連休の東京行(4)

 博物館前広場で開催中の伊賀の忍者祭りのようなイベントをやっていて。出店が並び、食祭りのような感じになっていたので、そこで昼食。東京の休日は、どこかでなにかのイベントに出くわす。
 今回は、上野公園を久しぶりにゆっくり散策した。西郷さんとか、有名な精養軒の入口とか。点在する社寺もめぐった。
 その後、動物園に。ここは実は初めての入場。小学生まで無料、大人も六百円でよいというのが素晴らしい。千葉の夢の国遊園地なんかに行くと、家族で何万円も取られる。都民の親としては、実にありがたい施設なのだろうなと想像できる。
 中は、この歳で初めて見るような珍しい生き物たちが沢山いて、大人も充分楽しめる。この動物園は、大きく会場が二つに割れていて、間がそれなりに遠い。不忍の池畔の西園のほうは、後からの増設のような気がした。昔、弁天島から公園のほうを見たことがあるけれど、すぐ近くに動物園って、見えたかしら? 
 秋の行楽日ということで、赤ちゃん時期を過ぎてちょっと大きくなったシャンシャンを見るパンダの列は、二時間以上待ちで、即、あきらめた。色々まわって、退園しようとした夕方でも、まだ行列は長くて、彼らは半日かけて一瞬の動物の姿をみようとしている訳なので、東京は何かと大変であると思わないではいられなかった。

 歩き疲れて、腰が痛くなり、無理せず、早めに公園口から駅構内に入った。いつもは東京駅から乗るのだが、今回は上野駅から乗車というのが、初めてパターン。いつも利用する午後五時半頃発の新幹線。九時半過ぎには帰宅した。


 今回の旅行、漱石、Negicco、フェルメールという、ざっくりとした予定しか組んでいなかった割には、行ったところ行ったところで何かをやっていたりして、それも楽しめたのがよかった。盛りだくさん秋の行楽になった。


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# by hiyorigeta | 2018-11-29 04:18 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

連休の東京行(3)

 宿泊は、お茶の水のこじんまりとした和風ホテル。疲れて一寝入りした後、深夜に浴場へ。深夜もやっていて助かった。
 朝。ジャズ喫茶になっているところが朝食場所になっていた。夜はジャズ喫茶を営業とあったが、おそらく ほとんど動いていない感じである。ジャズのLPがズラッと並んでいて、相当古いJBLのスピーカーが置いてある。そういうところで、ザ・定番の日本食をいただくのは、ちょっと面白かった。

 今回の旅行のメインは、上野の森美術館で開催中の「フェルメール展」。このこじんまりとした美術館は初めての入場。数少ないフェルメール作品のうち、8点が来日していて、それが展示の最後の部屋に並んでいた。前半は、同時期のオランダ絵画の展望。宗教画から風俗画や風景画と、神を離れて展開していく様子がわかりやすく項目別に並べられていて、当時のオランダ絵画の概要が理解できるようになっている。フェルメールだけが有名だけど、この時期の他の作家たちも充実しているねえ、というのが夫婦そろっての素朴な感想。
 出品数が少ない割には、入場料がお高いのは、音声ガイドが全員についているということもあるようだ。人気女優、石原さとみがナレーション。
 生のフェルメールは、画の大きさが千差万別で、初期の宗教画は、思った以上に大きくて、帽子をかぶったぼやけて見える女性の顔の絵は、逆に断然小さくて、画集なんかで見ていると、絵の大きさを想定していないので、そこが一番印象的であった。
 晩年の佳作と言われている作品が、思った以上にくっきりとしすぎていて、進化は感じられるが、以前の作品のほうがいいなと思ったりしたのも発見。

 時間で区切って予約制だったので、会場は芋の子状態ではあったが、「遠巻きでよく見えず」という事態までにはならなかった。中に入ったら、どれだけ見ていてもいいので、区切られた予約時間の終わりのほうに行くのが正解ですとアナウンスしていたが、「そんなの並んで見ている時に言われてもねえ。」の、後の祭り的知恵である。
 出口のショップで、久しぶりに図録を買った。図録の解説は充実していてよい図録だと思ったが、重いのでちょっと閉口。

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# by hiyorigeta | 2018-11-28 23:17 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

連休の東京行(2)

 夜はコンサートがあるので早めに中野へ移動。偶然にバイクのイベントをしていて、寄ってみる。スズキのブースに新品スポーツバイクが展示してあって、それにまたがったりして、楽しんだ。フルカウルバイクにまたがるなんて生まれて初めて。鉄の塊に乗っかっている感たっぷり。駅に案内看板があったから行っただけだったが、最近、バイク動画を見たりしていたので、タイムリーだった。カスタムモデルを並べているブースとか、バイクの世界ならでは。
 有名な中野「ブロードウェイ」も覗いてみる。オタクの聖地として有名なところで、大昔のオマケや景品クラスの小物が超高額で売られている。ちょっと怪しい匂いもあるが、思ったよりも健全で、もっとアダルトチックな要素も強いのかもと思っていた。いい社会見学であった。

 夜のお目当ては、中野サンプラザでのNegiccoコンサート。この会場に足を踏み入れたのは、学生さんの時以来、約三十五年ぶり。手前にスラントするエントランス部の独特の屋根形状が印象的で、見た途端、サンプラとわかる。建て替え間際ということで、これが私にとっては最後の入場になりそう。中の椅子のクッションは、間違いなくへたっていた。
 観客は、いつののように年齢高めだったが、女性客がかなり混じっている印象。ご新規さんもかなり混じっているようで何より。エビ中ファンもいるような。ただ、ソールドアウトにはならなかった模様。
 スタートは午後六時。いつもの出囃子はなく、ニューアルバム冒頭曲からスタート。黒基調の衣装。バックバンドは強力この上なし。いつものホーンズはいなかったが、ツインキーボードでそれをカバー。
 背景の画面は、中央の他に、左右二か所ずつあり、一曲ごとに工夫された映像がついていた。中では、高田世界館の席での、オカルトチックなカエポの増殖映像、スーパーで未払いの商品を丸かじりするやんちゃななおちゃん映像。同じく、なおチャンの遊園地での疑似デート映像などが印象的。絶世の美女ではないけれど、彼女がアップで映り、楽しそうにしている様子は、とても三十歳には見えないかわいらしさ。「光のシュプール」のMVもそうだが、映り方が分かっている。
 コンサートは新曲ばかりで進むなあと思っていたら、新CD通りの曲順だったと後でネタばらし。うかつにも気が付かなかった。すぐにアンコールとなり、短さに驚いたが、再度できてきて、それぞれのソロ曲を歌い、ダブルアンコールで定番三曲を歌って盛り上げるという構成だった。つまり、三部構成みたいなセットリストになっていた。
 映像を取り入れることで、彼女たちは振付なしで歌うパートが少し増え、音程の安定につながっているように思えた。カエポの音程は昔に比べ安定してきており、今年、声が出なくなって悩んでいたぽんちゃは、ラストのほうこそ多少油が切れ気味だったが、うまく乗り切っていた。
 ロビーにお花がずらっと並ぶのも恒例。Negiccoデザインの緑の鏡餅(限定)が入場ゲート階段上がったところ真ん中にドンと並んでいるのも新潟由来ならでは。帰りに非売品のサトウのレトルト御飯を二セット、紙袋入りで頂くのも、太っ腹だとファンには大好評。アイドルコンサートの帰りにお米のお土産をいただくなんて、ここくらいなもの。みんな、この赤い紙袋ぶら下げながら、三々五々、中野駅を後にしていた。(つづく)


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# by hiyorigeta | 2018-11-27 22:16 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

連休の東京行(1)

 二年ぶりに東京の空気を吸いに行った。スケジュールを見ると、この休みに仕事が入っていなかったので行くことに。当日は二日間とも秋晴れの行楽日和で、東京はどこも混雑していた。
 金沢駅に行くバスの都合で、朝乗る新幹線の時間は決まってくる。そのいつもの便に乗って、いざ東京へ。

 まず、昨年オープンし、行きたいと思っていた早稲田の「漱石山房記念館」へ。モダンな近代的建築の内部に、漱石山房が一部再現してある。その場に待機していた老齢の係員(協力員?)の方が詳細に説明してくださった。こちらは漱石の筆記具などについても、少々調べたことがあるので、文机や火鉢など身近なものについて、いくつか質問をした。そのせいもあってか、実は復元は大変だったと、色々細かいところまで教えてくれて、個人的な発見がいくつかあった。もともと、テレビのセットでの再現からスタートしているという話であった。その方は、ここにこれができるまでの土地の権利の変遷など苦労が多かったと話してくれて、鴎外記念館の十倍の人が訪れていることを誇りにしているようだった。もしかしたら、元区役所の担当者だったのかしら?
 「年譜」を見ていると、塩原姓に戻る前、兄たちの死が相次いだことが書かれていて、これが復姓に絡んでいるようにも感じた。このあたりは勉強不足で(あるいは忘れていて)、よく分からない。
 娘筆子の子、半藤末里子からの寄付があって、今回は、その展示が特別展となっていたが、彼女の挨拶文には、保存の努力はしていても、遺品がが少なからず拡散してしまった経緯が書かれていて、残していく大変さを感じた。

 裏の小公園にある猫塚なども含め、たっぷり時間をかけて見学し、帰りは地下鉄を使わず、神楽坂のほうに降りて行った。矢来町までは来たことはあるが、早稲田通りを突っ切って一気に歩いたことはなく、今回、歩いたことがない区間を一部歩いたのが新鮮だった。神楽坂も、下の方は散策したことは何度もあるが、上の方はよく知らず、今回、ちょうど、若狭地方のPRイベントの真っ最中で、大勢の人でにぎわっていた神社があったので寄ってみると、テレビなどで紹介されていて、モダンな作りだなと思っていた神社だったので、それが目の前にあって、「ああここなんだ。」と、行き当たりばったり旅の面白さを感じた。あの頃以上にメジャーな繁華街になっているようだ。

 毎日通った飯田橋駅は、ダラダラ下る連絡通路がなくなっていて、工事中だったが、構内のラウンドしたプラットホーム自体は昔と変わらず、「電車とホームの間が広く空いております」というアナウンスも昔のまま。駅前の警察病院があったあたりはお店も変わり、様子は一変していた。ここにあった本屋さんにはお世話になったなあ。(つづく)

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# by hiyorigeta | 2018-11-26 21:14 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

最近の日常  

 股関節の痛みは数日後に引いた。血圧の薬を真面目に飲みはじめたのと一致しているので、どうも、血圧が原因だったようだ。
ただ、そんな日の朝、出勤中、対向車が来たので左に寄ったら、左後ろからゴリゴリ・バキッという音が。後ろフェンダー部が電信柱に接触した。見ると、コンパウンド磨きでは無理レベル。電信柱があることはわかっていたのに車幅感覚が狂ってきたのだろうか。右足に力が入らないなと思いながら運転していたので、注意力散漫だったことも大きい。
 数日後、無料点検とオイル交換で自動車屋さんに寄る予定をしていたのだけど、修理をどうするかの相談も追加ということになった。
 点検に行ったのは、代休の平日。午前中仕事をして、昼に車屋さんに向かう。昼食をホームセンター駐車場敷地内のファーストフード丼店でとったが、まさかに順番待ち。こんな場所でご商売うまくやっているのかしらと思っていたが、いらぬ心配だった。どうやら、近隣の勤め人のお昼ご飯と重なったようだ。日ごろ行かない時間帯に動くと、色々な発見がある。
 板金は一枚いくらの計算でするので、直すと軽く十万を超えるらしい。ということで、素人タッチパンでさびないようにするだけという応急処置で終わることになった。急遽、オート用品店に寄って、ケミカル品を購入。

 そろそろ寒くなったので、暖房を出してきて、通電してみた。スイッチが接触不良で思わしくなく、ついたり消えたりした。なんとかせねば。

 先日は、義妹が検診で病気が発覚し、入院したのでお見舞いにいった。
 知人から久しぶりの電話。聞くとヘルニアになって四か月もたつが一向に痛みがとれないという。最新技術は知らないがと前置きしつつ、一生付き合っていかねばならない可能性が高い旨、解説する。別の日、別の方から、やはりヘルニアになったとの話が。立て続けだったので、ちょっと変な偶然を感じた。
 また別のお若い方。その方は股関節に故障がある。聞くと、高校の頃、長距離歩行の行事で痛みが出たが、無理をして歩き続けた結果、傷んでしまったという。色々不便そうで、私のヘルニアと比べて、整形外科系の病気特有の共通点や注意点がいくつもあって、「そうだよね、わかります」を連発した。同病相憐れむ的共感。

 今日の話も、一見、バラバラですが、「壊れた」話題というくくりです。最近は、こんなのばっかりですね。


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# by hiyorigeta | 2018-11-12 04:13 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

痛たたた

 血圧の薬が切れたままにしていたら、見事に上昇していた。体重も増えてきて、腰に負担がかかっているだろうなとは思っていた。
 そんな今朝、昨日からちょっとおかしかったが、起きたら右股関節が痛くて、右足に力が入らない。跛行しながら歩く一日となったが、階段になると、もう手すりにつかまって、ヨイショ、ヨイショでのぼる世界になった。
 筋を傷めた訳でもないのに、なぜか。

 1、体重増加で腰が悲鳴を上げ、下肢の痛みとなって表立った。
 2、薬を飲まず高血圧を放置していたので、動脈硬化もあり、血流か何かの関係で痛みとなっている。

 昨夜、いつもの医者に行き、高血圧の薬をもらってきていたので、まず、しっかり飲み続けて血圧を下げよう。そしたら、どっちが原因なのか判るかもしれない。
 職場で、そろそろと歩いているのは本当にお爺ちゃん臭くて情けない。できるだけ人が多く歩いている時は、ピリッとして歩くようにしていたが、それだけで一日しんどかった。
 定年になって数年でばったりお亡くなりになるという先輩方を何人も見ているので、そっちの道まっしぐらでないかしらと、気持ちも沈みがち。
 早く痛み、とれないかしら。


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# by hiyorigeta | 2018-10-31 01:33 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

またハロウィンの季節

 ハロウィン前の土日。またぞろ渋谷では騒ぎが起きたとニュースで取り上げられていた。軽トラックが人ごみで立ち往生し、一部の者がそれを横転させ、上にのぼって騒いでいたという。
その数日前のこと。某ローカル番組に出演していた東京在住のタレントが、アナウンサーから、「ハロウィンには、渋谷に行くのですか?」と尋ねられ、
「心ある東京人は、危険なので、当日行くようなことはしませんよ。」
と答えていたのを聞いていた。今や、ハロウィンはそういう認識らしい。
 最近の生徒は、何かと人に受けようとする。何かあると、「イエェー」とか雄叫びをあげる。茶化す。などの行動が目立つ。
 今の子のこうした受け狙い気質の陸続きで、この渋谷の事態があるのだなということを、二つをつなげてみてすごく理解した。決して一部の人だけではない、そうした下地がこの日本には蔓延していて、この事態を招いている
 周りもそれを囃すから、本人はどんどんエスカレートする。それが全体の雰囲気になる。一部、良心的な子は、特にイニシアティブをとることもせず、黙って目立たないようにしている。それが今の現場。
 良心的で地味な子とは、例えると、渋谷には当日行かないほうがよいと判断できる子たち。
(追記)ハロウィンが終わって、ネット上では、渋谷での、ああしたハロウィンは公的に禁止にすべきというような意見も出てきているようだ。もう、そういうレベルなのだということがそれで判る。ただ、そうしたら、それこそ官憲による集会排除ということにもなりかねないし、安易に同意はできないなあ。

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# by hiyorigeta | 2018-10-29 01:31 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)
 元ジブリの若手アニメ監督、米林監督の講演を聞いた。
 以前、ある女性の方の勧めで「思い出のマーニー」(2014年)をロードショーで観に行った。宮崎・高畑の名前のない単独監督作品で、この方が地元の出身ということもあって、どんなものだろうと思ったのも理由のひとつ。
 女性向けというのが一番の感想で、作画的には、一部で人物と背景の縮尺があってなくて違和感があったシーンがあったのと、小さなボートの突端に起立して、船が沈みこまないのが変だったことだけは今も覚えている。ディテールのミスは作品を台無しにしかねない。テレビ放映で観た「借りぐらしのアリエッティ」も彼の作品という。彼の作品で観たのはこの二つだけで、独立後の最近作「メアリと魔女の花」は観ていない。彼の話で、例として出てくるキャラクターは、だから、知っているのもあり、知らないのもありといったところ。
 講演では、スライドを使って、アニメ制作の工程を説明してくれたが、分業分業で進む細かいディテールの積み重ねの仕事ということがよくわかった。正直、説明だけでは、作業内容が分からないところもあったが、地道な共同作業の集大成みたいなものだということだけはよくわかった。総勢四百人くらいの人が絡むらしい。美術監督というのが、つまりは背景担当だということも初めて知った。ディテールにこだわり、未だに背景はポスターカラーで手書きで書いているというのも、なるほど、だから背景にリアリティがあるのだと納得した。
 この頃、毎週見ているディズニー制作の「スターウォーズ~反乱者たち」の質感がデジタル・デジタルしているので、なんとも対照的だが、おそらく、CGが発達すればするほど、動きのリアリティを出すのはそんなに難しくなくなるので、手作業の各セクションを統合する調整作業がちょっとでも雑になると、縮尺が合わなかったりしてボロが出やすいのは、日本式のほうだろうな、ということも、素人ながら推察できた。
 質問で、なぜ、主人公は少女ばかりなのかというものがあって、外国でもジェンダーと絡めてよく聞かれると言っていた。彼は、性別より主人公の年齢の差の微妙な違いを描き分けたいという答えをしてはぐらかしていたが、確かに主人公の設定を変えないと、そろそろパターン化しているように感じなくもない。年齢のそれなりにいった男子高校生が面白いと思うような作品も、もっとあったらいいのではないかしら。
 また、この監督描く女主人公は、ジブリを独立した後の作品でも、ジブリの主人公そのままのタッチである。もう少し離れたほういいかもしれないとも思った。
 彼は高校では理数クラスにいたのだが、高校生の時に美術で飯をくおうと方向を定めたと言っていた。その時から数学の勉強はすっぱりやめたといっていたが、アニメは数学的な理系知識も結構いるので、それに役立っているかもしれないとも言っていた。
 また、彼は、美大在籍中にジブリの採用試験に合格し、ジブリ内で成功するかどうかの確信もないまま、大学を中退してプロの道に入っている。堂々としていない話し方からは想像できないが、人生を決める時は、がっちり決断して迷いがない。
 作画担当で絵が上手ということだけでは監督業に抜擢されない。アニメ監督業とはどうも仕事をまとめあげる仕事のようであるから、強面でないが、彼ならではのやり方でしっかりまとめあげてくれるだろうという期待が、任せたベテランたちにはあったのだろう。
 でも、任せた方も心配だったらしく、彼の話によると、宮崎・高畑両監督が制作している同じフロアの真ん中の区画が「アーニー」制作班だったというのには笑った。常に無言のプレッシャーを与え続けているようなものである。
 最後に手書きで絵をさらさらと描いていく作業を大写しにして見せてくれたりして、聞いていた生徒たちは、楽しんでいたように思う。
 「「生き方講演会」というけれど、私には生き方なんぞは語れません、人それぞれです。」と言っていたが、ところどころに、自分の生き方の対する思いをしっかり語っていて、いやいや、結構、講演依頼趣旨に則ったお話でした。

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# by hiyorigeta | 2018-10-25 01:29 | 観劇・映画 | Trackback | Comments(0)

いよいよ来年話題

 WEBのニュース画面で、来年の干支の置物づくりの写真が出ていた。小さくてどんな格好なのかはよくわからない。
 「来年って干支はなんだっけな?」と、画面をクリックして大きくしてみると、「イノシシ」(亥)の置物。来年は年男か、へえと思って、すぐに自分で呆れた。六十歳定年をあと数が月で迎えようとしているのだから、年男は当たり前である。
 自分がイノシシであることは、小さいころ、今でいうキーフォルダーのような小さなイノシシの人形をどこかの観光地(奈良だったかしら?)のお土産店で、自分用のお土産として買ってもらって、それが手元にずっとあったので、子供心に認識していたということを覚えている。自分の干支の話になると、大抵、あのキーホルダーを思い出す。
 今回も急にそれを思い出して、急に懐かしくなって、ちょっと胸が熱くなった。還暦というのは十二支を五回りするから、記憶が始まった少し後あたりに買ってもらったとすると、もう四まわり半したことになる。年で言うと四半世紀以上。
 過去にあった年男のことは、全然、感慨がない。毎回、なにも心に意味づけしていないままで終わっていたのだろう。
 いよいよ後二か月で年男本番。今度の年男の正月は、何か思うだろうか。

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# by hiyorigeta | 2018-10-24 00:57 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)

九谷焼とバイク

 大学時代の仲間から大樋焼についての問い合わせが。お気に入りのぐい飲みが割れてしまい、かわりのものを探しているとか。
 こちらもネットで調べる程度の知識しかない。地元で何十年も前、跡継ぎ騒動があって地元新聞をにぎわせ、今も二系統あるということくらいしか知らず、その旨、メールで返事をする。九谷焼なら一品ものの芸術品から日常使いものまで大量にあちこちで売られていて、よりどりみどりだが、大樋焼は茶道具なので、お高いし、売られているところが限定されるよという情報も添えて。
 さて、先日、一泊で引率業務があった。泊まったところは、九谷焼の産地の能美市寺井町。もう産地ど真ん中である。施設は、洗面のシンクやら部屋名札やら。なんでも九谷焼で出来ている。山代温泉でも同趣向の宿を知っているが、こちらは、一枚一枚が本格的で作者名のプレートまでおいてあったりする。食事の器ももちろん九谷焼。さすが本場。つい前日、焼き物についてのメールを打ったばかりだったので、ちょっと縁を感じた。
 毎年泊まっているところがつぶれたので、初めて利用したこの施設。お風呂も大きく、面倒な朝の館内清掃などという研修然とした仕事もないので、便利だが、費用はこれまでの二倍以上する。快適性をとるか、合宿の不便を「団体行動訓練」ととって、昔をよしとするか、考え方ではある。でも、まあ、今のご時世、こっちが普通なのだろう。ベッドメイキングから説明するやり方の研修施設は、今、少なくなってきているのではないかしら。
 帰宅して、連絡をくれたその方のブログを読んだら、速攻日帰りで大樋焼を買いに金沢にきたという記事がアップされていた。金沢滞在時間は数時間。すごい行動力。記事を読むと、お気に入りを見つけたようでなにより。

 宿舎では、日曜から平日という変なまたがり方をしていたにも関わらず、和歌山からのバイクツーリングご一行が泊まっていた。ホンダのゴールドウイングやBMWやらビックバイクのベテランライダーたち十一人。宿を出る時、チラリと眺めたが、もう巨大すぎてこんなの扱える気がしなかった(そもそも中型免許しかないから乗れないんだけど)。和歌山発、能美市泊、次は金沢観光かなにかかしら。
 ここのところ、バイク動画を見ていたので、これも引きよってきた感じ。

 このバラバラな感じの文章、何でつながっているかというと、「みんな元気で行動力があるなあ」つながりです。


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# by hiyorigeta | 2018-10-18 00:56 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

どこか分かった

 バイク動画を見ていると先日書いた。どうも関東郊外のツーリングが多い。まあ、人口から言って当たり前と思う。北海道行きも。これもライダーあこがれの地なので当たり前。もうひとつ、九州関係が多くて、これは意外だったが、よく考えたら、常に温暖な気候。バイクが活躍する期間が長いので、これも当たり前なのだと気がついた。東北北陸のような雪国は少ない。
 その九州ツーリング動画を観ていて、あっと思ったこと。私のパソコンの壁紙しているどこかの岬の写真、どこかなとは思っていたのだけど、おんなじ景色が映っていました。
 佐多岬。大隅半島の突端。九州最南端である。陸続きではあるが、小島のようになっていて小さな灯台が見える。ラウンドして見える水平性は太平洋の大海原だったのですね。
 これですっきりしました。

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# by hiyorigeta | 2018-10-14 00:55 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

革ワックス

 革製品のワックスは、以前、靴屋さんに勧められたちょっと高価なシダーオイル配合のものを長年愛用してきた。先日の休み、靴とベルトの手入れをしたが、それで一缶なくなって、ストックの新品の封を開けた。その時、なくなった方の箱に書いてある開封日付をみて驚いた。もう五年前ののことである。そうそうなくなるものでもないので、五年かかるくらいは普通だが、何を驚いたのかというと、駅前のドイツ製サンダル屋さんで買った時のことを、つい昨日のように覚えているからである。色々この会社のサンダルのことを教えてもらって、結局、サンダルは買わず、これだけ買って、洒落た小さな紙袋に入れてもらったこともはっきり覚えている。もう、そんなにたったのかというのがその驚き。
 どうも、記憶の遠近が、物事によって違ってきていて、つい最近と思っても昔だったり、つい最近のこともすっかり昔のことのように思っていたり。
 愚妻は「貴方はだいぶ前のことをつい最近という感じで認識していることが多い」という。確かに、自分で選んでD-Rに焼いたベスト曲集の日付が盤面に二〇〇一年と書いてあったりして、もう二十年近く前か!と驚愕したりする。
 二〇〇〇年代に入ってからが特にあやしくなっていて、五年前も二十年前もあまり差がないような感覚である。
 高校時代のことは、あの時は高2だったとか高1だったとかまではっきり覚えていたりするのに。もう四十年以上前のことなのに。
だいぶ前から、ものを買うと買った日付を書いたシールをその製品に貼る習慣がついている。今年はスピーカーやレシーバー、先日の光回線のモデムなどに貼った。冷蔵庫に貼られているシールを観ると、もう十八年選手。そろそろご老体だということがそれで判る。
 このように、日付が貼ってあることによって、これ買ってそんなにたつのかと驚愕することも多いのだけれど、そろそろ買い替えを心づもりしておいたほうがよいという目印にもなるので、今後も続けるつもり。

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# by hiyorigeta | 2018-10-13 00:54 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

イントネーション失敗

 ここのところの台風で道場の矢道横のネットが壊れた。ゴルフの打ちっぱなしにあるような緑色のネット。修理がいつになるかわからないままテスト一週間前になって、活動停止になった。その間に業者がはいる日程が決まった。
 そのテスト期間中の廊下で何人かの部員に会ったので、情報をつたえたほうがいいと思い、話しかけた。
「ネットがね……。」
 ところが相手は、皆「ぽかん???」状態。途中で原因がわかって、言い直した。
「道場の壊れた網のことだよ。」
 どうやら全員、パソコンのネットと思ったようだ。もちろん、もともと「網」のほうからきている言葉だけど、今やパソコンのほうが親しい。
 あとで、よく考えてみると、こちらも不用意だったかもしれないと思った。どうやら言った時に、イントネーションが後ろのほう、つまり「ト」に置いていて話していたようだ。おそらく、今は、本当の網のほうは、頭にアクセントを置くことで表現し、パソコンのほうは、後ろに置くことで二つを無意識に区別しているのではないかしら。
 私の言い方では、そりゃ、パソコンのほうだと思うよね、と反省。

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# by hiyorigeta | 2018-10-12 00:53 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)
 文句なしの名作。これで三回目の観劇となるが、その都度、芝居の力でぐいぐいと観客を引き込んでいく。昔観たと言っても飛び飛び。だから、だいぶ忘れていて、それぞれの証言のどこがあやふやなのか、見ながら、あ、たしかこうだったと、直前直前に思い出しながら観た。例えば、列車の通過が問題だということは覚えていたのだが、どういう論点だったのかは、さっぱり。
 このお芝居、証言者も観たまま話していると思っているし、事実を曲げる意図はないにしろ、事実というものは、人間の気持ちによって、(セリフの言い方で言うと)「色をつけてしまう」というのがテーマ。
 陪審員もまた、今度は、その「解釈」という点において、自分に嘘はついていない、正直に公正に自分は判断していると思っているにも関わらず、立場や信条などによって色々な見方をして、自説こだわる。
 そんな、ある種、相対の世界の中で、裁判で出てきた事実(と思われているもの)に、客観的に問題があるかを判断するのが、陪審員の仕事で、あちらの国では、全員一致でなければならないという。日本は刑の計量にまで立ち入るが、その分、専門家の裁判官が常に伴走するので、この芝居のような喧々諤々の論議というようなことにはならないらしい。
 今はかの地でどういう制度になっているのか知らないが、民主主義の大原則をそのまま制度化した、いかにもアメリカらしい理想主義的な制度であるなと感じた。ここに女性はいないが、おそらく、当時は女性は選ばれなかったのだろう。
 お芝居は、事実の証言と思われていたことが、絶対的な事実でもない、ということがわかってくるという推理小説的な面白さを踏まえたうえで、それぞれの陪審員の立場が明らかになっていき、その色の付き方が見えてくる。性格的なもの、職業に起因する資質、民族に対する偏見などがその基底になって、解釈判断にいろいろな色が付く。例えば、最後まで意見を変えなかった人は、対息子とのいさかいというきわめてプライベートな恨みが根っこにあったことが明らかになる。
 十二人という大所帯。ちゃんとそれぞれに性格が描き分けられていて、どんな人なのかがよくわかる。なかなか、こんな大人数を、描き切れるわけではない。
 演劇的な面白さが横溢したこの名作お芝居を、役者の熱演もあって、楽しく観た。カーテンコールで、この役者の中に地元出身者が三名もいると紹介され、三人とも挨拶した。地元の高校出身のお二人と、輪島出身という。中で、若手の方は、この野々市フォルテのホールをよく使ったとかで、感慨深そうであった。皆、暖かい拍手。
 このようなクオリティの高いお芝居を若者たちに見せることで、お芝居が好きになって生活の一部になるのに、残念という気持ちも湧く。ここにいるほとんどの観客は何十年と観続けている手練れで、芝居のよさを十二分に知っている連中ばかり。新しく広がっていかないのが歯痒い。(2018.10.5)

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# by hiyorigeta | 2018-10-11 05:49 | 観劇・映画 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
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