カテゴリ:文学・ことば( 61 )

「出来」

(蔵出し。去年八月の文章。)
 昨年の民放ドラマで「重版出来」というのがあった。もともと漫画が原作で、コミック出版業界の裏側をコメディタッチで描いている。色々な壁にぶち当たりながら新米の女主人公が一人前になっていく過程が見所。どこにでもいそうなお嬢さん、黒木華が主演。
 このタイトル、「じゅうはんしゅったい」と言っていた。重版が出来るということは売れたということだから編集者にとって目出度いこと。縁起物の言葉。ただ、この時、私は、「へえ、「出来る」ということを、この業界では「しゅったい」というのか」といった程度で思っていた。「来」は普通「たい」と読まないしねえ。つまり、私は「業界専門用語」だと思っていたのである。
 ところが、先日、素人芝居を観ていて、この言葉がやたら出てきた。出し物は「修善寺物語」。

 五郎「なに、面(おもて。お面のこと)は、すでに出来(しゅったい)しておるか。」


 あれあれ、この言葉は古くから世に流通しているらしいぞと、その時、初めて気がついた。そこで、辞書をくってみた。

「しゅつらい」からの音変化で、1 事件が起こること。「珍事が出来(しゅったい)する」 2 物事ができあがること。「近日中に出来」「重版出来」


とあった。例文にもある。どうやら普通の言葉のようである。
 おそらく、日本語には、普通に訓読する漢字を、わざわざ格好つけて音読するという読み方のパターンがあるので(大抵の場合、漢文調の流れ)、それのひとつなのだろう。音変化が途中起こったので、猶更、分かりにくくなった。
 華ちゃんの童顔といっしょに、この一語、覚えました。


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by hiyorigeta | 2018-04-27 22:38 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

(つづき)

 「大鏡」を教えながら、人物が出てくるたびに、ウイキその他でその人物のことを勉強する。教えるのは文法とか、文章の訳とかだが、実際の藤原氏の権力闘争の様子などを押さえて読むと、イメージが湧いて、本当に「大鏡」は面白い。
 ということで、今回は前回の続き。一世代下。

 定子の兄伊周について。
 父道隆の早急な息子の出世が反感を買ったことが、父の死後、彼に大きく負の影響を与えることになったとウイキに書かれてあった。なるほど。彼が出した倹約令も細かすぎて不評だったとも。そんなのは知らなかった。
 「大鏡」は、例の道長との競射でビビったとか、政治家に必要な泰然自若的なおおらかさに欠ける面があったことなど、はっきりと書いてある。漢学に優れ、当代随一と言われたそうだから「学者肌」だったということも大きく影響していたのだろうなというのは、昔から思っていた。
 「枕草子」では、徹底して彼を素晴らしい人物に書かれていて、それもあながち美化だけではないのではないかしらとも思っていた。女性の立場、女房の立場から見ると、そう見える人物だが、ドロドロの世界の中から見ると、その世界になじめない、向かない人物であったというのにすぎないのではないかしら。道長の横やりがなければ、ちょっと世間で不評な面もあるけど、それなりに無難に仕事を全うした人物ということで終わっていたのではないかと思っていて、私は昔から彼に同情的である。

 道長全盛となって、三十七歳で死んだ中関白家伊周の子孫は、どうなったのだろうかとウイキを読み進めると、屋敷は荒れ、息子はご乱行で評判は最悪で、家系は典型的な先細り。
 唯一、長女は道長の次男の正室として、後に右大臣や大納言になる息子を生んでおり、道長家の血筋と合体して、家自体は没落したものの、血脈はつながっているという。この話を読んで、ちょっとは救われた気持ちになった。

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by hiyorigeta | 2018-01-23 23:39 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

権力闘争の貴族社会

 花山天皇が騙されて出家する事件(寛和の変)は定番の教材で、毎年のように扱う。断片的に扱うこともあり、兼家と息子道兼(粟田殿)は、当然、悪役赤塗りのイメージで話す。
 藤原氏全盛は勿論、兼家五男道長の時代だが、終わりのほうになると、ほころびの端緒みたいな事態も起こっていて、兼家の朝政掌握をもって全盛と考えるのが本当はいいのかもしれないと、よく思う。特にこの寛和の変後、天皇祖父となって掌握は決定的。
 「蜻蛉日記」の作者との確執も、大きな仕事を成し遂げようとしているVIP男の兼家からすれば、心の片隅程度のことでしかない感じなのだろうと、男の立場からは推察される。一夫多妻の世で、「自分への愛をもっと」と思って、つっけんどんな態度をとる妻は、可愛くなくてめんどくさい存在。
 今回、それでは、兼家に収斂していく中で、失権していった連中も多かろう、また、下の世代、道長に収斂していった中で、道隆以外の兄弟はどうだったのだろうと、そういった周辺人物を一人一人、ウイキで数珠繋ぎで調べていった。

 まず、兼家自身が順風満帆とは言えない、失意時代があるということに「へえ」となった。日本史に詳しい人なら平安時代のメイン中のメインの話なので、常識なのかもしれないが、こっちはもう三十年以上前に習っただけで、背景として知っている程度だったので、詳しく知らなかった。
 長兄伊尹に気に入られ、出世を果たすが、それが次兄兼通の不興を買い、長兄の後の次期関白職を巡って 御前で言い争い、兼通が職に就くと、一気に形勢が逆転し、出世は止まる事態となる。
 その中で、死ぬ直前の兼通にお見舞いと見せかけ、宅前を通過するといういやがらせを平気でやり、激怒した兼通は、参内し、兼家左遷の差配した上で亡くなるという派手な兄弟諍いの話は、私でも知っている超有名なエピソードである。
 結局、次、関白の座が転がり込んできたのは、兼家の従妹にあたる頼忠。元々兼家の父師輔は長子ではない。新関白の頼忠は、師輔の兄、実頼の子である。
 政治的基盤が弱かった頼忠は、その後、兼家を復帰させざるを得ず、それを足掛かりに、兼家は復活していく。

 藤原氏系図を見るにつけ、系統がつながっている藤原本流以外は、あちこち、その人の名前以下が省略されて終わっている。政治の中心として活躍した系統だけ書いてあるのだから当たり前のことだけど、この人、あの人にも子孫があり、その後どうなったのかしらという思いが湧く。
 寛和の変で暗躍した粟田殿のその後はどうなったのかというと、これまた、微妙である。本人は立役者だから後継は自分のはずという思惑が強かったようだが、結局、兄道隆の後塵を拝し、権力掌握はほんの一瞬で終わる。

 政治の世界。何がどう転ぶか分からない力関係だけの世界で、この前観たイタリア・マフィアの権力闘争映画「ゴットファーザー」と本質的になんの変りもない世界だというのが素朴な感想。政治もヤクザも一緒。こんなことを、何千年と人属人科は全世界でやってきた訳である。
 苦労の末、権力を掌握し、でも長くて数十年後には、没落するか、死して終わるか。煩悩を排すべく出家し安寧を得たい心境に当時皆なるのはよく分かる。当時の貴族たちの心境がほんのちょっぴりだけど、実感として分ったような気になった。チラリとそんな世界にもかかわったというならともかく、人生延々とこの種の駆け引きばかりの人生だったら、そりゃ疲れるわな。

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by hiyorigeta | 2018-01-22 22:37 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

今時言葉いくつか 

 以前は匿名掲示板2chで使われた省略語や隠語がネット上の健全なところにも使われるようになって、日常語にも混ざり……という具合で今時言葉が出てきたが、この掲示板の勢いはもうなく、今はスマホで打つ用に利便化された言葉が今時言葉として、日常会話に紛れ込んだりしている。「うp」なんて言うのはおそらく2ch時代からの語。
 
 よく聞く言葉に「バズる」というのがあって、「る」をつけて動詞化しているのは分かるが、バズが分からず、ネットで調べると、「特定の単語や物事がインターネット上で爆発的に多くの人に取り上げられることを意味する」とある。SNSで急に話題となった時などに用いられるという。「Buzz」とは「口コミ」というような意味らしい。知っている文の中に当てはめても問題なく意味が分かったので、そういうことらしい。

 「パリピ」というのは、使い方から推察して、盛り上がればそれでいい系の人たちのことを言うのだろうというのは判っていた。「ピ」は「ピープル」だろうとの予測もつく。ただ、「パリ」がわからなかった。これは「パーティ」の略だという。 いずれにしろ、最近の若者にすごく感ずる、「盛り上がる」ことが大事なコミュニケーションのバロメーターになっているというのが、流行語にもはっきり感じられる「希ガス」(笑)。

 他に、よく意味がつかめていないのが「エモい」。英語の「emotional(感情の)」のエモだということは分かるし、エモいロックなら、気持ちをゆすぶられるロックというよな意味だろうと思っていた。
 調べると、「今は「なんとなく寂しい気持ちや悲しい気持ち」を表す言葉として使われています。」とあって、「あれ、へえ。」と思っていたら、別のサイトの説明では、「もうそんな意味で使われることは少ない」とあって、なんだなんだ、そうコロコロ意味が変わっては、年寄りが分からなくても仕方がないなという気分であった。
 はっきりしてはいないが、心揺さぶられるというような時に使うのが、まあ、今現在のメジャーなニュアンスのようだが、時に、これは「キモい」(気持ち悪い)と同じ意味で使われているのではないかと思う用例も少しあり、混ざっている。こっちの意味は、特に「性的な感じがして気持ち悪い人」のこと。ただ、流行語辞典のようなサイトでは、注として、2017年現在、こっちの用例は減少傾向だとある。もう、一年単位で言葉のニュアンスは変わっていくようだ。 いずれにせよ、グッドな意味かバッドな意味かさえ、はっきりしない実に年寄り泣かせなのが今時言葉のようだ。

 最後にもうひとつ。「セフレ」。これも時々聞く。さっぱり解らなくて、愚妻に意味を知っているかと聞いたら、「女性に聞くような言葉ではないから、自分で調べなさい」と言われ、ネット検索すると、………。確かに。

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by hiyorigeta | 2017-11-30 02:44 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

「城の崎にて」雑感

 「山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。」(志賀直哉「城の崎にて」)

 有名な冒頭部分。ここを読んで、強烈な書き出しだと思った人が若い人には多いようだ。ネットでは、「よく助かったな」「奇跡的だ」とかなんとか書かれている。
 私が初めて読んだのは、御多分に漏れず、教科書で、それには、確か当時の山手線の電車の写真が載っていたので、ああ、金沢で走っていた路面電車の専用軌道バージョンみたいな感じだなと思った覚えがある。だから、あまり違和感はなかった。現在のJR山手線のような柵に囲まれた専用軌道をかなりのスピードで進むイメージをしてい るから、こういう発想が出るのだろう。そんなイメージでは、そもそも接触すること自体、柵を乗り越えるとか、故意でないかぎりありえないと思っても無理はない。
 おそらく、当時は、一応、専用軌道ではあったが、スピードは、走るほうが早かった路面電車に毛の生えた程度のスピードだったのではないかしら。例の、路面電車前面には救護ネットがあって、ひっかかると跳ね上げられ、ネットに救い上げられるしかけで多くの人は助かったので、それが働いたのかもしれない。ただ、この時、山手線にそのしかけがついていたのかどうかなどについては分からない。
 いずれにしろ、「生きていたのは稀有のこと」というのは少々行き過ぎのような気がする。過剰な「ミラクル」感は不要のように思う。もちろん、この九死に一生を得る体験が作品の生死の考察に至る端緒になっているのは間違いないが。
 もちろん、怪我自体はかなりの重傷で、奇跡的な回復だったの は間違いない。それは、以下の怪我の描写などからわかる。

 「昨年の八月十五日の夜、一人の友と芝浦の涼みにいつた帰り、線路のワキを歩いてゐて不注意から自分は山の手線の電車に背後から二間半程ハネ飛ばされた。脊骨をひどく打つた。頭を石に打ちつけて切つた。切口は六分程だつたが、それがザクロのやうに口を開いて、下に骨が見えてゐたといふ事である」(草稿「いのち」) 

 当時、十二日間で退院というのは、すごく早い部類ではないかしら。強靭で若かったからこそ。
 ところで、養生の場所が、なんでこんな遠い城崎だったのだろうというのは、だれでも思うこと。人に勧められたということらしいが、列車で移動するだけでも大変だったろうに、という素朴な疑問につ いては、彼は事故(大正二年八月)の直前まで尾道に住んでいた(大正元年十一年~大正二年五月)ので、あながち中国地方の温泉場が遠いところという感覚もなかったのだろうというネットでの説が、結構、なるほど、そうだろうなあと思って納得した。(但し、ネットは尾道在住中のような記述であったが、それは間違い)。ちょっとは遠いけれど、山陽の人が山陰のほうに怪我養生するによい温泉場があるよという情報に彼は乗った。

 また、これもネットからの知識だが、最初から「三木屋」に決めたわけではないのだという。当初、別の宿の予定だったが、雨で宿に浸水があったり、気に入らなかったりして、この宿になったという。偶然にこの宿に決め、それが、作品の威力で、志賀が逗留した宿として超有名になった。その時はだれもこんなことになるとは思いもよらなかったことだろう。
 彼の泊まった部屋は今も泊まることができるそうで、その報告記をネットに書いている人の記事も読んだ。宿は雰囲気を壊さないように注意しながら、平成に入ってリニューアルしたということで、宿のHPを見る限り、外見は昔風ながら内部は古めかしくなく、今時の和風建築の雰囲気もある。
 三木屋は、外湯の「一の湯」をだいぶ過ぎたと ころにある。だから、

「一人きりで誰も話し相手はない。読むか書くか、ぼんやりと部屋の前に椅子に腰かけて山だの往来だのを見ているか、それでなければ散歩で暮らしていた。散歩する所は町から小さい流れについて少しずつ登りになった路にいい所があった。山の裾を廻っているあたりの小さな潭になった所に山女が沢山集まっている。そして尚よく見ると、足に毛の生えた大きな川蟹が石のように凝然として居るのを見つける事がある。夕方の食事前にはよくこの路を歩いて来た。冷々とした夕方、寂しい秋の山峡を小さい清い流れについて行く時考える事は矢張り沈んだ事が多かった。」
 
という、この温泉場の奥に入っていく散歩ルートは、三木屋あたりで、山裾が少しずつ迫ってきている ので、文面の印象以上に、宿から結構近いところを歩いていた感じであった。実地に行くと、色々そのあたりのニュアンスがわかって面白い。

 我々文学散歩の一行が昼を食べた三木屋近くの食事店では、料理が出てくるのを待っている間に蜂が入ってきたので、メンバーが摘まんで外に放り出していたが、そこの主人によると、山が近いので、蜂の巣があって、多く飛んでくるという。
 「城の崎にて」の生き物たちの死の話の一番目は、宿の見つけた蜂の死の話である。だから、まさに蜂の死の様子は、この宿にいて、実際に目撃して、死への考察の契機になった「事実」なんだろうと思った。一番目にしたのはそういう印象深さからではないかしら。
 実は、生き物の死の話や葉っぱの話の全部が城崎 での出来事かと言えば怪しいと思っている。この作品は小説である。同テーマで、これまで経験したことを寄木細工にした部分もあるのではないかしら。鼠の話も温泉場の通りに流れる小川での出来事ということにして、実景に合わせているが、それこそ、後付けという可能性もあるのではないか。城崎といえば、あの温泉場の道路の真ん中に流れる川が印象的だから、リアリティを持たせるために利用した、とは言えないかしら。いもりの話も、もしかしたら別のところでの経験かもしれない。

 御存知のように、この作品は実際の逗留(大正二)から作品が発表される(大正六)まで、えらく時間がかかっていて、経験したことを一気に書いた作品ではない。それも、この話が事実の集積であると信用しづらい理由のひとつになっている。本当にまとめて生き物の死をまとめて多く見せつけられたら、感興をおこして、一気に書き上げるのではないかしら。
 と、実際の現地での体験かどうかということを書いてきたが、本当のことを言えば、どっちだろうと作品の本筋とは関係がない。よく読むと、この作品、何気なく書いている随筆のような顔をしているが、緻密に構成され、最後の異常な気持ちに至るように書いた作品だということが大事で、私がこの作品を読んでいつも思うのは、「この作品は、実に小説だなあ。」というもの。

(以上、城崎旅行に行ったので、後勉強として、チラチラとネットにキーワード入れて検索してみて、載っている情報を使って「雑感」を書いたもの。ぜんぜん厳密ではありません。先行論文を参照の上、なんてことでもない。もしかしたら、誤認しているところもあるかもしれません。)


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by hiyorigeta | 2017-09-01 22:40 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

 古文の文章で、赤ちゃんが「やうやう起き返り、危なきほどに座りなどして、物語し、 笑みなどし給ひて」(「海人の刈藻」)という文章があった。この赤ちゃんはいくつなのだろう。
 「起き返り」は「寝返る」と訳されていた。なるほど、寝返りは生後三か月くらいからかな。では、危なっかしいものの、なんとか座ることができるのは6か月くらいからかしら。「笑み」は、生後すぐからみせるが、それは、そう見えるだけで、本当にこれは笑ったのだなとわかるようになるのは少し後のこと。
 まあ、トータル的に見て、生後半年程の赤ちゃんだということがイメージできる。
 そこで、一番違和感をもったのは「物語し」の部分。生後半年で、親御さんと会話を交わすことができるのかしら。
 そこで、赤ちゃんの成長過程を調べてみると、半年というのは、「バブー」クラスらしい。「マンマ」なんていう言葉が一番最初に発せられる意味のある言葉だが、それなんかもこの時期。いずれにしろ、そのあたりのレベルの発話である。

 ということで、古文で「物語す」が出てきた場合、
  赤ちゃん「バブー。」
  親「よしよし。」
レベルのやり取りでも使うのだということが、これでわかる。
 へえ、そうなんだ。それでいいのかしら。


(補記  問題集付属の訳文では、主語をそのまま赤ちゃんにして、「片言を話し」としていたが、後で考えると、「物語す」の主語を親ととり、親が話しかけて、赤ちゃんが笑むという流れの訳のほうが、無理がないように思いました。)


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by hiyorigeta | 2017-08-05 23:39 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)
 まだまだ蔵出しシリーズ(笑)。アップしなかったのは、おそらく、中身がなかったから。書いた時期は去年としか覚えていない。

 タイトルのように疑問を投げかけているが、結論ははっきりとはわからないという竜頭蛇尾のお話。
 職場の別部屋の部門に、地元マスコミから連絡があって、この真相を知らないかという依頼がきた。後で、私にも知らないかと聞かれたが、国語教員として一応調べてはみますといったものの、語源というのは、正直あてにならないものが多い。調べたが、案の定、断定的なものではない。

 「どっちの県民ショー」などでも取り上げられ、今や、石川県民は、この言葉が方言であることを知っている。全国的には「この歌の歌詞は3番まである」というのを、石川県では「3題目(だいめ)まである」という。ネットでは「数詞にも方言がある」例とし て取り上げられていた。
 この漢字二字、普通は「ダイモク」と読む。「そんなのお題目にすぎない」などという時に使うオダイモクである。元々、日蓮宗の「南妙法蓮華経」の七文字のことをいうが、加賀は浄土真宗のお国柄なので、この方言の由来が日蓮宗に直接関係しているとは考えにくい。
 一番出回っている説は、金沢で盛んな「加賀宝生流」からきているというもので、能の演目のことを題目というので、そこから来ているという。  
「広辞苑」を引くと「題目(だいもく)の説明として、
  1、書物の標題
  2、研究・施策などの主題
  3 箇条・問題。
  4 名目。唱え方 名号
  5 日蓮宗で唱える「南無妙法蓮華経」の七文字。
があがっている。三つ目として「箇条」というのがある。「箇条書き」の「箇条」である。これが一番近そうである。
 では、念のために今度は「箇条」を引くと、「いくつかに分けて示した一つ一つの条項。個条」とあるので、やはり、この三つ目が一番近い。
 「もく」を「め」にしたのは、何番目(め)という言葉と重ねて、「め」と言い始めたのではないか、というところらしい。
 まあ、そうなのかなあ、というくらいは納得するが、それ以上はよく判らない。
 この言葉、富山県も使うということは、今回、はじめて知った。つまり、両県だけの言葉。でも、前田家御領地内の言葉にはちがいない。
 わざわざ文章書いた割には、説の紹介の域を出ない、通説をなぞっただけに終わってしまいました。まあ、ご参考までに。
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by hiyorigeta | 2017-07-27 04:01 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

あれれ

 蔵出しシリーズ(笑)。現場がらみの話は当事者性がなくなってからアップしています。そのため、放置されたままということにもなる。これも以前に書いた断片の寄せ集め。

 尾崎一雄の「痩せた雄雞」の中に、「引かれ者の小唄かもしれない」という字句があった。そういう慣用句があったなとは思ったが、すらすら意味が出てこない。そこで調べてみた。

「引かれ者の小唄……刑場へ引かれて行く罪人が平気を装って小唄をうたう意。負け惜しみで強がりをいうことのたとえ。」

 当時、尾崎の私小説を読むような普通の教養のある人レベルでごく普通に使っていた言い方なのだろう。でも、今は年配でないと判らない言い方になっている。少なくとも私たち世代でももはや怪しいのではないかしら。そもそも、「小唄」自体が身近でない。

 民放の「鬼平犯科帖」が終了することになり、民放で新しく作っている時代劇はなくなったという新聞記事が出ていた。NHKは、オールスターキャストの看板番組「大河ドラマ」と、もう一つ、時代劇をやっているが、今やそれだけ。あと放送されているのは古いものの再放送である。
 こうした時代劇凋落の理由の一つに、時代劇の言葉が若い人に通じなくなり、作りにくくなったというのが挙げられていて、なるほど、そうかもしれないと思った。
暴れん坊将軍を「上様」と呼んでいるでしょ、上様はトップの人、だから古典で「上」というのは帝のことを言うんだよとか、直接、江戸時代でなくても、類推で判ることが山ほどある。
 「お殿様、○○がまかりこしました。」なんて言うでしょ。「まかる」は平安の昔は偉い人のもとから退出するという意味だったのだけど、時代が下がると「参上する」という意味が出てきたんだよね。という説明なども、考えてみれば、時代劇に寄りかかって説明している訳で、こんな説明の仕方も分かっているのか不安になる。
 いろいろと困っています。

 「古文で出てくる「花」には、特定の花を指す場合がある、日本を代表する花だが何かね?」と質問したが判らなかった。「春の花だよ」でもダメ。「日本精神を象徴すると言われているよ」などと、ヒントをどんどん出してもダメだった。最後に「春にお花見をする花です」で、ようやく桜と出た。先日、梅が判らないと嘆いた文章を書いたが、今回はさすがに周囲が「ええっ」という雰囲気になったので、ちょっと安心した。

 これも、びっくりしたこと。
 ある掲示物に書かれてあった文章、漢字が多めに使ってあった。その下には外人さん向けに英文が。ところが、生徒は、下のほうが意味が取れそうだと、英文のほうを読み始めたのである。確かに、難しい英単語はなさそうな英文であった。学力優秀な我が勤務校ならではの出来事なのかもしれないが、象徴的だと思った出来事であった。
 
 古典に「あらたむ」という動詞がでてきた。今回は使者が交代するという意味だった。ではと、生徒に「改める」「変わる」以外の用法を聞いたが、ダメだった。車掌さんが車両の戸を開けて、「切符を改めさせていただきます」なんて言うでしょ、この場合、交換の意味ではないよね、では、どんな意味? と具体例を出して聞いたのだが、そんな使い方聞いたことがないという人がほとんどだった。どうやら、辞書での二番目の意味、「調べる」は消えていくようだ。
 ただ、後で思ったのだが、そもそも最近は検札を省略する場合が多いので、そういう場面設定自体が知らない世界なのかもしれない。
 
 授業をしている時、前提として分かっている、わかっていないの判断は、自分が高校生の時、それを知っていたかどうかということで決めている。まあ、素朴な基準である。時代も違うので、私たちの世代は当然知っていたけれど、今は知らないだろうと、最初からわかっているものもあるが、もう十代も後半なんだから、まず知っているでしょと思っていたものが全然知らないと、こちらは「あれれ」となる。上記の文章は、こうした見込み違いの「あれれ」報告のようなもの。


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by hiyorigeta | 2017-07-25 03:31 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

お気の毒

 もう去年の話。その後、話が展開できるかと思って放置していた断片の蔵出し。

 某日、テレビの芸能コーナーを観ていた。ちょっと世間を騒がせたことをした芸能人の自宅に、芸能リポーターたちが押しかけていた。
 その芸能人は、「近所迷惑になるから自宅には押しかけるな。でも、これが最後と思って、今回だけは応対する」ということを言うのに、「させていただく」などの過剰敬語を乱発して言おうとしていたが、どうやら使い慣れていないご様子。いちいち敬語のところでつっかかり、たったこれだけのことを言うのに、えらく時間がかかっていた。
 自宅押しかけに怒っているのだけれど、でも、自分はお騒がせの当事者、世間に反感をもたれないようにしなければならない。言葉上で、なんとかしようとしたので、こういうことになった。
 最近のマスコミを見ていると、揚げ足取りとか、全体を無視して、一部の言い回しのみ取り出して糾弾するというようなやり方が目立つ。世の中、そうした対策の意味合いでこんなややこしい言語状況になった。
 ここまでくると、その悪戦苦闘ぶりが可哀想なくらいで、言語状況的には同情を禁じ得なかった。それに、事件の内容はともかく、この場面に関しては、確かにご近所迷惑感たっぷりで、テレビを見ながら、この方のお怒りごもっともと思わずにいられなかった。お気の毒。

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by hiyorigeta | 2017-07-21 20:49 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

 高校の教科書の定番「舞姫」。載ってはいるが、最近、どこも、これを真正面から時間をかけてするところが少なくなった。それには色々な理由がつくが、文語小説は受験(センター入試)に出ないというのも大きい。小説大好きで、この商売を選んだ人としては悲しいし、鴎外を大尊敬しているのでなおさら。
 さて、作品に、サイゴンに停泊している船の部屋で、これまでのことをつづってみようという「プロローグ」があって、その末尾部分に「電気線の鍵を捻るにはなほほどもあるべければ~」という記述がある。語註は、大抵、ここでは「照明のスイッチを切る意味である」と書いてある。もちろん、それで間違いないのだけれど、現代では、ほとんど、実際のイメージができていないように思うので、ちょっと、いらぬ解説をしたいと思う。
 
 この「捻る」は、本当に捻っていたのである。 
 ここでの照明のスイッチは、船の中なので、当然、船舶用。おそらく、防水が施されたキータイプで、キーを差し込んで回すという仕掛けだったのではないかと思われる。勝手につけたりけしたりできないように「房奴(ボーイ)」が照明を管理をしていたのであろう。だから、この表現は、まさに行動通りの描写である。

 また、もしかしたら、この鍵というのは、ツマミという意味かもしれない。当時の照明スイッチの多くは、円柱形の出っ張りで、中央にツマミがついていて、それをくるくる回すものであった。回し続けると、オン・オフを繰り返す。
 今はシーソー型のスイッチばかりで、ツマミ型なんてほとんどお目にかかったことがないけれど、特に明治から戦前にかけての洋館のスイッチはほとんどこのタイプであった。

 実は、私の実家のもともとのあったスイッチもこのタイプである。長年の使用によって、あちこちのスイッチが傷み、その都度、シーソー型に変えていったので、私が子供の頃は、ほとんど使っていなかった数箇所だけがなんとか生き残って現存していたといった状況だった。でも、子供だったから、この捻ってくるくる回すのが楽しく、カチャカチャやって怒られていたことを覚えている。ただでさえ、古いのに無理に回したら傷んで発火する危険性があったからだろうねえ。今にして思えば。
 だから、「舞姫」を読んで、この「捻る」という言葉に、私はなんの違和感もなく、実景だと思っていたのだが、もしかしたら、今の人たちは、なにか、比喩的な表現のように思っているかもしれないなと思って、この駄文を草した次第。
 大丈夫、そのくらいのこと、想像がつくレベルだと言われそうだ……。

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by hiyorigeta | 2017-07-10 19:43 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
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