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明石の君と源氏

 明石の君が娘の明石の姫君を手放すところを授業でする。源氏に預けることが、娘のためにはいいと判っており、それが、取りも直さず父明石の入道の意向にも沿うと判ってはいても、現実の別れを前に、ドタキャンしようかと思い迷う心情が、短いながら細やかに描かれている。そこもさすが紫式部と思ったが、次、何も知らない三歳の姫君が、お母さん、一緒に車に乗ろうと袖を引っ張るところなど、現代小説か映画だったら、もう臭いくらいにお涙頂戴シーンである。
 源氏は、浅からぬ宿縁だから末には三人で暮らせると明石の君を慰めるのだが、「この宿縁とは誰と誰の宿縁か」と問うと、正解は皆無だった。みんな母子の絆のことばかり言う 。違う違う、「お前と私とは深い縁で結ばれているから、大丈夫。幼子の成長を待ちましょう」と言っているのであって、今風に言うと、「二人は深く愛し合っているのだから、今は辛いかもしれないけど、大丈夫だよ」といっているのと同じ。子どもとの別れだから「親と子」という縦ラインだけで考えてしまうのはよく判るが、こういう時に確かめ合うのは、夫婦二人の愛であるというところまでは思い及ばないようで、こちらは、なるほど、こんなところに、まだ子どもの部分が出るのだな、まあ、無理もないと思ったことだった。
 大昔は、物語前半が圧倒的に面白かったが、今はこんなところが名文であると判る。女性の作者ならではの、女性の気持ちの描かれ方。
 それに、後半の源氏の、巡り戻ってきた厄禍や老いに苦悩し、無常を感ずる姿は、大昔、読んだ時は重苦しいだけのように感じたが、今、この歳で読むと、納得することも多い。前半のテンポのよい展開は、ひとえに後半のプロローグのような気もしてくる。まさに夢の浮き橋。

 秘められし恋の行方を閲すれば浮生の風の波の間に間に
by hiyorigeta | 2015-07-01 18:00 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きし、日々の生活をつづります。テーマは言葉・音楽・オーディオ・文具など。http://tanabe.easy-magic.com/


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