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荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きし、日々の生活をつづります。時に日付をさかのぼってアップするので戻ってみてください。http://tanabe.easy-magic.com/


by hiyorigeta

2019年 05月 10日 ( 1 )

「CDジャーナル」季刊化

 CDの新譜情報は、タワーレコードの隔月情報誌か、時々買う「CDジャーナル」誌で仕入れていた。
 CDジャーナルは、近年、ハロプロ依存で売り上げをなんとか維持してきたが、時折、隔月刊になったりしはじめたなと思ったら、次は、新譜紹介頁がカラーから白黒になり、ついに、今月号(表紙、和田彩花)で、次回から季刊誌となるとの告知があった。各種連載も終了が多い。新譜情報の入手先として利用していた人が多い雑誌が季刊になっては、よく言えば、性格が変わるだろうし、悪く言えば、役割が事実上終わったということになる。
 昔は、書店の雑誌コーナーの棚に、表紙が見えるように置いてあったが、最近は、差し込みで背が見えるだけの置き方に格下げになっていた。
 世の中、CDを買わないので、CD情報を雑誌レベルで仕入れる人が少なくなってきているから、当然の流れなのかもしれない。特に、今は趣味特化の時代で、クラシック・演歌からアイドルまで、音楽のジャンルを問わず紹介している総合誌という立場は、焦点ボケになって、猶更、苦しかったのだろうと予測される。

 残念だなと思っていたら、一昨日、CDアルバムの年間生産枚数が、昨年、初めて1億枚を下回り(日本レコード協会調べ)。最盛期の三分の一近くの減少というニュースをやっていた。CD全盛期は平成十二年で、以後、下落を続けているという。
 音楽配信は順調な伸びとはいうが、今はダウンロードによる曲の購入というより、スマホでストリーミングで済ましている若者が多い。WEB上に各種ミュージック・ビデオや音源が、公式、非公式、違法、入り乱れて無数に存在しており、それを検索して、画面を見ながら音楽を聴く。

 前にも書いたが、一番の大きな問題は、世の中、音楽はお金を払わなくても手に入るというのが常識になったこと。若い人何人に聞いても、特に音楽大好きレベルではない一般高校生で、お金を払って曲を購入している人は、時々という答えが、それこそ時々あった程度で、全体では稀であった。


 その二。それに伴って、音楽制作にお金をかけられなくなって、ほとんどを電子音で済ますようになるなど音楽の質が均一化。無機質化した(音楽自体の変質)。以上、二点は前にも触れたことがある。

 その三。ダウンロードにしても、気に入った一曲単位の購入となるし、ストリーミングでもMV中心となって、総じて「一曲中心主義」になった。
 CDフルアルバムなら、ヒット狙いの曲、アルバムならではのじっくり聴かせる曲、あるいは、LPなら片面一曲というような大曲などを織り交ぜて、そのアーティストの今をトータル的に伝えるというニュアンスがあったが、それが消える。アーティスト側もフルアルバムを出すということは、絵描きさんが大作一枚仕上げるのに似た、完成感・達成感があり、「自信をもって」聴いてほしいという気持ちにもなったはずである。そうした「作品」感が消える。
 受け手も、LPだったら、大きな、工夫を凝らした意匠のジャケットを楽しむということがあったし、CDでも、くつろぎ椅子に座り、スピーカーに対座して、ライナーノートを読みながら、ゆったり一枚聴き通すというのが、基本のリスニングパターンである。パソコンやスマホで検索しながら、イヤフォンやパソコンの横のミニスピーカーから聴くというのと、音楽を楽しむ質が全然違ってきた。
 アルバムは、勿論、ヒット曲が気に入ったから買うが、ほかの曲でいい曲が沢山あり、それを見つけ出すのも楽しみだった。そんな世間に知られていない名曲を仲間と情報交換して、聴いてみる。そんな風にして名曲を沢山見つけあっていた。
 例えば、チェイスは「黒い炎」が有名だけど、アルバム冒頭のインスト曲「オープン・アップ・タイト」が格好良かったし、前に話題に出したレッド・ツェッペリンの四枚目は「ブラックドック」で買ったのだけれど、なんといっても皆「天国への階段」にノックアウトされた。そんな、シングルにはならないが、曲のよさで勝負みたいなことが起こりにくくなる。いかに映像が面白く、曲がキャッチ―で歌詞が現代の若者のフィーリングに合致しているか、それ一点主義。


 その四、それに、そもそも、MV中心の一曲主義だと、歌中心でインスト曲が流行らなくなる。楽器演奏の巧拙もあまり関係なくなる。
 我々の世代は、演奏にあこがれた。ハードロック好きはディープパープルのリッチー・ブラックモアのギターに興奮したし、私はあまり聴きはしなかったが、それでも、ジョン・ロードのオルガンは大好きだった。フュージョン全盛だったから、そっち系の人たちは枚挙のいとまがない。
 演奏ものは達者なソロを聴かせるということがメインにあって、曲が長くなりがち。一曲主義、MV中心、電子音で済ますというような現代のトレンドからは外れる。
 今の子たちは、キーボード奏者だったら誰々よね、俺のギターの神様は誰々だ、なんて話しているのだろうか。バンドやっている子以外、ほとんど聞かないような気がする。どの曲の間奏の楽器ソロが格好いいというような目のつけ所で話をしている会話もほとんど聞いたことがない。
 楽器をやる人は多い。昔以上かもしれない。けれど、楽器中心主義の聴き方というのは、私ら世代は結構なじんだ聴き方だったけれど、フュージョン下火あたりから少しずつ減ってきて、今の若者で、楽器をピックアップしたような聴き方しているのは、はっきり少数派になってきているような気がする。CDフルアルバム衰退にともなって、この傾向はますます顕著になるように思う。


 音楽というのはなくならないし、今後もメディアの変遷もあるだろうけれど、それも時の流れで、そんなに心配していない。検索しただけで、懐かしい曲に会えて、なんていい時代になったんだと思うことも多い、だけど、反面、健全な音楽の発展ということになると、やはり、しっかりとお金を払うシステムに戻していかないと、音楽の質の低下とともに大衆の音楽自体への軽視(例えば、使い捨て意識のようなもの)が起こるような気がする。(つづく)


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             (月刊最終号とタワレコの情報誌)



by hiyorigeta | 2019-05-10 09:03 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)