2016年 01月 09日 ( 1 )

骨董の古い本

 万年筆や時計が入っていた高級そうな入れもの。バネなどが入っていてパカンと開くようなタイプ。そうしたものは、入れもの自体が立派なので、大事にとってあったのだが、持っていても場所ふさぎになるだけと、全て捨てた。そもそもその入れものにその品物を戻すことがあるのかと言われれば、ない。年末に少し残して捨てたが、今回、残りも全部捨てた。
 「一定量ストックしておけばそれ以外は捨てる」というのが「捨てる技術」の基本。それに照らすと、我が家はタオルなどの布類が大量にあるし、銀行でもらうようなラップ・食器洗剤のような日用品も山ほど。粗品だった安手のグラスなども、使われぬままそれなりに食器棚にたまっ ている。
 子育て中とか、地域と密着した生活をしている人なら、教育施設や公共施設でバザーがあって、そこに出すのだろうが、特にそうした繋がりのない我が家では、まず、誰かに使ってもらおうにも、どうして入り用の人の手に渡せばいいのかが判らない。そこで、皆さんどうしているのか、職場の人に聞いてまわるところから始めた。何も考えずにゴミとして捨てればいいのかもしれないが、そう出来ないのがこの世代。

 図書室にある古い「別冊太陽」のシリーズ。骨董、古民家、焼きもの、漆、和の暮らし、などをテーマにした冊子を、今、ゆっくりと一冊一冊読んでいる。味わい深い生活用品や暮らしぶりが紹介されていて、見て楽しい。
 どれも十年以上前の刊行。特集自体は普遍的なものなので、何ら古びていないが、広告などはすぐに古びるということがよく判る。据え置き型パソコン広告は、ブラウン管だったりする。人も移ろう。対談している桃井かおりも十五年前のお若さ。骨董と中年の魅力みたいな話をしている。つまりは、中年視点の話である。今だったらもっと違う会話になるのかもしれないな、などと思いながら読んだ。
 同じようなテーマの雑誌は、今でも沢山世に出ている。その時、それに興味を持ち、その時新刊で出ているものを買って読む。そして書架に入れて、そのままになる。久しぶりにそのジャンルが気になって、その雑誌を読む。当時見えなかった新鮮な発見がある反面、今回のように、古びているところがあることに気づく。そうして、また十年ほど過ぎて興味が再熱し……を繰り返し、ついには内容自体も古びて見えてくる。捨て時がくる。
 骨董について書いてある本というより、骨董的な本。

 それはとにかく、いい趣味の日用品を並べるには、まず、場所ふさぎの粗品日用品の処分からせねばならない。それだけはよく判った。
[PR]
by hiyorigeta | 2016-01-09 20:12 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30