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原節子逝去

 李香蘭に続き、戦中戦後期最大の人気女優原節子が亡くなった。李香蘭死去の時に年齢を調べたので、もう九十半ばであることは知っていた。
 小津安二郎の死と共に世間から遠ざかり、以後、外掃除をしているスクープ記事が出たくらいで、五十年以上、目立たない生活を貫き通した。政治家になった李香蘭とは、ある意味、対照的である。
 戦地に赴いた男たちで、特に思い人のいなかった連中は、彼女のブロマイドを持っていったというエピソードがあるくらいで、日本人離れした洋風の容姿は、まさに男性憧れの美人そのものであった。あの美貌に、当時の清楚なブラウス姿は実によく似合う。
 小津映画出演は彼女の芸能生活後期にあたり、結婚が早かったあの頃の常識では、そろそろ適齢期も後半といった頃。映画も最後のほうはそうした役柄が多かった。小津の死はまさに潮時と感じたのだろう。で、彼女は、永遠のアイコンとなった。
 先日の笹本恒子の写真を見ていても、視線はファッションや、背景の町並み、通行人の様子などにいく。私が生まれる少し前のものが多かったが、地続きで私の子供の頃の景色につながるので、懐かしい思いがしたのだが、今、小津の映画を観ても、同じ気持ちがする。ちょっと遡る故に尚更ピュアに当時の雰囲気のエッセンスみたいなものを醸し出していて、胸が苦しくなるくらいに懐かしい。
 李香蘭の時にも書いたが、彼女にドキドキした男性連中はもう死に絶えている。年上のキレイなお姉さんといった感じで見ていた世代がご長寿ご存命中といったところ。これだけの人気をたもった銀幕スターは以後いない。
 今日以降、彼女の追悼が色々なされるだろう。早すぎる引退の時の気持ちなんかの類推も。
 で、前から思っていたえらく即物的な類推をしたい。
 美人というのは絶妙な顔立ちのバランスで成り立っている。引退近くの映画になると、彼女にも微妙に美貌に衰えがみえる。日本人離れした目鼻立ちの大振りな顔なので、老いて顔の輪郭が変わっていくと、バランスが崩れて、器量がはっきり落ちていくタイプの顔なのではないかと私は思っていた。目細鉤鼻のお醤油顔は容色の衰えが目立たない。自分の顔である。彼女はそれに気づいていて、長く芸能人をやって人目にさらされ続けることを避けたかったのではないかしら。
 永遠の美しいお嬢さんのまま、隠遁することで、自ら進んで自らを定位させた彼女。長い長い五十年以上にわたる生活は、古典に出てくる出家した尼僧に似ている。あとは極楽浄土を願うようなもので、自らの物語を完結させるためには、ご長寿だったということは思いがけないことで、あまりに長すぎたと思っているかもしれない。若くして自分を止めた人生。彼女はこの五十年、何を思って生きていたのだろうか。
by hiyorigeta | 2015-11-25 22:25 | 観劇・映画 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きし、日々の生活をつづります。テーマは言葉・音楽・オーディオ・文具など。http://tanabe.easy-magic.com/


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