだろう。来日公演全体としては、ビックサウンドに驚いたという感想が多かったようだ。

 とこう調べていたら、同じ年の三か月前、三月七日にウィーン・フィルが金沢に来ているのを知った。於金沢観光会館。一九七七年にベームが来日公演をしたことは知っていたが、金沢にも来ていたとは。ただし、指揮は老齢のベームに代わって若手のドボナーニ。こっちは、実際に聴いた思い出話を書いている金沢在住の人のブログを見つけた。彼は今もチケットやチラシを大事にとってあるそうな。これも、お値段は一二〇〇〇円。
 どうやら、一九七七年の前半、金沢のクラシック・ファンは、メジャーオーケストラが地元に二つもやってきて、お小遣い吹っ飛んで、嬉しい悲鳴を上げていたということが判った。

 東京は、七〇年代からは、航空路の整備によってメジャー楽団がひっきりなしにやってくるようになって、立て続けというのも珍しいことではなくなっていたはずだが、当時、人口三十万人台で、クラシック専用のホールも無かった一地方都市として、大きなトビックだったのではないかしら。(ちなみに金沢公演はなかったが、間の五月にはハイティンク指揮=アムステルダムコンセルトヘボウも来日。)
 その五月に、金沢であったのは、イージーリスニングのビリー・ヴォーン楽団公演。これも、この写真から読み取れた。日は二〇日。

 ちなみに、ショルティが来た次の月は、当時、もう、いっぱしのジャズファンになっていた私が来日公演のニュースに大興奮していた伝説のVSOPクインテット田園コロシアム公演があった月。ジャズファンで、一九七七年と言えば、まずこちらを思い浮かべるのではないかしら。
 もう、メジャーアーティスト、来日ラッシュだったのですねえ。

 もうひとつ、この年は、LPを買うと、そのレコードの帯にエジソン蓄音機発明百年の丸いマークがついていて、丸の中に1877・1977と上下に数字が書いてあった。今もLPをよく取り出すので、そのマークは時々眼に入る。
 一九七七年。今から考えると、おそらく音楽業界にとって幸福な年だったのではないでしょうか。

 さて、そういう訳で、今日は、そのシカゴ響金沢公演から数えて四十二年目の当日にあたります。

# by hiyorigeta | 2019-06-17 16:25 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)
 恒例、所属共済主催、オーケストラアンサンブル金沢コンサートを今年も聴く。指揮は小柄なお若い女性、沖澤のどかという方。
 大定番、「フィガロの結婚」序曲でスタート。一か月前、下の小ホールで、独奏で聴いたばかりの新垣隆が、今回は自作のピアノ協奏曲「新生」のソリストとして大ホールに登場。その自作を弾いた。
 初めて聴いたこの曲。章立てはなく全一曲。協奏曲らしい流麗さはぐっと抑え、強奏時はストラビンスキーあたりを彷彿とさせるまがまがしさがあったり、緩徐部分は一瞬フランス印象派あたりの語法を垣間見せたりして、現代的な作りになっていたが、あくまで調性を守った範囲内で作ってあるので、難解という感じではなかった。

 休憩をはさみ、指揮者とソリストとのトークの後、本題。シューベルト交響曲第五番。ポピュラーな部類の曲だが、私は生では初めて(のような気がする)。
 指揮者がモーツアルトを先に聴いてもらって、その次にこの曲を演奏する意図を説明していたが、確かに、今回、曲にモーツアルトの影をあちこちに感じた。室内オケの演奏なので猶更。モーツアルトを現代オーケストラの演奏を念頭に緻密にアレンジしなおして、(当時として)より現代的に書き直したような印象。
 シューベルトは「未完成」以外、勉強不足であまり意識して聴いていないのだが、家にアバド指揮のがあるはず。今度、そっちを聴いておさらいしとこうと思いました(この日の午前中、駅地下の中古音盤市でCDまとめ買いをしたので、そっちも聴かないといけない)。 
 アンコールは、お馴染み「アンダンテ・カンタービレ」。切ない旋律、弦の弱音のたゆたうような魅惑的なサウンド。誰だって好きになる曲でしょうという選曲で幕。 
(素人の印象はこんなものです。ピント外れがあってもお許しください。)

# by hiyorigeta | 2019-06-16 10:19 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)
 ちょっとアウトドア興味が再熱して、久しぶりに図書館から「ビーパル」のバックナンバーを何冊も借りてきて読んでみた。
 変わっていないなあというのが第一印象。カヌーの野田さんも出てくるし、シェルパ斎藤さんも出てくる。連載も二十九年目という。毎号付録が付くようになっているのが、大きな違い。
 ただ、毎号の特集に割く頁数が少なく、特集の中身が薄いというのが欠点のように感じた。その分、定番の連載が紙面の多くを占めている。アウトドア総合誌として、それでいいのでしょうね。興味を持ったら専門誌。
 図書館ではターザンやらサライやらカーサやら、男雑誌のバックナンバーもいくつか借りて読んでいます。バックナンバーが家に持って帰れるというのがいいですね。気軽に読んで気軽に返す。
 そういえば、その年一年の美術展をまとめた特集などが有益で、思い出したように買っていた「日経大人のOFF」。今の号で休刊とのこと。同じような雑誌も多いので、競争に負けたのですかね。
 私が買ったりしていた雑誌。本当によく立ち行かなくなる。なんででしょうねえ(苦笑)。
# by hiyorigeta | 2019-06-13 13:15 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

水やりを注意して

 植木鉢に種をまいた青紫蘇もようやく紫蘇らしい葉をつけるようになった。中に微妙に品種が違うような香りのしないものも混ざっていて、不思議だったが、ネットで間引く際は、香りを確認し、香りのいいものを残していくような剪定をすることとあったので、怪しいものはばっさり切った。少しずつ、収穫できてサラダなどに入れ始める。
 一ヶ月前にいただいた花も元気で、その時の花は終わったが、今、いくつか次のつぼみが待機している状態。ルッコラも成長中。
 ちょっとでも水やりを忘れると、葉が垂れる。西日がダイレクトに当たって、掃き出しし窓に反射して、ダブルで陽があたり高温になる我が家のベランダはかなり過酷。
 今年一年間は、四季おりおり、どんな注意が必要なのか、あまり苗の品種を増やさず、観察していく一年にしていくつもり。

 それにしても、日中家にいることが増えたので、外からの音が色々聞こえることに気づく。いつも夜に帰ってきていたので、世間の日中の動きが終わってからということで気がつかなかったのだが、世間は色々動いている。その音がベランダから入ってくる。
 近くに圧縮された水を使う店が出来、そのシュパッ、シュパッという音が時々聞こえる。小学校の運動会の拡声器の声が、反対側のマンションに跳ね返って聞こえてきて、最初、そっち方面から聞こえるんだと勘違いしたり、ここのところは、道路工事でバリバリと舗装を壊す音が日中聞こえてきて、窓を閉めていた。タールの匂いも上がってくる。
 皆、昼間動いている。世間が活動している。当たり前のことだけど、そんなことを窓から入ってくる音に感じながら、パソコンに向かっていたりする今日この頃。

# by hiyorigeta | 2019-06-12 18:14 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

 久しぶりに中を覗いた、玄関の棚に置いてある非常用持ち出しリュック。
 この機会に、中身の点検もしました。折りたたみ多機能ナイフやマグライトなどのアウトドアグッズのいくつかは、この中に仕舞ってある。
 ひとつひとつ出して、日付の切れた保存食を交替し、電池を新しいモノに換えたりしました。携帯簡易雨合羽など、劣化してビニールがネチョネチョになっていて、着られたものでない、交換が必要なことも判りました。
 そうこうしていると、NHKの番組で、防災を念頭に置いて、楽しくアウトドアしながら学ぼうという趣旨の番組も始まりました。そうそう、アウトドアと防災は関係が深い。番組は「薪に火をつける」というレベルからなんですが、そんな行為、今の生活でしたことのない人がほとんどだろうし、焦がさずご飯を鍋で炊くというのも、いざの時には、必要。
 偶然、アウトドアつながりで非常時のことを考えていたら、テレビで同様のことをやっている。私が興味を持ったことをテレビが追認しているかのようで、偶然だなあとちょっと思ったのですが、おそらく事態は逆なのでしょうね。
 大々的ブームではないものの、静かなブームになっていて、その情報がSNSなどからこちらが意識しないまま目立たず流入してきて、それにこちらが反応していると、当然、同じ時期、マスのほうのメディアも取り上げるので、こちらが「へえ、マイ・プチブームが、偶然も偶然、マスコミでも取り上げられている」と驚く、というような流れになるのでしょうね。自分もその流れの中にいるだけの話なのに。

 今回、アウトドアで料理をする映像を沢山ユーチューブで見ました。カレーとかBBQばかりだった昔に較べて、なんともお洒落なメニューばかりで、バラエティがありますね。プチ・ワイルドでお手軽、でも、とても美味しそう。一言でいうと「男の料理」という感じ。自宅キッチンでもと、ちょっと意欲が湧き、今一番参考にしています。


(どんなの作ったのかというと、例えば、ジャーマンポテト。まあ、じゃがいも中心の野菜炒めみたいな料理で、いたって簡単。最後に出来合いの調味料を投入、最後にバジルととろけるチーズを振りかけるだけ。じゃがいもといえば、カレーか肉じゃがしか思い浮かべられなかったのに比べると、ちょっぴりお洒落です。)


# by hiyorigeta | 2019-06-10 10:11 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

次はバーナーの話

 それではと、同じくプリムスのバーナーも出してみた。これはいつも非常持ち出し用リュックの中に入れてある。カセットコンロのバーナー部だけが独立したかのような形の、当時大定番の2243。これも未だに現行販売機種である。
 ただ、もう登山用にはチタン製の軽量コンパクトなものが主流で、オートキャンプだったら2バーナーが便利ということになるし、同じシングルバーナー分野でも、カセットコンロのガス缶タイプのほうが入手などの点で利便性がよく、断然、そちらのタイプが売れているので、もう、売れ筋からは外れている模様。
 軽量タイプのものより五徳がしっかりしていて、料理がしやすい。ソロか二人用、バイクキャンプ、軽登山、サブ用などとして今も重宝するのではないかしら。一つの分野に特化していないオールマイティのよさがあるというニュアンスで生き残っているようだ。

 最近では、ブリキの折りたたみ五徳に固形燃料ですますタイプだったり、燃料にアルコールを使うタイプだったり、小さな弱い火を工夫して楽しむタイプのものも人気のらしい。風に弱く風防が必須だったりして、ガスなどより、結構、ストイック。輸入物の西洋軍隊式平型飯盒で一喜一憂しながら一合のご飯を炊くのが流行っているらしい。
 焚き火も、昔と違って、どこも直焚き禁止らしく、焚き火台が不可欠らしい。今はかなりメインの、買わないといけないキャンプ用具になっているようだ。

 総じて、今のキャンプは昔に較べて、自然に無理を与えないスローライフの実践といった感じで、大人数でBBQをワイワイ楽しむといった形から、焚き火台の火を眺めながら静かに自然を楽しむといったような形に変わってきているのだなとネットにあがっている映像を見ていると判る。

 そんな印象を持った頃、テレビを見ていると、今はソロキャンプが静かなブームになっていると報じていて、ネットでは、夜の外の景色を背景に焚き火が揺らめいているだけの映像が結構な再生数になっていると指摘していた。
 右肩上がり時代の、お金をかけて一通りそろえて出かけた「贅沢としてのアウトドア」に較べたら、本来のアウトドアの精神に添ってきたのだろうし、昔なら、ちょっと貧乏たらしいと思われるのではないか、馬鹿にされるのではないかと恥ずかしかった「家にあるもので、使えるものは使いましょう」的精神や「百均をうまく利用して工夫しましょう」精神が、今では当たり前になっている感じは、好ましく感じた。
 何十年も前にあったアウトドアブーム。月日が流れて、それが成熟してきたということなのだろうなあと思った。今の方が素敵である。

 さて、では私も、死んでいるくらいなら使ってあげようと、珈琲一杯を湧かす時などにバーナーを使うようになりました。それならと、台所の奥に片付いていたバネタイプのドリップ受けや二重構造のステンレスマグカップ、しっかりした造りの同じくステンレスのシェラカップもごそごそ出してきて、食卓の上は一瞬アウトドアな景色になっています。


# by hiyorigeta | 2019-06-09 22:52 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

ランタンの話

 ネット上のバイクの映像を見ていると、自然、バイクでキャンプをする様子が映り始める。モトキャンプの様子や使っている用品は昔と大きくは変わらず、こちらはノスタルジックモードになる。
 しかし、へえ、今はこんなキャンプ用品が人気なんだ、昔は流行っていなかったなあというものも結構あって、興味深かった。
 テレビのキャンプ番組で、年代物のコールマンのホワイトガソリンを使ったランタンのコレクションをずらっとテントサイトに並べているキャンパーが出てきた。今や、こうしたギアは、実用を離れ、ビンテージ趣味の世界になっているようで、こういう世界があるのかと驚いた。最新機器を使っての現代的キャンプの他に、こうしたオールドスタイルのキャンプを楽しむ人も多いらしい。

 刺激を受けて、そういえば、家には全然使っていないランタンがあったはすだと取り出してみた。常に非常用持ち出しリュックの横に置いてあるのだが、ケースから取り出すのは十年以上ぶり。
 モノはイワタニプリムスのガスランタン2248。シンプルな造りの人気機種2245の次に出された当時の新型だった。同じガラス製ホヤながら、ガードがついたり、下部に腰巻状の金属がついたりしていて、多少頑丈な造りになっている。しかし、前作のお洒落感が減っている上に、重くなったという欠点があって、さっさと廃番になった不人気機種である。
 当時はバイクキャンプを想定していて、ちょっとでも軽くという山登りの発想ではなかったし、ほんの少し値引き率がこっちのほうがよかったから買ったという程度のチョイスだった。
 もうマントルはボロボロだろうと思って火を入れてみたが、何の問題もなく点火した。暖かい燃焼色。かすかなガスの音。家でつけてみて、部屋を暗くしてみたが、雰囲気よいですね。クリアガラスなのが2245との違い。

 もう二十年近くアウトドアをしていない間に、アウトドアの照明はLEDの普及で大変化しているようだ。筐体も小さくてすみ、安全で、大変明るく、電池も小さいので充分。かつ安価で高性能。今買う人で他のを選ぶ意味はないくらい。
 なるほど、こうなったから、ガソリンランタンやアルコールランタンにノスタルジックを感ずるようになったんだなと納得。コールマンの結構な大きさのガソリンランタンをわざわざ持っていく人は、「便利」を体現しているLEDに背を向けた考え方の人。ガスも明るさは二の次で、一本のろうそくの炎のようなタイプが人気。これも雰囲気重視。

 旧作だったはずの2245のほうが、未だ現役として売られていて、2248とはホヤガラスやマントル、パッキン(Oリング)が共通なので、まだまだメンテナンスに心配がないということも判った。さすが。
 そのままま片付けてもよかったのだけれど、お家キャンプの雰囲気でその暖かいマントルの光を楽しむのも悪くない、時々、メンテナンスを兼ねて、出して使ってあげなければと思いました。

# by hiyorigeta | 2019-06-08 11:35 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

ゆるキャラは大変(2)

同じ会場にて。ご当地キャラの今川さん。
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私、ベンチに座っていて、ひょいと横を見ると、今川さんも休憩中。着ぐるみの横側面が目に飛び込んできて、びっくりしました。お疲れ様。


# by hiyorigeta | 2019-06-06 20:38 | スナップ | Trackback | Comments(0)

ゆるキャラは大変(1)

去年のインターハイ会場で愛嬌を振りまいていた静岡県袋井市のキャラクター。
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 一仕事終えて休憩場所へ向かうためにエレベーター待ち。まっすぐ入れないので、扉が開いたらこのまま横歩きで入っていきました。それでも、嘴は引っかかってました。大変ですね。
 石川県の新幹線開業キャラクター百万さんにいたっては、横幅ありすぎて、新幹線に乗れないという大誤算があり、東京用にもう一体つくるはめになったという地元では有名な笑えないエピソードがあります。

# by hiyorigeta | 2019-06-05 18:22 | スナップ | Trackback | Comments(0)

気になる言葉

 言葉には造語力があって、だからこそ新語があって、その中でいくつかの言葉は流行語として終わり、一部は通常語として定着する。


 さて、最近、ネットCMで何度も流れる医薬品の広告で、「神経が障(傷?)害される」という言葉を連発していて、聞きながら微妙に違和感が残った。業界用語かしら。ネットで検索しても、あまり用例がなく、定着している言葉ではなさそう。なぜ、連発するのかしら。おそらく、その違和感を利用して耳目を集めようとしているのではないかしら。つまり、判っていて使う。


 ある若い女の子が使っていた「混沌している」という言葉。「混沌と」というのが普通の言い方で、「と」が抜けている印象。
 名詞に「する」をつけて聞いたことがない動詞にする傾向が最近多い。
 サ変動詞は、違和感のあるものとないものがあって、その区別の原理原則ははっきりせず、定着しているかいないかの違いかもしれない(?)


 バイクを買った人の動画を観ていて、すごく違和感があるのが、「納車しました」という言い方。ほとんどの動画がこういう言い方をする。バイクを購入した人に、バイクを納入するのはバイク販売業者だから、あなたは「業者さんですか」と言いたくなる。「納車されました」と単に受身にすればよいだけなのに、なぜ、そんなことさえしないんだろう。ただ、あまりにバイク関係者が普通に使っているので、いずれ通常語になりそうな勢いである。

 なんだか、日本人んの言葉を使う意識が、「意味がわかれはそれでいいじゃん」路線になっている感じがするなあ。


# by hiyorigeta | 2019-06-04 13:32 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)