今の権之助坂

 オーディオの情報をネットで調べていたら、「タモリ倶楽部」のアーカイブを見つけた。LP制作工場に行ってデジタルと音の違いを聴き比べたりと結構マニアック。もともとタモリは音楽好きで、この種のテーマの企画がいつかあった。

 オーディオ関連以外では、目黒権之助坂の由来を探る回が、そこにかつて住んでいた者として懐かしくもあり、今の町を見ることができて嬉しかった。
 今回初めて知ったが、権之助なる者が、行人坂が急峻なので、緩やかな坂を別途つくることを幕府に奏上したが、防衛上許されず、死罪覚悟で無許可のまま作り、やはり死罪となったというのが由来らしい。
 急な崖を下る行人坂。こっちのほうがもともとあって、当時、勢い余って目黒川に多くの人馬が落っこちたという話のほうは、住んでいた頃、聴いたことがあるような。

 最新の測量技術でみると、今の権之助坂は崖から人工的に土盛をしてなだらかにしてあることが判る。だから、権之助当人が作った本物の権之助坂は、今の坂の横に、崖沿いに下りている名もなき坂のほうではないかという説もあるそうで、そっち坂もよく使っていたから、あの坂が由緒あるもともとなのかと、意外だった。脇の単なる坂である。他に、マンションが立ち並ぶ直線的に駅方面に上がる急坂など、当時、住んでいた下宿のすぐ近くの坂が紹介され、それも日常茶飯に使っていた坂なので懐かしかった。坂下に小さな食料品店がテナントに入っていが、そこは今もあるのだろうか、カメラの向いている真後ろにあるはずだが……などと思いながら見ていた。角のマンションの外構の洋風のコテ文様も昔と変わっていなかった。

 番組は、傾斜を測量していき、ついには、日の出女学園横の細道から、一気に権之助坂の途中に出る細い急階段まで測っていて、こんな、地元民しか知らない、人が歩くのが精一杯な抜け道まで紹介されていたので、ただただ、びっくりであった。
 まるで「私が昔利用していた権之助坂周辺の坂、一気にご紹介」みたいなタイトルの番組になっていて、こんなに自分に密着した企画がテレビで流れるなんてと、だただた驚いた。



(追記……この記事を書いて一週間後、数週遅れでこちらで放映されている「もやもやさま~ず2」で目黒不動周辺をぶらぶら歩きしていた。そのまた一週間後、今度はNHK「ブラタモリ」が目黒の回で、中目黒スタート、目黒不動、行人坂、雅叙園などを紹介していた。ネットで「タモリ倶楽部」を見たのは偶然だが、以後、たて続けに目黒の今を見ることが出来て、ここのところ、なんだかなつかしモードである。2016/12/18)
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by hiyorigeta | 2016-12-02 21:38 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


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