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福岡伸一氏の講演を聴く


 「生物と無生物の間」のベストセラーがある福岡伸一氏(青学教授)の高校生対象の講演会を聴く。年齢的に私と同世代の人。
 人間の体は傷んだらそのパーツを取り替えるという機械論的部分主義の考え方で説明できるものではなく、全体の流れで動いているというのが話の趣旨。遺伝子を欠落させ、どんな弱点が出るかを観察しても、そのマウスは元気に天寿を全うしたことから、周囲が補間するようにカバーするということに気がついたという。彼はこれを「動的平衡」という言葉で説明している。
 思うに、こうした考えは、部分主義が西洋的近代主義を背景としているのに対して、極めて東洋的である。当人からはそうした言葉は一切なかったが、自然な状態や流れを重視してい る点で、アジア的・東洋医学的人間観であると言える。
ただ、最近、無菌状態で大事に育てたために欠落が見えなかっただけで、悪環境では欠落した部分があるということが判ったという話もしており、ちょっと矛盾しているかのような着地になったのが不思議であった。

 氏は淡々と話すタイプで、最初、生徒は眠たくなるかなと思ったが、端々に追加する具体的な説明や例が判りやすく、理型が多い生徒には興味をそそるテーマで、ちょうどいいレベルの話であった。生徒の質問は、彼の著書を読んだ上のものがあったりと、さすがと思わせるものが多かった。話題のIPS細胞について聞いた質問では、何にでも変化しうる元の状態に遡るという意味で危険な側面があり、私の立場では懐疑的であるという回答を引き出したりもしていた。質問の質が高いこ とに自分の勤務校ながら感心する。

 画家フェルメールにも造詣が深く、全作品を見て回ったという。デジタル複製の作成などにも関与しており、最後の十分はフェルメールの話に終始した。
 氏は、昆虫観察好きがこうじて顕微鏡に興味を持ち、顕微鏡の父アントニ・レーウェンフックを調べたらしい。アントニはオランダのデルフト出身。同年生まれのご近所さんにフェルメールがいたことから、この画家にも興味を持ったという。二人が生まれた一六三二年というのは、日本では江戸時代の初期で、結構古い話である。そのころのオランダのこの小さな都市の町並みは、彼自身が風景画「デルフトの眺望」で描いていて、町の雰囲気を知ることが出来る。一時期、この絵をパソコンの壁紙にしていた ので、個人的によく知っている風景である(今回、久しぶりにこの絵を壁紙に復帰させた)。講演では当時の町の地図で二人の住居の近さを示していた。
 私は、その絵からデルフトと聞いただけで、彼らが生きた中世の西洋の町並みをイメージ出来るけれど、聞いている大勢の生徒たちは、当時をイメージ出来ず、デルフトという町の名前も瞬時に記憶から消えていったにちがいと思った。それは人生経験が少ないから当然なのだけれど、この話を聞いた一千人を超える聴衆の中で、何人、経験と教養を積んで、この絵に出会って、あ、あの時、学校の講演会でえらい大学の先生が言っていた町の景色だと気がついてくれるだろうか。そして、そんな町の雰囲気の中で、「真珠の耳飾りの女」や「牛乳をそそぐ女 」や「地理学者」が、あの時代の服を着て生活をしていたのだというイメージを、実感として認識してくれるだろうか。

 暗記知識として入れたものは、それが、自分のものになるように繋ぎ止める具体的なイメージづけの体験がないと忘れ去ってしまうとは、よく生徒に言っていること。そうした地に足のついた知の構築をちゃんとやってくれるだろうか。正直、今の教育の能率最優先主義の方向性では心許ない。
 この二十日(火)、国公立大学の文系学部の再編、つまりは文系縮小の取り組みの中間報告にあたるニュースが流れていた。細分化した文系学部は昔ながらの学部への一本化するか、目新しい学部学科を創出して、そちらへ吸収化するという形でスリム化をしていく大学が多いようだ。
こうした知の縮小の流れを見聞きするにつけ、我々世代がイメージしている旧来の「知の体系」は、急激なグローバル化大合唱の中で、どうも一気に崩壊していくような気がして、心配でたまらない。

 福岡氏は理系の人だが、芸術にも大きく「知」を広げていった人。フェルメールの絵にも彼は持論の「動的平衡」論を当てはめて説明していて、彼の知が専門の生物学分野にとどまらない知の視点、ひいては彼独自の人間観になっているということを生徒が理解できたなら幸いなのだがと思ったことだった。本人は自分は「オタク」だと謙遜していたが、いやいや、それは学芸の正統である。
 さて、今、朽木ゆり子との共著「深読みフェルメール」を読書中。対談なので判りやすい。(2015/10/20)
by hiyorigeta | 2015-10-20 19:17 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きし、日々の生活をつづります。テーマは言葉・音楽・オーディオ・文具など。http://tanabe.easy-magic.com/


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