久しぶりの温泉旅館 

 加入している共済には、退職の際、思い出作り旅行の費用を補助する制度がある。それだけでは全然足りないが、足しにはなるので、利用することにし、先日、温泉に泊まってきた。一応、主役は愚妻。
 行先は、県内も県内。市内の近場。これで旅行として認めてくれるのか、共済に問い合わせたくらい。
 プライベートでの温泉宿泊は久しぶり。昔は職場の忘年会で一泊していたが、今は夜の宴会のみになって久しい。和風旅館といえば、去年の八月、仕事で泊まって以来。あの時は豪華でもなんでもない定食レベルの夕飯。

 選んだ宿は、小さな平屋で、宿泊も一日十組程度のお宿。かつて二回ほど行ったことがあり、料理も美味しく、出来た当時から予約がとりにくいお宿だったので、そこにした。だから、勝手知ったるといった感じで、温泉でゆっくりし、手の込んだ食事をとって、朝もゆっくりした。
 最近、リフォームしたらしく。露天風呂のしつらえが変わっていたり、トイレが音楽の鳴る最新型になっていたりした。食事が美味しいことで名を売った宿。県外客向けに、煮物は治部煮風だったり、かぶら寿司の切り身があったり、エビス(通称べろべろ)があったり、こちらでは夏に食べる茄子素麺があったりと、郷土料理のアレンジものが色々あった。足を延ばさなかったので、そのあたりは地元そのものである。
c0098228_03013014.jpg
c0098228_03020568.jpg
 そもそも、部屋で観るテレビも、いつもの番組で、よく県外にいくと、その地のテレビのローカルCMなんかを面白く見るのだが、そんな新鮮さは全然。このお酒、こちらの地区の酒米を使っていると書いてあるが、醸造したのは市内のどちらの蔵元とか聞くレベル。
 もちろん、朝食も手抜きのないお料理で、美味しくいただきました。今回、この地で名産にしようとしている柚子が、夕食を含め、あれこれ料理に入っていて、それも特色。
 朝は大広間に集まっての食事なのだが、畳の部屋にテーブルを置いてのしつらえで、家族連れ、女性二人連れ、会社か何か小グループと、本日の客全員集合でも、こじんまりとしたもの。
 お風呂は、最近は銭湯にさえ行っていなかったので、大きな湯船にゆっくりつかれたのは気持ちがよかった。朝風呂も、真っ暗な外が徐々に明けていくのを眺めながらだったので風情があった。

 帰り、竹久夢二記念館を見学。ここも久しぶり。特別展は版画展。愚妻は、格好つけた写真が何枚かあるのと、女性関係が多少込み入っているのを理由に「なんか、こいつ好かん奴や」と何度も言っていた。
 多少弁護しておくと、若くして結婚した人とはついたり離れたりと微妙。最愛の人は二十五歳で病死、それ以後、愛した人が一人プラスアルファ。ということで、当時の芸術家として、だらしないとかそういうレベルではありません。

 ということで、一応、愚妻の定年退職まで二か月となりました。
 退職金は、ご存知のように、数年前にぐっと減ることになり、それを避けるためにギリギリで途中退職した人が多数出て、社会問題化したことがありましたが、今年も去年に
比して八十万ほど減額されるそうです。
 あれは減額、これは制度中止と、なんだか明るくない話題ばかりの世の中、まだなんとか生き残っている今回の補助金は、ありがたく使おうという判断でした。
 さて、来年は私の番。私も使おうと思っているのですが、このご時世、制度廃止になってしまわないかと心配です。いざ自分の番になると終わっているみたいなことが、最近はよくありますからねえ。

c0098228_13370798.jpg

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-02-08 23:35 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

ドカンと大雪(2)

 昨夜の段階で子供たちは休校が決定し、大人は無理をしないようにとのメール。かとって家で仕事をしようにも、資料などを持ち帰っている訳でもなく、私の場合、歩いて行ける距離なので、朝、いつも通りの時間に、雪道を踏みしめて通勤。車は渋滞かと思っていたら、逆にあまり走っていない。動かすのを断念した人が多かったようだ。あるいは、仕事中止の企業も多いのだろう。家で勉強しなさいといっても、家に教科書ノートをこまめに持ち帰っている子は今や少数派である。必死に除雪のお手伝いをしている姿も町中では全然見ない。一月下旬からずっと、「お愛想でお勉強」「思い出したようにお勉強」程度になっているような気がする。
 着いた職場は閑散。午後、時間休を取り退出。職場の近くに立ち寄る用事があり、住宅地の少路を、雪に足を取られながら歩く。ところどころ、轍さえなく、少路の真ん中に足跡の小道が一本続いていたりする。ここからここまでは、そもそもほとんど車が通らない道であるということなど、その道の正体みたいなものが雪で分かるのが面白い。
 除雪してない道だなと思ったら、家々の玄関口にさえ足跡がついてなくて、そもそも空き家だらけの通りなのだということが分かってしまったり。
 大通りは除雪車が入り、歩道に堆く壁のようになった板雪が続き、横断歩道をわたる前にその障害を乗り越えねばならないなど、上がり下がりの段差があって、歩きにくい。車の水撥ねも、見事にバシャとかかる。裏道を歩くに如かず。ただ、裏道は裏道で、スタックして通行をふさいでいる車が何台も。
 スーパーに立ち寄ったが、「日配品来ず」のような張り紙はなく、食品はいつものように豊富に並んでいて(中京から来る既製品パンのみアウトだったが、ここは店内にベーカリーが付設している)一安心。さすが地元資本。ただ、歩きなので沢山買うことができず、厳選して買う。
 「不要不急の外出は控えてください」とマスコミは連呼していて、地域の経済活動も教育も一部停止している。数日程度ならいいが、長引くと心配。週末緩み、来週も寒波とのこと。雪が減らないまま、来週に突入すると、本当に豪雪になる。
[PR]
# by hiyorigeta | 2018-02-07 16:10 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)

ドカンと大雪

 第二弾の寒波が来て、日中も温度が上がらず、雪が降り積もり、七十センチを超える雪となった。都会の雪は、タイヤの径の中心より上にくると車が動かなくなり、混乱するというのは私流の目安。昨朝の職場駐車場は、車がラッセルしながら何とか入れたが、今朝は起きた段階でこれはマズイという雪量になっていた。日中も二度車のところに行って雪をおろす。
 今夕の全国ニュースは、北陸が大雪だと、金沢・福井が主役であった。特に福井は一メートルを超えている。「五六豪雪」(昭和五十六年の大雪のこと)以来だという。
 公立高校の推薦入試があったり、私立高校の合格発表があったり、関西系大学の地方試験があったりと、色々人生を決める行事があったのが今日。移動も含め大変だっただろう。若い子にとっては生まれて初めての大雪。忘れられない日になったはずである。
 

c0098228_13395519.jpg


[PR]
# by hiyorigeta | 2018-02-06 19:34 | 季節の話題 | Trackback | Comments(0)

今、必要なのは

 読んだ文章その一。敗戦後、日本人はそれまでの民族主義的な歴史観を反省し、「自分たちが囚われていた慣習や伝統から解放し(中略)自らの理性的能力によって主体的に選択・判断」できる自由な個人が推奨されてきた経緯がある。民主主義というのは、まさにそういうことだと思ったのである。
 それに、現代、ネット社会によって、地域性が希薄化し、今そこに住んでいる意味や日本人としての文化的特質の意味が消失してきている。その結果、同一文化を共有しているのだから、日本人だったら、共通した民族的感性・思考があるのは当たり前だ、とは言えなくなってきている。
 その結果、我々の判断は、歴史や文化などを踏まえない、「実体的解釈」に引きずられることになる。
 以上は、黒宮一太の文章「ネイションとの再会」の一部を、我流に日本の現代史に当てはめて要約したもの。問題集に出てきた。


 読んだ文章その二。現代は、大量生産による商品の規格化によって、消費は個性を失い、画一化する。また、昨今の情報量の増大と速さの増大により、知識は、専門化・細分化する。そうした画一的な断片的知識のみ増大する上に、考える能力が弱い現代人は、自分なりの全体像を作りえず、結局、大衆報道機関(当時はテレビ)が提供する全体像をそのまま受け取る「現状適応主義」に陥る。
 以上は、加藤周一が一九七〇年代初めに書いた「文学の擁護」の一節の要約。同じく問題集に出てきた。たしか、一九七〇年代終わりに、一冊ちゃんと読んだ記憶がある。


 加藤の「現状適応主義」、黒宮の「実体的解釈」とは、つまり、文化的特質や歴史性を考慮しないで、今あることだけで判断する、私流に言うと「現状のことだけで判断してしまう主義」のこと。つまり、この二つの文章の結論は同じである。特に、古い加藤の文章からは、今後、日本人は保守的傾向に向かうという予測と、その警鐘という側面も感じられる。

 映像中心の世の中になって、情報は常に新しいものが大事ということになり、古いというだけで価値の低いものとなった。事件の背景などに論説を加えた新聞は、だから売れなくなっている、というのも同様の流れといえる。

 実体的解釈。これは、例えば、歴史的に長い対立関係にあるA国とB国とが、たった今、A国が先制する形で戦争を始めたとする。長い対立・遺恨の歴史を捨象して、今起こった事件のみを捉まえて、最初に殴った人が悪いに決まっているでしょ。という判断になる、ということである。  


先日、ある方が、雑談で私に、最近、今の倫理感覚での正論、あるいは、表面的な原則論ばかりが横行して、実質的状況や、内心、国民はこう思っているけど、口に出さないだけ、といった本音を言うと、一気に悪者になったりする。実質や本音が言えないような社会は滅びるよねえ。いつ、こんな変な世の中になったんだろう?、とこぼしていた。この方、最近、SNSか何かで、書き込みが炎上したのかもしれない(笑)。この指摘も先の話題と方向性として似たところがある。
 
 今、必要なのは、グローバル至上主義の風潮の中で、歴史性や文化的特質を深く理解して判断できるかということである。現状解釈・正論というのは、簡単に導き出せる結論でしかない。


 さて、新学力観。今、日本政府が次世代につけさせようとしているのは、いかに的確に現状や情報を収集し、把握し、処理し、それを活用していくか、という能力である。つまり、「現状適応主義」を、いかにうまくできるか。新テスト(試行)も、その能力の差を問うている。
 評論家たちが指摘し、年寄りの我々も、現代はそうなっていると心配している国民的課題は、この「新」のほうでしょうか。今だからこそ、手厚く発展させていかないといけないほうを、逆におろそかにしようしようとしているのではないかと心配している。

 アクティブ・ラーニングの時間の確保と、知識偏重から脱出するため、歴史の知識は大幅に減少させるという試案が出ていて、それが新聞に載っていた。伊藤博文は教えるが、吉田松陰や坂本龍馬は教えない。伊藤は役職に就いて、明治国家を動かしたが、吉田・坂本は、その本人に帰着する業績を上げているわけではないからということなのだろう。
 でも、歴史を本当に動かす原動力になったのは誰? 考えたのは誰? 下準備に奔走して、誰もが無理だと思ったことに道筋をつけたのは誰。そこを押さえなくて、幕末・維新期を「深く考えよ」と言っても、一体、何を考えるというのかしら?


[PR]
# by hiyorigeta | 2018-02-01 21:21 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

みんな感じている

 毎日、雪が消えては降りを繰り返して、雪国らしい冬景色になっている。ここ二十年ほど、ずっと暖冬だったので、今冬は大変だと言うが、年寄りは、昔は例年こんなものという感覚である。
 さて、最近話題にしたことを、いくつか追加で書いていきたい。


 雪あけのマナーが崩れてきているという話は、何人もの人から同様の話を聞いた。自分の車を出す除雪のみでおしまいとか、休日、天気がよくなって、今、雪あけ時という時でもそのまま放置とか。そして、その上に雪が積もる。やっていない町内は徹底的にやってない。「町柄」という言葉があるのかは知らないが、その区域の住民の「柄」が出る。
 町内会のうるさ方役員が「あなたのところの除雪できていませんよ」と言いに来て、平身低頭、大慌てで雪あけをやったのは、もう半世紀前の私の子供の頃のこと。実家は角地だったので、側面もやらなければならず、大変だった。今、そんなことを言いにくる人はいなくなっている。
 私の子供の頃の、金沢の住宅地の基本的マナーはこうだったように思う。
 玄関の前はもちろんのこと、自分の敷地に面している道路はその家の担当。住宅地の道路は細くて、大抵、片道一車線の雪の轍が出来ている。圧接されたその轍自体をスコップで崩すのは力がいるので無理かもしれない。やれる範囲で。自分の敷地の側溝から、その轍までの間は、しっかり路面が見えるように雪あけをする。そうしてあったら、車が来た時、歩行者が歩きやすい。
 ただ、雪あけマナーは地域によって違っている。住宅地・農村では当然違う。地域の習慣に従う、としか言えない部分もある。
 旧市街地は古いマナーを知ってる人が多いが、もうお年寄りばかりで、分っているけれどできない。新興住宅地は、そもそも、そういう意識がなくなっているからしていない。
 どっちにしろ、道路の雪あけはだんだんはしなくなって、「放置」されているだけの状態がデフォルトになってきた。


 次。雪の朝の通学の対応が、昔に比べてご丁寧になり、やさしく(甘く)なったので、自分なりの方策をたてて、頑張って登校するというような努力を惜しむようになったという話も、別の方が同様のことを言っていた。体のことも、なにかあったら大変だから無理はするなという流れ。そのため、実際、「体調不良」などの理由で、昔より欠席者が多く出る。

 その次。雪だからという「臨時感」についても、同様のことを言っていた人がいた。今日は雪だからと、色々なことを流して流して、後回しにし、どこかの締切で大騒ぎする。それも雪なんだから仕方がないと、だらしなさが正当化され、「そんなもの」といった感覚で大人になる。

 ということで、ある程度以上の年齢の人が、この冬、思っていることは、おんなじなんだなあと思いました。


[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-30 23:14 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

ゴミ有料化近づく

 ここ金沢は二月よりゴミが有料化となる。反対運動もあって、市民の合意を完全には得られないままになっていた。これまで、ゴミ捨て日の朝の管理など、町会の善意に頼っていて、そのうえで有料かと、不満の声もそれなりに大きかった。先日は、ネットの全国ニュースサイトでも取り上げられ、問題の概要が解説されていた。
 やり方は、ゴミ袋を指定の有料のものを使うという各地で実施されているかたち。市からは数か月前、サンプルの袋が数種類配られていた。その上で、それなりの厚さのある冊子が配られたが、熟読することもなく、こうして直前を迎えた。
 先日、市の広報番組で、ゴミ出しについて説明するテレビがあったので、それを録画して観てみた。市の担当者の説明で少しわかったが、これを見ず、冊子もいい加減にしか読まない人は、少々まごつくのではないかと思う。
 それに、思ったよりも袋代が高い。こんなにするのかと、ネットで他の地域の様子を見てみると、大きな都市では京都が実施済みで、そこと同じ料金であった。当然、市は他市町村を参考にしたのだろうから、値段の足並みはそろっているのだろう。
 ネットでは、有料後、リバウンドがあるという指摘がある反面、微弱なものでしかなく、減量効果は高いというものまでいろいろ書いてあった。
 これまで、我が家では、大きなゴミ袋を、アウトドア用の自在脚にクリップでとめて、それに突っ込んで、量が少なくても、そのまま口をしめて出していたが、有料袋を使うとなると、そのやり方ではもったいないことになる。まずゴミはレジ袋などに入れて、ごみ出し当日に、その量によって使う有料ゴミ袋の大きさを決めて、それを外袋にするというやり方になりそうだと今は思っているのだけれど、まあ、やってみてからである。先進市町村の住民たちはどうしているのだろう。
 有料化後の様子を追跡調査したレポートを読むと、案の定、ごみ詰め込みすぎ問題が発生しているようだ。まあ、そうでしょうねという感想。毎回、デパートのお菓子詰め放題コーナーや、スーパーでピーマン詰め放題コーナーで悪戦苦闘している子供や主婦と同じように袋に押し込む行動が朝の台所仕事に追加されることになりそうである。

 この有料化、あくまでも、ゴミ減量が目的という話で、分別に神経を使うようになり、リサイクルゴミにまわるものは、そっちに確実にいくようになるから、通常ゴミは減るという理屈なのである。
 ただ、本当にゴミを少なくするためには、日常生活の中で、テッシュペーパーをぞうきん代わりに使ってすぐ捨てるようなことをやめるところからやらなくてはならない。この、いちいち雑巾を使用するなんていうのは、「生活習慣」自体を変えるということだから、なかなかすぐには変わっていかないだろう。ゆっくりゆっくり浸透していくのを待つしかない。その上で、もう一つ、ゴミになる部分がすくない製品パッケージなど、企業やスーパーの努力も大いに大事のような気がする。
 不法投棄が増えるのではないかとか、ゴミをため込み家庭内が少々不衛生になるのではとか、めんどくさくなった方の家がゴミ屋敷になるのではないかとか、スーパーでサービスでやっているゴミ分別ボックスに大量投棄が始まるのではないかとか、いろいろな心配があり、不安のスタートだが、ここまできたら、うまくシステムが動いてほしいもの。
 ゴミの問題は、例えば、県内だけでも、そもそも分別の仕方からして市町村で違う。職場が他の市町村だと、そちらのやり方に従わなければならず、なかなか面倒くさい事態となっている。
 今回の件、すでに有料化している地域の方から見ると、乗り越え済みの話なのではないかと思うので、色々聞いて、早く「新・我が家のゴミ出し流儀」(!?)を編みだしたいと思っている。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-29 22:14 | 石川・金沢話題 | Trackback | Comments(0)

臨時日のような

 寒波が続き、ここのところ、朝、車の屋根雪を下ろしてから出勤する。時に「帰宅はできるだけ早めに」というお触れが出たりもした。
 今時の対応は、昔なら、特に対応しなかったようなことでも敏感に対応する。一日だけなら、そんなものだが、こう何日も寒波が続くと、それこそ、ずっと寒波対応をせねばならなくなったりする。大人も含め、子供たちは、微妙に一日一日が「臨時日」「非日常の日」みたいな感じになって、日々の生活に落ち着きがなくなっているような気がする。
 帰り。早めに職場を出ると、まだ外が明るいことに気づく。冬至から一か月以上たつ。寒さはあと一か月は続くが、ほんの少し、春の兆しを見つけて、明るい気分になった。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-27 21:12 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

未だにオーディオ迷い中

 同い年の同僚で、定年前にオーディオを替えた方と話をした。「アンプ・スピーカーお買い得セット」というのを見つけ、それをベースに組みなおしたという。家ではネットワーク環境もあるらしい。無線で飛ばしたのを聴いているが、正直、音は今一つとのことだった。
 私の買い替え話を、別の方に話したところ、貴方の環境では、ネットワークに色気を出さず、音のよい昔通りの高級ミニコンポを買って、CDを楽しめばよいのではないかというご意見。そういうことですよねえ。内心、分っていました。
 ただ、さしあたり、今のスピーカーを残して使いまわすとした場合、ミニコンポサイズのレシーバーで、理屈な(金沢方言=すばらしい)製品がほとんどないというのがオーディオ製品の現状。それが一番の大問題。そもそも、新製品の発表自体、全然、活発でない。本当に寂しい限り。
 私の場合、アナログ回路の古いタイプでいいのだが、せめて地元AMラジオ民放はFM補完放送(ワイドFM)で聞きたいと思っていて。そうすると、当然、新しい機種ということになり、そうすると、ネットワーク関連が付いているものばかりで、、だったら、それを買っても、使わなければいいだけのことでははなか、と言われればその通りなんだけど、ちょっと、無駄な投資という感じがあって、躊躇する。
 そこで、それなら、予定していたメインオーディオの高級CDプレーヤーをポンと買ったらいいではないか、という考えに戻って‥‥の堂々巡り。
(結局、前回とおんなじ内容になってしまいました。申し訳なし。)
[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-26 21:59 | 音楽・ジャズ・オーディオ | Trackback | Comments(0)
 先の日曜日、金沢二十一世紀美術館で開催中の特別展「ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー」展を観る。休日の人出を心配し、自宅を早めに出発したため、地下駐車場にはすんなり入れた。
 特別展に入る前に、チラリと、例の「レアンドロのプール」を覗いたが、下には人がいなかった。後で話を聞くと、展示品替えで、そもそも下にいけなかったらしい。せっかく県外から来たのに、少々、物足りなく思った入場者もいたことだろう。
 この特別展の展示品は八つ。各部屋にひとつ置いてある。一つ目は、絵の修道院の風景をそのまま立体に起こして、ジオラマ風にしたもので、光が当たったり、自然の風の音などがしたり、全体として時の移ろいを表現している。これはNHK「日曜美術館」で紹介されていた。
 これが基本パターンで、他のものも、①機械仕掛けで、②動きがあり、それに③光(照明効果)や、④音が重なり、全体的な空間を表現するものが多かった。
 二つ目は、順番待ちの椅子に人がすでに並んでいた。その末端につくと、この辺りで一時間待ちとのこと。即、観るのをあきらめた。待っている人は十人ほどなのに‥‥。どうにもこうにも回転の悪い展示である。これではほとんどの人が見られない。
 あと、LPプレーヤーが何台も回っている男の趣味の小部屋や、キャンピングカーに眠れる美女がいて、小物が色々動いている作品などが印象的。写真を見ると製作者の二人は男と女。我々世代である。機械仕掛けの部分は男の担当かもしれない。
 ただ、最後の一つは調整中とかで、今日、展示はしないとのこと。結局、八つのうち、二つ見れないままに終わった。
 館の外は工事中で、一部に囲いがしてあった。芝生の養生か何か。それも、いくら天気が悪い時期とはいえ、県外客にとってはちょっと残念なのではないかしら。
 ということで、あちこち完全ではないままになっていて、少々「オフシーズン感」が漂っていた。特に、特別展の場合、これで通常通りの値段をとるのは、「あれあれ、残念」レベルだけれど、正直、よくないと思う。せめて、お金を払っての入場前に、アナウンスがあってしかるべきではないかしら。
 特別展、面白かったといえば面白かったけれど、コスト・パフォーマンスはあまりよくなく、この美術館には、無料の、それ以外の展示やショップも充実しているから、いつもと同様楽しめたけど、お初の人はどう思っただろう。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-25 21:23 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

東京は雪

 昨日の朝、東京は二十センチを超える雪とかで、ニュースなどで大騒ぎをしている。「雪道歩きの極意」なんていうのもニュースで流している。
 こちらは、先週の雪があらかた消えて、あちこち残っている程度になった段階で、今日の午後からまた寒波とかで注意している段階。東京が雪の時は、こちらはそうでもない。日本海側と太平洋側では、同じ寒波でもいつも色々違ってくる。
 職場の小部屋はスチームがメイン暖房だが、朝方は動いていないし放課後前には止まる。後はエアコンと円柱型の石油ストーブ。三つをうまく塩梅しながら室温を調整する。会社のオフィスみたいに室温は自動という訳でなく、えらくアナログ的に常に気にしながら過ごす。
 相変わらず、風切り音は物悲しく、少しでも風があるとピーフュー音を乱高下させる。風自体の低い音と、建物から笛のように発生する高い音。それが時に混ざって聞こえたりする。本当に自然の中で生きている感満載の職場である。
 天候が荒れてくると、人々はあまり動かず、夜の道も早々に車や人通りが寂しくなる。スーパーも仕事帰りに行くと閑散。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-24 18:21 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

(つづき)

 「大鏡」を教えながら、人物が出てくるたびに、ウイキその他でその人物のことを勉強する。教えるのは文法とか、文章の訳とかだが、実際の藤原氏の権力闘争の様子などを押さえて読むと、イメージが湧いて、本当に「大鏡」は面白い。
 ということで、今回は前回の続き。一世代下。

 定子の兄伊周について。
 父道隆の早急な息子の出世が反感を買ったことが、父の死後、彼に大きく負の影響を与えることになったとウイキに書かれてあった。なるほど。彼が出した倹約令も細かすぎて不評だったとも。そんなのは知らなかった。
 「大鏡」は、例の道長との競射でビビったとか、政治家に必要な泰然自若的なおおらかさに欠ける面があったことなど、はっきりと書いてある。漢学に優れ、当代随一と言われたそうだから「学者肌」だったということも大きく影響していたのだろうなというのは、昔から思っていた。
 「枕草子」では、徹底して彼を素晴らしい人物に書かれていて、それもあながち美化だけではないのではないかしらとも思っていた。女性の立場、女房の立場から見ると、そう見える人物だが、ドロドロの世界の中から見ると、その世界になじめない、向かない人物であったというのにすぎないのではないかしら。道長の横やりがなければ、ちょっと世間で不評な面もあるけど、それなりに無難に仕事を全うした人物ということで終わっていたのではないかと思っていて、私は昔から彼に同情的である。

 道長全盛となって、三十七歳で死んだ中関白家伊周の子孫は、どうなったのだろうかとウイキを読み進めると、屋敷は荒れ、息子はご乱行で評判は最悪で、家系は典型的な先細り。
 唯一、長女は道長の次男の正室として、後に右大臣や大納言になる息子を生んでおり、道長家の血筋と合体して、家自体は没落したものの、血脈はつながっているという。この話を読んで、ちょっとは救われた気持ちになった。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-23 23:39 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

権力闘争の貴族社会

 花山天皇が騙されて出家する事件(寛和の変)は定番の教材で、毎年のように扱う。断片的に扱うこともあり、兼家と息子道兼(粟田殿)は、当然、悪役赤塗りのイメージで話す。
 藤原氏全盛は勿論、兼家五男道長の時代だが、終わりのほうになると、ほころびの端緒みたいな事態も起こっていて、兼家の朝政掌握をもって全盛と考えるのが本当はいいのかもしれないと、よく思う。特にこの寛和の変後、天皇祖父となって掌握は決定的。
 「蜻蛉日記」の作者との確執も、大きな仕事を成し遂げようとしているVIP男の兼家からすれば、心の片隅程度のことでしかない感じなのだろうと、男の立場からは推察される。一夫多妻の世で、「自分への愛をもっと」と思って、つっけんどんな態度をとる妻は、可愛くなくてめんどくさい存在。
 今回、それでは、兼家に収斂していく中で、失権していった連中も多かろう、また、下の世代、道長に収斂していった中で、道隆以外の兄弟はどうだったのだろうと、そういった周辺人物を一人一人、ウイキで数珠繋ぎで調べていった。

 まず、兼家自身が順風満帆とは言えない、失意時代があるということに「へえ」となった。日本史に詳しい人なら平安時代のメイン中のメインの話なので、常識なのかもしれないが、こっちはもう三十年以上前に習っただけで、背景として知っている程度だったので、詳しく知らなかった。
 長兄伊尹に気に入られ、出世を果たすが、それが次兄兼通の不興を買い、長兄の後の次期関白職を巡って 御前で言い争い、兼通が職に就くと、一気に形勢が逆転し、出世は止まる事態となる。
 その中で、死ぬ直前の兼通にお見舞いと見せかけ、宅前を通過するといういやがらせを平気でやり、激怒した兼通は、参内し、兼家左遷の差配した上で亡くなるという派手な兄弟諍いの話は、私でも知っている超有名なエピソードである。
 結局、次、関白の座が転がり込んできたのは、兼家の従妹にあたる頼忠。元々兼家の父師輔は長子ではない。新関白の頼忠は、師輔の兄、実頼の子である。
 政治的基盤が弱かった頼忠は、その後、兼家を復帰させざるを得ず、それを足掛かりに、兼家は復活していく。

 藤原氏系図を見るにつけ、系統がつながっている藤原本流以外は、あちこち、その人の名前以下が省略されて終わっている。政治の中心として活躍した系統だけ書いてあるのだから当たり前のことだけど、この人、あの人にも子孫があり、その後どうなったのかしらという思いが湧く。
 寛和の変で暗躍した粟田殿のその後はどうなったのかというと、これまた、微妙である。本人は立役者だから後継は自分のはずという思惑が強かったようだが、結局、兄道隆の後塵を拝し、権力掌握はほんの一瞬で終わる。

 政治の世界。何がどう転ぶか分からない力関係だけの世界で、この前観たイタリア・マフィアの権力闘争映画「ゴットファーザー」と本質的になんの変りもない世界だというのが素朴な感想。政治もヤクザも一緒。こんなことを、何千年と人属人科は全世界でやってきた訳である。
 苦労の末、権力を掌握し、でも長くて数十年後には、没落するか、死して終わるか。煩悩を排すべく出家し安寧を得たい心境に当時皆なるのはよく分かる。当時の貴族たちの心境がほんのちょっぴりだけど、実感として分ったような気になった。チラリとそんな世界にもかかわったというならともかく、人生延々とこの種の駆け引きばかりの人生だったら、そりゃ疲れるわな。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-22 22:37 | 文学・ことば | Trackback | Comments(0)

外套のまま

 先月号の雑誌「東京人」永井荷風特集を楽しく読んだ。この雑誌、よく彼が登場する。古(いにしえ)の東京を語るにかかせぬ人である。
 その中に、明治の銀座の話が出ていた。何事も最近の銀座はお手軽になっているというのである。それは、銀座のお店が、外套のまま食べれるところが出てきたというのである。たしかにコートのまま食事するというのは、当時の人たちから見たら、お行儀の悪い下品な行動ということになり、それを許しているお店は、格下の店という認識だったのであろう。そんなお店が銀座に出来て、眉をしかめているという構図。
 今でいうと、格式の高い銀座にファーストフード店が増えたなあ、みたいな感覚だったのだろう。私も銀座四丁目の交差点筋に牛丼店があったのにはびっくりした。ここの地価で、表通りで、どれだけ客が入ったらペイできるのかしら。それに、そもそも三越の真ん前に赤い看板の牛丼って、ちょっとなあ、という気持ちが確かに湧いたから、当時の人たちの気持ちもよくわかる。

 前にも書いたけれど、丼物は店屋物の配達の利便性のために発達したもので、ご飯の上に具をのせること自体、明治の昔は下賤なものという感覚だったはずである。現代の銀座四丁目交差点の牛丼店を、私が「あれあれ」と思うのには、丼物という食べ物自体の「格」の感覚も関係している。ただ、この感覚自体、もう過去のものっぽい。

 冬、外食すると、車を駐車場に止め、外套を着込んだまま店の中に入る。靴を脱ぐようなお店だと外套も脱ぐが、そのままカウンターにすわるような場合は、たしかに外套は着たままということはよくある。
 そんな、外着のままで食べ物を口に運ぶのは、確かにお上品ではないので、脱ごうという決心はつくのだけれど、では、それをどこに置くのだということになると、隣の椅子の上あたりしか思い浮かばず、それでは場所取りみたいで、あまり褒められたものでもなく、コートを脱ぐというお上品な行動を全うするのは、カウンター中心の今のスタイルでは、実はなかなか大変である。結局、牛丼くらいなら、さっさと食べ終わるし、コートのままでよいということになりそうである。
 おそらく、こんなことで悩んだりしていること自体、年寄りの証拠みたいなものかもしれない。

[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-21 01:12 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)
 一昨年、センターの国語はえらく簡単で、平均点は約130点もあった。次の年、難しくなるだろうという予想通り、多少難しくなったが、思ったほどでもなく、個人的に120点くらいだろうと思った。当初、予備校も、そのくらいの数字を出していた(確か、業者は、自己採点票を本格集計する前に、自分のところの浪人生をサンプリングして予測をたてるのが、このすぐに出る数字だと聞いている)。
 ところが、最終的に平均は107点で、この内容でこんなに低いんだと驚いたものだ。これは、受験生全体の国語の実力が落ちている証拠ではないかと思われる。
 ただ、落ちているのは、中間以下の層ではないか。上位の難関大や国公立を狙う層は、そんなに大きな下降はないはずで、この平均点に惑わされたらいけないと受験生に諭した覚えがある。平均点が低いから、自分の国語の点が必要以上によく見えてしまう恐れがあるということを知らせたかったのである。実際、去年、国語では失敗しなかったという認識の子が多かった。でも、本当にそうかは怪しい。

 さて、今週水曜日、センターから中間集計の平均点が出た。恒例、業者のセンター後すぐの平均点予想は、ベネッセ・駿台111点、河合塾103点、東進110点であった。つまり103点から111点の幅。業者はこうした予想の当たりはずれは 商売柄、面目にかかわる。
 で、今回のセンターからの中間発表は102点だった。ということで、二つの業者はえらく外れたことになるし、幅からも下方向に逸脱した。特に受験まで一番データを持っていると思われるベネッセが一番外れている。業者も、今年は去年のことを踏まえて、実力下降傾向であるということを織り込んでの数字だろうから、その予測より下になってしまったということになる。確か、センターの問題は国語で六割くらいを念頭に置いて作っていると聞いたことがある。
 正直、私の感覚でも、このテストで半分しかできていないというのは、どうなんだろうと思う。十年前だったら、やはり120点くらいのテストではないかしら。
 ということで、国語力の低下は、単なる年度の誤差ではなく、ほぼ定着してきたと私はみている。残念なことに。
(年寄りの個人的な感想です。違う認識の方がいて当然です。実際、意外に高得点は取りづらいテストではないかという意見も聞きました。)

(追記)
 最終集計の結果は平均104.7点ということでした。


[PR]
# by hiyorigeta | 2018-01-20 19:49 | 教育・世相 | Trackback | Comments(0)

荷風散人宜しく金沢をぶらぶら歩きしたり日々の生活をつぶやいています。文字ばかりですがご容赦下さい。時々日付をさかのぼってアップしたりします。http://tanabe.easy-magic.com


by hiyorigeta
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31