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荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きし、日々の生活をつづります。時に日付をさかのぼってアップするので戻ってみてください。http://tanabe.easy-magic.com/


by hiyorigeta
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 一昨年、早めに参加してみた半分官製の退職後を教えるセミナーに今年もいってきた。ほぼ同じ話だったが、一昨年より私自身がより切実である。お金以外にも生きがいづくりなど幅広く充実した老後の設計になるように広く概論が展開された。お元気な老齢講師のお話も淀みなくて、よいお話。
 印象的だったのは、「大抵、もっと年金のことを詳しく教えて、という要望が多いのですが、複雑な年金のシステムにどれだけ詳しくなっても、皆さんにあたる年金額は、なにもかわりませんよ。そんなことより、もっと大事なことがあります」という講師の一言。
 ごもっともです。
 もうひとつ、生命保険会社の「生活設計セミナー」にも参加した。こちらは、お金の話中心。年金の話や退職後に起こる経済的変化に関する心構えを説く。こちらの方は、はっきり雛型を想定して、こういう場合、実際、おおよそいくらもらえると、額を提示して説明してくれたので、その点で判りやすかった。
 私たちの場合、各々独立で動いてきたので、配偶者が死亡しても「遺族年金」はあたらない。このため、八十歳あたりで、一挙に収入が半減する、それを考えておくようにというのが、一番の「成る程」事項。
 この話を、あとで同年代の人に語ったところ、「それは、知っている。つまり、死ぬときはできるだけ夫婦一緒に死ぬ方がいいという話だろ」とまとめられた。成る程、そういうことだ。
 会場は、当たり前だが、同世代ばかり。お久しぶりの方も散見され、初任でご一緒だった方と、「月日がたつのは早いねえ、我々が若造だったあの頃にすでに中堅ベテランだった先輩方は、今、ご壮健なのだろうかねえ」などという話をした。
 本当にそろそろお終いなのだなというのが少し実感されつつある。

by hiyorigeta | 2018-08-29 04:34 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)
 小路を歩いていると、ただでさえ暑いのに、急に耐えられない熱気に包まれた。見渡すと、大きな医院の何台ものエアコンの窓外機が唸っていて、道路に熱がたまっていたのだった。ご近所はたまらないだろう。
 この猛暑を受け、あちこちで小中学校のエアコン導入が検討されはじめたとのこと。暑い運動場での行事があっても、教室に戻れば冷房が効いていれば、熱中症はかなり防げる。教室に戻っても熱気のままだから、そこで倒れる。
 生徒と話していて、今時、冷房が入っていない学校なんてあるんですかという発言をしていた。「何を言っている。小中が入っていないのは、自分の母校がそうだったはずだし、県内高校でも入っていないところもかなりあるよ」と言ったら、驚いていた。
 文科省の調査によると、県内の教室の空調の導入率は約七十パーセント。特別教室を入れると割合はもっと落ちる。
 今から十五年ほど前、県内高校教育界で、エアコンを導入してはどうかという話が出たが、学校は夏休みがあり、使用時期が短いこともあって、必要なしという話もかなりあった。
 教委は入れてもいいが、設置の費用、電気代などは受益者負担、つまり、自分たちがまかなえるのだったらよいというスタンスで、結局、各校は積み立てなどをしてエアコンを設置、急騰する電気代は、保護者が負担するという形で導入したところがほとんどだった。だから、夏の冷房は多くの人の努力と、保護者の負担で成り立っている。
 大抵の校舎は、エアコンが何十台も稼働することを想定して作られていないので、はじめのころは、ちょっと温度を下げると、許容量を超えて、ブレーカーがよく落ちた。
 今年も、七月、実際に停電した。大人は「あ、クーラーの使い過ぎだな」と、全然、慌てなかったが、生徒は、訝っていた。なぜ停電したかの理由が思いついていないからである。こちらが説明して、ようやく理解したようだった。冷房が効くのが当たり前で育ってきたからである。
 さて、今年、「冷房をしっかり使って熱中症を予防しよう」と耳タコくらい聞かされた。特に年寄りはもったいながって使わないと、室内でも熱中症になよと。
 ということで、今の子供は冷房を入れることに躊躇がない。そんな人がいずれ大人になる。もう外は窓外機の風で歩けたもんじゃなくなる。
 「エコロジー」はどこにいったのかな。もういいのかな。

by hiyorigeta | 2018-08-27 04:55 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

高校野球第百回

 甲子園の高校野球100回ということで、特別番組で過去を振り返っていた。取り上げられる、三沢高校決勝18回再試合、星稜箕島の激闘、松井の連続敬遠、みんな知っている。知らないのは白黒写真で紹介される昭和二十年代あたりの話。話題のごく一部。そもそも回数が五十回の後半あたりからは、ずっと知っている。
 歳をとると、昔はそうだったんだよという番組に違和感が出る。そんな改めて説明するようなものでもないのにという感覚。
 でも若い人は知らないから仕方がないのだなと思いながら観る。だから、テレビを見て個人的に得るものが昔にくらべ減っているような気がする。これは、歳をとると皆感じることで、致し方ないのだろうというのは私もわかる。

 ただ、若い子はしらなくて当然だが、中堅の年齢のMCやアナウンサーの発言などで、時々、え、こんなことも知らないのかというような気になるときがある。
 先日、新築の施主が屋根に上って、下に人々が待ち構えている写真が紹介されていた。MCはお祝いで上られたのですね的な反応だったので、ちょっと、違和感が。おそらく、竣工祝いの「餅まき」の風習をしらない。
 これなどは高度なほう。もっとこちらの常識レベルで時々、「ええっ、知らないの?」となる
 おそらく田舎育ちの中堅はわかっているだろうけれど、都会育ちの人は、もうそんな風習、都会ではとっくにないから、かなり早めにわからなくなっているのだろうという気がする。

 あるいは、マスコミ側が親切に、いちいち、語句に解説をつける時があるのだが、それが、こちらとしては、そんな言葉まで解説をつけるのかびっくりするような時がある。
 歳をとったからしかたがないことで、人間界、連綿として起こっていることなのか。伝統が切れてきて、まずいことが起こっているのか。そのあたりがよく分からない。


by hiyorigeta | 2018-08-26 21:42 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

潰れる時は

 某公的研修宿泊施設を長年合宿場所として便利に使っていた。消灯などの規則はあるが、こちらの責任で、多少の融通をきかせてもらったりもしていた。
 数年前にお邪魔した折、最初の事前説明の職員がいつもと違って権威主義的で、少々訝ったが、気にもせず、例年通り、消灯時間延長のお願いに事務窓口に行った。その話をした途端、そこの空気は一変、職員、皆、館長のほうをチラリと伺うようなそぶりをみせた。館長はおごそかに「しかたがない、特別に許可してやる」的な発言をして、こちらは、雰囲気にあわせて、かなりへりくだって感謝の意を述べた。 
 それで、この公的施設で、どんなことが起こっているのか、だいたいのことは了解した。
 そもそも、ここは、数年前、朝夕の食事を提供するのを止めたので、こちらが準備しないといけなくなり、食堂は場所を借りるだけとなって、使い勝手が極端に悪くなっていた。
 先日、今年も利用しようとそこに電話をしたが、誰も出ず。HPもなくなっている。もしやと思って近くの別の施設に電話して聞いてみると、昨年度いっぱいで閉鎖されたとのこと。
 正直な印象。
「やっぱり。」
 「潰れた」というより「潰した」。建物は多少古くなったが、体育施設が近くにあり、そこの集客も見込める。それに、何といっても公的施設なので超お安く利用できる。決して、利用者はこの施設が嫌いだったわけではない。愛嬌のある馴染みの中年女性もいて、なんやかやと配慮してくれていた。
 お役所がらみの施設がつぶれるときはこんな感じという典型的なパターンなのではないかしら。ちなみに、何十年とお世話になっている某体育施設も、今、風通しが悪くなって、利用者に厳しい。世の中、公共施設といえども、利用者に配慮するのが当たり前の時代になっているのにねえ。

by hiyorigeta | 2018-08-25 21:54 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

ここのところの生活

 今夏は猛暑で野菜が高くて買いづらかった。これも全国的傾向らしい。料理も安い野菜を見つけて、それでメニューを考える。トマトなんて、一個二百円の値がついていて、このスーパーは、どんな高級店なんやと突っ込みたくなる始末。キャベツ・葱も高くて、キャベツの代わりのもやし一袋に、ほんの少しの葱をいれて風味だけは確保したお好み焼きをよく作った。思ったよりは水っぽくならず、そんなに悪くない。
 ラジオの市場情報をぼやっと聞いていたが、高値は続くらしい。聴きながら、ひとつひとつの野菜の値段で一喜一憂。若いころは興味もなかったが、この歳になると、賢く、且つ栄養バランスも考慮した食生活を送りたいもの。
 それにしても、今夏、「冷房を入れよ、水分を摂れ」とうるさかった。先日聴いた講演でも、講師から「途中で水分補給してもかまいませんし、体調を考えて退出されてもかまいません」と前置きがあり、今はそういう前置きが必要な世の中なんだと思った。
 夏も後半ということで、休暇報告みたいな話が職場で出た。何と、「ザルツブルグ音楽祭」に行ってきた人の話を楽しく聞く。定年祝いの前倒しでご夫婦で行ってきたらしい。羨ましい限り。かぶりつきで「魔笛」なんかを観たという。話の流れて、配偶者さんがジョージ・セル好きということもわかって、これもびっくり。ここにもいたぞという感じ。山ほどいる名指揮者の中で、この人が一番好きという人がいると嬉しくなる。
 そろそろリスタートの時期。打ち合わせなどがどんどん入っている。

by hiyorigeta | 2018-08-24 21:12 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

夏も終盤

 先日、妙に涼しい日があって、それが、びっくりするくらい涼しい日で、また、暑い日に戻った。あれはいったいなんだったんだというくらいの日だった。全国的に記録的低温だったようだ。
 夏前に、夏バテ防止を謳う総合的なサプリを買っていて、それをバテそうな日には飲んでいた。どうしてもあっさりしたものしか食べなくなる時期なので、なんだかそれが効いたみたいな気がする。これまで夏バテすることが多かったのが、今夏のような猛暑の夏に、なんとか乗り切れそうなのは、なかなかにうれしい。
七月中、あれだけ大忙しに、夏の出張引率関係の書類を用意したものが、その日が来て、その出張引率をこなし、一つ一つ復命書を書いていった。その最後の出張が先日あって、これで手元の夏の外出の書類はなくなった。日が来て、準備したものが消化され、終わる。当たり前の日常の繰り返しといえば、そうなのだけれど、夏ということで、限定感があって、そろそろ夏も終わりという感じを強く持つ。今のうちやっていないことをやっておかねばという気持ちにもなる。おかしなもので、区切りがあるわけでもないのに、夏とは、そんな感覚になる季節。
 
 音しぼりボサノバ流しやり過ごす暑さの床のまどろみのくるまで

by hiyorigeta | 2018-08-22 20:09 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

広重展を観る

 七月の暑い休日の午前、小立野台にある「金沢くらしの博物館」を見学した。三尖塔が特色のこの古い建物は、旧制第二中学校の校舎で、戦後、紫錦台中学校の校舎となってからも、かなり長く使われてきた。私の中学時代のころは、まだこの校舎だったはずである。今回、祖父の設計図その他を借り受けての展示があったので、その展示の様子を見に出かけた。石川の古い学校の建物の紹介展示と昭和のくらしの事物を展示してあるコーナーがメイン。並んでいるのは、年寄りには知っているものばかり、「うちにもあったな」的なものが並んでいるので、懐かしかった。

 お盆、石川県立美術館にて「広重展」を観る。有名な「東海道五十三次」などは、人生長くやっていると、良刷りの版を揃いで何度も見ているし、家に画集もあって、また観てもどんなものだろうという気持ちもあったが、実際、一枚一枚に解説がついて、それを読みながら隅々まで観ると、新しい発見が色々とあって、思いのほか楽しめた。家紋や文字書きなどは、出版元や摺師がらみのものにして、架空のものにしていたり、今は有名ではなくなって皆知らないが、その土地の名物をうまく織り込んであったり、小さくて見落としがちな景色の意味を指摘してあったりと、「へえ、成程」と思ったことが数々あった。
 北斎に比べ奇抜さはないと思っていたが、いやいや、なかなかに大胆な構図である。「東海道五十三次」が大ヒットしたため、その後、何度も同趣向のものが作られていて、後半のその展示も興味深かった。一品藝術ではないので、同趣向でもパターンを色々変えて別物に仕立てるなど、「マス」のための工夫も浮世絵ならでは。
 木曽路のシリーズのほうは、山道ばかりで景色が単調となりがちで、画材に制約があるなどの解説を読むと、なるほど、そうだろうなと、素直に納得する。
 全体的に思ったのは、やはり「蒲原」など有名なものは有名なだけはあるということ、美術的に優れているから有名なのだということは観ていてすぐに理解できた。逆に平凡なものは、おなじみの「五十三次」でさえ、覚えのない印象の薄いものもあった。摺りの緻密さで印象が大きく変わるのもよくわかり、我々が画集などで見知っているものが、いかに良品であるかも、こう沢山並んでいるとよくわかる。
 おまけ程度だが、北陸を描いたもの、ゴッホが模写した例の作品も展示されていた。五十三次中、静岡以西は、先日、静岡に行ったばかりで、特に興味深かった。袋井あたりは丸凧が名物らしく、絵の解説によって、大会会場で、参加校のプラカード代わりに丸凧が使われていた理由も判った。あれは地元アピールのアイディアだったのだ。こうした発見は他にもいくつかあって、東海道に一週間前いたことで、この美術館賞にちょっとした深みを与えてくれた。

 美術館内の広場では、今年三月までオーケストラアンサンブル金沢(OEK)の首席チェリストだったカンタ氏によるチェロ独奏のミニコンサートがあって、これも堪能した。誰もが知るバッハ無伴奏の最初の曲から始まり、荒城の月、初めて聴く作曲家のチェロ独奏曲が二つ、最期にまたバッハの最期のジークをやって、うまく形をつけていた。アンコールは、終戦記念日にちなんでと前置きして、カザルスの「鳥の歌」。三十分ほどだったが、よく考えられたプログラムであった。
 たった一本で朗々と響くチェロの生音はやはり素敵で、聴きながら、昨冬、ミッシャマイスキーが金澤に来て、知人たちが聴きに行ったという話を思い出したり、ヨーヨーマが三たび挑んだバッハ無伴奏が先日新譜として出たばかりだけど、どうしようかなどとチェロにまつわる話題が脳裏を行ったり来たりした。二度目の録音の盤も、一昨日、中古音盤店で見つけていて買おうかしらと思ってやめたので、悩ましいところ。音盤好きは同じ奏者の録音月日違いも気になって全部そろえたいものですから。

 この休み、ブレンデルの三度目のベートーベンのピアノ協奏曲全集(三枚組)と七十年代に録音したモーツアルトの協奏曲の後期のものからバラで三枚を中古店で見つけて、それを聴いていた。モーツアルトの二十番なんてベートーベンっぽいのにちょっと驚いた。実際、彼自身も好きだったらしい。
 買って半年弱のミニコンポは、素直に音盤の癖を増幅するタイプで、ようやく、この手の録音傾向では、低音高音この程度のボリュームにすればいいのだなというのが判ってきた。いちいち、盤をかけかえる毎に面倒をみないといけないタイプである。この夏の忙しかったご褒美にブックシェルフ型スピーカーの買い替えを検討中。

by hiyorigeta | 2018-08-19 21:39 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

遠征あれこれ

 本当に今年の夏は暑く、長期外泊で私自身を含め体調を崩す者が出るのではないかというのが心配の種だった。
 宿のビジネスホテルは、かの地に何軒かある地元会社の中規模ビジネスホテル。夕食は、カレー・から揚げなど若者に鉄板のメニューで対応されていて問題なかったし、朝食もビュッフェスタイルで、和食を中心にこれも選手たちに好評。浴場が別途にあり、これは大人はうれしかった。心配していたベッドも固めで、枕も何種類か置いてあって、腰痛持ちは助かった。総じて小回りの利くアットホームな感じの宿で、当初、少々会場から遠いと心配していたが、アタリの部類だったように思う。練習会場のチョイスを含め、今回、旅程的もうまくいったのと、ホテルも快適だったのが、誰もバテずに過ごせた要因だったように思う。話に聞くと、古い和式旅館でトイレは共同というところもあったらしい。
 大人三人と選手たちの希望やアイディアをうまく取り入れて動くと、なんだかよい方向に動いたということもあった。「三人寄れば文殊の知恵」みたいな感じ。例えば、掛川城を見学したいというお城好きの子の希望があり、最終日に二つは観光できないから無理だなと思っていたら、今少し時間があるから、今すぐ行けば何とかなるのではというアイディアが大人から出て、それを即実行したら、思った以上にうまくいって、楽しい時間を過ごすことができたりした。掛川城は小城ながら難攻不落感たっぷりの名城で、復元城ながら楽しめた。
 最終日の「掛川花鳥園」も、鳥さんのために冷房が入っているところが多く、快適だった。放し飼いで、人間自体が巨大な鳥籠の中にいるという感じの展示になっている。自分の真横を小柄な大人並みの身長のフラミンゴが歩いているなんていうのは結構楽しい。子供にとって夏休みの絶好の行き場。親が一所懸命鳥と戯れる子供の様子をビデオに撮っている。


 静岡に金澤から東名高速を使って行くということ自体、私は初めての経験。名阪・東名は大混雑のイメージしかなかったが、思った以上に流れていて、行き帰りとも渋滞にはまることはなかった。物珍しい私は、インターやSA・PAなどの地名を聴くたびに、「東海道」を走っているのだなあという気分になった。頭は広重のイメージ。
 高速は、どこまで行っても名古屋圏だなと思って、地図を見ると、名古屋郊外を環状線のごとくラウンドしながら進んでいるので、成程と思ったりした。
 進んで、浜名湖が見えた。子供の頃、生まれて初めて、ここでモーターボートに乗ったことが思い出され、懐かしかった。もう五十年も前の記憶。


 土産は、会場で売っているインターハイ・グッズの他、土地の名物を買ったが、お茶・うなぎパイなど有名なものの他、袋井周辺がメロンの産地だと知ったり、色々知ることがあった。
 お茶畑が連なっている風景はやはりこちらならではだし、宿泊の菊川市というのは実は初耳の町だったが、ちょうど、高校野球で静岡県代表が常葉菊川高校ということで、この地の高校だと知ったりもした。

 本会場では、ゆるキャラが時々現れて花を添えているのが昔とは違うところ。袋井市のフクロウ・キャラの着ぐるみは、大きすぎて、エレベーターに正面からは入れずに、横歩きで嘴を無理やり曲げて箱に入っていくのを目撃して、微笑ましかったり、静岡市のご当地キャラ「今川さん」は、元々、弓矢を持った弓道キャラらしく、会場にジャスト・フィットしていたが、疲れたらしく、私の座っているベンチの横で、腰を下ろして一休みしていて、しばし私と「2ショット状態」になっていたのが面白かった。真横に巨大な着ぐるみの顔の部分があるというのは、滅多に経験できない妙な光景であった。


 大きな大会、地元の関係者総出の対応で大変だったと思う。練習会場で、ほんの些細な配慮した対応をこちらの選手がしたところ、係りの方から、帰り際、わざわざ感謝の意を告げられ、翌日、本会場でも、その方が私たちを見かけて、わざわざ感謝の意を述べられに来て、その丁寧さにこちらが恐縮した。別の練習会場では、閑散としていたので、そこの係の方と金沢話題が出て、最後に激励の言葉をいただき、暖かい気持ちになった。テレビではボクシング競技会場で、連盟会長の不祥事で、マスコミ取材攻勢があって、不快なニュースが連日流れていたので、猶更、心和んだ。

 もちろん、全国大会なので、運営側と出場校、あるいは出場校間では、シビアな事態も起こっていたようだが、それは、ここで書くべきことでもないように思う。判定に人為的な解釈の入る余地がなく、成績結果が即プロにつながるような人気競技でないこの競技でさえ、選手以外に大人が神経をとがらせ、見えない駆け引きをしてしのぎを削っている様子が、当然ながら垣間見られ、門外漢の私には勉強になった。これまで知らない世界であった。


by hiyorigeta | 2018-08-13 18:37 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

忙しい夏

 顧問をしている部活が、六月、県大会で好成績を上げ、北信越大会に進出した。県大会の二週間後なので、準備は大騒ぎ。お隣富山県開催で、三日間日帰りを繰り返す旅程にした。会場は知っていて、動きがイメージでき、成績は振るわなかったが、引率自体は保護者の協力もあり、問題がなかった。
 インターハイ進出は県大会で決定していたので、北信越が終わってから、大わらわで全国行きの準備を始めた。十八年前に一度引率したことがあったが、その時の印象は、とにかく手続きが煩雑で、面倒だったということ。だから、めでたいことではあるものの、憂鬱な気持ちもあり、当時を思い出しながら手探りで手続きを進めた。
 インハイでは、宿泊手続きは大会の宿泊センターに一本化され、宿泊施設決定も十日前でないとわからないなど、不確定要素を直前まで抱えながら動くので、事前準備がずっと中途半端なままになる。
 本番会場での一回限りの事前練習も、まるで人気コンサートのチケット予約開始のような状況で、時間になると、パソコン・クリック戦争が起こる。それに負けると、もう一泊余計に止まらないといけなくなる可能性があるなど、失敗すると問題が大きくなるぞという心配ばかりが募る、そんな状況。
 途中、金沢郊外の総合スポーツセンターで県の壮行式があった。これも十八年ぶりに参加。以前は尾山神社の後ろにあった県体育館でやっていたので、歳月を感じて興味深かった。もうそんなことさえ、一部の人が知っている昔話。
 変更手続きや情報提供にスマホを活用するなど、今時なものに代わっていた部分もあったが、十八年前と変わってなくて古めかしいなあと思ったものもある。宿泊施設への支払いが原則現金払いというのがそれである。そのため、大金を持参しないといけない。あの時も、それが心配でしかたなかったことを覚えている。今回も、海外旅行に使う首掛けパスポート入れに厚い札を入れて持ち歩いて、即、宿に預けた。
 顧問は全員ワゴンの運転ができないので、交通手段をどうするのかも大問題だった。結局、職場の同僚に運転を依頼して、付き合ってもらうことで解決するまで、各方面に心配をかけた。
 練習をどこの練習会場でするかも、イチかバチかの部分があって、博打。大混雑でそこを諦め、すいている会場に移動なんてことが起こると、それだけで体力が消耗するという事態も心配した。今回は、うまくいった部類で、猛暑のため冷房のある会場に選手が集中し、他は閑古鳥がなくという分かりやすい展開となっていた。
 それにしても、旅程表が完全にできたのが数日前というヒヤヒヤもので、担任をしていないのでなんとかなったが、担任だったら、かなりキツイ状況になっていたはず。


 以下、自分の覚えのための日程メモ。
 七月三十一日朝出発。米原経由で袋井市の会場へ。午後、本番のある巨大体育館で公開練習に参加。宿泊は、お隣り掛川市のもうひとつ先の菊川市内のビジネスホテル。以降、ここに五泊した。
 二日目、偶然だったが、冷房の効いた練習会場で午前中練習。午後は会場横のサブアリーナ特設で練習。ここも冷房が入っていた。
 遠征三日目。午前中会場近くの古くてこじんまりとした道場で練習。ここは冷房はなかったが、その分、人が少なく独占状態に近かった。試合はこの日から始まっている。午後、サブアリーナへ移動し、実際の雰囲気に慣れるようにする。
 四日目。本番。朝、簡単に昨日の練習会場で調整して会場へ。本番では予選突破を果たす。
 五日目。決勝トーナメント一回戦で、完敗し、終了する。ここからは、観光モードとなり、夕刻「掛川城」を見学。翌日、「掛川花鳥園」を見物。昼前、現地を離れる。浜名湖PAに寄って、昼食や買い物などをし、夕刻に金沢に帰着。


 今回の遠征、大会の大きさに飲まれることもなく、明るくワイワイしながら、予選で調子のいい時同様の数字を出して、もう一日、大会に居残ることが出来たのは上出来であった。決してアスリート系でない選手たちなりに、うまくマインドをコントロールしていたと感心。
 今回、定年退職の年に、プラスアルファの仕事が次々にやってきて大変だったが、よい思い出を作ってくれたとも言える。今は感謝の気持ちの強いが、終わるまで、ミスが起こるのではないか、問題がおこるのではないかと、ひやひやの毎日だった。

 数日後、引き続き引率があり、今度は加賀山中で一泊二日。土曜日には恒例のOBが参加しての部内でのミニ大会があって、それでようやく一段落してお盆休みに入った。忙しい夏前半であった。 


by hiyorigeta | 2018-08-12 17:29 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)

ご難

 昨夏の今頃のこと。母親が事故で圧迫骨折、入院した。ケアマネージャーに来てもらい、介護保険を使うということで、調査員が日常動作を確認しにきたりした。なので、去年の夏は、必要なものを買って病院に行ったりと、仕事が終わってから色々動いた。以前、父もその病院に入院していたので、その時と同じような動きをした訳だが、行く道の左右の建物がだいぶ変わっていて、あれから月日がたったことを感じた。
 家に戻ってもリハビリを続け、今はほぼ不自由なく動けるようになったが、その間、警察や保険会社、役所など色々なところに行って手続きしたり、相手との緊迫した話し合いをするなど、気をもむ事態が続いた。こちらが出す書類を出して、することをし、後は相手がどう出るかというところ以降、特に今まで動きがなく、話は終息した模様である。

 去年は、とこうしているうちに、今度は弟が骨折した。複数骨折で少々重い。入院は短かかったが、自宅療養が続き、仕事も長く休んだ。

 さて、私はといえば、同じころ、職場で椅子に座ろうとした途端、ぐいっと腰に痛みを覚えた。その日はなんとか仕事をして、家で寝ていたが、座位から立つ時、痛みが走る。数日休むのが妥当だが、テスト前で範囲までいかないと思い、だましだまし仕事を続けた。
 腰を痛めて以来、数年前にも一度なって数日休んだ。あの時はストレス。今回は体重増と、ジャズストリート見物でずっと座っていたりしたのと、やはり母親の事故のストレス。
 去年の後半、我が家は、色々骨がらみのトラブルが続いた。お祓いがいるのではないかという話題が出たくらい。
 いい話ではないので、これまで書くのを憚った。時もたち、覚えのつもりでここに書き留めておきたい。

by hiyorigeta | 2018-08-01 17:53 | 日々の生活・雑感 | Trackback | Comments(0)